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相殺の魔術師

「なるほど……堂々と正面から相対し、大型魔導兵装が生み出す“複合魔導砲撃”を、単に受け止めるのではなく――その現象そのものを、精霊魔術の領域を用いて打ち消す。そういうことなのだな?」


「はい、その通りです」


 口にする直前、胸の奥が静かに軋んだ。説明という硬い音が横隔膜に触れ、呼吸が浅くなる。


「放たれる力の奔流――それらすべてを“相殺”する構想です。

 具体的には、出力された現象の“性質”をまず解析し、要素ごとに分解して抑え込むための“想念の術式”を組み上げていきます」


 撃ち出される現象を解析し、物理構造を把握したうえで、それを相殺する現象を〈場裏〉に具現化してぶつける。

 要は、事前にイメージを組み上げ、同相の相殺現象として展開することに尽きる。――ただし、一度に混ぜない。〈場裏〉は一属性。複合は段階で切り替えて減衰させていく。


 自分でも意外なほど、静かな声で説明していた。お祖父様の方をうかがうと、彼はしばらく眉根を寄せて私をじっと見つめ、やがて大きく息を吐いて、低く呟いた。


「いやはや……これはまいったな」


 お祖父様は杖の先で床をとんと叩き、ゆっくりと息を吐いた。沈黙が室内に層をつくる。


「お祖父様、何かおかしいでしょうか?」


「まさかそういう手だてを考えているとは。思考が私の想定の斜め上を行く。しかし、容易な事ではないぞ、ミツル」


 そのまなざしに、私も自然と背筋を伸ばした。


「もちろん、そんなに簡単な事ではありません。でも、乗り越える価値がある挑戦だと信じています。

 だからこそ、まず魔導兵装の作動原理や制御機構、出力や有効射程に効果範囲……あらゆるデータを知りたいのです。無知なままで戦略を立てるのはあまりにも危険ですから」


 声を出す瞬間、胸の奥にひやりとした波が立ったが、それでも言葉には余計な震えを残さなかった。


 振り返ると、ヴィルのまなざしにわずかな不安が宿っている。軍事機密を扱う以上、私たちが負うリスクは大きい。けれど、引き下がるつもりはなかった。“知ること”こそが最初の一歩だと考えているから――。


 お祖父様は机の下に片手を差し込み、何かを探すように視線を落とした。


 椅子がきしむ音がやけに大きく響き、古い掛け時計の針が重たく秒を刻むのが耳に届く。そんな静寂の中、お祖父様は分厚いファイルを取り出して私へ差し出した。


 見るからに軍事関連の資料――王家の紋章が金文字で封印され、神聖な宝物を思わせるほどの威圧感がある。

 両手でそれを受け取ると、柔らかな重みと冷たい金属の感触が同時に伝わってきた。紙の乾いた匂いがふっと立ち、錠前の金具は指腹に冷たく、重みは思ったよりも体温を吸った。


「この資料には、軍部が極秘裏に進めている大型魔導兵装の開発記録がすべてまとめられている。

 多層魔法陣の詳細設計図、魔石安定炉とその理論、複合反応炉の制御理論、魔導式コイルの配線図、試作段階の失敗例……通常なら秘中の秘で、そうそう外部へは開示できない。

だが、総長である私には ‘研究’ の名の下に閲覧許可を与える権利がある。問題は、これを君にどこまで見せるかということだが……」


「お祖父様……!」


 思わず息を呑んだ。


 このファイルには機密情報が詰め込まれているはずだ。王家は王立魔術大学の研究にそれを活用させる一方、その内容が外部へ漏れることを決して許さない。私に閲覧させるというのは、かなりのリスクを伴う行為だろう。


 私は一度、ファイルを胸に引き寄せるようにして掌の感触を確かめた。重みが指先にずんと伝わる。そうして黙って頷くと、


「君の言う通り、その構想を実現させるには、まず相手を知らねばならない。私が開発に携わった技術も少なくはないが、これほど大規模なものと相対するのであれば、情報不足ではどうしようもないだろう?」


 静かにそう話すお祖父様の声には、学究肌としての責任と、祖父としての愛情が滲んでいる。胸の奥がひやりと沈み、掌にはいつの間にか汗が滲んでいた。

 私が黙って首を縦に振ると、ヴィルが隣で少し身じろぎした。革のベルト金具がわずかに触れ合い、衣擦れの音が静けさの継ぎ目に細く走った。


「先王陛下、いや、グレイ総長。……私には魔術の理屈は分かりませんが、あまりに危険な賭けだと思います。それに、お嬢様に軍事機密が渡ったと知れれば――あなたご自身の立場も、王宮との関係も、きっと……」


 杖が床をひとつ叩く。古い時計の針が、部屋の温度を測るように刻む。


「ブルフォード、すべて承知のうえだ。

 ……ここで黙っていれば、いずれリーディスがどこかの国に飲み込まれるかもしれない。“息子”は悪い男ではないが、視野が狭く、焦りばかり募らせている。そんな王に振り回されれば、この国の将来は暗澹たるものとなろう。ミツルが象徴として扱われるどころか、“兵器そのもの”として利用されるおそれもある」


 ヴィルは沈痛な面持ちでうつむいた。刃のようにまっすぐな視線の硬さが、職責の重みを物語っている。


 私も、最近の王宮の動きが不穏なことを知っているからこそ、その話に他人事という感覚はなかった。

 クロセスバーナをはじめ、周辺諸国の暗躍が見え隠れしている。王家が権威を誇示するために、私の精霊魔術を“破壊の証明”として使いかねない状況もあり得る。


「ヴィルが危惧していることは、十分理解しているつもりです。でも、私はそれでも知りたいのです。その上でどうやって大型魔導兵装と対峙するかを考えたい。もし、その途中で問題があると判断すれば、そのときは……」


 舌先の乾きを飲み下す。それでも――進む。


「最悪、引き返すことになるかもしれません。それでも構わないでしょうか?」


「もちろんだ。何もかもが未知数。最終的にどうするかは君が決めるしかない。私もヴィルも、それを後押しするだけだ」


 お祖父様は私にファイルを手渡すと、どこか穏やかな表情になった。


「ありがとうございます。では、早速中身を頭に入れたいので、失礼して……」


 パラリとファイルを開く。多層魔法陣や反応炉の理論、複雑な魔導式コイルの配線図やテスト報告書、試作段階の失敗例――これでもかというほどの情報が詰め込まれていた。


――軽く四、五百ページを超えそうなボリュームね。さすがに腰が引けそう。


 読むというより“呑み込む”に近い情報量だが、彼女がいるかぎり心配はなかった。指先に紙の粉が残り、重みが掌にずしりと沈む。鞘に収まった剣の気配が、ひそやかに耳へ囁きを届ける。


《《……美鶴、ここはわたしに任せて。すぐに“脳内統合型視覚デバイス”を起動するね。ちょっとだけ待ってて》》


「お願い、茉凜。いつも負担をかけてごめんね。あなたも解析で忙しいでしょう?」


 茉凜は密やかに笑う気配を寄こす。


《《なんてことない。何より私は“あなたの力”になれるのが嬉しいの。それに……ちょっとワクワクする展開じゃない?》》


「うん、そうだね」


 彼女がリンクを全開にする。私は索引だけ触れ、本文は剣の中へ沈める。理解は逐次ではなく、必要なときに索引から“引き出す”。

 視界に入った情報は瞬時に取り込まれる。ページをめくるたび、そこに刻まれた図や文章が視覚内で自動的に画像認識され、マウザーグレイルの中へと吸い込まれていく。


 視界の片隅に緑の光が瞬き、脳裏に冷たい風が吹き抜けるような感覚が走った。


 茉凜はマウザーグレイルの内的世界で、彼女自身が作り出した疑似人格AIたちと共同で高速処理を行い、ほぼ無尽蔵と思える記憶領域に格納する。

 私は茉凜とのリンクを通じ、格納された知識を直感的に参照できる。いわば外部拡張記憶とでも呼ぶべき仕組みだ。


 視界の片隅で“認識終了”がひとつずつ灯る。喉の渇きが遅れて戻り、私は紙の縁を滑らせる。傍目には、ただ静かに頁を送っているだけだ。


「大図書館で本をむさぼるように読んでいた頃と、同じだ……」


 ヴィルが小さく苦笑まじりに言う。


 私としては人目を憚っていたつもりでも、ヴィルだけは知っている。彼は護衛騎士として私に付き合う場面が多いから、どうしても隠し切れなかったのだ。


 十分ほど経つころには、新型大型魔導兵装に関する資料の全ページを“読み込む”作業が完了していた。指先には紙粉のざらつきが残り、呼吸は知らず浅くなる。


 やがて、要約完了のサインが視界の端にぽんと灯り、続けて緑色の文字列が一気に流れ出す。


◇◇◇


 ――新型大型魔導兵装の総括――


 【名称】新型大型魔導兵装

 【性質】四大属性(火・水・風・土)を同時複合して“自然災害級”の砲撃を生成する国家級兵器。切り札であると同時に自国を滅ぼす危険を孕む諸刃。


 【主要構成】

 ・複合反応炉:魔力を一括増幅・制御する心臓部。スパイク監視→閾値超過で停止手順。

 ・四大魔石(国宝級)×4:各属性を供給。結界で安定化。

・魔導式コイル/多層魔法陣:属性の同相制御と収束を担う回路網。

 ・運用人員:属性ごとに4名=計16名の魔導兵(術式・呼吸・心拍同調が必須)。


 【砲撃プロセス(要約)】

 各魔石から属性魔力供給。

 多層魔法陣で同相位相制御→複合反応炉へ集約。

 複合反応炉で限界まで増幅→同期した16名が射出を行う。

 飛翔中に内部相互作用が発現→水蒸気爆発・衝撃波・高温炎・破片飛散を同時発生。


 【代表的効果】

 火×風:広域火炎旋風(焼却)。

 水×土:濁流・地形撹乱(足場消失)。

 四属性混合:着弾点で“災害級”殲滅(遠距離・広域破壊)。


【リスク】

 ・位相ズレやタイミング誤差で属性干渉が乱れ、暴走→自爆級被害。

 ・安全装置は存在するが未完成・試行錯誤段階。周辺都市まで被害拡大の恐れ。


 【運用条件】

 ・炉のスパイク値監視と16名の完全同期が成功の鍵。

 ・技師・術師の熟練度と結界安定度が安全性を左右。


 【政治的意義】

 ・完成・安定なら国家の決定的切り札。

 ・秘匿開発・運用を巡る政治的対立と倫理問題を誘発。


 【結論(警告)】

 高い破壊力は同時に高い暴走確率を伴う。「運用=国家防衛」か「運用失敗=国家崩壊」の二択を内包する存在である。


◇◇◇


 私は一度目を閉じ、分厚いファイルをそっと閉じる。指先に残る紙粉のざらつきと、胸の奥でひとつ、熱い息がほどけた。


「茉凜、ご苦労さま。ありがとう」


《《あいよ。こっちで解析と推論を進めておくから、あとで対抗策を一緒に考えよう?》》


「そうする。また後でね」


 そう告げると、ふっと茉凜の存在感が遠のいた。きっと“五感の接続”を切り、いつもの休止状態に移行したのだろう。

 最近、そんなこと増えたような気がして、胸が痛む。肩口に残る温度が、少しだけ心許ない。


「拝読いたしました。ファイルの内容は、すべて知識として獲得できたと思います」


 再び目を開けると、お祖父様が驚愕したように見開いた目で私を見つめていた。


「な、なんと! まさか、あれだけ膨大な資料を、もう頭に入れてしまったというのか?

 ……ミツル、君はいったいどうやって……」


 喉の渇きをひと口の唾で飲み下し、私はできる限りわかる言葉を選びながら口を開いた。


「以前申し上げたように、マウザーグレイルの中には“茉凜”という、れっきとした人としての心をもつ存在がいます。彼女は私の見たものをすべて記憶し、整理してくれているのです。

 もとは古代文明の技術らしいのですが、私も詳しくは理解しきれていなくて……ただ、こうして実際に有効活用できているので、とても助かっています。

 そうですね。大図書館にある蔵書は、ほぼすべて私の中にあり、いつでも取り出すことができます」


 言葉にしながら、指先にかすかな震えを覚えた。自分でも驚くほど静かな声だった。


 お祖父様はおかしそうに笑みを漏らした。


「なるほど、実に興味深い。君が持つ膨大な知識の背景が少し理解できた気がするよ。つまり……君そのものが、ひとつの巨大な書庫である。というわけだね?」


「お恥ずかしい限りですが、そのように解釈していただいて構いません」


「いや、これは素晴らしい。その深い洞察も含めて、私個人としては、もはやロイドフェリクなど退位させて、君を玉座に据えたいぐらいが本音だ」


「お祖父様、物騒な冗談はおやめください」


 彼は「すまんすまん」と苦笑を洩らし、杖の柄を握り直した。その掌が木の杖をぎゅっと握りしめる音が、室内の静けさに小さく響く。


「年寄りとは情けないものだ。国の未来を憂えるあまり、ついよからぬ方へ考えが向いてしまう。君を無理に縛りたくはないのに、な……」


「お気持ちはよくわかっています。だから、私は今ここに留まっているのです。お祖父様のお体のことも、新型兵器の危険性も、そして私が抱える精霊魔術の問題も、まだ置き去りにはできませんから」


 そう――私がここにいる理由は、そのすべてに向き合うためだ。王家の陰謀を打ち砕くために、私の力をただの“破壊”で終わらせないために。

 いつかは旅立つと決めているけれど、今はまだ、この場所でやるべきことがある。例えそれがどんなに危険な道でも、自分で選んだ道ならば、後悔はしたくない。


 胸の奥に熱がこもる。それが恐れなのか、使命感なのか――はっきりしないまま、私はただ、“立ち止まってはいけない”と自分に言い聞かせていた。背を向ければ、いつかきっと、“破壊の象徴”として取り込まれてしまう――その未来だけは、どうしても受け入れられなかった。


 ファイルをしっかりと抱きしめながら、私はお祖父様の温かなまなざしを受けとめた。紙の縁が掌に食い込み、指先のざらつきが現実を確かめる。心の中で小さく息を継ぎ、さあ、ここからが本番だと改めて自分に言い聞かせる。


 もう、この道を歩むしかないのだから。

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