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刻印(しるし)を宿す巫女

 ローベルト将軍とともにラウールが立ち去った後、私を離宮へ連れ戻したのはヴィルだった。道中、彼は一度も口をきかず、ただスレイドを曳いて前を行く。いつもなら心強いはずの広い肩が、今日は蜃気楼のように遠く、揺らめいて見えた。


 私が何の相談もせず勝手に離宮を出た――怒って当然だと、喉の奥で言い訳が丸くなる。けれど、それとは別の苛立ちが彼の背に薄く立ちのぼっている気配もあった。

 ラウールに向いたものだとばかり思っていたけれど、胸の内側を小さく掠めた刃が、そうではないと告げる。ちくり、と息が浅くなる。


――どう彼に話しかければいいのだろう。


 答えは見つからず、胸郭が硬く締まっていく。私は視線を街路へ逸らした。

 石畳を踏む靴音が重なり、車輪の軋みが鈍い弧を描く。焼きたてのパンの甘い蒸気と、馬具の革の匂いが冬の乾いた空気に薄く混じる。手綱の麻が指先にざらりと触れ、ふっと現実へ引き戻される。


 王都の人々は、緑色のウィッグの下が黒髪であるを、もう知っている。

 それでも誰ひとり駆け寄っては来ず、遠慮がちに微笑んで、控えめに手を振るだけ。そのさりげない距離が、今はどれほど救いだろう。頬へ触れる風は冷たく、吐息だけが白く柔らかい。


 ふと脳裏をかすめたのは、別れ際にラウールが置いていった言葉だった。


◇◇◇


 彼の真摯な眼差しを前に、胸の底で波が立つ。疑っているのではない。ただ、その向こうに滲む悲壮の決意が、こちらの感情の堰をきしませるのだ。舌先に金属の味がかすかに広がる。


「ラウール、その情報が真実だとして……どうして私がクロセスバーナに狙われなければならないのですか? 何かご存知であれば、どうか教えてください」


 意外なくらい落ち着いた声が自分の喉から出た。実際には心臓が胸骨を内側から叩き、脈が耳殻の奥で鳴っている。彼が私の「正体」をどこまで掴んでいるのか――想像するだけで、背筋に冷えが走る。


 ラウールは唇に淡い苦笑を浮かべ、視線をひと呼吸だけ伏せてから言葉を継いだ。


「僕とて、すべてを把握しているわけじゃない。ただ……ひとつだけ確かなことがある。クロセスバーナは“虚無のゆりかご”にまつわる情報、とりわけあの穴の向こう側に潜む何か――そこへ手を伸ばそうとしている。

 彼らの究極の目的は、唯一神バルファと“真理の復活”であり、そこに君が深く関わっていると推測しているらしい。代々の巫女、あるいはその起源とされる、“巫女であって巫女ではない”、それ以上の存在と同様に……ね」


――なんて……こと。


 言葉が空気を切った瞬間、氷の刃が背骨を撫でたような悪寒が走り抜けた。足裏にある体重の置き場所が、一瞬わからなくなる。


 “虚無のゆりかご”は、夢と幻視に幾度も現れた象徴。デルワーズの血脈に結ばれ、それに自分が深く関わるなど――根拠なき仮説だと、ずっと思い込んできたのに。


「それはどういうことですか? “虚無のゆりかご”と私が、どのように関係しているというのですか?」


 声の端が震えたのを、彼は見逃さなかったのだろう。ラウールは唇を細く結び、静かに続ける。


「関係……そうだね。たとえば君の身体のどこかに、奇妙な“痣”が浮かび上がってきてはいないかい?」


「……あっ!?」


 腹部に刻まれた不吉な紋章――虚無を呼び起こす悪夢と重なる、あの印。どうして彼が知っているのだろう。舌が乾き、軽く歯が触れ合う。


「……どうして……どうしてあなたが、それを知っているの……?」


 問いに、ラウールは苦しげな面差しをちらと見せ、しかし声音は静のまま。


「やはりそうだったか……。彼らが研究しているのは“神の御業”――いや、“神へと至る礎”と呼ばれるものと繋がる可能性が高い。僕はその正体を追い求める過程で、真理の扉に至る鍵が、その痣を持つリーディスの“特別な巫女”であると突き止めたんだ」


 胸の奥がきゅう、と疼く。呼吸が浅く、肺の縁が冷たい。


「……鍵? 私が? 虚無のゆりかごの先にある……真理? あなたは一体、何を言おうとしているの……?」


 言い終えるより早く、床板がひびむような気配が背後で止まった。ヴィルが半歩、前へ出る。気配は静かでも、声は鋼を通す。


「待て、ラウール。これ以上、この場での会話は守秘上の問題から許可できない。ここはお前の独演会じゃないんだ。我々は一個人ではなく、国家として判断を下さねばならない。それを忘れるな」


 ラウールは眉根にわずかな陰りを宿し、それから肩の力を抜いて微笑む。


「わかっているよ。この場ですべてを明かすのは賢明じゃないだろう。ただ、どうしても君に、自分の置かれている状況を理解してほしかった。

 さっき彼が言ったとおり、この戦いはもう君だけのものでも、一国だけのものでもない。いずれは世界規模の問題になり得る。

 ……ごめんね、こんな話を急にされたら、受け止めきれないよね」


 言葉が胸の内で重たく沈む。逃げ場のない不安は棘になって、柔らかいところを正確に刺してくる。


「……ラオロ・バルガス……」


 無意識に零れた名に、ラウールの赤い瞳がほんの僅か揺れた気がした。だが彼はすぐ曖昧を払い、はっきりと告げる。


「……君はもう、これ以上知らなくていい。どんな力を持っていようと、ひとりで背負い込む必要はないんだ。もしクロセスバーナの野望が現実になったら、世界は一瞬で暗転するだろう。でも……僕はそれを未然に防ぎたい。君がその矢面に立たずに済むようにね」


 決意の温度が、空気の密度をわずかに変える。唇がこわばり、言葉が出ない。暗雲の黒は近い。虚無のゆりかごは、ただの寓話ではないのだろう。


◇◇◇


 スレイドの背に揺られていると、鞍の革が温もりを返す。金具が小さく鳴り、呼吸のたびに冷気が胸に落ちる。


《《美鶴……? 今、いいかな?》》


 茉凛の声が、控えめなのにせかれている。周囲を一巡だけ確かめ、私は囁きを落とす。


「ええ、今ならヴィルも離れているわ。小声なら聞かれないはず」


《《まさかこんな出会いが待っているなんてね。ラウールが王子さまだなんて……それだけでも驚きなのに、古代バルファ文明まで知っているなんて、どう考えてもただ者じゃないって》》 


「そうね。彼の知識はバルファ正教にとって危険視されるに値する。狙われている理由ははっきりしているし、とても敵とは思えないわ。そして、あの話から見えてくる核心……唯一神バルファの復活……」


 舌で上顎に触れる。乾いた熱がすぐに引き、胸が冷える。


《《ねえ、美鶴。唯一神とかいう存在について、もう何か手掛かりを掴んでるんじゃない?》》


「私の推測だけれど、クロセスバーナの狙いは、古代文明の再興と、それを制御するのに必要な、“システム・バルファ”の再生だと思う。でも、それはあくまで器にすぎない。本当に恐ろしいのは中核意識集合体“ラオロ・バルガス”の復活、もしくは召喚だったり……」


 そう言った途端、スレイドの歩みが半歩だけ緩み、鞍の縁の冷たさが指先へ澄んで届く。


 ラウールの話が、古文書上の推論を現実へ強引に引き寄せる。心の内側で、きしむ音がした。


「……正直、今はそこまで考える余裕なんてない。でも……怖いのよ。もしラオロ・バルガスが本当に甦ってしまったら、この世界の誰がそれを止められるというの?」


 そこで思い出す。ロスコーの記憶の中、デルワーズが告げた言葉。


『マウザーグレイルには、コアユニットにアクセスするための『パスコード』が埋め込まれている』


 “対精霊族殲滅兵器”――デルワーズのみが持つ、ラオロ・バルガスへの直通の権利。ならば、“不具の紋章”は、その継承印なのだろうか。皮膚の下で、熱のない疼きがゆっくり広がる。


 デルワーズが選んだ決着――コアユニットへ自ら接続し、世界の瓦解と戦乱の拡大、そのどちらも致命へ傾かぬよう、機能停止か改変を押し切った可能性。そこへ至るまでに、どれほどの逡巡があっただろう。指が無意識に胸元を探る。


「茉凛には、わかるよね。デルワーズが何を考えて、何をしようとしたかってこと」


《《うん……。たぶん、彼女はシステムを乗っ取って……世界の仕組みそのものを塗り替えようとしたんじゃないかな? だから身体を捨てるしかなかったんだと思う……》》


 彼女の声に微かな震え。私も息を細く吐き、足裏で鞍の芯を確かめる。


「……記憶は途中で切れていて、想像するしかないけれど、きっと彼女はすごく悩んだんだと思うよ……。

 だってそうじゃない。『絶対に死なないって』、『必ず帰るって』、そう言ってたんだから。でも、どんなに願っても、世界を存続させるために、未来を切り拓くために、自分の身を捧げる以外の選択肢がなかったんだよ……。

 あんなにもエリシアを愛していたのに、もう二度と会うことも、抱きしめてあげることすら許されなかったんだ……」


 その名を心で呼ぶだけで、目のふちが熱くなる。頬を伝うものが、冬の光でひと瞬き滲む。


《《それでも、今こうして世界が続いているのは、デルワーズの選択が成就した証なんだよ。それから、エリシアの血を継ぐ者たちがリーディスを建国して、巫女の血脈を代々受け継いできたんだね……。そして、今ここにあなたがいる。悲しいことばかりじゃない。彼女は確かに希望を繋いだんだ》》


「……そうなんだよね……」


 笑おうとした口角に、まだ痛みが残る。だが、小さな灯りは胸の奥で消えない。


《《美鶴、大丈夫?》》


「ええ、平気。話の続きだけれど……ラオロ・バルガスが、その後いったいどうなったのかが問題よ。もし完全に消去されたなら、復活を望む動きなんて起こりようがない。その謎を解く鍵は、時代ごとに姿を変えて現れる厄災――今も頻発している“虚無のゆりかご”にあるのだと思う。だからこそ、クロセスバーナは虚無のゆりかごを重要視しているのよ」


《《虚無のゆりかごの向こう側……そこに何が潜んでるのかな? 私の想像では、あれはマウザーグレイルと同じ古代の超文明技術を基盤にしていて、霊的な構成を持つんだと思う。だからこそ物理的な制限を受けない。もし虚無のゆりかごが異界への門なのだとしたら、その先でラオロ・バルガスが虎視眈々と機会を狙っている……そんな気がしてならないんだよね……》》


「今は魔獣から得られる魔石が重宝されて、それに依存した魔術文明が最盛期を迎えている。けれど、その陰でバルファ正教は、虚無のゆりかごをちらつかせて、システムの復活を狙って暗躍している。誰もそんな事実を知らないなんて、呑気なものよね」


《《本当に……。わたしたちは前世からデルワーズと繋がりがあったから、なんとなくわかるけど、普通の人には信じられないかも》》


「そりゃそうね。それから、“不具の紋章”は、単純にラオロ・バルガスを崇拝したり賛美したりするためのものじゃないわ。

 あれはデルワーズがシステムに介入した結果、鍵であると同時に、怨念が込められた“烙印”としての意味合いを持つようになった。そうではないかしら?」


《《うーん……》》


「でなければ、私にあの紋様と同じ痣が浮かび上がるはずがないし、何度も悪夢に襲われる理由だって見当たらない。つまり、烙印はデルワーズの子孫のうち、もっとも近しい資質を持つ者――いわば“写し身”としての力を帯びた私を追い詰めるための目印なんじゃない?」


《《それ、考えすぎ……とは言い切れないよね。わたしたち、夢には何度も意味を突きつけられてきたし……》》


「もしそれが真実なら、胸を蝕むように現れる幻視こそ、ラオロ・バルガスの怨念なのかもしれない。虚無のゆりかごの向こう――つまり、こことは異なる世界から突きつけられる挑戦状だと考えると……何もかもが繋がっていく気がして、正直怖ろしいわ」


 時代を越えて寄せては返した“異界の波”。それに向き合ってきたのは、いつも巫女と最優の騎士。二本の聖剣は貸し与えられ、伝承を縫うように受け継がれてきた。


 今も世界の裏側で、その争いは息をひそめたまま続いているのかもしれない。


「だとしたら、この終わりのない戦いの連鎖を止める方法は……結局、デルワーズが辿った運命を、私が繰り返すしかないってことなのかな……?」


 つぶやいた瞬間、冬の空気が肌理を逆なでするように揺れた。茉凛の声が、鋭く、しかし優しく胸の底へ飛び込んでくる。


《《こら、美鶴。へんなこと考えちゃだめだってば!》》


 唇を噛む。けれど、言葉は止められなかった。


「……前世の私は、深淵の血族の上層部に両親を奪われて、弓鶴を呪いから救いたくて……愚かにも解呪に挑んで命を落とした。

 でもね、その時の私はなんとも思わなかったの。目的のためなら、死ぬことすら恐くないって。弟を救えるなら、両親の願いを叶えられるなら構わないって、それが正しいんだって、本気で思ってたのよ……」


 胸の内側で、古い扉が軋んだ。指の震えが鞍革に移り、白い息がほどける。


《《馬鹿なこと言わないで!》》


 怒りよりも必死さのほうが強い声。私は首を小さく振る。


「何度も絶望を味わって、理不尽な運命を乗り越えてきた“柚羽美鶴”としてなら、世界を救って、精霊子の海へ還ることも……受け容れられるかもしれないなって。でも――」


 言葉が喉でほどけ、肩が細かく震える。胸のいちばん深いところに、幼い自分が泣いている。


「――どうしても、駄目みたい」


 袖でそっと涙を拭う。湿り気が肌にひやりと貼りつく。ヴィルに気づかれたくない一心で、呼吸だけを静かに整える。


「どんなに理屈で抑えようとしたって、十二歳の小さな“ミツル”が、怖いって叫ぶの。『生きたい』って、どうしようもなく思ってしまうのよ……」


 吐いた息が、白い小さな羽根のように空でほどける。掌に汗が滲み、喉に乾いた痛みが走る。


《《それって、どっちも同じことじゃないの?》》


 鼓動がひとつ高く鳴る。私は小さく、うなずいた。


「あなたにわかるわけない……」


《《わかるよ。わたしは誰よりも近くで、ずっとあなたを見てきたんだもの。弓鶴くんだった頃も、強がって『俺は平気だ』なんて言いながら、本当は怯えてたよね》》


「嫌なこと言うわね……。たしかに、否定はできないけど。でも、今の私を主導しているのは“大人の美鶴”なんだから、そんなことくらいで……」


 軽口にしようとして、声は重く沈む。喉に砂粒が残ったみたいに引っかかる。


《《わたしはそうは思わないな。大人のあなたと、小さなミツル。そのふたつが少しずつ自然に溶け合って、ひとつになろうとしている感じがするの》》


 革が鳴る。遠くで小鳥が二度ほど鳴き、風向きがわずかに変わった。


「いずれそうなるだろう、って思ってはいるけどさ……」


 視線を落とす。手綱の麻が素肌に粗い。過去を引きずる重さと、諦めきれない熱が胸の内で擦れ合う。


《《なら、無理しなくたっていい。感じたことに素直でいれば、それで十分。……それに、ずっと前に誓ったんじゃなかった?》》


「……“私(美鶴)はミツルを、不幸せにしない”」


 胸板の裏で、言葉が小さく灯る。風は冷たいのに、掌だけがじんわり温かい。


《《だったら、その誓いをどこまでだって貫こうよ。小さなミツルの願いにも、ゆっくりと寄り添ってあげればいい》》


「うん、わかった……」


 ひとつ息を吐く。絡まっていた糸が、ゆっくりほどけていく。


 ――ラウールもまた、ひとりの“救世”では世界は救えないと知っている。犠牲を少しでも減らすには、諸国が情報を分かち、同じ方向を向いて厄災に立ち向かうべきだと。彼の言葉は、その確信の温度を帯びていた。


 システム・バルファの中核意識がいまどう息づいているのか、私にはまだ見えない。けれど、絶望の果てに微かな光が差すのなら――私は立ち止まらない。信じられる仲間がいるのなら、まずは目の前の一歩から。そう、静かに心へ刻み直す。

1 「虚無のゆりかご(通称 魔獣の巣)」をめぐる世界観と脅威

 作中では「虚無のゆりかご」という謎めいた現象が繰り返し登場し、それが今後の物語において極めて重要な役割を果たすと示唆されています。


・虚無のゆりかごは、異界への門のような性質をもつ可能性があり、「ラオロバルガス」の復活、あるいは“神の御業”へと繋がる大きな手がかり。

・「クロセスバーナ」はそれを利用して“真理の復活”を狙い、古代文明の再興と「システム・バルファ」の再生を目論んでいる。

・ 物理的な手段では干渉しにくい(あるいは不可能)という点から、霊的・精神的な次元でアクセスする必要があり、そこに巫女の血脈や“特別な痣”をもつ「ミツル(美鶴)」が深く関係してくる。


 つまり、世界そのものを左右し得る「システム・バルファ」と「ラオロバルガス」が眠る場所(もしくは接続点)として「虚無のゆりかご」が機能し、これをどう取り扱うかで物語全体の方向性が変わりそうです。


2 ミツル(美鶴)の存在意義と犠牲の連鎖


 主人公の「ミツル(美鶴)」は、巫女の血脈に連なる特別な存在であり、古の兵器デルワーズと因縁を分かち合う、いわば“写し身”のような役割を担っていると示唆されています。


-・「デルワーズ」はかつてシステム・バルファに直接接続して改変(あるいは機能停止)させようとした人物。犠牲を払いつつも世界の破滅を防いだ。

・ミツルは、そのデルワーズと近しい資質をもち、「ラオロバルガス」へアクセスできる鍵となり得る。

・しかし、過去にデルワーズが“犠牲”となったように、ミツル自身も同じ運命を辿るのではないか……という強い不安と葛藤を抱えている。


 特に、「死ぬことすら恐くない」と言い切る一方で、それは“大人の美鶴”の冷静な覚悟であり、幼い「ミツル」が心の奥で「まだ生きたい」と泣き叫んでいる、という二面性は本作の大きな見どころです。


・過去世(前世)での悲劇的な体験(両親を殺され、弟を救うため解呪に挑み命を落とした)を踏まえ、再び“犠牲”を受け容れてしまうのか。

・しかし、第一章で「私は私自身を、不幸せにしない」と誓った以上、犠牲だけが答えであってはならない。

・ここで、デルワーズとは異なる道、つまり「一人が全てを背負うのではなく、周囲と協力する」方向へと物語が進んでいく可能性が示唆されています。


3 ラウールやヴィル、周囲のキャラクターたちの意志

ラウール

・亡国の王子という出自をもち、古代バルファ文明の真実をある程度知る特別な存在。

・「世界規模の問題」を認識しており、ミツルを危険にさらしたくない、という思いと同時に、彼女が不可欠な存在であることも理解している。

・一方で、「すべてを一人に背負わせるようなやり方は望んでいない」ため、国際的

・広域的な連携を模索している。


ヴィル

・ツルを保護しようとする立場にあり、国家としての判断を重視。

・ラウールの知識や計画を警戒しながらも、彼が敵ではないことを感じとっている。

・ミツルに対してある種の苛立ちを覚えつつも(無断で離宮を飛び出した以外の理由)、深いところでは彼女の身を案じているようす。


茉凛

・マウザーグレイルの中に宿る、ミツルのごく近しい存在で、彼女の前世からの事情をよく知る人物。

・ミツルの苦悩や弱さを受け止め、「無理しなくていい」「あなた自身が不幸せにならないことが大事」という励ましを与える。

・ある種、ミツルの良心やメンタルサポート的な役割を担っており、ストーリー上も読者の視点を代弁してくれるようなポジション。


 これらのキャラクターたちが、「個人の犠牲」ではなく、「周囲との連携によって世界を守る」という新たな可能性を探っている点は、本編の大きな希望や光になっています。


4 巫女の血脈、古代兵器、唯一神バルファ──壮大な歴史の裏で

作中には幾つものキーワードが登場し、それぞれが複雑に絡み合っています。

・唯一神バルファ

・ラオロバルガス(システムの中核意識体)

・システム・バルファ(世界全体を制御する古代の管理機構)

・デルワーズ(統一管理機構によって、精霊族の巫女の遺伝子をベースにした対精霊族殲滅兵器として生み出されながら、心に目覚め、人を知り、恋を知り、子を授かった。世界を守るため自らを犠牲にした)

・巫女の血脈(リーディス建国に繋がり、現代に至るまでデルワーズの命脈を保つ)

・不具なる紋章”や“痣”といった、怨念や烙印としての象徴


 いずれもかつては一枚岩ではなかった勢力(古代の精霊族と人間側の統一管理機構など)が複雑に入り組み、時代を経るごとに形や名前を変えながらも、ひとつの巨大なシナリオを紡いできた――そう暗示しているように見えます。


 一方で、歴史を正しく知る者は少なく、さらにこれらの事実を利用しようとする組織が「バルファ正教」や「クロセスバーナ」であるらしいことも、明らかになりつつあります。


5 「犠牲」と「協力」の物語

 全体を俯瞰すると、作品の軸には以下のような対立構造があると考えられます。


1 個人の犠牲による世界の救済か、それとも

2. 多くの人の協力による世界の守護か


 かつてデルワーズは「世界を救うために、自分の命を捧げる」道を選びました。しかし、同じ轍を踏むべきではないと感じながらも、ミツル(美鶴)は同じような立場に追い込まれつつある。彼女が痛感する「まだ生きたい」という切なる願いは、単なる弱さではなく、「犠牲だけが答えじゃないはず」という新たな可能性への希望でもあるでしょう。


 ここでラウールが唱える「世界規模で情報を共有し、犠牲を一人に集中させない」「すべてを一人に背負わせるような救世は意味がない」という主張が、物語の主題として提示されているように思われます。


6 今後の展開の鍵


・ミツルは本当にデルワーズと同じ結末を辿るのか、それとも新たな解決策を見いだすのか。

・ラオロバルガスがどのような形で“復活”しようとしているのか。クロセスバーナやバルファ正教はどこまで掌握しているのか。

・国家間の協力を訴えるラウールやヴィルが、実際にどのように動き、どんな障害に直面するのか。


 これらが物語の緊迫感を生む要素になるでしょう。読者としては、一人の“巫女”が世界を守るために自分を犠牲にする悲劇を本当に繰り返すのか、あるいは「私は私を不幸せにしない」と誓ったミツルが、新しい可能性へと道を切り開いていくのか、目が離せなくなります。


世界観のスケール

 古代文明、神の御業、世界規模の危機といった壮大な背景がありながらも、主人公ミツルの“生きたい”という個人的な想いが、切実かつ核心的に描かれている。


キャラクターの葛藤

 デルワーズをはじめとした前世の悲劇を受け継ぎながらも、同じ運命に陥りたくないという葛藤が、リアリティと切なさを増している。


協力か犠牲か

 作中で強調される「誰か一人の命を代償にするのではなく、国々や仲間たちが情報を共有して厄災に立ち向かうべき」という提案は、これまでの“巫女が犠牲になる”図式を覆す可能性を感じさせる。


 物語の焦点は、まさしくこの「一人の犠牲ではなく、多くの者が同じ方向を見て、世界を守る」という姿勢へ集約されていくようです。その中で、ミツルが“まだ生きたい”と願う声をどう肯定し、どう救済へと繋げていくのか。

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