ふたつの歳を生きる娘
ふと、ヴィルのことが、私の胸の内で微かにさざ波を立てた。夜風が運ぶ湿った土の匂いが、遠い記憶の扉を静かに押し開ける。
彼と辿った日々は、もう説明のいらない熱として残っている。確かめ合った事実は変わらない。あとは前へ進むだけだ。
今の私は、十二歳の少女の身体に閉じこめられた、二十一歳の大人だ。
この真実を、もちろん彼に告げたことはない。背丈も小さく、あどけない姿の奥に、成熟した“私”と純粋な“私”――ふたつの魂が息づいていることなど、知る由もないだろう。
相反するふたつの自分が、寄せては返す波のように私を翻弄する。そんな私を、彼はどんな瞳で見つめているのだろうか。
大人びた言葉を選ぼうとしても、気づけば子供のように笑ってしまう。訳もなく涙がこぼれる瞬間もある。その起伏を抑えこもうと奥歯を噛みしめる。冷静であれと願う“私”と、素直になりたい“私”の狭間で、気持ちはちぎれそうだった。純粋な感情も愛おしいのに、それをさらけ出すのが怖い。
彼に甘えたい私と、甘えてはいけないと首を振る私。守られたい気持ちと、自分で立つ意地がせめぎ合い、心は宙ぶらりん。
そんな私に、彼は言った。
「俺は、お前を一人前として扱う」
胸に温かいものが広がる。けれど、わずかな突き放しを感じてしまうのは私の弱さだろう。
彼は意思と自主性を尊重してくれている。子供扱いでも、大人の理屈で引っ張るわけでもない。ただ、まだ掴みきれずにいるのかもしれない。その曖昧な距離が、もどかしい。
仕方のないこと――そう思えば、「わたしは前世を持っているの」なんて告げられない。信じてもらえるはずがない。彼から見れば私は常識外れの“化け物”になってしまうかもしれない。そんなのが一番怖い。自分が分からない自分が、何より怖い。
ならばできることはひとつ。彼に応えられるように、もっと成長すること。
いずれ一人の人間として自立し、胸を張って認められる存在になりたい。剣術だけでなく、人としての芯と優しさを身につけ、いつか彼の隣に当然のように並び立てる女性に。
女性としての成長――それが何かは、まだよく分からない。でも彼がからかうように言った「そのうち、いい女になる」を真摯に受け止めている。外見だけじゃない。母さまのように優しく、芯があり、内面から輝く女性に。そんな私を見て、ヴィルがあっけにとられる顔をするところを、ひそかに夢見る。
◇◇◇
昔のヴィルは父さまの背を追い、並び、越えることで自分を証明しようとしていた。けれど、その目標はもう遠くに消えた。彼がふいに視線をさまよわせるのは、そのせいかもしれない。焚き火の炎が瞳に映っても、光は奥まで届かないように見える。
父さまが去り、「越えるべき存在」は手の届かぬ幻影となった。目標の喪失、心に空いた穴、指針の喪失――そんな影が彼にあるのだろう。
でも、私という存在を通して、彼は想いを「託し直し」ているのかもしれない。ユベルの娘として、父の剣の意義を新しく見つめ直そうとする私を、彼は否定せずに受け止める。
その眼差しには、自分の過去を私に重ねる気配、私が成長していく姿を見届けることで、失われた目標を少しずつ埋め戻そうとする思いがにじむ。言葉にしなくとも、佇まいから伝わってくる。
私が選んだ「剣舞」という道は、父さまをなぞるだけではない。その先へ飛び、刻まれた剣の意味を私自身の手で紡ぎ直す行為だ。
それはヴィルにとっても新たな目標との出会いになるのだろうか。傍らで導き支えながら、再び「生きる意味」を探し当てる――そんな穏やかな奇跡が起こりうるのかもしれない。
あの人は、ふっとした微笑みを湛える。飄々とした態度の陰に、芸術へと昇華された新たな剣技を密かに期待しているのかもしれない。
口では「厳しく鍛える」と言いながら、瞳の奥には、自由な発想と研鑽の先に訪れる、美しく舞う刃の瞬間を待ち望む温かな光があるように思える。
だったら、私は進むしかない。その合図を見逃さず、理想に向かい続ける。そして、彼が視線を私の成長の先端までずっと追ってくれるなら、どれほど心強いだろう。
――あなたの期待を、裏切りはしない。
そう決意が小さく、確かな音を立て、指先に力がこもる。
◇◇◇
私ばかりが問い詰められるなんて、少し悔しい――そんな思いが、風のように胸を横切った。
いつも「これから?」と訊くのはヴィル。ならば、たまには私から。
胸の奥で小さくいたずらっぽく笑みを浮かべ、彼の横顔を見上げた。
「ねえ、ヴィル。あなたはこれから、どんな未来を望んでるの?」
自分の声が意外なほど柔らかく響いた気がして、唇の端をくいっと上げる。
十二歳のミツルなら思いつかない問い。でも私には二十一歳の美鶴の視点がある。だから、相手を見つめ、そっと問いかけられる。
ヴィルは少し目を伏せ、眉根に小さなくぼみを作る。穏やかな彼の中に、小石が水面へ落ちたような揺らぎ。首筋に滲む苦笑が、答えに迷う証に見えた。
「……もういい年だからな。特に望むものはないと思う」
ややぎこちない声音。嘘ではないのだろう。でも、その奥底に小さな光が隠れている気がして、もう一歩だけ踏み込む。
「……本当に、ないの?」
首を傾げ上目遣いに問うと、彼はわずかに唇をゆがめる。小さな苦笑は、かつて燃えていた何かを静かに押し込めている名残のよう。
「強さばかり追っていた頃は、ユベルを越えたいと思っていた。けど、あいつはもういない。今は……お前がどんなふうに成長していくのか、見届けることくらいしか、俺には残っていない」
透明な温もりが滲む。胸の奥がふわりと温かい。薄曇りの空から陽が差すみたいに。
彼は偽らない。それを知っているから、素直に信じられる。気まずそうで、微かに穏やかな表情のまま、私の視線を受け止めていた。
夜のやわらかな光を浴びながら、そっと微笑む。唇の端がわずかに上がり、髪がさらりと揺れる。彼はいつになく視線を落とし、苦笑まじりに低く呟く。
「いつか、お前が俺を唖然とさせるほど強くて、美しい剣を完成させる日が来るかもしれない。だがな、そうなっても俺は簡単に『まいった』とは言わんぞ」
少し冗談めいた響き。私は微かな月明かりを受ける彼の瞳を見つめ、内心で微笑む。
彼は本気で、私が前へ進むことを望み、その成長を密やかに応援している。かつて父さまに感じた悔しさや焦燥と憧れが、別のかたちで映る鏡のように。
けれど今の彼は私を「目標」に閉じ込めない。いつか私が追い抜き、さらに遠くへ行く可能性を、嬉しそうに見守っている。
私は小さく肩をすくめる。真剣な決意を飲み込みながら、それを軽やかに包む仕草。
「ふふ、わかった。あなたを退屈させないように、ちゃんと期待に応えられるように、私、がんばってみる」
彼はわずかに目元をほころばせる。その穏やかな微笑は、一瞬だけ横顔を素直な歓喜で飾ったように見えた。
十二歳の情熱と、二十一歳の冷静さ――その両方を胸に秘めた私が、これからどんな未来を描くかを、彼は静かに喜んでくれているのだと思う。
風が草葉をそっと撫でる。乾いた音が耳に心地よい。ここにいるのは、私とヴィル、ただそれだけ。そのことがどうしようもなく愛おしく、少し先の時間が楽しみになる。
だからだろうか、唇がひらりと秘めた想いをこぼした。――十二歳のまっすぐな願い。けれど美鶴の私には、恋ではない、魂で結ばれた茉凛という盟友がいる。それでも、未来への淡い夢をいまは言葉にしてみたい。
息を整え、隣へそっと声をかける。視線を伏せ、まつ毛を震わせ、秘密を落とすみたいに。
「ねえ、ヴィル?」
彼はわずかに渋面をつくり、青い瞳をこちらへ向けた。ふだんより柔らかく、心をほどく視線。
「な、なんだ、ミツル……?」
おろおろとした響きが混じる。不器用なのに気遣いに満ちた低い声。つい笑みがこぼれて、胸の中がくすぐったい。
「わたしね、大人になったら、母さまみたいな素敵なお母さんになりたいの。すごく優しくて、ちゃんと強い芯があって、ときどきは厳しく叱れて……それでいて、子どもを本当に幸せにできる人。そんなふうになれたらって……どう、かな?」
口にすると、顔がぽっと熱くなった。まだ母親になる自分は想像できない。でも、その憧れは確かな重みで胸にある。言葉にしたことが少し恥ずかしくて、頬が染まる。
ヴィルは驚いたように目を見開き、つぎの瞬間、ゆるやかな微笑を浮かべた。いつになく柔らかで、少し照れくさい気配すらある。心が温かくほどける。
「なるほど。その時が来たら、俺にできることがあるなら喜んで手を貸そう。父親代わりにはなれないかもしれないが……お前が望む道を進むなら、その生き様をずっと後ろで支えるさ」
言葉は不器用でも、確かな温もりと頼もしさがあった。胸がこそばゆく、甘やかな感情で満たされる。
だけど、ふとよぎる。母になるには、隣に歩むパートナーが要る。恋や伴侶を思うと、私は途端に分からなくなる。まだ幼い夢想の未来。けれどいつか輪郭を帯びる日が来るのだろうか……。
「でも、ヴィル……私、ちゃんとそんな人を見つけられるのかな?」
不安げに袖口をつまむ。さらりとした布の感触が、不安を少し吸い取ってくれる。まだ幼く、自分の心の形すら曖昧。未来の相手なんて想像もつかない。それでも、はっきりさせたくて問いかける。
ヴィルは少し肩をすくめ、ぎこちなく笑う。微かに目線を逸らし、「ええと、どうしたものか」とおろおろしている。
「そ、そういうことはだな……その、いずれ自然にわかる。あ、焦らなくてもいい。お前ならきっと大丈夫だ」
頼りなげでも、安心させようとする意志は伝わる。私は少し黙って、また口を開く。
「それでも……見つからなかったら、どうしよう?」
しつこいと分かっていても、言わずにいられない。恋愛経験など皆無に等しい。理想の輪郭もぼやけている。将来の幸せに保証などない。
彼は保護者のような表情で視線を泳がせ、首筋に手をやり、少し荒い息をつく。
「そ、その時は……お、俺が、ちゃんと相応しいやつを探してやる!」
不器用な宣言は、強引さの裏に優しさを含み、心を温める。思わずくすりと笑うが、もやは消えきらない。私は小首を傾げ、少し意地悪に問い詰める。
「それでも……それでも、見つからなかったら……?」
なぜ食い下がるのか、自分でもよく分からない。
ただ、おろおろと戸惑う彼の顔が不安をかき消してくれる気がした。その表情を、もう少しだけ見ていたかったのかもしれない。
「うむむ……」
とうとう彼は頭を抱えた。
想外の難問に困り果てる子供のようで、頬がゆるむ。静かな闇の中、小さく唇を噛みながら、私は笑いをこらえ切れず、くすりと声を漏らす。
「もう勘弁してくれ。お前はいったい俺に何を期待してるんだ、まったく」
彼は半ばあきれたように目を泳がせ、微妙に視線を逸らす。
その様子がまた可笑しくて、私は袖口に口元を寄せて笑みを隠した。黒い夜空の下で、小さな笑い声が柔らかく弾け、二人を包む。
ふいに胸の内で、小さなざわめきが生まれた。もし、私が母さまのような女性になれたなら――そして、いつか家族を築く日が来たなら、その隣には誰がいるのだろう?
浮かんだ問いは、柔らかな霧のような夢のかたち。触れれば指先から溶けてしまいそう。それでも薄闇の向こうの未来図を見つめると、そのぼんやりした輪郭の中に――いつの間にかヴィルの姿が重なってしまう。
その瞬間、頬がじんわりと熱を含む。胸の奥がくすぐったく、心臓がとくん、と一つ大きく脈打つ。
――……これって、ありなのかも。
小さな囁きが心で反響する。私は花びらが風にさらわれるみたいに、思考を宙に浮かせた。その時、ヴィルの声が不意に降りる。
「ん……? どうしたんだ?」
不思議そうに首をかしげる。
その仕草が愛おしくて、けれど照れくさくて、私は慌てて目を伏せた。視線を交わすのが恥ずかしく、鼓動が早まる。ついさっきまで何気ない空気が、今は甘く息苦しい。
「う、ううん、なんでもないよ」
平静を装った声は思いのほか軽く弾け、かえって怪しまれそうで焦る。彼は困惑顔のまま、片眉をわずかに上げて見つめてくる。
「変なやつだ……何を想像してるかは知らんが、心配するな。お、お前が幸せになれるように、俺が何だってしてやる。任せとけ」
頼りなげな宣言は空回りした優しさを含み、胸を甘く染める。深い意味はないと分かっていても、静かな期待という蕾がふんわり花開きかけるのを感じる。こんな気持ちはうまく言えなくて、頬がどんどん熱くなる。
私はまだ十二歳。母さまのような大人の女性になるのは、遠い未来。でも、この夜闇の向こうに優しい光が待っているなら……それは、今こうして並ぶ彼の存在が、淡く導いてくれているのかもしれない。
彼は困ったような表情のまま。私はちらりと見やり、小さく笑ってまた夜空へ視線を上げた。
無数の星のまたたきの先には、まだ見ぬ未来が息をひそめている。何も決まっていない暗がりの向こう側。けれど、その中で微かな予感が温かく脈打っていた。
いつか、優しい光を見つけられる日が来る気がする。その想いを胸に、私はそっと瞳を閉じた。
【「ミツル・美鶴」の心理――二重の内面と成長への希求】
「ミツル」は、十二歳の幼い身体と、前世で二十一歳だった“大人の私”という二重の存在を抱え、揺れ動いている。幼少の身体は無垢な感情や素直な反応を導き出すが、その一方で内包された成熟した意識は、自分を俯瞰し、理知的であろうとする。その結果、「ミツル」は感情面での素直な発露に怖気づき、あたかも自分自身が二つの価値観の間で引き裂かれているかのような状態に陥っている。
一方で、「ミツル」は父を失い、母を失踪のまま探し求めているという喪失と使命感を背負う存在でもある。そのため、孤独感や不安定さが“前へ進みたい”という願望と結びつき、前世という奇妙な経歴を加味しつつも、自立した大人となることを渇望している。父という偉大なモデルが亡くなった後、「ミツル」は「剣舞」という独自の方向性を模索し、自分独自の「剣の芸術」へと昇華させていこうと試みている。そこには、単なる継承ではなく、自分自身が主体的に道を切り拓くことで、失われた父の名誉と自分自身の生きる意味を確かめたいという意志が感じられる。
「ミツル」はヴィルの存在を通じ、自分が「もう一度父に出会える」ような感覚――すなわち、父が遺した剣の思想や優しさを、今度はヴィルという人物との交流の中に再発見している。また、そこには家族への憧れ、将来への微かな夢が芽生えており、それは幼い肉体がもつ純粋な希望として立ち現れる。その未来像の中で、「自分が母のような強く優しい女性になり、家族を築けるのなら、その隣にはヴィルのような存在がいても悪くない」と想起する。この淡い可能性は、彼女にとって「剣士としての強さ」と「母としての優しさ」を結びつけ、未来を柔らかく照らす微光となっている。
しかし、同時に「ミツル」は未成熟であることを強く自覚している。「大人としての矜持」と「子供としての甘えたい気持ち」のせめぎ合いは、正体を明かせない前世持ちという特異な事情も加わり、彼女を不安定に揺さぶる。頼りたい、でも頼りたくない、守られたい、でも自分で立ちたい――そうした相反する情感が、「ヴィルは私をどう見ているのか?」という問いを生み出し、未来像を確立できぬまま宙吊りにする。結局、「ミツル」は彼の存在を糧に、少しずつでも前へ進み、立派な大人になって、彼に胸を張って認められたいと願うことで、揺らぎを抑え、行動を継続させる。ヴィルへの淡い憧れは、師弟関係や仲間関係を超えて、密やかな好意や期待を内包し始めているが、まだそれを素直に認めるには幼さと恥じらいが勝ってしまう。そこには人間的な「変わりゆく心」が確かに息づいている。
【ヴィルの心理――喪失と再生への模索】
一方、ヴィルはかつてユベル(「ミツル」の父)と並び称され、その背中を追いかけ、自らの強さを証明したいと願っていた剣士だった。しかし、ユベルが不在となった今、彼は自分を測るための“標尺”を失い、心の中に空洞を抱えている。二十年もの放浪は、無実を信じた盟友への尽きぬ忠誠心と、目標喪失による漂流状態の表象でもあり、その間に積み重ねた疲労と哀しみは、彼をどこか諦観めいた静けさへと導いている。
だからこそ、ヴィルにとって「ミツル」との出会いは意味深い。彼女は父ユベルの娘であり、その「白きマウザーグレイル」を受け継ぐ存在。つまり、彼女はユベルとのつながりを今に繋ぐ「証」なのだ。ヴィルは、ユベルが残した遺産を彼女がどう紡ぎ直していくのか、剣舞という形で新たな境地を拓いていく様を、静かに見守り、導こうとしている。その姿は、かつて自分がユベルを追いかけていた時代とはまるで逆で、今度はヴィルが「育む側」「見守る側」に回っている。これは、彼自身が「かつて越えようとした存在」が不在となった代わりに、「新たな成長する可能性」をもつ存在に希望と意義を託し直していることを示唆している。
ただし、ヴィルは自分の内面を多く語らない。不器用で、相手が子供であろうと大人であろうと、その境目を踏まえた扱いをすることに慎重になっている。それは、彼女がどんな存在であり、どのように育っていくのかを見定めるための距離感でもあり、同時に、これ以上誰かを失うことへの不安や慎重さでもあるだろう。押しつけでも守護者気取りでもなく、あくまで尊重し、支え、彼女自身が自立的に羽ばたくのを「後ろで支える」というスタンスは、ユベルに対する敬意と喪失感、そして新たな希望とが複雑に絡み合った末に行き着いた、再生への一歩といえる。
ミツルが母になる未来を思い描き、彼に「そんな未来、わたしにも訪れるかしら?」と問いかけたとき、ヴィルは戸惑いながらも不器用な優しさを示している。焦点が定まらない曖昧な返答の中に、「自分は彼女に何をしてやれるのか?」「自分の役割とは何か?」という葛藤がある。かつてユベルと対等であろうとしたヴィルは、今や「ミツル」を一番近くで支える側となり、彼女が成長した先に生まれる可能性を見守る。その過程で、彼自身の未来もまた再定義されていく。剣士としての生きがいを喪いかけたヴィルは、「ミツル」の存在によって新たな生きる意味を見つけ出しているかもしれない。
【二人が紡ぐ関係――師弟、家族、そして未来への導き】
「ミツル」と「ヴィル」は、父娘ほど年齢が離れているにせよ、「父の盟友」と「盟友の娘」という、歪な家族的関係性の拡張線上にいる。そこには、師弟関係、保護者と被保護者、あるいは盟友と呼べるような複雑な連関が渦巻いている。互いが「ユベル」という存在によって繋がれているため、一方は喪失を抱え、一方は成長途上のまま浮遊している。
「ミツル」はヴィルに憧れと警戒と甘えたい気持ち、そして少しの異性としての意識を混在させており、「ヴィル」は「ミツル」を通してかつての目標を補完し、自分なりの再出発の灯を見出している。ここには「何者かになりたい私」と「かつての何者でもあったが、今は再定義を求めるヴィル」という対照的な心理構造がある。
二人はこの関係の中で、互いを映す鏡のように作用する。彼女は彼を通して未来を思い描き、彼は彼女を通して新たな使命感や指針を見出す。この共鳴は、剣術、冒険、家族観、人格形成など、多面的な領域で見られる。「ミツル」が母になる姿を夢見るとき、それを支えるか、それともといったようなヴィルの気まずい優しさは、喪ったものを埋め合わせる行為と同時に、新たな希望の萌芽でもある。
【まとめ】
この物語が描く心理ドラマは、喪失と再生、成長と遺産継承、そして相補性による未来の指向性で成り立っている。「ミツル」は未成熟な子供と成熟した前世の人格の狭間で揺れる存在として、自立と依存を同時に渇望している。その彼女を前に、ヴィルは喪った目標を再定義し、彼女の成長を見守ることで自身の存在意義を再発見する。こうした相互補完的な関係が、互いの内面に微かな光を灯し、遠い未来へと進む力を与える。そこには、暗闇の中でお互いを頼りながら少しずつ前へ進む、温かくも複雑な感情のうねりが息づいているのである。




