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黒髪のグロンダイル 〜巫女と騎士、ふたつでひとつのツバサ〜  作者: ひさち
第五章 孵化『Éclosion(エクロージョン)』
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王家の聖剣~祖父と孫の悪巧み

 その後、王家所蔵の聖剣を手に取ってみた。刃の薄さと鋭利さは息を呑むほどで、光を吸い込むような鈍い輝きがその異質さを際立たせている。持ち上げると、不思議と重さを感じない。


 その材質は、マウザーグレイルと同様、謎に包まれている。どんな相手であっても斬り裂き、どれだけ激しい戦闘を繰り返しても刃こぼれひとつしないだろう――そんな確信めいた予感がした。


 自然と、ヴィルのことを思い浮かべた。もし彼がこの剣を手にしたらどうなるだろう、と。


 出会った時の彼の言葉が、耳の奥で静かに蘇る。


『――折れればすぐに捨てて次の剣を取る。そうでなければ、絶え間ない戦いで生き残るのは難しい』


 彼ならきっと、剣の耐久性を一切気に留めず、体力と気力が尽きるまで戦い続けるだろう。その勇猛果敢な姿を思い描くだけで、胸が高鳴る。それは頼もしい反面、少しだけ怖くも感じた。


 ヴィルの戦いぶりは、ある種の崇高さと危うさを併せ持っている。それが彼自身の命を削ることになるとしても、決して後退しないだろうと思う。


「この剣には、マウザーグレイルを手にしたときに感じたような囁きや温もりが、まるでないように思えます。

 ただの無音の虚無――存在そのものが異様なほど静かで、剣である以前に何か大切なものを欠いているような……」


 思ったままを伝えると、お祖父様はむしろ納得したように頷いた。

 目元には、長い探究の果てに合点がいった学者の光と、どこか「さて、どう料理してくれようか」という策士の陰りが同時に宿っている。


「剣とは、持つ者の心を映すものと、誰かに教わったことがあります。もし、この剣を最強の剣士に託したら、きっととてつもない効果をもたらすのではないでしょうか?」


 我ながら唐突な思いつきだったが、お祖父様は一瞬だけ目を丸くした後、すぐに唇の端を釣り上げる。

 知識人の微笑みというより、孫娘のひらめきに悪乗りする策士の笑みだった。


「うむ、それは実に良い考えだ。このままでは宝の持ち腐れというもの。実力ある者に使わせてみた方が、この剣もまた本望だろう」


 重厚な声の裏に、愉快げな響きが隠しきれずに滲む。まるで「さて誰に試させてみるか」と、すでに次の一手を考えているようだった。


 その言葉に胸が躍る。私は思い切って続けた。


「もし、可能でしたら……私はその適任者に心当たりがあります」


「ほう、君が考える適任者とは?」


 答えに迷いはなかった。


「それは、ヴィル・ブルフォードです」


 彼の名を口にした瞬間、自分でも熱がこもるのを感じた。お祖父様は目を細めて頷き、まるで孫娘の心の内を見透かしたような雰囲気を漂わせた。


「私もそう考えていたところだ。しかし、問題がないわけではない」


 厳かな手つきで剣を示しながらも、その目元には悪戯を企む子どものような光がちらつく。


「一応は我が国の宝だ。おいそれと貸し与えるわけにはいかんだろう。少なくとも、彼が騎士団に復帰する意思を示してくれるのであれば、その道も開けようがな」


「そ、そうですね……簡単にはいきませんよね」


 重い響きに背筋を伸ばす。けれど、お祖父様はそこで急に目を細め、声を潜めて笑った。


「だが、一度ここに呼び寄せてみるのはどうだろうか」


「えっ?」


「ブルフォードがこの剣を見てどう感じるか。実際に持たせてみて、彼がどう反応するか、観察するのだよ」


 楽しげに囁くその声音には、どこか小悪党めいた響きさえあった。


「……お祖父様、それって……剣を餌にして、釣るようなものでは?」


「ふふふ……」


 お祖父様は声を立てて笑った。知の巨人が、まるで茶目っ気ある老人に化けたかのように。


「その通りだよ。剣士たる者、最強の剣を前にすれば、誰だって心を動かされるものだ。もちろん最終的にどうするかは彼次第だがね。

 それに――君も気になるのだろう? 雷光と謳われる力量を持つ者が、この剣を振るえば、どんな光景が生まれるのかを」


「はい……それはもう、すごく気になります」


「やはり好奇心は止められないものだな」


「まったくです」


 顔を見合わせ、つい微笑みがこぼれる。だがその笑みの裏で、お祖父様の目はキラリと光っていた。


 賢者の顔の奥に潜む、狡猾な策士の影。


 血のつながりとはこういうものだろうか。互いに同じ熱を持ち、同じ未来を見据えている――その確信と共に、胸の奥では「悪巧み」の予感が、わくわくと芽生えていた。

 このシーンは、王家に伝わる聖剣という特別な存在を通して、登場人物の価値観や物語の展開への伏線が描かれています。王家所有の聖剣は決して無駄なものではなく、ある重要な意味を持っています。


聖剣の描写の意味

 この聖剣は単なる武器ではなく、国の象徴や歴史の象徴としての側面が強調されています。その鋭利さや異質さ、そして持ったときに感じる不思議な軽さは、剣がただの道具ではなく、超常的な性質を持つことを示唆しています。しかし、同時に「虚無」や「欠落」のような感覚が描かれており、完全無欠の存在ではないことも匂わせています。


 これは、物語においてこの剣が持つ二面性――力と危険、可能性と不安――を象徴していると考えられます。


 また、「マウザーグレイル」との対比が示されることで、この剣が物語の中心にどう関わるか、読者に考えさせる構造になっています。特に、「囁きや温もりがない」という描写は、この剣が持ち主との感応ではなく、純粋に力だけを追求する存在である可能性を示唆しています。


ヴィルの存在と剣の結びつき

 ヴィルに対する主人公の視点は非常に感情的で、彼の勇猛さや戦いぶりに対する畏敬と不安が入り混じっています。この感情の揺れ動きが、主人公自身の未熟さや成長の兆しを示しています。


 ヴィルの言葉「折れればすぐに捨てて次の剣を取る」は、彼の実利主義と戦士としての非情さを際立たせています。それが主人公に「怖さ」を抱かせる一方で、「頼もしさ」をも感じさせる点は、ヴィルというキャラクターが持つ二面性を強調しています。


 主人公がヴィルを適任者として挙げる理由は、単なる実力への評価だけではありません。この提案には、彼への信頼や尊敬、さらには剣を通じて彼の力を認めてもらいたいという、主人公の内面の感情が反映されています。特に「言葉に熱がこもっている」とあるように、感情が溢れる瞬間は、主人公自身の成長やヴィルへの想いを自然に浮き彫りにしています。


お祖父様との関係

 お祖父様の存在は、物語に知恵と経験、そして軽妙さを添えています。彼の「剣を餌に釣る」という発想や、ヴィルに対する興味深い提案は、ただの権威的な人物ではなく、柔軟な発想を持つ策士的な一面を示しています。


 主人公とのやり取りを通じて、家族の絆や伝統的な価値観が描かれています。同時に、お祖父様が剣の真価を理解しつつも「遊び心」を持っていることで、物語全体が重苦しくなりすぎず、読者に親しみやすい印象を与えています。


物語の構造と展開への布石

 このシーンは単に剣の特性やヴィルの戦闘能力を語るだけでなく、物語全体における重要な伏線を張っています。


剣の「虚無的な性質」は、後の物語でその背景や本質が明かされる可能性が高い。

ヴィルがこの剣を手にしたとき、どのような物語的変化が生じるかを予感させる。

主人公自身が剣の真価やそれを扱う覚悟について向き合う展開が待っている。

また、主人公の「適任者」としてヴィルを挙げる提案は、彼女の成長や信念の明確化につながると同時に、ヴィル自身の物語的役割を深化させるきっかけともなります。


結論

 このシーンは、聖剣という象徴を中心に、登場人物の性格や関係性を掘り下げつつ、物語全体のテーマや伏線を巧みに織り込んだ構造になっています。剣の持つ物性や感覚的な描写が繊細でリアルである一方、それが象徴する不確かさが物語に緊張感と奥行きを与えています。


 また、主人公がヴィルを提案する場面を通じて、物語の中での彼女自身の立場や感情的成長を示し、これからの展開に期待を抱かせるものとなっています。

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