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緑の髪の少女と聖剣

 その時だった――。


 庭園の奥から、低い轟音が響いた。大地そのものが息を詰めたような重い脈動。大理石がかすかに震え、噴水の水音さえ消える。噴水の揺れが剣ではなく門の方角から同心で広がるのが見えた。視線は音の出どころを探した。


 それは庭園の片隅に眠る巨大な門だった。普段は固く封じられ、決して開かぬ鉄扉。だが今、鈍い軋みを立てながら重く動く。隙間から吹いた風は肌を刺す冷気を持ち、人々の胸に見えぬ刃を突き立てた。


 門の奥は漆黒の闇。そこから一定の間隔で足音が近づく。靴底の響きに混じるのは、靴音以上の異質な気配。一歩ごとに心臓が締め付けられ、耳の奥に圧がかかった。誰も声を発せず、ただ立ち尽くす。


 やがて闇を裂き、一人の男が現れた。


 姿は平凡に見えた。高い背に細身の体、簡素な革鎧。目立つ装飾も武器もなく、冒険者風情と見え、群衆に一瞬の安堵が広がる。だがそれはすぐに掻き消えた。


 彼が一歩を踏み出すたび、大気が薄い縞を引いて揺らいだ。圧倒的な孤高さ。言葉を持たぬ存在感。


 迷いのない足取りは聖剣の台座へ一直線。周囲には目もくれず、無音の気配をまとって歩む。光の下に姿を晒すと、息を呑む音がそこかしこで重なった。


 藍色の髪が風に乱れ、年若くも枯れたような顔立ち。三十代ほどか。繊細な輪郭に似合わぬ鋭い眼差しが宿り、瞳は剣先のように冷たく光った。まるで一本の刃――その輪郭の硬さは、触れれば切り裂く殺意を秘めているようだった。


「なんだ……あいつは?」


 誰かが震える声で呟いた。答える者はなく、圧に押し潰されて音が引いた。


 男は聖剣の前で立ち止まった。その姿は守護者のようでありながら、意図は誰にも読めない。視線を上げた瞳には虚無と、諦念とは言い難い鋭さが光っていた。


「各方、静まれぃ……」


 低く掠れた声。それだけで庭園の隅々に重みが走り、低いどよめきは消えた。息すら控えさせる力。命令ではなく、否応のない事実として響く声だった。


「リーディス王国国王、ロイドフェリク陛下自らがお出ましになられる、神聖なる儀式である――」


 言葉は大気を震わせ、存在そのものが押し寄せるように感じられた。


「――にもかかわらず、定められた規則と手順を踏まぬ者が、勝手に足を踏み入れ荒らすなど言語道断。違うか?」


 問いかけでありながら、答えを許さぬ響き。人々は息を潜め、ただ刺すような言葉に耐えた。


 彼は視線を逸らさず、白い剣を見つめ続けた。


「この者の行いは、王家の権威を穢すばかりか、民をも混乱させた。伝説のメービス王女の髪色を示すなど、まこと笑止の沙汰――目的はただ一つ、何者かの陰謀に基づいた扇動行為に相違あるまい」


 冷徹と怒りを絡めた声が響くたび、場の温度が凍りつく。群衆は息を潜め、恐怖に縛られた。誰も身じろぎせず、ただ男の鋭い瞳に射抜かれていた。


 ただ一人――庭園の中心で緑の髪の少女だけは、動じなかった。


 聖剣の前に立ち、背筋を伸ばしたまま、男の冷厳な言葉を受け止める。幼さを残す顔立ちに、揺らぎのない静けさが宿り、その姿は人々の視線を自然と集めた。


 群衆は息を呑み、少女がどう答えるのかを待った。


 風が頬を撫で、髪がふわりと揺れる。冷たい静けさの中、彼女の輪郭が際立つ。目を閉じ、ゆっくりと開いた瞳に深い光が差していた。


「……それが、あなたの見解なのですね?」


 少女のまぶたが一度だけ長く閉じる。喉の奥で、乾きが薄く戻った。


「――そう言われてしまえば、否定のしようもございません。

 ただ、申し上げるなら、私はこの剣と向き合うために立っている。それ以上の意図はないのです」


 彼女の目が白い剣を見上げる。その眼差しには、長く離れていた友を思い出すような懐かしさと敬意が混じっていた。


 男は黙って見つめる。鋭い瞳が声の震えまで測ろうとするが、少女は怯まず、さらに言葉を重ねた。


「この剣がここにある理由を、私は知らない。知っているのは――この剣が私をここに導いたということだけです」


 庭園の大気が微かに震えた。虚飾のない響きに、人々の心は掴まれていた。


 男が一歩進む。足音だけで緊張が走る。


「愚かな。貴様はその理由を知らずして、この神聖なる場に立つというのか?」


 疑念を含んだ問いが突き刺さる。再び張り詰めた沈黙。


 少女は首を横に振り、確信を持った声で答える。


「知らないからこそ、ここに立つのです。この剣が何を語ろうとしているのか、それを知るために。ただし――」


 言葉は吸い込まれるように庭園を満たす。人々は息を潜めたまま、その意味を噛み締めた。


「――その剣に本当に心があるのであれば、ですが」


 その一言が落ちたとき、風が止まった。静寂の余韻が空間全体に広がり、胸の奥深くに届いた。


 男の目が細まる。少女の真意を見極めようとする鋭さだけが残る。


「心だと……」


 反芻するように低く呟き、瞳に計りかねる光を宿す。次の瞬間、確信を帯び、声はさらに深みを増した。


「ならば、こちらも言わせてもらおう――私はすでに聖剣から神託を受けている」


 その言葉に全員が息を呑む。驚きと緊張が層を成して広がった。


「神託……?」


 少女は小さく繰り返す。声音は驚きよりも慎重な探りを帯び、瞳は剣に注がれたまま。


 男は続けた。


「この剣は語る――そして、この場にいる者の中で、剣の意思を受け入れ、神託を授かるに値するのは、この私ただ一人だ」


 冷たい断定が庭園を満たす。


 だが少女は怯まない。瞳を静かに男へ向け、一瞬の間を置いて問い返した。


「……では、その神託とは? あなたは何を告げられたのですか?」


 その声は鋭い探求心と覚悟を帯びていた。空気を切り裂くように響いた問いに、男の表情がわずかに揺らいだ。


 少女の言葉は静かに落ちた。だがその響きは、鋭い刃のように男を射抜いた。


「あなたは、聖剣の本質を何も理解していないのですね……」


 穏やかな声に潜む批判。柔らかさに覆われた挑戦に、人々は息を呑んだ。庭園の空気は、彼女の言葉に集中していく。


 男の眉間がわずかに動く。苛立ちが一瞬光ったが、彼は口を閉ざしたまま次を待った。


「それはいいとして――」


 少女は小さく息を吐き、首を傾げた。反応を意に介さぬ様子で、その瞳には揺らがぬ意志が宿る。


「――既に所有者が決まっているのに、どうして選定の儀式など開こうとしたのでしょうか?」


 淡々とした問いに皮肉が滲む。人々の間に低いざわつきが走り、驚きが広がった。


 男の目が鋼のように光る。


「儀式とは形式だ。たとえすでに結果が出ていようとも、正しき手順を踏ませ、そのうえで民を納得させることが肝要。この私こそが正当なる所有者であると証明するためにもな。誰にでも機会は与えられねばなるまい」


 声は低く、自信と共に言い訳めいた響きを含んでいた。


「ただし、この剣が選ぶのはただ一人――この儀式は、選ばれるべき者が誰であるかを世に示すためのものに過ぎぬ」


 少女は挑むように、しかし柔らかく微笑んだ。


「世に示すため? それこそ形式に囚われすぎたお考えですね」


 彼女は剣を見つめ、ゆるやかに言葉を継ぐ。


「私の知る限り、聖剣に選ばれるというのは、形式や儀式に従うことではないはず。剣の意思はもっと自由で、もっと真っ直ぐなもの――たとえば『願い』と呼ぶべきものかもしれません。そうでなければ、私がここに導かれた理由を説明できません」


 その声は嘘の匂いを持たず、庭園に新しい温度を広げた。


 男の目が細まる。険しさが深まる一方で、揺れを隠せていない。


「では、貴様が資格を有する者であるというのか?」


 少女は小さく首を傾げ、息を吐いた後、真っ直ぐに男を見た。


「さあ、それはまだわかりません――」


 声は落ち着き、口元にかすかな自信が浮かぶ。


「『剣と直接接続』し、心を通わせてみなければ、答えは出せません」


 男が眉を寄せる。不可解な言葉に、不信を募らせた。


「この聖剣の特殊な構造、そして内包する何か――それらすべてを解析するための手段を、私は持っています」


 緑の瞳が鋭く輝いた。


「すなわち、私は“聖剣の真贋”を問うことができる者、ということです」


 ざわめきが広がる。禁忌に近い発言に人々は震えたが、少女は微動だにしない。


「構造? 解析? 貴様は何を言っているのだ? わけのわからない事を言うものではない」


 男の声は冷たく切り返す。


「そもそも、小娘に何がわかるというのだ?」


 少女は肩をすくめ、笑みを浮かべた。


「ですから言いました。この剣が本物なのか偽物なのか、それとも全く別の存在なのか――それを私は判別できるということです」


 男の顔に苛立ちが走る。


「口からでまかせを。誰が信じるというのだ?」


 少女は一歩前へ出た。聖剣の前で立つその姿は、柔和さを脱ぎ、巫女のような威厳を帯びる。


「誰をも納得させるに足る力を、聖剣を扱うに足る力を、この私が持っているから……」


 男の皺が深まり、鋭い視線が射抜いた。


「なんだと……?」


 呻くような問いに、群衆が再び息を呑む。


 少女は動じず、静かに続けた。


「聖剣は、力の大小だけでは決して選びません」


 声は鋼のように澄み、庭園を貫いた。


「確かに、扱う者には特殊な素養が必要ですが、それだけではない。覚悟と信念、真実を見極める目、そして心からの願い――これらが揃って初めて、この剣は応えるのです」


 男の眉がひそみ、苛立ちと警戒が混じる。


「貴様にその全てが備わっているとでも言うのか?」


 声には冷笑が混じっていたが、その奥で疑念が揺らぎ始めていた。


 少女は静かに頷いた。


「私には確信があります。この剣が私を導いたのなら、ここに立つ理由もまたこの剣が示してくれるでしょう」


 彼女は聖剣に向き直り、胸の前で両手を重ねる。祈りのような仕草に、挑む覚悟がにじんでいた。


「貴様にその資格があるというのであれば、この場で試させてもらおうではないか。その覚悟を持ってここへ来たのであろうからな」


 男の低い声には試す響きがあった。分厚い手袋の指が剣へ伸びる。庭園全体に緊張が伝わる。


 ゆっくりと柄に届こうとする手。時間が凍りついたように思えた。


 その刹那――風が巻き起こる。聖剣とは反対側、庭園の奥手から花壇の花びらが舞い上がった。紅や白の色が乱れる。華やかさが却って不穏を際立たせた。


 地面も揺れ、足元に不安が走る。囁きが声に変わり、混乱が波状に走った。


「いったい、何が起きているんだ……?」

「こ、これが聖剣の……力か?」


 人々の声が震える中、男は風の中心に立ち続ける。岩柱のような姿が威圧感を増した。


「あら、何が起きたのかしら……?」


 少女が小声で問う。驚きはなかった。


「私がしたのではない……」


 男は冷たく言い放つ。鋭い瞳が聖剣を見据えていた。


「これは聖剣の意志だ。何かを選び、何かを拒む、その証だろう」


 地鳴りが強まり、剣が荒々しく輝く。焔のような明滅に、民衆は息を詰めた。


「聖剣がお怒りだ……」


 誰かが呟き、恐怖が伝染する。


「語ろうとしているのであれば、私が聞き届けましょう」


 少女の声は震えなかった。


「それは許さん。この聖剣は私に託されたものだ」


 男の声が風を押し返す。彼の手が柄を掴み、一気に掲げた。


 白銀の明滅が庭園を覆った。


 風が止み、世界が剣を称えるように音が引いた。


「これが……伝説の聖剣の力……」

「選ばれたのは、やはりこの男だったのか……」


 民衆は震え、ざわめきが広がる。


 少女は驚かず、鋭い目でその輝きを見ていた。明滅の奥で何かが揺れている。


 男は勝ち誇り、低く笑った。


「見たか。これこそが聖剣に選ばれし者の証だ」


 賛同の気配が広がる。だが、少女が一歩前に出ると自然に声が弱まった。


 彼女はゆっくりと拍手を始めた。


 乾いた音が庭に響いた。柔らかな微笑みとともに、その音は場の空気を変えていった。


 民衆は困惑し、意図を測りかねていた。


 男が目を細め、怪訝そうに少女を見下ろす。


「何のつもりか?」


 声には警戒と疑念が混じっていた。


 少女は拍手を止め、顔を上げる。瞳には諦めではなく、挑発の光が宿っていた。


「素晴らしい。いや、実に素晴らしい」


 穏やかな声。拍手と同じように静かに響く。


「これほど堂々と聖剣を掲げ、民衆を引きつける力をお持ちだとは……私、本当に驚きました」


 一見賞賛に聞こえる言葉。だが瞳の奥に冷たい輝きがあり、それが皮肉であることを示していた。


 ざわつきが戻り始める。褒めているのか、嘲っているのか――民衆は判断に迷った。


 男は顔を歪め、低く唸る。


「貴様……何を企んでいる?」


 少女は一歩も引かず、笑みを浮かべたまま答える。


「企むなんてとんでもない。ただ、聖剣がどれほど偉大で、それを掲げる者がどれほどの影響力を持つか――その証明を見せていただけて、少しばかり感動しているのです。ですが――」


 静かな言葉。しかし確信めいた響きが胸を刺す。民衆も次第に大気の異様さを察し、ざわめきは再び沈んだ。


 少女は視線を剣へ移し、白銀の輝きに向けて手を伸ばす仕草を見せる。


「――私の目は誤魔化されません。先ほどの風も、庭園を揺るがした地鳴りも、すべて近くに隠れている魔術師による仕込みです。違いますか?」


 その呟きは風に乗り、民衆へ届いた。一言で空気が変わる。歓声は疑念に変わり、驚きと動揺が広がった。


「な……何だと?」


 男の声が震えた。焦りを隠すように、鋭い睨みを返す。


「戯言を言うな。何の根拠がある?」


 少女は微笑を崩さず受け止める。


「根拠……必要ですか?」


 声は静かだが、挑発の自信がにじんでいた。


「貴方が掲げた剣、その光は確かに眩しく、美しいものでした。

 ですが、先ほどのは余計でしたね。過剰な演出というのは、かえってわざとらしく映るものですよ。

 ……魔術行使の際、魔石から漏れ出す微少な魔素の流れは――高い魔術適性を持つ者であれば、すぐに感知できます」


 視線を剣から男へ戻し、少女は一歩前に出た。緑の髪が光を受け、剣の明滅と重なって見えた。


「この場にいる誰もが、何かを感じているはずです。剣が語る声ではなく、外部からの力――誰かがこの場を操ろうとする意思を」


 言葉が鋭く響くたび、ざわめきが膨らむ。光の意味が揺らぎ、民衆の表情も揺れた。


「黙れぃっ!」


 男が声を荒げ、一歩踏み出す。民衆が後ずさり、恐怖と疑念が場を覆う。


「貴様の言葉など、ただの妄言にすぎん。神聖なる儀式を邪魔し、王家の権威を失墜させる不届き者。聖剣の神託を受けた者として、絶対に許さん」


 だが、その瞬間。


 少女の翠の瞳に鋭い光が宿った。男の言葉を正面から遮るように、低く落ち着いた声が響く。


「では、その輝きをもう一度よく見てください」


 冷ややかでありながら、不思議と耳を奪う声だった。言葉そのものが、場の空気を支配していく。


「本当に、それが聖剣そのものの意思だと感じるのなら、ここで証明してください。……あなたの言葉ではなく、剣が語る声で」


 浅い息を二度吸い、彼女は言葉を置いた。


「剣が語るだと? そんな多弁な剣などあるものか」


 声には苛立ちが混じり、柄を握る手の奥に汗がにじんでいた。少女はそれを見逃さない。民衆の視線が再び剣に集まり、張り詰めた大気が庭園を包んだ。


「あら、そうですか」


 少女は微笑み、声にわずかな茶目っ気を混ぜる。


「私は……私の持っている剣と、いつもおしゃべりをしているんですよ。それはもう、うるさいくらいで、少し困ってしまうくらいなんです」


 軽口の裏で、瞳の奥には冷静な光が宿る。彼女と剣との関係が特別であることを、暗に感じさせる響きだった。


「それが聖剣の力なのかどうかはわかりませんが、私には、そうやって剣と仲良くお話する力があるのです」


 男の目が細くなる。


「その剣とやら、見せてみるがいい」


 挑発に、少女は肩をすくめ、余裕の笑みを浮かべた。


「ええ、喜んで」


 ローブのホックに触れた指先へ、金属の冷たさが移る。

 大ぶりの布がするりとほどけて足元に落ちた。


 現れたのは純白のドレス姿だった。


 ドレスは光を受けて淡くきらめき、まるでおとぎ話から抜け出した姫の装いのようだ。襟元を縁取るレースは咲き始めの花びらのように柔らかく、胸から腰へと流れる刺繍は薔薇の花弁を織り込んでいる。裾に広がる幾重ものフリルが風に揺れ、光の中でふわりと舞った。


 民衆の視線はその姿に奪われた。息を呑む音が落ち、やがて驚きの声が小さく漏れ始める。


「なんて可憐な……!」

「まるで本物のお姫様みたい……」


 声は連なって広がり、民衆の視線は白いドレスの少女に吸い寄せられた。先ほどまでの鋼のような場の堅さが、ほんの少しだけ緩む。庭園全体が柔らかな反照に満たされたかのようだった。


 少女は微笑を浮かべ、ふわりと広がる裾を指先でつまむ。

 舞台の幕が開く瞬間を思わせる優雅な一礼。その仕草には、淑やかな品格と同時に、遊び心のある愛らしさも滲んでいた。


「いかがでしょうか?」


 瞳が柔らかく輝き、声は空気をほどくように響く。


「この舞台にふさわしい装いをと、少し気合を入れてみましたの」


 控えめな茶目っ気に、群衆の中でかすかな戸惑いが混じる。声を上げる者はいないが、誰もが肩の力をわずかに抜いた。張り詰めていた庭に、小さな風の通り道が生まれたようだ。

 その姿はただの美しさではなかった。見る者の心を引き寄せ、抗えぬ特別な何かを纏っている――そう感じさせる力が、人々の胸に芽生えていった。だが、場の芯に残る堅さは、まだ消えていない。

 このシーンは、物語の中心的な緊張感と少女の存在感を際立たせる重要な役割を果たしています。以下にいくつかの考察を述べます。


少女のカリスマ性と意図的な演出

 少女がローブを脱ぎ、純白のドレスを露わにする行動は、自身の存在を最大限に演出するための計算されたものでしょう。この装いは、ただ美しいだけでなく、彼女の気高さや特別な役割を象徴しています。観衆がその姿に見惚れる描写は、彼女がこの場を掌握しようとしている意図を巧みに表しています。また、このような演出を通じて、少女が単なる挑発者ではなく、聖剣に選ばれるにふさわしい特別な存在であることを間接的に訴えています。


対比による緊張感の操作

 少女の柔らかく茶目っ気のある態度は、聖剣を掲げた男の威圧的で荒々しい振る舞いとの対比を際立たせています。彼女の落ち着きと余裕は、男の焦りや苛立ちを一層際立たせ、観衆や読者に「どちらが真の正当性を持つのか」という問いを浮かび上がらせます。この対比が、物語の緊張感をさらに高め、次の展開への期待を膨らませています。


聖剣の象徴的な扱い

 聖剣が選ぶ者について、少女は「形式や儀式に囚われない」と述べています。この発言は、物語のテーマを示唆している可能性があります。すなわち、形式や権威ではなく、内面的な資質や真の意志こそが選ばれる条件であるというメッセージです。この点は、少女が男の「偽りの力」を指摘し、観衆の心に疑念を生じさせる場面と密接に結びついています。


観衆の存在と視点の利用

 このシーンでは、観衆の反応が非常に重要な役割を果たしています。少女の姿に見惚れ、彼女の言葉に聞き入る民衆たちの様子は、物語の舞台全体を生き生きと描き出しています。観衆の視点は、読者の視点と重なり、彼らの感情の揺れ動きがそのまま反映される仕掛けになっています。


少女の真意と次なる展開の布石

 少女が聖剣について語る「剣の意志」や「心」といった表現は、今後の展開への伏線としても機能しています。彼女がこの言葉を口にすることで、聖剣が本当に意志を持っているか、あるいはそれに準じた能力が存在するのかという問いが読者の心に生じます。また、彼女がこの後、どのようにして自分の正当性を証明するのか、読者の期待を大きく高める仕掛けとなっています。


 この場面は、少女の魅力と物語全体のテーマを巧みに融合させ、読者を引き込むための重要なピースです。彼女の言動や装い、そしてその対比構造を通じて、「真の力とは何か」という問いが読者に突きつけられています。次の展開で、彼女がどのようにしてこの問いに答え、物語を動かしていくのかが期待されます。

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