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選定の儀式

 王都はその長い歴史でも稀な熱で脈打ち、ひとつの巨大な生き物のように呼吸していた。


 石畳には旅人と冒険者、絹の衣の貴族。布の波と鎧の反照が交わり、街は絵の具の層のように重なって見えた。磨かれた金属は冬陽を跳ね、砕けた明滅が瞳の奥にしみる。


 中央広場の喧噪はさらに濃い。屋台からは肉の焦げる匂いと甘辛い香辛料が立ちのぼり、空腹と昂揚を同時に煽る。子どもたちの笑いは澄んだ鐘のように跳ね、紅の衣の曲芸師が宙を舞うたび、歓声は青空の高みまで駆け上がった。


 だが、この華やぎの底には、目に見えぬ緊張が伏している。ただの祭りでは終わらない――その特別さが、場の温度をわずかに重くした。


 中心にあるのは「マウザーグレイル」の適格者を選ぶ儀式。古き伝説を継ぎ、救世の英雄メービスの名を冠する聖剣に相応しい、真の資格者を見出す。


 王宮の中央庭園には、荘厳にふさわしい場が整う。四季の花々は細やかに手入れされ、瑞々しい彩りが風に揺れて芳香を放つ。露をまとった花弁は陽を受けて宝石のように瞬き、澄んだ噴水の水音が祈りの囁きのように庭を浄めた。


 台座に据えられた聖剣「マウザーグレイル」は、神秘そのもの。剣身の白は静かに脈を刻み、その拍動が場の温度を一段下げた。喉がひとつ鳴る。刃がただの武器ではなく、魂を試す存在であることを、そのたたずまいは否応なく示していた。


 群衆の視線は剣へ吸い寄せられ、凪いだ気配と威厳に圧されながらも、ひそやかな期待を胸に隠す。「マウザーグレイル」が誰を選ぶのか――答えが近いと知れ、誰ひとりとして目を逸らせない。


『英雄は、この聖剣によって選定される――それは、この地における最も厳粛なる真実であり、揺るぎなき運命の証』


 台座に刻まれた言葉は、はるかな時を超えて語り継がれてきた。伝説はもはや物語ではなく、王家の使命として、司祭団の務めとして、歴史に深く刻まれている。今日この日のために、幾星霜の王と司祭たちが、聖剣の守護者を待ち続けてきたのだ。


 庭園の特別席には、威厳を湛えながらも過剰な飾りを拒んだ調度が並び、その中心に国王が座す。

 玉座の背筋は微塵も揺らがず、眼差しには確かな責任と静かな自信。齢四十を迎えたばかりの顔立ちは、若さと円熟をひとつの表情に結んで、ただ在るだけで大気を支配した。


 王の左右には選りすぐりの家臣が息を潜め、身じろぎすらためらう緊張が漂う。指先ひとつの合図も見逃すまいと、呼吸さえ薄く抑えられていた。


 儀式の舞台を囲むように、精霊の加護を象る花々が咲き誇る。風が渡るたび香が空気に溶ける。聖剣へ続く小道の両脇の花弁は陽光を拾って微かにきらめく。天の光が地に降り、真実と正義の道を照らすかのようで、見る者の胸に言葉のない敬虔を呼び覚ました。


 その道の果てから、大司祭が姿を現す。白と金の聖衣、手には精霊族の祈りを刻んだ杖。立つだけで空間が清められるような静けさをまとい、深い洞察を宿す瞳は、何もかも見透かす光を帯びていた。


◇◇◇


 荘厳な声で、大司祭は語り始める。その一音ごとに大気がわずかに震え、庭に集う者の胸を深く打った。


「マウザーグレイルに認められる者とは、ただ単に力や技に優れし者に非ず――」


 視線を巡らせ、深い眼差しで群衆を見据える。


「魂に清らかなる光を宿し、正しき道を選び取る意志を持つ者のみが、聖剣の真理に触れることを許される。無慈悲なる力や、己が名声を求むる心では、決して剣は応えぬ」


 言葉は重みを増し、音が引くように静寂が深まる。人々は息を詰め、その声だけを聴いた。


「真なる力とは、正義を愛し、慈悲を知り、希望を掲げる覚悟にこそ宿る。剣は、その覚悟を試すもの――」


 大司祭はゆるやかに手を掲げ、白光の台座を指し示す。その仕草に神聖が宿り、胸に畏れと期待が同時にふくらんだ。


「――試練に挑む者たちよ、進み出るがよい。その歩みが誇り高きものであるならば、剣は必ずその意志に応えるだろう――かつての救世の英雄メービス王女とヴォルフがそうであったように」


 告げられた名は王国の記憶そのもの。伝説が甦るたび、沈黙の奥で畏怖と熱望が絡み合う。


 声は天から降り注ぐ光のように澄明で、同時に重く、人の言葉を超えた権威を孕んでいた。


 ひやりとした風が一陣、広場を抜ける。花々がざわめき、甘い匂いがひろがった瞬間、視線は一斉に剣へ集まった。胸奥の鼓動が速まり、誰もが次の瞬間を待って息を殺す。


 その場の誰もが、自らの心に問うていた――「真に選ばれる者は誰か」。低いざわめきが継いで広がり、庭全体を包み込む。ここが歴史の転換点だと、本能が告げていた。


 大司祭の最後の響きは、なお大気の底に残り、問いとなって静けさに染みていった。


 儀式の合図に導かれ、群衆から挑戦者が次々と歩み出る。


 最初は、名だたる騎士や剣士。鍛えられた体躯は鎧越しにも隆々と張り、鋭い眼差しは冬陽を受けて眩む。石畳を震わせる歩みは「英雄の再来」を思わせた。


 続く冒険者やハンターは、荒々しい面差しと研ぎ澄まされた気配で視線をさらう。ごつごつした手の古傷、背に負う重い武具は激戦の証として鈍く光った。彼らは台座の前で息を詰め、聖剣へ手を伸ばす。


 さらに高貴な出の者が、品位を湛えて進む。磨かれた絹がさらりと鳴り、気品ある所作が沈黙の誇りを語った。血筋を背に、慎重な手つきで刃先へ指を近づける。


 ――だが。


 白はただ呼吸のように瞬きを繰り返しただけだった。指先が刃に触れても、脈は生まれない。


 ため息が幾筋もほどけ、噴水の粒が遠くで弾けた。絹の衣擦れと鎧の継ぎ目の音が、規則正しく消えていく。

 時は緩やかに過ぎ、挑戦者の列が尽きかけたとき、胸に焦燥と不安が広がる。台座の前には見えない圧が降り積もり、足をすくませるほどの重さが漂った。


 期待は霧のように薄れ、瞳の奥に疲労が滲み始める。


 それでも大司祭の立ち姿は崩れない。白と金の聖衣は微風にかすかに揺れ、剣の沈黙を責めることなく、ただ「時」を待つ信念そのもののようだった。その静まりは張り詰めた場の温度をわずかに和らげ、庭を支える柱のように立っている。


「聖剣は、真なる光を宿す者にのみ応える。今は沈黙していようとも、選ばれし者は必ずこの場に現れるであろう」


 毅然たる声が、緊張を切り裂いて庭に落ちる。言葉にふれた人々は胸の奥で小さな期待を取り戻し、再び台座へ視線を集めた。奇跡を見逃すまいと、固唾を呑む。


 沈黙の底に、確かな芽吹きの予感があった。


 そして――。


 群衆の後方に佇んでいた小柄な影が、静かに前へ歩み出た。


 薄い白の外套を纏うその姿は、これまでの堂々たる候補者たちとあまりに異なり、華やぎも武功の証も纏っていない。なのに、その歩みは空気をわずかに揺らす重みを帯びていた。一歩ごとに張り詰めた静けさが輪を描くように震え、得体の知れぬ予兆を刻んでいく。


「……誰だ? あれは?」

「子供じゃないか。挑戦者の列にいなかったはずだ」


 囁きと戸惑いが走る。だが少女は答えず、ただ真っ直ぐに聖剣「マウザーグレイル」へ歩を進めた。飾り気も虚勢もなく、まるで引き寄せられている――運命に導かれているかのように。


 特別席の一角で家臣が身を乗り出し、国王に耳打ちする。


「陛下、あの者どう見ても幼子にございます。候補者名簿にも記されておりませぬ。処置は如何いたしましょう」


 国王は瞳を細め、少女の動きを追った。風に揺れる外套の下の華奢な影は、この彩り豊かな庭に不釣り合いで、異質の気配を放つ。やがて断固たる声が落ちる。


「得体の知れぬ者を、みだりに聖剣に触れさせるわけにはいかぬ。直ちに排除せよ。儀式は、あくまで『定められた通り』執り行われるべきだ」


 家臣が深く頷き、合図を送る。甲冑を纏った衛兵が剣を鳴らして進み出た。鎧の擦れる重い音が静寂に響き、大気はいっそう張り詰める。


 少女は一歩だけ前へ出て、澄んだ息を整えた。噴水の水玉が跳ね、その余韻が消える。張り詰めた空気の膜が薄く震えた。


「お聞き下さい!」


 少女の声が澄んだ鈴の響きのように空気を揺らし、足音が止まる。


「この剣が応えるかどうか、それを決めるのは剣そのものです!」


 衛兵の靴底が石畳で鳴り、そこで静まった。

 鎧の継ぎ目がわずかにきしむ。喉が同時に鳴り、庭の風が一筋、花の香りを撫でて通る。大司祭の杖先の飾金が微かに照り返しを見せた。


「その中に本当に心があるのであれば、剣は応えるでしょう。

 ……ただし、無いのであれば、中身が空っぽであるならば、応えようがありません」


 その一言で、庭園の温度がひとつ下がる。

 誰かが息を呑み、誰かが胸の前で指を組む。王はわずかに顎を引き、視線だけで「動くな」と告げた。衛兵の列に、目に見えぬためらいが走る。


 台座の周りで光がごくわずかに揺れた。陽の反射か、錯覚か。剣身の白が薄い脈のように上下する。花弁が一枚遅れて落ち、石の目地で静かに留まった。

 大司祭のまぶたがわずか震え、杖頭の紋が息を吸うように沈黙を包む。


 少女は俯かない。薄緑の瞳はまっすぐで、逃げ場のない静けさを湛えた。

 ざわめきが遠のき、噴水の水が「ぱちり」と弾ける音だけが、ありありと耳に落ちる。


 無理に張り上げない声は、耳に触れるだけで胸の奥へ沁み込む。時が一拍、止まったようだった。


 国王は言葉なく瞳を眇め、少女を見据える。


 吐く息が白くほどけ、指先の冷えが遅れて皮膚に戻る。

 彼女が静かにフードを外した瞬間――庭はざわめきに包まれた。


 長く緩やかに波打つ緑の髪が風に揺れ、朝露を含んだ若草のように淡く輝く。

 続いて現れた薄緑の瞳は、泉底の光を宿して澄み、慈しみの色を帯びて揺れた。

 睫毛が震えるたび頬に細い影が落ち、桜色の頬と柔らかな唇は春の花弁を思わせる。

 微笑みは力まず、風が撫でるように静かだった。その気配に、胸の強ばりが少し緩む。

 唇に浮かんだわずかな弧は、言葉にし得ぬ安らぎと威厳を同時に帯び、見る者を自然と惹き寄せた。


 彼女は何も誇示しない。ただ在ることが、圧倒的な存在感となる。まるで精霊そのものが舞い降りたかのように。花々は陽を受けてさらに色を深め、噴水のせせらぎは優しい旋律のように聞こえた。


 群衆の胸に満ちたのは歓声でも喧噪でもなく、深い感嘆と敬意。その場にいる誰もが悟った――目の前の少女は、ただの存在ではない。


 静寂ののち、さざ波の囁きが広がる。


「……あの子は一体……」

「これほどの輝き……何者なのだ?」

「待て……あの髪の色を見ろ。あれは……」

「伝説に記された……」

「……メービス王女、なのか?」


 低い囁きはやがて畏敬を帯び、連鎖して庭を覆った。少女の存在そのものが、場を神聖へと引き上げていく。


 特別席の国王もまた少女を凝視する。驚きではなく、鋭い洞察の光。家臣が何か囁こうとしても、王は応じず、胸中で思案を続ける。


 長い沈黙の末、王はわずかに口角を上げ、低く命じた。


「面白い……あの者を捕らえ、吾が前に連れて参れ」


 静かでありながら重い声は隅々まで行き渡り、空気を塗り替える。激情を伴わぬ冷静さは、かえって畏怖を呼び起こした。その一声に、抗う術はない。


 家臣たちは一瞬だけ戸惑いを見せた。求められているのが単なる捕縛ではないと悟ったからだ。


「御意……」


 すぐ礼を正し、深く頭を垂れて衛兵に合図を送る。


 金属が触れ合い、鈍い響きが庭を伝う。衛兵は足並みを揃えて進み、足音が無機質な威圧を重ねていく。

 鋼の意志を刻む足音。だが群衆の目に映ったのは、可憐な少女を包囲する猛獣の咆哮にほかならない。冷たさと残酷さが色濃く見えた。


「待て、衛兵! その子をどうするつもりだ!」


 最前列の男の叫びが火種となり、抗議が次々と湧き上がる。


「やめろ!」

「ひどいよ! あんな小さい子供を!」

「寄って集って、罪もない子を捕らえるなんて!」


 ざわめきが連鎖して走る。腕を振り上げる者、庇うように一歩出る者。だが衛兵は乱れず、感情を消した動きで進み続ける。


「待って……あの子、『ミツルちゃん』じゃないの?」


 若い女性の声が混乱を貫いた。すぐ別の声が続く。


「ほら、噂になってたろ。メービス王女みたいな女の子がいるって!」


 ささやきは大波となり、怒号と驚きが入り混じって群衆を巻き込む。


「もしメービス王女と関係あるなら、慎重に取り扱うべきじゃないのか!」

「この子が何をしたって言うんだ!」

「例の変わった剣を持ってた子だろ。うちのお得意様だ。忘れやしない」

「私は馬車に轢かれそうになった子を助けるのを見たわ! あれは間違いなく……」

「それって、王族の血筋ってことじゃないのか? だったら……」

「どちらにせよ、無闇に手を出すべきじゃない!」


 真実と噂が渦を巻き、思考はまとまらぬまま、感情に押し流されていく。衛兵は抗議を裂くように進み、輪を狭めた。


 だが少女――ミツルは動かない。薄緑の瞳は怯えを見せず、ただ前を見据える。その眼差しが衛兵を受け止めた瞬間、不思議な静謐が彼女の周囲に広がり、喧噪は遠のくように薄れていった。


 異様な光景に息が詰まる。沈黙を破ったのは、一人の老人の震える声だった。


「清浄なる泉の水面みなもの如き翡翠色の瞳……あれは……精霊の加護を受けし者の目だ……」


 呟きは新たな波紋となり、胸に恐れと畏敬を同時に芽吹かせる。少女を「無闇に扱うべきではない」という思いが、広場を覆い始めた。


 一方で衛兵は頓着せず、冷徹な足取りで輪を狭める。

 けれど中心の彼女は凛として立ち、小さな体は岩のように揺るがない。その静謐は逆に重みを増し、歩調に微かな逡巡を忍び込ませた。


 国王の視線はいよいよ鋭い。表情の変化を読み取れる者は少ないが、この命が王都の運命を転じさせると、誰もが直感している。


 王は口を開いた。低く、力強く、言葉は石壁に反響して荘厳な余韻を残す。


「これはこれは、とんだ想定外の事態……いや、あるいは――」


 一呼吸。時が止まったかのように長く感じられる。群衆は息を潜め、衛兵でさえ一瞬の硬直に囚われた。王の瞳は台座の前の少女を射抜き、厳格な審判の重みと、微かな期待を灯す。


「面白い。試してみようではないか。予定よりは早いが――『彼』に出てもらおうか」


 言葉が落ちた瞬間、大気は揺れる。目に見えない鎖がいくつも外れ、場の重心がわずかにずれた――そんな感覚が、足裏から這い上がる。王の命は引き金となり、王都の未来――いや、この国の歴史が、新たな段階へ滑り出していくのを、誰もが肌で感じ取った。

【キャラクター設定】

ミツル・グロンダイル(柚羽美鶴)

 異世界から転生し、“魔獣狩りの天才”と謳われる異例の魔術師。夜を思わせる漆黒の髪は、この世界ではほとんど見られない(何らかの理由)希少な色彩で、透き通る白肌と薄緑の瞳と相まって人目を惹く。しかし本人は、少年めいた華奢な体つきと寸胴気味のプロポーションを大きなコンプレックスとしており、その話題に触れられると強い拒絶反応を示す。


 彼女が操る異能〈深淵の黒鶴〉は、四大元素すべてに干渉し得る規格外の精霊魔術である。詠唱も陣式も介さず、思考ひとつで限定事象干渉領域“場裏”を展開し、その内部の事象を自在に改変する。

 一見すると冷淡で群れることを嫌うが、その実、感情の波は大きく、胸の内には燃ゆる情熱を抱えている。他者との深い交わりを避けながらも、ふとした瞬間にこぼれる無邪気さ。前世と現世、その狭間で揺れながら、卓越した力と脆い心の矛盾を抱きつつ成長していく――冷静さと幼さ、圧倒的な強さと危うい繊細さが同居する彼女の存在は、物語に重層的な深みと余韻をもたらす。


【ミツルの魔術の特異性】

この世界における魔術の基礎構造

 魔術を動かす原動力は“魔石”――魔獣の核から採取される結晶体である。魔石の命の灯火をエネルギー炉とし、術者は魔法陣あるいは長大な呪文で強制し現象を呼び出す。

 初歩的な術なら単層の陣と短い詠唱で足りるが、高度な魔術ほど陣は多層化し、幾何学的レイヤーを精密に組み合わせなければならない。線の角度・重ね順・宝石の位置――一つの誤差が暴発を招くため、真の魔術師には膨大な理論と繊細な刻印技術、そして周到な準備が不可欠となる。

 実戦では、その準備時間を短縮するために魔導兵装が用いられる。刀剣、杖などの内部に多層魔法陣をあらかじめ封入し、起動符や簡略詠唱で即座に展開できる兵装だ。言わば“携行式の魔力回路”であり、詠唱を省いても安定した効果を引き出せるため、前線の騎士や兵士はこぞって携帯する。


 したがって、この世界で魔術を扱う鍵は三つ――

 魔石という燃料、精密な陣式設計、そして兵装化による迅速な運用。

 この常識を覆す存在が、詠唱も魔法陣も不要で四元素を操るミツルの〈深淵の黒鶴〉であり、彼女が“異例”と呼ばれる所以でもある。


深淵の黒鶴は、ミツルだけが行使できる“精霊魔術”

 通常の魔術が術式や呪文を媒介に外界へ干渉するのに対し、黒鶴は思考そのものを引き金に限定領域〈場裏じょうり〉を瞬時に展開し、その内側で現実の物理法則を書き換える。大気中に漂う高密度情報粒子“精霊子”が雪崩のように収束して“擬似精霊体”を形成し、ミツルの感情やイメージを燃料としてあらゆる現象を起動させる──火・水・風・土の四大元素を同時に組み合わせる。


その万能性は同時に深刻なリスクを抱える

 場裏の維持は精霊子と精神力を激しく消費し、総量が増すほど大脳辺縁系に過負荷がかかる。初期段階では昂揚と感覚の鋭敏化だが、やがて攻撃衝動や陶酔、過去の惨劇のフラッシュバックへ転じ、限界を超えれば自我が崩壊し領域ごと暴走する。

 脆さを補う唯一の安全弁が相棒の“茉凜”であり、術行使時に二人の精神がリンクし、茉凜が前頭前皮質へフィードバックを送り、ミツルの感情波形を整流することで黒鶴は辛うじて制御下に留まる。ふたりが離れたりリンクが断たれたりすれば、抑止力は失われる。


 黒鶴が成立する核心には、ミツルの切実な願い――「誰も死なせたくない」がある。その私情こそが場裏の根底ルールとなり、力の行使は理念の可視化でもある。精霊子を吸い上げるたび、彼女は無数の“死者の残響”を背負い込み、救済と贖罪の板挟みに立たされる。圧倒的な出力と紙一重の破滅、そして“二人で一翼”という共依存。


 こうして深淵の黒鶴は、爽快な無敵ではなく「力を振るうたび人間性が削られる」危うさにこそ物語的な輝きを放つ。



ヴィル・ブルフォード

 漆黒の噂に導かれるようにミツルの前へ現れた、四十四歳の放浪剣士。ぼさぼさの金髪に無精ひげ――ぱっと見は冴えない中年旅人だが、ひとたび刃を抜けば「雷光〈らいこう〉」の異名どおり、稲妻じみた踏み込みと正確無比の一撃で敵影を断ち割る。経験に裏づけられた剣速は、人の眼が追い切れぬ域に達している。

◆ 経歴と性格

 「しがない流れ者」と自嘲するものの、来歴も旅の目的も霧の中。どうやら〈黒髪のグロンダイル〉に関心を抱き、意図を秘めてミツルへ接触したらしい。飄々と冗談で煙に巻く反面、戦況を俯瞰する洞察と瞬時の決断力は鋼のように冴え、いざという時もっとも頼れる男へ変わる。

◆ 戦闘スタイル

 雷鳴めいた突進から放たれる一閃で敵を仕留める“点の剣”。対魔獣戦にも精通し、種別ごとに異なる〈魔石〉の位置を的確に見抜いて一瞬で核を穿ち抜く。豊富な知識と現場で鍛えた勘が織りなす戦術は、長年の実地が磨いた職人技だ。

◆ 物語での立ち位置

 外見は酒を愛する気楽な助っ人――しかしその背には重い十字架を負い、過去の影が物語の要所で顔を覗かせる。ミツルとは師弟でも保護者でもない、時に支え合い、時に衝突する複雑な関係を築き、彼女の成長と葛藤を映す鏡となる。同時に、自身もまた彼女との旅路で封じた過去に向き合い、新たな覚悟を刻んでいく。



ユベル・グロンダイル

 今は亡きミツルの父であり、かつて大国リーディス騎士団にその名を轟かせた伝説の剣士である。

 二十年前、西部戦線に押し寄せた魔獣の大攻勢を前にして彼の刃は“閃光”のように舞い、多くの味方を死地から救い出した。その夥しい戦果と変幻自在の剣さばきは、中央大陸最強の二つ名さえ与えられた。――しかし栄光は長く続かなかった。

 戦場でのある命令違反が致命傷となり、ユベルは左遷ののち、何らかの思惑で国そのものから追放される。戴冠した名誉は剥がれ、肩書きの代わりに懸賞金付きのお尋ね者という烙印が押された。

 亡命後、彼は姓を伏せ、山間の閑村で妻と幼いミツルを抱きつつ、静かに暮らす道を選ぶ。家族を想うまなざしは温かく、燃え盛る戦火の中にいた頃には見せなかった柔らかな笑みが、炉火のように小さな家を照らしていた。

 ユベルの剣は“型を持たぬ剣”と呼ばれる。状況に合わせて瞬時に軌跡を変え、敵の予測を一拍遅らせた瞬間に急所を刈り取る。その自由奔放さは常識を超えた独創性と、幾多の戦場で磨き抜かれた経験の結晶だった。

 幼いミツルは、そんな父の背中を遠目に見ながら育った。黒い髪を揺らし、深淵の力を操るいまの彼女の躍動の奥底には、無意識に刻まれた父の剣哲学――「形に囚われず、心のままに舞い、敵を射抜け」という静かな教えが息づいている。

 物語の現在、ユベルは墓標の向こうに眠っている。それでも彼が残した剣と記憶は、幾度もミツルを支え、危ういバランスで揺れる彼女の心に道標を灯す。

 命令違反の真相は何だったのか。彼を亡命へ追いやった陰はまだ晴れず、懸賞首となった過去の罪がどこへ連なっているのかも定かではない。その謎は静かに横たわりながら、やがてミツルの歩む道と交差し、彼女の成長と世界の行方に深い影と光を落としていく。



メイレア・レナ・ディウム・フェルトゥーナ・オベルワルト

 リーディス王家の正統血統に連なる高貴な王女。だが現在、その姿は王宮の記録かからも消え、行方は杳として知れない。かつてユベルとミツルが長い旅の末に追い求めていたのは、まさにこの失われた王女である。

◆ 王家を捨てた謎

 メイレアは王座を背に、懸賞首となった剣士ユベルとの道を選んだ――その決断の動機は公には一切語られていない。彼女の亡命は王国史の暗部に深く関わり、物語の核心へと通じる伏線になっている。

◆ 性格と雰囲気

 どこか楽天的で、春風のように周囲を包み込む不思議な空気をまとった女性。誰の懐にも軽やかに入り込みながら、本心は雲の奥に隠すような掴みどころのなさがある。穏やかな微笑みと飄々とした言動――それらが相まって、彼女は“遠いのに近い”独特の距離感を生む。

◆ ミツルとの絆

 ミツルという名前は「お腹にいた時、なんとなく響きが気に入ったから」と、メイレアは軽やかに語った。深い意味を持たないようでいて、その一言こそがミツルの原点となっている。母以上の象徴でありながら、どこか手の届かない存在――その失踪がミツルに残した心の空洞は計り知れない。

◆ 物語での役割

 メイレア失踪の謎を追うことは、ミツルが自らの過去と向き合い、成長するための導線となる。彼女が王家を離れた理由、ユベルを選んだ真意、行方不明に至った経緯――それらが解き明かされるたび、物語は新たな層を露わにし、ミツルの運命にも深い影響を落とすだろう。メイレアは単なる「母」の枠を超え、世界の転機を握る神秘的な鍵として物語の奥底に息づいている。



白きマウザーグレイル

1. 外観と第一印象

ロングソード型のシルエットを備えるが、刃先は存在せず純白の輝きだけが伸びる。

鍔と柄を除いたすべてが白一色。素材は未解析だが、虹彩のように淡く光を返す。

片手で軽々扱えるほど軽量。にもかかわらず、大型魔獣に踏まれても傷一つ付かない驚異的硬度を誇る。


2. 構造と未知の材質

刃の役割を担う実体が無い「斬れない剣」。

鍛鋼を遥かに凌ぐ耐久性と、羽根のごとき重量という矛盾を併せ持つ。

素材・製造法とも現代技術の範囲外で、ミツル自身も解析不能。


3. 剣の内側に宿る存在

加茂野かもの 茉凜まりん──ミツルの前世での相棒にして最愛の人が、人格データ転写という形で剣内部に眠る。

茉凜は意識を保ち、ミツルへ助言・感情フィードバックを行う。

その精神リンクが、ミツルの深淵の黒鶴暴走を抑える安全装置として機能する。

転写の経緯は物語第二章の回想編で開示予定。



加茂野かもの 茉凜まりん

 現在は〈白きマウザーグレイル〉内部に意識を宿し、剣の“管理人代行”を務める少女。もとはミツルと同じ異次元に生き、彼女の相棒であり最愛の存在だった。

◆ 前世での役割

 茉凜は無条件の愛情と献身でミツルを支え、その異能〈深淵の黒鶴〉が暴走しかけた時には精神リンクで制御を補助する“安全装置”となった。彼女なしではミツルは力を振るえなかったと言っていい。

◆ 転生後の現在

 転生の過程で魂は剣へ転写され、物理的肉体は失われた。それでも茉凜は陽気さを欠かさず、剣の内部からミツルに語りかけ、助言し、ときには叱咤激励する。旅を“ガイド兼応援席”から楽しむ姿勢は変わらない。

◆ 性格と弱点

 天真爛漫でポジティブ。どんな逆境でも笑顔で跳ね返す芯の強さが魅力だが、雷鳴だけは昔のトラウマから苦手。突然の稲妻に声が上ずることもあり、そのときばかりはミツルが彼女を支える。

◆ ミツルとの絆

 二人の関係は相棒・親友・保護者――そのどれともつかないほど深い。茉凜は剣の中からミツルを温かく見守り、ミツルもまた茉凜への感謝と愛情を胸に歩む。この絆こそ物語の核であり、茉凜の存在はミツルの心を繋ぎ止める錨でもある。

◆ 物語での役割

・〈深淵の黒鶴〉制御の安全装置

・ミツルの精神的成長を導く“灯台”


 茉凜の明るさと包容力は物語に温かさを添え、同時に彼女自身の葛藤が物語に奥行きをもたらす。彼女が剣という器を越えて再び“触れ合える存在”になれるのか――その行方もまた、物語の大きな見どころとなる。



カイル・レドモンド

 第一話に登場するハンター・パーティーの“盾”。190センチを超える巨躯にフルスケールの鎧をまとい、幅広の大剣で仲間の前に壁を築く。踏み込んで振り下ろす一撃は殲滅力というより制圧力――敵の攻勢を食い止める鉄扉のような存在である。物語が進むにつれ、彼を中心としたパーティーが再登場し、思わぬ形で物語に絡んでくる。



エリス・ケールス

 金髪ポニーテールの若き弓兵。弓術の精度に加え、投げ槍を駆使する器用さで遠・中距離を縫う狙撃手だ。潔癖症で“湯浴み厳守”が信条。連泊遠征で水場が確保できないと機嫌を損ね、同行者は毎度その対策に奔走する。冷徹な射撃とコミカルなこだわりの落差が、隊に独特の色を添える。



フィル・ラマディ

 リーディス王立魔術大学を出たばかりの風術師。風流体の細密制御に長け、突風・気流シールドを状況に応じて組み替える。慎重な性格から無駄撃ちがなく、戦線を俯瞰して最小手数で勝機を作るタイプ。学究肌の冷静さが、勢いで動きがちな仲間たちのブレーキ役になる。


レルゲン・フォースト

 酒好きの初老回復師。軽傷治療と体力回復を得意とし、簡易外科もこなす万能メディック。戦闘後の野営で振る舞う自家製蒸留酒が疲労回復と士気高揚の秘薬代わり。軽口を叩きつつも手際は神業級で、多くの冒険者に慕われる。



マティウス・ロックガル

 土系トラップを設える若き罠職人。魔術適性は「そこそこ」だが、気まぐれな発想力で奇抜な仕掛けを生み出すお調子者。



ベルデン・サイスト

 エレダンのハンターギルド・マスター。五十代の紳士的風貌と穏やかな口調を持ちながら、言葉には不思議な迫力が宿り、荒くれ者たちを一声で従わせる統率者。経験に裏打ちされた助言は的確で、理不尽に見える指示にも必ず合理性があると部下は信じて疑わない。



ゴードン・ハワネル

 エレダンへ定期的に物資を運ぶ隊商のリーダー。月に一度リーディス王都から新鮮食材を届ける“生命線”を担い、交易路のの維持に奔走する。豪放磊落な交渉術で荒野の盗賊とも折り合いをつけ、常に最短で荷を通す凄腕のキャラバンマスター。



バルグ・キーン

 部族を離れ武者修行に出た若きバーバリアン戦士。勇猛を誇るキーン氏族の血を引き、得意技“烈風乱舞斬”は風の精霊の加護をまとうとされる回転斬撃。つむじ風と爆風を伴うその一撃を、ミツルは自らの“場裏”に通じるものとして注視している。

 戦を越えて美食にも貪欲で、リーディスの市場に並ぶシーフードに目がない。食堂で新鮮な魚介を頬張りつつミツルと美食談義に花を咲かせる姿は、屈強さと少年めいた好奇心の同居を印象づける。



カテリーナ・ウイントワース

 背の高い丸眼鏡の女性情報屋。東方大陸風の奇抜な装束に身を包み、王都を駆ける自称「広告屋さん」――実態は紙芝居めいたフリーペーパーの発行人だ。十五歳で軍情報部入りした過去があり、ユベルやヴィルとも面識を持つ。ざっくばらんな口調だが、陰で人を支える献身家。裏イベント「リーディス王国軍美少女選手権三連覇」を自称するあたり、お茶目。



グレイハワード(通称:グレイ総長)

 リーディス王立魔術大学を束ねる総長。術技の才は平凡でも、学識と洞察は国随一。多くの秀才を見出し世に送り出した名教育者として弟子たちに厚く敬われる。かつては“別の任務”を帯びていたが、ある出来事を境に第一線を退き、今は後進育成に全情熱を注ぐ。穏やかな講義の合間に覗く“もう一つの顔”は、物語に微かな影を落とす。



ロイドフェリク二世

 リーディスの現国王。即位から五年、若さゆえの短気さと決断の速さが紙一重で王政を揺らす。堅実ではあるが視野が近い――そんな評は側近の間でも囁かれる。先代の柔和な方針とは対照的な“速さ”で新時代を切り開こうとするが、その判断が未熟か英断かはまだ定まらない。

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