ヴィルとの狩り 魔術と異なる私の異能
翌日、私はヴィルと一緒に魔獣狩りに出かけることを決めた。
いつもは一人で【湧き場】を巡るのが習慣だったが、今日は二人。彼に自分の実力を示し、彼が魔獣相手にどう戦うか、この目で確かめたかった。
湧き場――魔獣の魔石が吐く薄紫の霧【魔素】が滞る場所。霧が濃いほど獣は集い、群れを肥やす。
冷たい風が広大な大地を吹き抜けていく。
ヴィルの愛馬・スレイドに乗せてもらった私は、初めての騎乗に戸惑いつつ、彼の背中にしがみついていた。あぶみに足を安定させ、馬上でなんとかバランスを取るのが精一杯だ。風になびくたてがみ、ひづめの規則正しいリズムが心地よい。
スレイドはヴィルの相棒。黒いたてがみと逞しい脚を持つが、驚くほどおとなしい。初対面の私にも優しく、つぶらな瞳につい頬が緩んだ。
「ヴィル、もう少しで着くんじゃない?」
彼の背中に問いかけると、ヴィルは振り返らずに頷く。
「ああ、お前がくれた地図通りなら、あともう少しだ」
やがて予定の湧き場に着くと、私はおそるおそるスレイドから降り、周囲を慎重に見渡した。ヴィルも馬を降りて、私の隣に立ち、冷静な目で辺りを見回す。
「何か気配を感じるか?」
その問いに応えるため、私は静かに目を閉じる。意識を集中させ、まぶたの裏に薄紫色の魔素の流れを感じ取ろうとする。霧の奥に、微かな動きが浮かび上がった。
「うん、感じる」
ヴィルは満足げに頷き、軽く笑みを浮かべる。
「魔獣から滲み出る魔力を探知するのは、魔術師の得意分野だからな。頼むぞ」
風と砂のざわめきの中、イメージが輪郭を結ぶ。
「いる」
目を開けると、遠くの視界の先に黒紫の霧が渦巻いていた。私は白きマウザーグレイルへと手を伸ばす。その冷たさと重さが、頼もしかった。
「やるよ、茉凜」
《《おう、ヴィルをびっくりさせちゃえ!》》
心に響く茉凜のおどけた声に、くすりと笑みが零れる。
「あれだな。いくぞ」
「うん」
ヴィルは軽やかにスレイドに飛び乗り、私に手を差し出す。その大きな手を掴むと、ぐいっと馬上へ引き上げられた。
「おりゃあっ!!」
ヴィルがスレイドに気合を入れ、手綱を引く。馬は速度を増し、目標へと疾走した。風が頰を叩きつける中、私はヴィルの背にしがみつく。
遠くの霧の中から幾つもの影が浮かび上がった。
黒紫の霧の中から現れたのは、紛れもなく魔獣だった。こちらの存在に気づくや否や、獰猛な咆哮を上げ、次々に姿を見せる。肌で感じる緊張感が高まっていった。
私は白きマウザーグレイルを握り、心中で茉凜に呼びかける。
「行くよ、ヴィル!」
私たちはスレイドから軽やかに飛び降り、魔獣たちに目を凝らす。見える範囲で六体。ダイアーウルフの群れだ。
だが、その後方に佇む一際大きな影が視界を圧迫した。二本の角と鋭い牙、赤い瞳が私たちを見据え、黒紫の毛並みが風に揺れる。圧倒的な存在感が空気を重く染めていた。
「あれは……!」
私が警戒の声を上げると、ヴィルは即座に応じる。
「シャドウファングだ。ダイアーウルフのユニークタイプでな、ただ大きいだけじゃない。濃厚な魔素を操り、霧に紛れての奇襲が得意な相手だ」
「わかった。気を抜かないようにする」
シャドウファングが威嚇するように咆哮を上げる。号令に応え、ダイアーウルフたちが疾風となって私たちへと駆け出した。
緊張が指先まで伝わり、剣の感触が頼もしく感じられた。
「ヴィル、雑魚は任せるわ。私はあいつをやる!」
「いいだろう。ミツル、お前の力、存分に振るってみせろ!」
ヴィルは力強く頷き、前へ進み出る。彼は豪快な剣さばきで襲いかかるダイアーウルフたちを、次々と軽々押し返していく。鉄壁の前衛。いつも一人で戦ってきた私には、彼の存在がこれほど心強いとは思わなかった。
その間に、私は白きマウザーグレイルを握り、精神を集中させる。
ここからは私の独壇場。剣での戦いは未熟だが、術においては絶対の自信がある。
「黒鶴っ! 場裏展開!!」
《《場裏展開!!》》
私と茉凜の声が重なった瞬間、力が集まるイメージが頭に浮かぶ。熱が全身に行き渡り、血が沸き立つような高揚感が広がっていく。
背に黒翼が無音で咲いた。その刹那、耳の奥で「キイ」と金属が軋むような音が鳴り、鼻腔には鉄錆の匂いが滲む。異質な力が、私の身体を無理に拡張している――。
それでも、前を行くヴィルの背中は一歩も退かず、狼どもを斬り払っていた。その頼もしさに胸が震える。
全属性を束ねる禁忌。力も危険も、今は構わない。
翼は物質的な存在ではなく、触れようとしても素通りする幻影。だが、その揺らめきに気づいた狼たちは一瞬、牙を剥きながらも踏み込みを躊躇した。人ならざる気配が空気を凍らせ、彼らの脚を縫い止める。
これは幻ではない。私の内奥から立ちのぼる異形の象徴。
恐怖を噛みしめながらも、心の奥は確かに沸き立っていた。
周囲に、バレーボール大ほどの限定領域【場裏】が無数に展開される。白い靄に包まれたそれらは、私の意思に従う精霊たちの群れのようだった。
この場裏は、私が想い描く事象を限定された領域の中で具現化する。私の意思に従って位置を変え、イメージを集中することで、無詠唱・無遅延で術を発動できるのだ。
かつて、この強大すぎる力と制御の難しさから、【深淵の黒鶴】と呼ばれ恐れられたこともあった。
絶望の淵にあった私を救い、導いてくれたのが茉凜。彼女は私の前に舞い降りた安全装置であり、この過酷な運命を乗り越えるために欠かせない導き手なのだ。
「いつもありがとうね、茉凜」
そう告げると、茉凜はいつものように明るい声で応える。
《《どういたしまして。さあ、やろうか、美鶴!》》
その言葉が、内なる不安を和らげてくれる。静かに息を整え、前方に立ち向かうための準備を整えた。
胸に高揚が満ち、戦いの予感とともに、力が湧き上がっていくのをはっきりと感じた。




