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荒ぶる風の化身

 その瞬間、風が荒れた唸りを上げ、砂塵が視界を裂いた。怒声の震源から溢れ出す力の奔流が、魔獣たちの動きを一瞬で止める。大気がびりびりと振動し、あたり一帯を圧倒的な威圧感が支配した。体が凍りつき、私は渦巻く風のただなかに釘付けになる。


 砂塵の奥から現れたのは、戦場の空気を歪める巨漢――二メートルをゆうに超える異形の大男だった。むき出しの胸板は岩のように隆起し、腕も脚も丸太のごとく太い。皮の鎧は申し訳程度にしか身を覆わず、全身が筋肉の塊でできていた。


 その男は両手に巨大な両刃の斧を握っていた。斧の刃は獣の牙のように鋭く、青白い光が揺らめいている。光は生き物のように刀身を這い、不気味な気配をまとう。まさに人の形をした災厄、暴風の化身――息を呑むほかなかった。


「なに……? あれ……」


 殺気が鋭い針のように肌を突き刺す。身じろぎひとつで、あの眼に捕らえられてしまいそうだ。ヴィルも険しい表情のまま、じっと巨漢を見据えている。


「こいつは……」


 その短い一言が、私の心臓を強く打つ。ヴィルの背から、熱と緊張が伝わってくる。敵か味方かも分からぬまま、風が戦場の空気をさらに張り詰めさせる。


 巨漢の目がこちらに向いた刹那、空気は刃のように鋭く冷え、全ての音が凍りついた。私は息を止め、ただ次を待つ。


 斧が空気を裂くたび、景色は荒々しい恐怖で塗りつぶされていく。咆哮が谷を雷鳴のように震わせ、私の背筋を氷が這う。魔獣でさえ、その威圧に怯み、じりじりと後退した。


「ここは、あの男を見守ろう。ただし、いつでも動けるようにしておけ」


 ヴィルの低い声が、砂塵のざわめきに沈み込む。冷静な指示に、私は一瞬、現実感を取り戻す。


 巨漢は両刃の斧を高く掲げ、砂を蹴り上げて突進する。重さに反して驚くほど俊敏で、まるで自然が姿を持ったかのよう。


烈風乱舞斬テンペスチュアス・ゲイル・ロンド――!!」


 怒号が渓谷を震わせ、斧が旋風をまとい空を切る。爆ぜる空気が竜巻となり、青白い光の渦が戦場を呑み込む。


 私はただ釘付けになり、あまりの力に息を呑んだ。


 巨漢の体が目にも止まらぬ速さで回転し、全身が竜巻そのものへと変貌する。冷たい風が肌を刺し、青白い光が魔獣たちを巻き込んで粉砕した。断末魔の叫びが岩壁に反響し、風圧で砕けた破片が頬を掠める。鋭い痛みが走る。


「嘘でしょ……。これが、人の力だというの……?」


 風にさらわれるような呟き。戦場は破滅の音楽――唸る風と魔獣の叫びが溶け合う。


 ただ立ち尽くすしかなかった。


 背中に冷たい汗がつたい、呼吸も忘れて巨漢を凝視する。神話の災厄が今ここに現れたよう。


 ヴィルが苦笑を浮かべ、低く呟いた。


「まるで神話の戦士だな。これこそ――」


 その言葉は風にかき消される。巨漢は止まらず、魔獣たちを次々になぎ倒す。


 風が暴れ狂い、視界は砂塵に霞む。わずかな隙間から覗くその姿は、大地に降り立った暴風。神話の荒神そのもの。


「――バーバリアン。あの技は久しぶりに見る」


 ヴィルが低く呟く。その声には驚きと、微かな懐かしさが混ざっていた。


「バーバリアンって?」


 私は動揺を隠せず問いかける。ヴィルは苦々しげに唇を結び、風に黒髪を乱したまま、しばらく沈黙する。


「中央大陸の北の果て、極寒の山岳地帯に住まう少数部族だ。長い年月をかけて過酷な環境を生き抜き、鋼の肉体と恐るべき戦闘技術を手にした。聖なる使命を重んじ、その伝統を誇りとしている……」


 ヴィルの説明を聞きながら、私は再びバーバリアンに目を向ける。


 隆起した筋肉、自然そのものを操るような技。過酷な世界で生き抜いた者の力。威圧感に呑まれそうになり、ただ頬を撫でる風を感じていた。


 彼がどんな過去を生き、どんな世界を背負ってきたのか――想像が胸の奥を冷たく締めつける。力の源は肉体だけでない、直感がそう告げていた。


 ヴィルの声が、ふだんよりも低い。


「彼らの力は、自然そのものとも言われている。風、火、大地――その猛威を体現する部族だ。滅多に姿を見せないが、その勇猛さから尊敬される存在だ」


 砂塵が渦を巻き、荒れた風が視界を薄くする。巨漢は汗と砂にまみれても、猛禽のような光を目に宿し、両手の斧が空気をねじるたび、怒号が戦場のすべてを制圧する。


 私は鼓動の速さに気づきながら、徐々に冷静を取り戻し、観察を続ける。


 暴風を纏い、剥き出しの筋肉が岩のごとく隆起する。頭頂から逆立つモヒカンヘッドは刃のように空を切り、厳つい目には覚悟が宿る。未精錬の髭と深い刺青は、部族の誇りと信念そのもののよう。


 皮の鎧は最低限。その生身こそ最大の武器、己の力で戦う意志の象徴。どんな攻撃もはね返す自信が全身から滲む。


 なぜここに現れたのか――戦場の運命を左右する重さが胸に圧し掛かる。


 特に目を引いたのは、斧から漏れる青白い光。空気の中に球体を描き、振るうたび光を強く放つ。


「あれは――」


 か細い呟き。心の底に冷気が這い上がる。思い当たるのは一つ。


「――場裏……」


 声は風に消え、ヴィルは反応を見せず、鋭い視線を巨漢に注ぐ。場裏は私と茉凜だけが知る、秘密の領域。


 私は内心の動揺を押し隠す。あの青白い光が場裏に酷似している確信。並の術者なら展開するだけで精神も精霊子も削られる。それをこの男は無意識に使っている。


 竜巻の中の風神。斧を中心に大気を爆発的に操る、その力は鍛え抜かれた肉体がなければ支えきれない。


 けれどヴィルにこれを語る気はなかった。場裏は私の過去、デルワーズの因子と直結する秘密――今は語れない。


 なぜ彼が場裏を扱えるのか。デルワーズの因子を持つ存在なのか。運命の影が、私の背後で静かに揺れている気がした。

 この世界に登場するバーバリアンという少数部族は、ディアブロ・シリーズの「バーバリアン」をモチーフにしたキャラクターたちです。


 彼らは、荒々しい力と圧倒的な耐久力を持つ戦闘のエキスパートとして描かれ、巨大な武器を振り回して敵を打ち倒す勇猛な戦士としての側面を持っています。しかし、それだけではなく、あらゆる武器を自在に操ることができ、戦況に応じて弓や投擲武器も使いこなす多才な戦士でもあります。

 さらに、彼らは厳しい環境で生き延びるためのサバイバルスキルにも長けており、その知識は部族の中で代々受け継がれています。


背景設定

 バーバリアンは、中央大陸の最北端に広がる寒冷地帯に住む部族です。彼らの土地は厳しい寒さに覆われ、自然は過酷で容赦がありません。しかし、その環境こそが、バーバリアンを鋼のように鍛え上げたのです。


 部族は三つの氏族に分かれていますが、それぞれが密接に関わり合い、互いを尊重し合いながら良好な関係を築いています。


 彼らは、祖先から代々受け継いできた「聖なる使命」を守り続けています。その使命は簡潔な言葉に集約されています――「来たるべき時に備え、力を磨け」。


 この言葉の真意は氏族の長だけが知っており、ほかの部族民には秘密にされています。しかし、それがどれほど重く神聖な意味を持つかは、誰もが理解しています。彼らはただ命じられるままに己を鍛え、日々力を磨き続けるのです。


文化と精神

 バーバリアンは部族としての強い絆を重んじます。彼らは「生きることそのものが戦いである」という掟を厳守しており、特に男子は一生戦士として生きることが義務づけられています。そのため、彼らの肉体は幼少期から鍛え抜かれ、鋼のように硬く、精神も困難に屈しない強さを身につけていきます。


 バーバリアンは自然を畏れ敬い、古代の精霊や祖先を深く信仰しています。彼らは山々や大地、風や火といった自然の力を感じ取り、その声に耳を傾けることを大切にしています。


 戦士たちは、自分の力に加えて自然の力をも借りることで、さらに強大な力を発揮します。それは、魔石を用いる一般的な魔術とは異なり、自然そのものから得られる理の力です。


 彼ら伝説上の存在である「精霊族」の末裔ではないか、という噂もありますが、その真実は人口の少なさや隠遁的な生活によって解明されていません。研究者たちの興味を引くこともなく、その実態は謎のままです。


精霊信仰と加護

 バーバリアンが崇拝する主な対象は、風の精霊、火の精霊、地の精霊の三柱です。優秀な戦士たちは、このうち一つの精霊から「加護」を授かるとされ、加護を得た者はその精霊の力に導かれて戦います。


 加護とは、魔術のように意図して発動させるものではなく、戦士の身体が自然に精霊とつながり、戦闘スキルに力を与えるものです。


 戦士が高度な精神集中をすることで、無意識のうちに精霊との接続が生じると考えられています。この接続が、戦闘中に発揮される超常的な力の源なのです。


 例えば、風の精霊の加護を受けた戦士は、瞬時に素早い動きを見せたり、衝撃的な力で敵を吹き飛ばしたりします。


 一方、地の精霊の加護を受けた者は、地面を踏みしめるたびに大地を震わせ、敵を揺るがす強靭さを示します。


 バーバリアンにとって、精霊とのつながりは自分たちの誇りであり、神聖な存在である精霊たちから力を授かることは戦士としての最大の名誉です。彼らはその加護を一身に受け、戦場でその力を存分に発揮することで、聖なる使命に応えようとします。


 このようにして、バーバリアンは自然と共生し、厳しい掟と誇り高い信念を胸に秘めた戦士たちとして、この世界に存在しています。彼らの姿は、過酷な環境に生きる者としての強さと、自然との深い結びつきを示しているのです。



烈風乱舞斬テンペスチュアス・ゲイル・ロンド

 その名前からもわかるように、戦場を圧倒する破壊的な回転技です。ただし、その力の発動には並外れた筋力と体幹が必要不可欠です。技の概要を詳しく説明します。


発動メカニズム

 この技は、バルグが両手に握りしめた巨大な斧を中心に行う回転攻撃です。技の発動時、彼は気合とともに無意識下で場裏を展開します。場裏とは、術者の精神力と精霊子が織りなす「限定事象干渉領域」であり、彼の内なる力が具現化する空間です。


 場裏が展開されると、その空間内で膨大な空気の流れが生み出されます。バルグの両手に握られた斧を軸にして、連続的に空気が爆発的な勢いで噴出し、彼の回転を加速させるのです。この空気の噴出が生む圧力は凄まじく、普通の人間ではその反動を受け止めることができません。


技の特徴と威力

 この技の特徴は、加速し続ける回転力です。空気の噴出は連続的に行われ、バルグは竜巻のように渦を巻きながら敵陣を薙ぎ払います。斧の刃が空気の流れを切り裂き、旋風は敵を巻き込みながら鋭く斬り裂いていきます。その威力は、敵を一瞬にして粉砕し、周囲の風景すら揺るがすほどです。


 しかし、この技を成功させるには、バルグの持つ異常なまでの腕力と体幹が必要不可欠です。空気の圧力で押され続ける両腕を抑え込み、回転を安定して維持するには、尋常ではない筋力が求められます。また、体幹がしっかりしていなければ、回転中に自らの身体が振り回され、バランスを崩してしまうでしょう。


 バルグは、鍛え上げられた筋肉と鉄のように強靭な体幹を駆使し、この回転を完璧に制御することで、驚異的な攻撃力を実現しています。技を発動するたび、彼の斧が巻き起こす旋風は敵を容赦なくなぎ倒し、まさに暴風の化身のように戦場を支配するのです。

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