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導入 塔の風鈴――魔獣狩りの黒髪のグロンダイル
――りん。――
その名が告げられた瞬間、塔の風鈴がひとつ鳴った。
「……グレイハワード様。“黒髪のグロンダイル”と名乗る魔獣狩りの少女について──ローベルト将軍より続報が届いております」
音はすぐに消え、白布だけが遅れてふくらむ。頬を撫でた冷えは春の気配ではなく、封じてきた名の記憶を呼び起こす冷たさだった。
年老いた従者は大理石に膝をつき、深く頭を垂れる。裾から伝う冷気が脛を上り、声の余韻が扉板で薄く震える。
報告は途切れる。高窓から入る風が一枚の書簡の端をめくり、乾いた紙の匂いと、白いカーテンの擦れる小さな音が広がった。
純白のローブの老人は応えない。腰までの白髪と雪の髭がわずかに揺れ、組んだ指にゆっくり力がこもる。喉仏がひとつ上下し、短い息が留まった。
ふたたび――ちりん。
「……あの子の、黒髪を継いだのか」
細い音の尾が空へ溶ける。視線だけが遠くへ滑り、名を呼べない誰かを思い出したのか、口元がかすかに緩んで消えた。




