なりすましヒロインの娘
私の生まれは娼館だったらしい。母は王都から流れてきた娼婦。そんな私達を父が引き取ってくれた。
父はこの地方の貴族で代官をしている。彼には息子と娘がいて、息子は王都に行き寄り親である伯爵様の元で修行をしている。娘はすでに嫁いでいるが歳を取った父が心配でよく顔を見せる。数年前に奥様を亡くされ、独りぼっちになったため寂しかったのだろう。娼婦に産ませた娘なんて本当に自分の娘だかわからないのに引取るなんて本当にお人好しだ。
でも、姉に会って並んで鏡を見てわかった。私あの人の娘だわ。
私達を引き取ってしばらくして父は体を壊してしまった。そんな父を甲斐甲斐しく世話をする母。私もそれを手伝おうとしたが母が止めた。それよりいろいろ勉強することがある。そう言われて私を姉が家庭教師代わりになって教育してくれた。おかげで下級貴族の娘として恥ずかしくないくらいのマナーと知識を得ることができた。
父が亡くなり後を追うように母も亡くなった。そして跡を継ぐために兄が戻ってきた。初めて会う兄は姉とは違い私を蔑むような目で見ていた。
父の後を継ぐためにいろいろ忙しいのだろう。時には酒に酔い暴言を吐くこともあった。そして、ある夜、私は兄に押し倒された。逃げようとしたけれど男の力にはかなわない。たまたま姉が気がついてくれなかったら、私の初めては血のつながった兄だっただろう。
姉は私にいくばくかのお金を渡してくれ、信用ある商人に言づけて王都に送り出してくれた。私の持ち物は少しの着替えと母の遺品のアクセサリー、そして王都にいる誰かに当ててだせなかっただろう古い手紙。
王都に着き手紙の宛先を探す。案外簡単に見つかった。見つかったはいいけど、相手が貴族だったのでびっくりした。私が持っていた手紙を使用人に渡すと当主に会うことができた。
当主は思ったより若い方だった。
「君は、私の義理の姉の娘だから義理の姪にあたる。つまり私は君の義理の叔父だ」
叔父様が王都に居たころの母のことを教えてくれた。母は父親のわからない娼婦の娘だったけれどおじい様、叔父様の義理のお父様が祖母を気に入り母娘を引き取ったそうだ。あれ?どこかで聞いたことがあるような話。
「義姉とはあまり一緒にいることはなかったが、私には優しくしてくれたのは覚えている。だからいなくなったときはとても寂しかった」
母が王都を離れてからすぐに祖父母も亡くなったそうだ。母が持っていた手紙は祖父宛て。育ててくれたことに対する感謝と迷惑をかけたことに対する謝罪だった。何をしたの、お母さん。
「あの、行き先が決まるまでここに置いていただくことはできますでしょうか」
恐る恐る尋ねると叔父様は逆にびっくりしたように逆に聞いてきた。
「えっ、姪っ子を追い出すような男に見えたかい? 行先がないならいつまでもここに居なよ。仕事? 仕事をしたいなら僕にもちょっとは伝手があるから大丈夫。悪いようにはしないよ」
それから、目が回るような忙しさで気がついたら王宮のメイド見習いになっていた。女官になるには子爵令嬢以上かメイドとして有能であることを示す必要があるそうだ。メイドでも王宮で働けるのなら、娼婦の娘としてはすごい出世だよね。
半年ほど見習いとして働いた後、正式にメイドとなって働く職場が決まった。女王陛下のいらっしゃるところ。うそでしょ?だって父は男爵だけど母は娼婦だよ。そんなのがいいの?
ついついそんな言葉が漏れてしまったら、陛下付きの女官のリーダーが怖い顔をして私に怒る。
「お母さまは養女とはいえ貴族の娘。娼館に行ったのも騙されてだからお母さまが悪いわけではないでしょ。それにお父さまは貴族。あなたはれっきとした貴族の娘。あなたはお母さまをバカにしたいの?そうじゃないでしょ?胸を張りなさい」
うれしかった。涙がでそうになった。一生この人についていく!その決心がくじけそうになるのはそう時間がかからなかった。厳しすぎるよこの人。
王都に来て一年がたち仕事にも慣れてきた。叔父様は私が家に帰ると不自由はないか聞いてくる。ないというとニコニコして遠慮なく言ってねと言う。私も忙しい毎日だけど充実した毎日だった。
思っていた頃、私はちょっと油断してしまった。最近知り合ったメイドから紹介されて服を買いに行った。普段行かない少し治安が悪い辺りにある店。店主とメイドは顔見知りみたいで。お茶を出してくれた。お茶を飲みながら服を探しているうちに眠くなってきていすで寝てしまった。薬を盛られたのだ。そのまま攫われた。
気がついたら知らないところだった。最初は娼館にでも送られたのかと思ったらそうでもない。目が覚めてから世話をしてくれている人たちはよく訓練されている人たち。上位貴族の館のようだ。
まずは体を清められきれいな服を着せられ髪も顔も整えられた。そしてて面会したのは王宮で何度か見かけたことがあるおっさん。たしかクロマーク侯爵閣下だ。
「君は今は亡き王子殿下の子供だ。あのあばずれが君を隠していたのはわかっている」
いや、それはないでしょう。だって母が王都から逃げてから私が生まれるまで何年経ってると思うの? このおっさんの話を聞いていると「王子殿下」は幽閉されていたようだしどうやって母と交わるのさ。
いろいろ言いたいがきっとそんなこと言うと命が危ない。ここは素直になったふりで油断させてスキを見て逃げるしかないだろうね。
このおっさん、どうやら女王陛下本人も嫌いだけど、女の下に着くのが嫌で嫌で仕方ないようだ。
なので、私をおっさんの息子の妾にして男の子を産ませてそれを王位につけようとたくらんでいる様だ。
はぁ、めんどう。ボンクラボンボンもおっさんも勘弁してくれ。ボンボンは人柄も含めて好みじゃない。
そろそろ私がいないことに誰か気がつくかな、もしかして誰も気にしていないのかな。そんな心配をしている頃、屋敷の中で叔父様を見かけた。変装しているけど叔父様だ。向こうも気がついているのだろう。互いに知らんぷりした。見つかったらヤバいからね。
王女様になりすますため家庭教師をつけて色々教育してくれるのはありがたい。付け焼き刃でも王族や高位貴族のマナーを習う機会なんてないからね。
ここに来てから半年くらい経った。さっさと押し倒されるかと思ったらそうでもなかったのは処女のままでいないといけない理由があるのかな?
どうやら反女王派閥を集めてお披露目会をするようだ。それまでに逃げたいけど無理そうだ。味方もいないし。あのあと叔父様は見かけていない。
お披露目会には意外と多くの人がいた。壇の上から紹介されたあとホールに折りていろんなおっさんと話をする。手汗がひどい。手がベタベタして気持ち悪い。何人と話したか分からなくなった頃、外が騒がしくなった。だんだん争う音が大きくなる。入り口から騎士がなだれ込んできた。
私はおっさんに連れられて一緒に地下に向かう。逃げ道があるのだろうか?
地下に降りてすぐの扉の前に甲冑を着た兵士がいた。
すぐにお逃げくださいと言われておっさんが扉の中に入ったところ兵士が後ろから刺した。
信じられない、そんな顔をしたおっさんは倒れそのまま動かなくなった。
後ろから騎士団が追いつく。兵士がカブトを脱ぐとそこには叔父様がいた。
すぐに助けられなくてごめん、そういう叔父様の首っ玉にしがみついて私は泣き出した。
倒れたおっさんは生きていた。というか刺されたとき足を滑らせただけのようだ。傷も浅いらしい。動かなくなったのは死んだふりしてスキを見て逃げようとしたのかな。いや、無理だろう。
家にはすぐに帰れなかった。まずは叔父様だけでなく偉い人にも謝られた。さすがに女王陛下はお見舞いという形だったけれと下々のものに対しては異例のことらしい。
そして事情聴取。大したことは話せなかったけれどそれでも誰に会って誰と話したかは証人として必要らしい。
助けられて家に帰れるまでは一月くらいかかった。それまで王宮で寝泊まりしていた。半年前に掃除していた部屋に泊まるようになるとは思ってもいなかったよ。
逃げ出した奴らもいたので捜査に時間がかかったようだ。全員無事に捕まったそうだ。
最後におっさんのところのボンボンからも謝られた。彼が今回の情報を流した解決の立役者の一人らしい。
ボンクラボンボンって言ってごめんなさい。良いボンボンによるとおっさんがいろいろやらかしてなんとかせねばというところでこの事態だったので、利用させてもらった。一回殴って良いですか?まぁ貴族なんてこんなものか。
落ち着いたのはさらに半年後。その間にお姉様に会えたし兄上からも謝罪されたし色んな人とも知り合えたし。
お母さんのやらかしを詳しく聞いてから女王陛下に拝謁するのやめてほしい。視線で十回は死んだよ。
ようやく落ち着いて家で叔父様とのんびりしてるときになにかしてほしいことはないかと聞かれた。キタッ!
「抱っこしてほしいです。物心ついた頃には父は病床だったので」
叔父様、ちょっとためらったあと手を広げてくれた。
私はちょっと遠慮するようにおずおずと近寄って叔父様の膝に乗ると、首に手を回してキスをした。
叔父様、逃げるかなって思ったらあちらから舌を入れてきた。長いキスのあと呆然とした私を横抱きにして、
「悪い子だ。悪い子にはお仕置きが必要だね」
と悪い大人の顔で囁いた。その後、悪い大人が何をするかを体全体に教え込まれた。
数年後、私たちに待望の子供が生まれた。ピンクブロンドの男の子。男の子だからヒロインじゃないよね? って女官長と女王陛下が話しているけど知らないふりをした。
私の名前はソクヘンノヒロイン。かわいい息子とかっこいい夫に恵まれた子爵夫人。夫は男爵から子爵になった。今、私は侍女として女王様に仕えている。