第一話 復讐からの追放
眩さに閉じていた眼をゆっくりと開く。そこは——まさに異世界。見るからに王様っぽい白髭のおっさんに白銅色の鎧を着込んだ騎士。俺達は教室で見たものと同じ模様の魔法陣の上に立っていた。
「おいここどこだよ!」
「なに⁉ どうなってるの⁉」
またもや阿鼻叫喚。まあいつも通り昼飯を食べていたら知らない場所で知らない奴に囲まれているんだ。冷静でいられなくなるのも当然だ。この、俺を除けばだが……
「異世界の方々よ、私は教皇のサンリルです。突然のことで混乱しているかとは思いますがどうか落ち着いて話を聞いて下さい。貴方達はこの剣と魔法の世界、グランミュールに召喚された戦士にして唯一の希望。無理を承知でお願いします。是非、魔王を討伐するために戦って頂けないでしょうか……」
あまりの急展開に誰もが言葉を発せずにいる。それも仕方がない。彼らは知らない。これが異世界召喚ものではお決まりであることを。なろうを読みつくしてきた俺からすればこれ以上ベタな展開はないのだ!
いやでもまじで異世界来たんだ……凄まじい高揚感、ワクワクが止まらない!
「何ワケのわかんねぇこと言ってんだ! 帰せよ! 俺たちを元の世界に帰せ!」
祐介がいつものバカでかい声で喚いている。情けの無い……。
「残念ながら現在貴方達を帰す方法はありません」
「はあ⁉ ふざけんな!」
「我々が非人道的な行為をしていることは分かっています! 貴方達は被害者だ! それでも、手段は選んでいられない! 魔王を倒さなければならないのです!」
教皇サンリルはそのシワだらけの顔に覇気を漲らせる。恐らくかなり歳を食ってると思われるその相貌はそれでも強い意思を感じさせた。
「魔王は人類を滅ぼそうとする悪魔だ! 人類の三割は殺されました。魔王城に近い北部地域の国はほとんど滅ぼされ、ここ、中央大陸の国々もいつ侵攻か始まるかわかりません。この世界に安住の地は無いのです……人々は悲しみと失意の中死に絶えていく……受け入れらない。こんな世界は受け入れられない! 世界を、救わなければならないのです」
「——————」
開いた口が塞がらない。こんな激熱展開あるか? 世界は滅亡の危機でその原因である魔王を倒すために召喚されたとか……これだよ! 王道、ありふれた展開だが当事者になうとこうも胸が躍るのか! もう待っていられない。早くスキル鑑定しろよ! どうせあるだろ? そういうの!
「そう、ですか……事情は分かりました。納得できない事だらけですし、全てを信じたわけではありませんが、俺達は他に頼れるものもない。なので、今は貴方の言葉を信じてみます。ここで俺達は何をすればいいのか、具体的に教えてください」
バスケ部のエースでイケメンの俊介はことここに至っても冷静だ。パニックに陥るクラスメイト達も彼の言葉で少し落ち着きを取り戻した。
「ありがとうございます。聡明な方よ。それではジョブとスキルについて——」
ここからは小説で何度も見た展開だった。クラスの全員がジョブやスキルを鑑定してもらいそのチートっぷりに教皇や騎士達が歓声を上げる。
俊介は勇者だった。女子たちの黄色い歓声のやかましい事なんの。『いや、運がいいな』なんて落ち着き払う姿も実に気に食わない。喜べよ! うおおおおおおお! 俺最強! 俺最強! って叫べよ。このスカシ君がよぉ!
祐介のジョブはベルセルク。近接系ジョブの最上位らしい。『マジ? 何かすげー強そうじゃん! テンション上がるぜ!』と騒いでいた。
うるせえよ。いちいちでかい声出すなよ理性ねえのか。もっと落ち着け。よかった~俺頑張ります。ぐらい下手にでてこい。
今も鑑定は進んでいる。パラディンだの賢者だの剣聖だのがポンポン出てくる。俺の番は今鑑定を受けている女の子の次だ。さて、どんなチートを——
「おお! セージとは素晴らしいジョブをお持ちだ!」
また当たりがでたらしい。その当事者である渚未来はクラス一可愛いと言われている美少女で肩ほどまで伸ばした髪は艶やかで綺麗だ。大きな眼はややタレ目でまつ毛も綺麗な上向き。その小さな鼻も可愛らしい。
「なんだかよくわからないけど。頑張りますね!」
彼女の明るく優しい性格も相まって学年で見ても人気な子だ。彼氏はいないらしい。が、おれは騙されない。あんなの表だけで裏では悪口言いまくりの男はべらせまくりに違いない。
「あ、次成瀬君の番だね!」
「え……あ、うん」
——苗字覚えててくれた。渚さんが俺の苗字を覚えててくれた。
「頑張って! はおかしいか……えっと、ファイト!」
すk—————あぶねえ。勘違いするとこだったー。こんなの彼女にとっては挨拶みたいなもので、特別じゃない。苗字を覚えてくれてたのも偶然。オッケーオッケー僕は騙されない。そんなちょろい男じゃあない。ないが……
「うん。頑張るから見ててよ……!」
決めるときは決める男だ。
これまでの人生誇れるものなんてなかった僕だけど、今この瞬間に変わるんだ、新しい自分に! 誇れる自分に———!
「無職」
「は?」
「君は現在ジョブが無い。つまり無職だ」
「ん?」
「異世界召喚されたものは通常ジョブが与えられた状態で召喚されるんだが……うん。やっぱり無職だ」
「へ?」
「えっとー次の子のジョブ鑑定したいので、どいてほしい」
「ほお」
回れ右を二回してとぼとぼと歩く。周りからかわいそうな者を見る目が向けられる。僕は今憐れまれている。
屈辱だ。これ以上の屈辱はない。元の世界でも運動は普通だし、頭も普通。何故か友達はできないし……いや必要ないのだ。僕は一人で生きていける孤高の人間——
「おい! 刀祢君マジかよ! 無職ってw おいおいそんな暗い顔すんなって! 大丈夫俺らが守ってやるからさ!」
———その笑顔が気に食わない。馬鹿にしやがって。ここでも学校とおんなじじゃないか。どこにいっても見下され、憐れまれ。除け者にされる! 僕が何をしたっていうんだ!
「刀祢君、あまり気にしなくてもいいよ。無理に戦う必要はないんだから」
———その憐憫の声が気に食わない。俊介もそうだ。自分がたまたま優れて生まれただけのくせに何もかも上手くいって可笑しいだろ! 異世界でも一番かよ!
「成瀬君……えっと、えっと……」
針のむしろとはこんな感じか。学校でもひそひそと陰口叩かれて嫌な視線を感じたことは多々あったがこれほどじゃない。これは、これまで味わってきたものとは別だ。憐れみだ。
クラスメイトだけじゃない。教皇や騎士までも同じ、憐みの眼を向けてくる。
……ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなぁ‼ 異世界なら、僕も変われると思ったのに! 祐介や俊介みたいな上の人間になれると思ってたのに! ここでもこんな扱いかよ! 俺が何したっていうんだ……許せない……到底許せない‼
「さて、全員の鑑定は終わりましたな。みな、素晴らしい才能をお持ちだ。これなら世界を救えます! 貴方達はこの世界の希望だ! ささ、皆さん色々お疲れでしょう。我が国最高の宿へ案内しますので存分に休んでください」
やったぜ! 楽しみ~、とはしゃぐ声がどこか遠く聞こえる。
明暗は分かれたのだ。僕とそれ以外で。
怒りで頭が沸騰してて、上手く考えられない。
憎い。全てが憎い。楽しそうな奴らが憎い。
僕だけを置きざりにしていく世界の全てが憎い。
「お~刀祢君落ち込んでんの? いや元気だせって! ほら笑ってよ! いつもみたいにニヤニヤ~ってさ!」
歪んだ笑みを浮かべてみせる祐介を見て決意が固まった。
「ああ、そうするよ」
「ひっ————」
「どう? 上手く笑えてるかな?」
クラスの女子たちの小さな悲鳴が聞こえる。もうそんなものは気にならない。関係ない。
「僕、いや俺は決めたよ。復讐だ。俺を憐れんだ全てに復讐する! お前ら一人残らず地獄を見せてやる! 祐介に俊介ぇ! お前らは特に念入りに——」
「いやそれは納得できないなぁ」
「お?」
「冷静に考えて僕達地獄を見せられるほどのことはしてないよ」
「ああ⁉ それは俺が決めることであってお前がきめることじゃねえ! 受け止め方は人によるだろう!」
「それはそうだけど……一度落ち着こう。君の動揺や失意は想像できる。だけどそれは誰かにぶつけて良いものじゃない。自分の中で折り合いをつけるものだ」
「あ、ま、丸め込もうったってそうはいかねえぞ! 俺は許さないぃ!」
「君は憐れまれたと言ったけどそれは誰からだい? 自分自身が一番憐れんでいるんじゃないのか? 無職だなんて言われて自分に失望しているんだろうけどさ。それはこんな訳のわからない世界で突然言い渡されただけの記号に過ぎないよ」
「う、っでも! いや無職なのは事実じゃないか! お前らは恵まれているから俺の気持ちなんてわからない!」
「ああ分からない。まだ何もしていないのに諦めてしまう君の惰性は本当に理解できない。ジョブがどれほどのものかなんて分からないのに、他に優れたものがあるかもしれないのに」
「何かってなんだよ! それもなかったらどうすんだよ‼」
「努力をすればいい。自身になにも与えられなかったのなら別の強みを身に着ける努力をすべきだ。そうしてすこしでも理想の自分に近づけるんだ」
「そ、それは強い人間だけ特権だ! それに、もし努力をして何もなかったらどうするんだよぉ⁉」
「そういうことは努力をしてからいいなよ。やらない言い訳にするのはみっともないよ」
「う、くそっそうやって強い立場から正論かましやがって! ポジショントークで気持ちよくなってんじゃねえよ!」
「ああ俺は常に人より努力してきたからね。でもそれは君も同じだろ?」
「はあ⁉ 同じな事あるか! 俺はそんなことはできな————」
「できる! 君にも出来るよ。俺は君の努力を知っている!」
俊介が見たことも無いような真剣な顔をしていた。その眼には僅かな苛立ちが見て取れる。詰め寄ってきた足取りは重く。彼の感情の大きさを思わせた。
「な、なにを———」
「俺は君の作品のファンだ」
「へえ?」
「君の小説はいつも楽しく読ませてもらっているよ」
「な、なんでそんなことしって」
「いやあんな堂々と教室で執筆されたら分かるよ。君、独り言の声量も大きめだしね」
意味が分からない。んん~⁇ バスケ部のエースで陽キャでイケメンの俊介が俺の妄想だらけの異世界転生小説を読んでいる⁇ はぁ~⁇ あんな陰キャの妄想の結晶を~⁇
「俺好きだな~君の作品。情熱が伝わってくる、これが俺の好きな物なんだって臆面なく書ける君はすごいと思う」
目の前のイケメンが何を言っているのかわからない。とにかく恥ずかしい。どれほどディスられようと読まれないよりましだと思っていたが身内に読まれるのは違う!
恥ずかしすぎて怒りの感情が引っ込んでしまったのが自分でもわかった。こうなるともうどうすればいいのかわからない。今更復讐うんぬんをなかったことにはできないし。
「小説をかくというのも努力の形だよ。君は努力ができる人間なんだよ。憐れむ必要なんてないのさ。だからもっと自信をもって。無職だなんて急に言い渡されただけのものに屈するな。一緒に頑張ろうよ。俺達、きっと上手くやれると思うんだ」
そういって差し伸べられた手は妙な熱を持っていて、そこに憐みなんてまるでないように思えた。
「うううっ……くそぉ! 勢いだけで丸め込もうとしやがって! う、うるさい! とにかく復讐するんだ! いいな⁉ 復讐だからな! じゃあな!」
そんななっさけない捨て台詞を最後に刀祢は涙目で広間を駆け出し、王城を出ていった。
彼は誰も何も言ってないのに勝手に追放されたのだ。されたというのもおかしい。追放したのだ。自分を。もうめちゃくちゃだ。さてそんな精神が不安定な無職の刀祢がこの過酷な世界でどうやって生き抜くのか。これはそんなくだらない物語。迫力や興奮には欠けると思うがどうか見てあげて欲しい。