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二話目

 ……振り返って思ってみても、自分のこんな行動は馬鹿らしく思えます。一体、わたしは何をやっているのでしょうか? 実は、いつも一人でいる所為なのか、わたしには少し考え過ぎる嫌いがあって、気が付くと、おかしな結論に辿り着いていたり、それどころか、こんなおかしな行動をしていたりする事がよくあるのです。

 例えば、日本向け木材の輸出の為の伐採の所為で、東南アジアで森林の荒廃が進んでいる、なんて話を耳にすると、自分の生活を振り返って、なんだかわたしは罪悪感を覚えてしまうのです。

 紙や、割り箸、木材。

 恵まれた日本で暮らしていて、わたしがそういったものを気にもせずにたくさん使っている背景では、そういった事が起こっている。

 森林が荒廃をすると、水害も酷くなるのだそうです。それで、その災害に巻き込まれて死ぬ人もたくさんいるのだとか。……その中には、もちろん、幼い子供達も含まれているのでしょう。

 なら。

 それは、わたしが間接的に人を殺しているという事になりはしないでしょうか?

 そこまでを思ってしまうと、わたしの思いは加速します。

 わたしなんかの為に。

 こんなわたしなんかの為に、人が死んでいる……。しかも、これだけじゃない。こういった事は、他にもたくさんあるはずです。なのに、わたしはそういう事を減らす為に何もしていません。せいぜい、時々、小額の募金をするくらい。

 悲劇を減らしはしたいけど…… その為には、何をどうすれば良いかが分からない。

 もちろん、それもあります。でも、実を言ってしまうのなら、わたしは少なくとも一つの手段がある事くらいは知っているのです。

 それは簡単な事。

 ……みんなに、訴えればいい。なんとかしよう、と。方法を考えて、そして実行しよう、と。こんなくだらない現実を変えよう、と。

 だけどわたしにはそれができません。何故なら、そんな事をすれば、みんなから白い目で見られる事を知っているからです。訴えるわたしを、みんなは偽善者だとか無神経な人間だとか思うでしょう。わたしはそれが怖くて、何もできないでいるのです。

 つまり、自分の身を護りたいが為に、わたしはたくさんの人を見殺しにしているのです。もちろん、実際に目にしている訳ではありませんが、それを知りつつ、何もしないでいるのだから同じ事でしょう。

 なんて情けなくて愚かな人間なんだろう。わたしは。

 考え込む内に、わたしはいっつもいつの間にかにそんな結論に辿り着いています。そして、いつもこう思うのです。

 こんなわたしなんか…… いない方がいいのかもしれない。存在するだけで、他のみんなに迷惑をかけて……

 …

 (だけど、いつもわたしはその考えを慌てて否定します)

 違う!

 こんな思考は間違っている。これは自分が死ねばそれで解決するような簡単な問題じゃない。いや、死んだら、それこそ周りに迷惑をかけてしまうじゃないか。

 そうして、そう否定をした後で大体は“他の人はどうして平気なのだろう?”とそう不思議に思うのです。

 こんなに苦しい現実なのに。

 いえ、もしかしたら、それで正常なのかもしれません。何も気にしないでいられるのが、当たり前の人間の、当たり前の世界。

 多分、わたしは自分に価値を付けてやるのが極端に下手なのだと思います。悪いのはいつも自分。何故か、そう思い込んでいる。そうじゃないと分かっているのに、そんな思いが抜けないのです。もしかしたらわたしは…… どこか、おかしいのかもしれない。

 

 ある日、あのお婆さんから、メールが届きました。メールの内容は先日のお礼で、直接に言葉を交わしていた時とは違って、とても礼儀正しいものでした。だけど、その礼儀正しさにわたしは何か壁のようなものを感じます。それは、心を許してくれていない事の裏返しなのかもしれない。そんな風に考えてしまうのです。

 もしかしたら、わたしはただただ迷惑をかけてしまっただけなのかも。

 ただ、メールには自分の得意な料理はカレーではない事と、他の自分の好きな料理の事が書かれていて、それをわたしは今度も訪ねていって良いという事だと解釈しました。考えてみれば、いえ、考えるまでもなく、たった一回だけ会っただけで、心を許す間柄になれるはずもありません。

 それに、わたしはお婆さんに、メールの見方しか教えなかったのです。恐らく、わたしに返事を返す為に、お婆さんは苦手なパソコンをがんばって練習したのでしょう。

 その後、それがきっかけになって、わたしは時々お婆さんの家を訪ねるようになりました。ただ、何度訪ねてもお婆さんが無愛想なのは変わらなくて、しばらくは戸惑っていたのですが、やがてこういう人なのだとそう思うようになっていきました。

 わたしは訪ねる度に、お礼だと言って、掃除や洗濯物を手伝ったりしました。わたしはそういう事を苦にするタイプではないですし、それに嬉しかったから。それで、少しは自分が役に立っているように思えて。

 お婆さんを手伝う事で、自分の中にある世の中に対する罪悪が、少しだけ軽くなっている。

 そんな風に感じていたのです。

 

 わたしは相変わらずに学校では誰とも交流がありませんでした。だから、放課後になると真っ直ぐに家に帰っていました。ところが、その日は珍しく呼び止められたのです。と言っても、別にわたしだけが呼ばれた訳ではなくて、帰宅者全員に対して声がかかったのですが。

 学生ボランティアへのお誘い。

 部活動も何もしてない人達。時間があるのなら、ボランティアに協力してみないか。それはどうも、そんな話みたいでした。

 わたしは、別にボランティアが嫌だというのでもないのですが、その、やっぱり、他人と交流しなくてはならない事に対して臆してしまって、積極的に名乗り出る気にはなれませんでした。それで、その声から逃げるようにしてそのまま教室を出たのです。

 その日は、お婆さんの家に寄る約束をしていた日でした。だから、軽い料理の材料を買ってから、わたしはお婆さんの家を訪ねました。チャイムを鳴らすと、中から「入っておいで」と声が聞えます。なんだか、いつになく上機嫌な声の調子でした。

 どうしたのかな?

 ちょっと不思議に思いつつ、玄関の戸を開けると中には見慣れない靴が一足置いてありました。運動靴で、男性も女性もどちらでも履けるような類のもの。どうも、誰かお客さんが来ているようです。

 もしかしたら、それが原因でお婆さんの機嫌は良いのかもしれない。

 なんて思って部屋の奥に入っていくと、その途中で若い女性の声が聞えてきました。言葉の意味も聞き取れます。

 「へぇ 一人暮らしなのに、きちんとしていてお婆ちゃんは偉いですねぇ」

 「何言ってるんだよ。これくらい、普通だよ」

 少しわたしはびっくりしました。あのお婆さんが軽快に会話している。どんな人が来ているのだろう?と思って、部屋に入ると中にはわたしと同じ高校の制服を着た、女子高生が座ってお婆さんと会話していました。

 誰?

 ちょっと固まります。相手の女子高生もわたしを見て驚いてる様子。その空気を察知してか、お婆さんがわたしに説明をしてくれます。

 「なんだか知らないけど、学生ボランティアだなんだってヤツらしいよ。ちょっとバカにした話だけど、私を助けてくれるんだってさ。だから、助けられるほど弱っちゃいないって教えてやっていたところさ」

 ……学生ボランティア?

 多分、今日の放課後に募集していたあれです。という事は、この娘は今日初めてこのお婆さんに会ったということになります。それを聞いて、わたしは軽いショックを受けました。

 ……初めて会ったのに、何度もここに通ってるわたしよりもずっとお婆さんと親しそうにしている。

 わたしは悲しくなりました。自分はやっぱり……

 思わず、泣きそうになる。

 ところが、です。

 その瞬間のわたしの表情を読み取ったのか、お婆さんは続けてこう言ってくれたのでした。

 「この娘は、何度も私を訪ねてきてくれる友達だよ。掃除とか、洗濯とか、料理とか一緒にやってね。ボランティアなんて名乗らないで。こーいう子の方が、私はよっぽど有難いんだ」

 わたしはその言葉に、目を見開いて驚きました。まさか、お婆さんがこんな事を言ってくれるなんて思ってもいなかったからです。わたしは喜ぶのと同時にとっても恥ずかしくなってしまって、顔を真っ赤にして下を向きました。

 ……お礼が言いたいけど、言葉が出ない。

 わたしはその時に思いました。

 わたしはやっぱり情けない人間だ。お婆さんを助けてあげているつもりで、本当に助けられていたのは自分だった。身の程知らずで、傲慢。

 それから、その学生ボランティアの女子高生は、わたしが持って来た料理の材料に気が付いたのか、わたしの所までやって来ると「料理作るんだ、あたしも一緒にやっていい?」と、そう尋ねてきました。

 わたしはコクリと頷きます。

 その後で、その女子高生とお婆さんと一緒に、わたし達は料理を作って三人でそれを食べました。

 その女子高生は、久留間さんというのだそうです。わたしは、自分は森というのだとそう教えました。考えてみれば、こんな風にして自分の高校の人間に、自分の名を言うのは初めての事だったかもしれません。

 帰り。

 わたし達は一緒に帰りました。

 久留間さんは、何か楽しそうにしながら「あなたって面白い人ね」と、そう言ってきました。

 「なんでです?」

 「ふふふ。あたし、学校であなたが学生ボランティアを断って、そのまま帰ったのを知ってるのよ。見てたの。大人しそうな感じなのに、あっさり逃げるように帰っていったから印象に残ってたのね。冷たい子だなって、そう思ってたんだけどさ……

 今日は、あなたのお陰で助かっちゃった。あのお婆さん、プライド高そうだから、普通にやったんじゃ手伝いなんかいらないってそう断られちゃってたかもしれない」

 わたしはそれを聞いて悲しくなります。

 「それは逆です。あのお婆さんがあんなに楽しそうにしていたの、わたしは初めて見ましたから… 久留間さんのお陰で、随分と楽しく会話ができました」

 「そうかなぁ?」

 「そうです。わたしだけじゃ、あのお婆さんは笑わなかった」

 それを受けると、少し久留間さんは考えるような仕草をしましたが、それから、何かを振り払うかのような感じで、

 「でも、やっぱり違うわよ。今日、うまくいったのはあなたのお陰。だって、あのままじゃ、お婆さんは良くても、あたしが耐えられそうになかったから。辛抱強くなかったら、ああいうタイプの人と上手くやっていく事ってできないと思うわ。森さん。あなたは凄いわよ」

 と、そう言いました。

 え?

 わたしはその言葉に不意をつかれます。

 わたしが凄い?

 考えた事もありませんでした。

 「ど、どうして?」

 慌てて、わたしはそう聞き返します。

 わたしの驚いた表情を見ると、久留間さんは少しだけ困ったような顔をしました。そして、それから、こんな事を言うのです。

 「多分、あなたは、自分が凄くないと思っているところが凄い人なのよ」

 そう言われた時、わたしはその言葉の意味が、分かったような分からなかったような気分になりました。ただ、自分が凄いとは少しも実感はできませんでしたが。

 久留間さんは、同じ学年の別のクラスの女生徒でした。彼女は女子ハンドボール部に所属しているのだそうですが、今回、色々な経験をしてみたいという理由から、部活動を休んで、学生ボランティアに参加してみたのだそうです。もっとも、本人は、

 「そんなのただの口実なんだけどね。本当は、部活をサボりたかっただけなの」

 なんて、おどけて謙遜していましたが。

 ……その後、それがきっかけとなってわたし達は学校でも時々、会話をするようになりました。他のクラスですから、それほど頻繁にという訳でもありませんが。わたしに、学校で初めて友達ができたという事になるのかもしれません。

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