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本当に『強い』ということ(NINESTATES SAGA外伝)

作者: STARLIGHT

父様(とうさま)が人間に倒された。

ボクら龍の一族の中で誰よりも大きくて強い父様が…。


ここはかつて人間たちの『都』だった町。

父様を倒したことで勢いづいた人間たちは…市街地で父様の配下の者たちを次々と倒していった。

一部の者は命からがら逃げていったけど、逃げ遅れたボクは建物の陰に身を潜めていた。

「逃がすな!追え!」

甲冑を(まと)い、様々な武器を持った人間たちが逃げる者を追って町の外へと走って行くのを見て…ボクはふうっと息をついた…。


人間は鱗も爪も持たない。

それゆえにボクら龍の中には人間を『持たざる者』と呼んで(さげす)んでいる者もいる。

父様も…そうだった。

父様は『力を持つ者が世を支配するのだ』といつも言っていて、ボクもそれが正しいと思っていた。

父様は配下の者たちを使って人間の村や町を次々と襲い、ほしいままに力を振るってきた。

この『都』も人間たちから力ずくで奪ったものだ。


しかし、人間たちはやられっぱなしではいなかった。

甲冑で自らの身を守り、剣や槍などの武器や独自の魔法などで武装し…反撃に出た。

彼らは西に勢力を伸ばそうとしていた父様の配下の者たちを押し返し、この『都』に戻ってきた。

自分たちの国を取り戻すために。


そして…父様が倒された。

今や、この人間の国への侵攻は失敗だったということは明白だ…。

父様の力が足りなかったのか?

人間たちがそれほどまでに強かったのか?

ボクには分からなかった…。


「こんな所に1匹隠れていやがった」

人間の声で我に返った。

見つかってしまったのだ。

「小さいが、龍は龍だな」

ギラリと光る斧がボクに向かって振り上げられ、ボクは悲鳴を上げることもできないまま思わず目をつぶった…。


ガキィーン…。

金属が何か硬いものと激しくぶつかり合ったような音がした。

恐る恐る目を開けてみると、さっきまではいなかった別の人間が…ボクと斧を振り上げた人間との間に立ち、自らの剣で振り下ろされた斧がボクに当たらないよう止めていた。

「ゆ、勇者様…」

斧を止められた人間は驚いたような声を上げた。

「…ドミス、よせ。こいつは子供だ」

「だ、だけどよォ!」

『ドミス』と呼ばれた人間は『勇者様』に食ってかかった、

「こいつらは幾つもの村をメチャクチャにして、村人を皆殺しにしたんだぜ!情けをかける必要なんかねぇっすよ!」

相手が何も言わないので、『ドミス』はなおも声を荒げた、

「あんたの故郷だってこいつらにメチャクチャにされたんだろ!?」

「…だからって、同じことをしていい理由にはならないだろう」

『勇者様』と呼ばれた人間は静かにそう言った。

「………」

『ドミス』はしばらくボクと『勇者様』とを見比べながら沈黙した後、自分は他を探すからここは任せる、というようなことを言って去って行った。


彼を見送ってから、『勇者様』がボクの方を向いた。

「おい、ちっこいの」

ボクは思わずビクッと身を震わせた。

「言葉は通じるよな?…お前らの大将は倒した」

「………」

ボクは何も言えず、鈍く光る大きな剣を見つめた。

怖かった。

この『勇者様』が父様を倒した人間だ…ということはボクにだって分かる。

あの父様でも勝てなかったのだ。こんな大きな剣で斬りかかられたら…ボクなど簡単に真っ二つにされるだろう。

「命が惜しいならここから出て行って…元々いた場所に帰れ。ここには二度と戻って来るな。もし人間を襲うようなら…」

『勇者様』はそこで一旦言葉を切り、低い凄みのある声でこう言い放った、

「…子供であろうと容赦はしないぞ。いいな?」

ボクは震えながら何度も頷いた。

「分かったらさっさと行け。俺の気が変わらないうちにな」

『勇者様』に剣を向けられ、ボクはとにかくその場から逃げ出した…。



『都』を出て、人間たちに見つからないよう森に身を隠しながら東に向かった。

ボクらがこの国に入った時に空けた“穴”…すなわち転送の魔法陣は遥か東の小島にあり、そこからしか帰れないのだ。

時には野生の狼や猪に追われて泥だらけのボロボロになりながら何日も歩き続けて…東の廃村にたどり着いた。

ボクは子供で、身体もさほど大きくはない。人間のいる場所を荒らすつもりなど毛頭なかった。ただ、空腹と疲れを少しでも癒やしたかっただけだ。

恐らくはかつて人間が果樹園として管理していたのであろう木があったので実を探したけど、まだ実のなる時期ではなかったようだ。

がっかりしながら村を出ようとした時、何者かが村に入ってくる気配がした。

…まずい。人間だ。

ボクは急いで木の陰に隠れる。


入ってきたのはあの『都』で会った『勇者様』だった。1人のようだ。

おおかた、父様の配下で討伐を免れた者が隠れていないか捜しに来たのだろう。

ここは見つからないようにやり過ごすしかないようだ。

しかし…『勇者様』は背負った剣の柄に手を掛けてこう言った…

「出て来い。木の陰に隠れているのは分かってるんだぞ」

ボクは…絶望的な気持ちで木の陰から姿を現した。

ボクを見た『勇者様』の表情がわずかに変わった。

「お前…前に会ったな」

「………み」

見逃してください。

ボクがそう言いかけたその時。

ぐぅぅ~っ。

ボクのお腹から空腹を訴える音が響いた…。


なんともいえない空気が流れた。

『勇者様』はしばらく無言でボクを見た後…吹き出して笑い出した。

そして笑いながら…腰に着けていた鞄から何かの包みを取り出した。

「今食い物らしい食い物は町で子供たちに貰った菓子しかねぇんだが…食うか?」

「……あの…」

ボクは差し出された甘い匂いのするそれを前に『勇者様』に尋ねた、

「…ボクを殺さないのですか?」

「子供を殺す趣味はない。それより腹減ってんだろ」

甘い匂いが鼻をくすぐる。

『都』からここへ来るまでまともに食事らしい食事をしておらず、空腹は我慢の限界だった。

「…頂き、ます」


お菓子を食べながら話をした。

彼はシンと名乗った。

この廃村…ミツキ村はシンの故郷で、シン本人はここが襲われた時たまたま用事で留守にしていて襲撃を免れたそうだ。

故郷を滅ぼされたシンは…この3年あまり鍛錬を重ね、西で父様の配下の者たちを押し返した時は人間たちのリーダーとして指揮を執れるまでの実力をつけた。

そして今…ボクの父様との戦いを終え、ここを元通りにするため帰ってきたのだという。

ボクもシンに自分のことを話した。

「お前さんらはどこから来た?」

「魔界です」

「マカイ?そんな国あったっけ」

「魔界とは魔族…人間とは違う種族の住む世界です。ボクらの国の名前はギスダン。魔界ではあまり大きな国ではありません」

「…だから、領土を広げようって考えたのか」

「はい、領土拡大もありますが…主な目的は『神樹』の破壊…でした」

「あぁ、龍王の手下に聞いた。それを破壊するとお前さんらにとっていいことがあるのか?」

「『神樹』を破壊してその強大な力を奪えば、魔界で他国に対抗できます」

「なるほど。…しかし、龍ってのはお前さんみたいな子供まで駆り出すのか」

「ボクは非戦闘員です。魔法が多少使えるので…『神樹』捜索のために連れて来られたのです」

「…お前さん、親は?」

「母はボクが物心ついた時からいません。父は…この戦いで命を落としました」

「そうか……」

大抵のことは話したけど、ボクが父様…人間たちは『龍王』と呼んでいたようだ…の子供だということは言わなかった。


「お前さん、魚は食べるか」

お菓子でボクの空腹が少し落ち着いたところでシンがそう訊いてきた。

「はい」

「よし、じゃあ晩飯は魚だ。ついて来いよ」

シンはボクを連れて村からそう遠くない海に来た。

岩場で貝を集め、その身を餌として釣り針につけ、魚を釣るのだという。

基本的なスタイルは魔界も同じだ。

仕掛けを海に投げ込むとすぐに掛かった。

なのにシンは釣れた魚を見ると…釣り針を外して逃がした。

「なぜ逃がしたのですか?」

そう尋ねると、

「今のは小さかったからな」

という答えが返ってきた。


「…生き物の命を奪うってのはな、」

釣りをしながらシンが話し始めた、

「その奪った命を背負うってことなんだ」

「………」

「俺もこの国の人間にしてみりゃ英雄ってことになってるが、お前さんらからしたら王様を殺した悪党…になるだろ」

「…でも、シンはボクを殺そうとしませんでした」

「お前さんは俺に敵意を向けなかったからな。殺す必要のない命まで奪うのは傲慢(ごうまん)でしかない」

「傲慢…ですか…」

…ボクの父様や配下の者たちは傲慢だったのかもしれない。

「相手構わずむやみやたらと力を振るうばかりが『強さ』ではないってことさ」

「………」


「子供には難しかったかな」

シンが笑いながらボクの頭にぽふっと手を置いた。

その手は温かかった。

…不思議な気持ちだった。

思えば、父様にも撫でられたことがない。

ボクにとってシンは父様の仇ってことになるんだろうけど、ボクにはなぜだかシンを憎むことができなかった。

父様がシンに勝てなかった理由も…なんとなく分かった気がする。


「…よし、もういいだろう。食べようぜ」

いつの間にか、パチパチと音を立てて燃える焚き火の脇で串を刺した魚がこんがりと焼けて香ばしい匂いをさせていた。

その身をゆっくり味わいながら、ボクは決意した。

…まだこの国に残っている者たちにも呼び掛けて、人間界から撤退しよう…と…。



「ここニいまシたか」

ねっとりと纏わりつくような嫌らしい声と威圧感に、魚を食べ終わり身繕いをしていたボクは振り向いた。

ボクの国ギスダンの隣国マクダを治める王ナルドが立っていた。

「ナルド…なぜあなたがここにいるのですか」

「あナたノ父上様が人間界ニ侵攻シたとお聞きシ、ギスダンへ攻め入ラセていただきまシた。制圧はもはや時間ノ問題でス」

「父上様、だと!?」

シンが声を上げてボクを見た、

「お前さんまさか…」

「ええ、お察しノ通リそノ子龍は龍王ノ子でスよ」

「………」

シンは何も言わずにボクを見た。

若干の当惑が見て取れたが、敵意が感じられなかったのはボクにとって救いだった。


「父様の留守を狙うなんて…卑怯です!」

ボクはナルドを睨んだ。

しかしナルドは嫌らしい笑いを浮かべた、

「ソノ人間ニ取リ入って自分だけ助かロうとシていたあナたニ、私を卑怯者と呼ぶ資格があリまスか?」

「黙れ!こいつは生きようとしただけだ!」

ボクは剣を抜こうとしたシンの前に立ちふさがった。

「お、おい…」

「シン。これはボクとナルドの戦い。手助けは無用です」

「血迷いまシたか、龍王ノ子。よロシい、あナたを殺シてギスダンを制圧シ、ついでニこノ国も滅ぼスとシまシょう」

ナルドが呪文の詠唱を始めた。魔族の身を焼く…お得意の炎魔法だ。

ナルドは卑怯者ではあるが一国の王なりの実力は持っている。はっきり言って、ボクとナルドの魔力の差は子供と大人の差に近い。

でも、ここで負けたらボクの国とこの国がこいつにメチャクチャにされる。

そんなの、絶対に嫌だ!!


「暗黒ノ炎よ、彼ノ者を焼き尽くセ」

「魔界の竜巻よ、彼の者を吹き飛ばせ!」

ボクの竜巻魔法がナルドの炎魔法と空中でぶつかり、ナルドの炎魔法を巻き込んでナルドに当たった。

ナルドは自分で放った魔法の炎に焼かれ、断末魔の叫び声を上げて消えた。

「やるじゃねぇか」

シンがボクの頭にぽふっと手を置いた。

ボクが『龍王』の子供だと分かってもシンの態度が変わらなかったことが…ボクには嬉しかった。

「…シン。ボク、残っている者たちにも呼び掛けて魔界に帰ります。ボクが生きている限り、この国には二度と侵攻しません」

「いいのか?そんな約束しちまって」

「シンにはもっと大切なことを教えてもらいました。それに…」

「それに?」

ボクは喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。

「…シンが最初にくれたお菓子、美味しかった」

「そうか。…そーいや、お前さんの名前を聞いていなかったな」

「ルピナスといいます」

シンは…驚いたようにボクをまじまじと見て…、そして叫んだ、

「お前さん、メスかよ!!」


『認めたくないだろうけど、ボクらは人間たちに負けた。このまま留まっても勝ち目はない。撤退しよう…』

そんなボクの呼び掛けに応じてくれた父様の配下の生き残りと共にギスダンに帰ったボクは、まず父様が作った転移の魔法陣を使えなくした。

ギスダンの民は父様や配下の戦闘員が人間たちに倒されたことを悲しんだけど…人間の国でも多くの悲しみを生んだことを忘れてはならない。

それから、マクダの民と話し合いをした。

ナルドを倒したことでマクダの民は…ギスダンの民も…ボクを認めてくれたようだ。

話し合いの結果、それぞれの王を失った2つの国は『ギスマクダン共魔国』として立て直しを図ることとなった。

当分は他国侵攻どころじゃないだろう。

ちなみに、ボクが人間界で食べたお菓子の味を魔界で再現して売り出したところ大人気となり新たな国を大いに潤してくれることになったのだけど、その話はまたいつか。

お読みくださり、ありがとうございました。


ちなみに『ルピナス』は別名『ノボリフジ』という春に咲く花の名前です。

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