表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

狼も時にはデレる

作者: 檜山 漸

二作目になります。

初めは、ヤンキー少女が最初は主人公に対して、

当たりが強い態度をとるけど、話が進むにつれて徐々に

主人公に対して、心を開いて、可愛らしい一面を出す。

みたいな話にしたかったのですが、中々不思議なことに自分の想像を

上手く文字に起こすことが出来ません。もっとプロットを作り込むべきでしょうか。

誰か教えてプリーズプリーズミー。もっと、勉強して誰かを楽しませられるような物語

を作れるように頑張りますので宜しくお願い致します。


最後に、拙い文章、物語となっておりますが、

御一読頂ければ、最大の喜びに存じます。

いつもの学校からの帰り道、住宅街が夕日によって橙色に染め上げられ、静寂に包まれていた。今日はいつもよりも帰るのが遅くなってしまった。生徒会の仕事が思ったよりも捗らなかったのだ。学校から出た時には既に十八時になっていた。


「生徒会も結構しんどいなぁ」


思わず、そんな言葉が漏れてしまう。閑静な住宅街だからか、いつもより声が大きく感じる。あまり独り言はしないタイプだと思うのだが、これはかなり疲労が溜まっているのだろうか。


(もう少し後先考えて入るべきだったな)


高校に入学したものの、特に部活動に入ることもなく、ただ毎日惰性に過ごす学生生活を送っていた。オタクな性格が功を奏したのか、あまり勉強で困ったことはなく、学力は学校内でそこそこ上の方に位置していた。そのせいか、担任から生徒会に入ってみないかと提案され、俺は入ってみた。毎日が退屈で、何か始めてみようかと思っていたところだったのだ。


(しかし、まさか生徒会があんなにも忙しいものだとは…)


所詮、学生のすることだと思って舐めていた。俺は溜息をついて肩を落とす。

早く家に帰ろう。そう思いながら歩を進める。ふと空を見ると茜色の美しい空が

広がっていた、もう少しで夕闇色に変わる頃だろう。

疲れてはいるがこういう帰宅もいいものだ、と感慨深い気持ちに浸る。

それから暫く歩いていると、住宅街の角を曲がったところで、何やら揉めている

ような声が聞こえた。俺は恐る恐る角から覗くと一人の小柄な女の子と、

それと相対している五人の見るからに不良そうな女子生徒がいた。

こちらからは小柄な少女の顔は確認できず、小さな背中しか見えない。

小柄な少女はショートヘアの茶髪で、毛先が少し傷んでいるように

見えた、制服も少し気崩しており、なんだかだらしなく着ている様子だった。


「思ったよりも弱そうですねこいつ」


不良グループの一人が声を発した。

今時珍しく、髪を後ろでまとめてポニーテールにしている少女。

ニタニタと嫌な笑顔を浮かべ、少女の口元からは並びの悪い歯が見え隠れ

している。むかつく顔の奴だ。


「そうね、北高の奴らが三人がかりで負けたって聞いたときには驚いたけど、

「餓狼」の噂も所詮は唯の噂に過ぎなかったってことね」


今度は別の、長髪の黒髪で、クールな印象を受ける目鼻立ちの整った少女が

答えた。大和撫子というか、日本美人というか、なんだか和装が似合いそうな

少女だ。しかし、先ほどのやり取りの中であった「餓狼」とは何だろうか。

中二病というやつなんだろうか。


「でも、こいつが北高の奴らをやったのは間違いないんだろ」


5人の不良グループの中でも、一番体格が優れて見える少女が仲間に問いかけた。

身長は俺よりもでかく見えるから170以上はありそうだ。体つきを見るに結構鍛えているらしく、すらっと伸びる手脚からは不要な脂肪が落とされており、筋組織が薄い皮膚の上に浮き出ている。この子がこのグループのリーダーなのだろうか。


「ええ、そうみたい」


「北高の奴らはどんなへまをしたんですかねぇ」


「そうか」


それだけ言ってリーダーと思しき不良少女が対格差のある小柄な少女をキッと睨み付けた。その眼は獲物を狙う獣のようで、俺まで睨まれたような気がして、一瞬変な声が出そうになった。


「お前が北高の奴らをやったんだって?最近では餓狼とかって言われて恐れられているそうだが、お前がそうなのか?何かトリックでもあるなら見せて見ろよ。

なに、卑怯なんて言わないさ」


言いながら、リーダーと思しき少女がゆっくりと距離を詰めていく。

ピリピリとした空気が住宅街を包んだ。空気を察したカラスが電線から居たたまれなくなったように、茜色の空へと消えていった。これは、警察を呼んだ方が良いのだろうか。


「ほら、どうした?もう間合いだぞ」


気が付けば、二人の距離は1メートルにも満たない程にまで縮まっていた。

今すぐにでも、喧嘩が始まりそうだ。もうこれは、警察なんて呼んでいる暇は

ない。死ぬほど怖いが、恐らくあの小柄な少女はもっと怖い思いをしているはずだ、こちらからは背中しか見えないが、今に泣き出してもおかしくないだろう。

そう思った刹那、俺は衝動的に、隠れていた角から飛び出した。


「おい!お前たち何をやっているんだ!」


「は?」


俺は大袈裟に叫びながら走り、今にも殴り合いが始まってしまいそうな二人の間に立った。リーダーと思しき少女は突然の乱入者にぽかんとしており、小柄な少女の表情は俯いてて確認できない。


「何、お前。こいつの仲間?」


ぽかんとした表情から、一変して鋭い目つきになる。背後の四人の仲間たちも横やりを入れられたのが不快だったのか同じような目つきをしていた。


「…仲間ではない、けど、五人で寄ってたかって一人の少女を追い詰めようだなんて卑怯じゃないか?」


俺は精一杯に虚勢を張って言い放ったが、内心は滅茶苦茶恐ろしい気持ちでいっぱいで、最後の方は声が震えてしまった。それを聞いた少女は「ふっ」と鼻で笑って不敵な笑みを浮かべる。すると、


「いてっ!!」


突然、リーダーと思しき少女に思いっきり肩を殴られ、情けない声を出してしまう。痛い、右の肩に鈍痛を感じる。殴られて少し後ろに下がったのち、逃がさないとばかりに、思いっきり制服の胸倉辺りをつかまれて引き寄せられた。


「仲間じゃないならさぁ、今なら逃がしてやるからさっさと何処にでも行けよ」


そう言って、俺の胸倉を乱暴に離した。俺はその勢いで地面に尻もちを付いてしまう。情けない俺を見て嘲笑う不良少女達。ただでさえ俺よりも体のデカい少女が、俺が座り込んだことでより大きく見えた。先程からずっと俯いている少女はどんな表情をしているのだろうか、怖くて絶望的な表情をしているのだろうか、それとも、不良少女達と同じく俺を嘲笑っているのだろうか。俺は気になって少女の顔を覗いてみた。


「フスー…フスー…」


「………………」


俺は予想外すぎる少女の表情を見て唖然としていた。小柄な少女は獣のような目をして、青筋を立てながら、鼻背に皺を作っていたのだ。おまけに鼻息まで聞こえる、不良少女達はこれに気が付いていないらしい。俺は少女の顔を見て、獲物を狙う狼みたいだと思った。今すぐにでも獲物に飛びつきたいと、ヨダレを垂らしながら様子を伺っている狼のように。これは、もしかしたら不良少女達を庇った方がいいのではと思ってしまう程、ただならぬ威圧感を感じた。


「あ?どうしたよさっさと行けよ」


「いや…」


唖然としている俺を訝しそうに見る不良少女。なんだか、俺がこの小さな少女を助けなくても、どうにかなりそうだなと思ったものの、一度助けると決めたからには、二人の間に立ってしまったからにはこのまま尻尾を巻いて逃げてしまうのは嫌だった。情けないままでは終わらせたくなかったのだ。だから俺は、再び不良少女の前へと立ちはだかる。


「…行かない、君たちがこの子を諦めるまで、ここを動かない」


立ち上がった俺を見て、再びぽかんとした表情をする不良少女達、そして、暫しの沈黙が訪れた後、リーダーと思しき少女が笑ったのを皮切りに、後ろの少女達も同じように嘲笑いだした。


「あっはっはっは!もうダメ!お腹痛い!涙が出る!」


腹を抱えて、嘲笑う不良少女達。俺は唯、無言で、それを見ながら、両の腕を左右に広げて通せんぼする。小柄な少女と鉢合わせないように。


「ああそう、じゃあもういいや。せっかくチャンスを上げたのにそれを無下にするんだな」


そう言ってリーダー格の少女が戦闘の構えを取った。ボクシングをするときみたいな構えだ。俺も、見よう見まねで構えてみる。


「おぉ~かっこいぃ~ちゃんと守ってやれよ!」


奥にいる、不良少女が茶化してくる。先程の、嫌な笑みを浮かべていた、ポニーテールの少女だ、いちいち鼻につく。


「じゃあ、始め」


「え?」


俺はいきなりの開始の合図に素っ頓狂な声を出した。すると、突然目の前の少女が放った左ストレートを、俺は寸でのところで避けた。


「うおッ!」


危ねぇ!ほぼ、反射的に避けたので、次を避けられるは分からない、けど、俺は最初の不意を突いた一発を避けた事で変な自信のようなものが、心に芽生えたのを感じた。それがいけなかったのだろうか。俺は二発目の右ストレートに反応できず、顎をもろに殴られてしまい、徐々に意識がフェードアウトしていった。体がゆっくりと後ろに倒れていく感覚が分かる。暗くなっていく視界の中、何者かが視界の端っこから飛び出していくのが見えた、後は微かに悲鳴のような、命を乞うような声がうっすらと聞こえてきて、俺はゆっくりと暗い意識の底へと落ちていった。


----------------------------------------------------------------------------


「…きて。…い、…きて!」


戻りつつある意識の中、何者かの声のようなものが聞こえてきた。

そして、何やら後頭部には柔らかい感触があった。


「ねえ、おきて!」


今度ははっきりと声が聞こえてきて俺の意識は完全に覚醒した。瞼を開く、すると眼前にはむすっとした、怒っているような表情をした少女の顔があった。俺は、あまりの顔の近さに驚いてしまい、反射的に思いっきり体を起こした。


「いてっ!!」


「いたっ!!」


俺が思いっきり体を起こしたせいで、お互いのおでこをぶつけてしまった。


「痛ぁ~急に起き上がらないで」


小柄な少女はぶつけた額を抑えながら悪態をついた。俺はその姿を見て、不覚にもかわいいと思ってしまった。この子が本当にあの、獣のような恐ろしい顔をしていた少女と同一人物なのだろうか。


「ご、ごめん!大丈夫?!」


俺は勢いよく誤った。本当に申し訳なく思って、大袈裟に慌てて見せた。


「ふふっ…いいよ、そんなに大袈裟に謝らなくても大丈夫」


少女が天使を彷彿とさせるような笑顔で微笑んだ。

それを見た瞬間、一瞬、心臓の鼓動が大きくなる。

あれ、なんだろう今の、何か違和感を感じたが。


「…そう言えばさっきの不良たちは?」


俺は仕切りなおすように、疑問に思った事を言う。起きたとき直ぐによぎった疑問だが、先ほどの不良たちがどこにもいないのだ。俺が気を失った後どうなったのだろう。


「ああ、あの人たちね。私がちょっと小突いたら泣いて逃げていったよ。

根性ないよね、まぁ、私にとっては赤子の手を捻るようなものだけど」


「えぇ…」


平然として言う少女。俺はそれを聞いてあっけらかんとしていた。

しかし、恐らく嘘ではないのだろう。先ほどの少女の表情を思いだすと、

そう思えて仕方がなかった。


「そういえば、君、名前は?」


茜色に染められ、未だ、閑静に包まれている住宅街。この世界には二人しかいないのかと錯覚するほどの静かな道のど真ん中で、お互いに座り込んだまま、話した。


「守。若槻 守です。」


俺は、恐る恐る答えた。何故、そういう風に答えたのかと言うと…


「…守、ね。ふふっ…守…名前の割に全然守れてなかった。ふふふふ」


こうなることが目に見えていたからだ。

少女は見た目に反して、上品に口元に手を添えて笑って見せた。

俺は名前を笑われて少し、ムカっとして彼女の名前を聞く。


「俺の名前は教えたんだ、君の名前も教えてよ」


そう言った途端に何故か小柄な少女は狼狽した、少し恥ずかしそうに頬を若干、赤らめながら。


「え?わ、私の名前?私の名前は…別にいいでしょ」


「怪しい」


怪しい。この慌てたような反応。何故か名前を言いたがらない少女。

きっとさぞかし面白い名前をしているに違いない、と思い俺はじーっと見つめた。


「な、何…じっと見つめてきて」


「いやあ、ここまで慌てて隠そうとしてるってことはさぞ、面白い名前なんだろうなって思って」


ニヤニヤとしながら揶揄うようにして言う。少し調子に乗りすぎただろうか。

殴られたりしないか心配だ。



「べっ、別に全然面白い名前なんかじゃないけど?むしろ、全っ然面白くない」


彼女なりに、どういう訳かは分からないが、名前から興味を反らせようとしているらしい。しかし、こうも躍起になられてはむしろ気になる一方だ。


「いや、むしろそう言われると余計に気になるな」


「ぐぬッ!」


少女が頬を若干、赤で染めながらこちらを睨んでくる。しかし、先ほど見せた獣のような目ではなく、愛らしい目で。少女は黙ったまま、何かを思案している様子を見せた。


「あ、そうだ。じゃあ、名前当ててみて!ヒントは私の髪の毛!」


「え、うーん」


突然のクイズに戸惑ってしまう俺。しかし、ヒントは髪の毛とな。なんだろう、茶髪の、ショートの、毛先が少し傷んでぼさっとした…あ、もしかして。


「分かった!蕎麦子だ!」


そう答えた刹那、俺の頬を少女の小さな拳が掠めた。


「ひえっ…」


思わず、情けない声がこぼれる。


「そ、蕎麦子なわけないでしょ!姫だよ!ひ~め!狼雅 姫っていうの!髪の毛がヒントだって言ったのに、何で蕎麦子?ほら見て、お姫様みたいに綺麗な髪

でしょ?」


狼雅 姫と名乗った少女が俺の手を無理やりつかんで自分の頭へともっていった。


「ほら、触って」


「あ、あぁ」


俺はそう言われて遠慮がちに、指と指の間に髪を滑らせた。なるほど、確かに見た目よりもサラっとしていて気持ちがいい。しかし、とても積極的な子だな。仮にも男性である俺に髪を触らせても恥ずかしくないのだろうか。


「…うぅ」


と思っていたが、存外恥ずかしかったらしく、顔が真っ赤になって涙目になっていた。心なしか手で触れている頭が熱い、ぷしゅーと煙が出てきそうだ。恥ずかしがっている彼女を見ると、笑いが込み上げてきた。


「な、なに笑ってるの!ほら、もう十分でしょ」


彼女はそう言って俺の手を無理やり自分の頭から引き離した。名残惜しい気分だ。


「はいはい、けど、どうしてあんなにも名前を教えるのを拒んだんだ?」


彼女の姫という名前、何も恥ずかしいことは無いと思うのだが、どうして教えるのを拒んだのだろう。今時の名前でいいと思うのだが。


「どうしてって…それは…」


再び顔を赤く染め、言いづらそうにして、顔を背けてしまった。


「それは?」


「……だって、姫なんてかわいい名前、ガサツな私には似合わないし…」


姫が顔を背けて恥ずかしそうに、髪を指先でいじりながら言った。


「ウッ!」


今日初めての不意打ちを食らってしまった俺、まさかそんな可愛らしい理由だったとは…


「だ、大丈夫!?血が出てる!さっき殴られたのが時間差で効いてきた!?」


「い、いや、大丈夫。それよりも名前、君によく似合ってるよ、本当に」


俺は先ほど受けた不意打ちのダメージがまだ回復していないまま、思った事を正直に言ってみた。こんなキザっぽいセリフ普段の俺ならいう訳ないが、物理的に顎を殴られたダメージで脳でもやられたのだろうか、言いたくて仕方がなかったのだ。


「えっ!?な、何言ってるの急に。そ、そんなわけない。そんな…似合ってるなんて…」


恥ずかしそうに、けれども嬉しそうにモジモジしている姫。

そんな愛らしい姿を見せられた俺は嗜虐心を刺激され、

血迷った事を言ってしまう。


「似合ってるよ姫、本当に似合ってるよ姫、自信持ってよ姫、姫姫姫姫。」


俺がそう言うと姫は俯いてしまい、暫くの沈黙が訪れた。

しまった、流石にやりすぎただろうか。俺は、冷や汗を少しだけかいて、次の

相手の反応を待った。


「う…うっ…」


嗚咽のような声が沈黙を破った。姫のものだ。その声を聞いて俺はゾッとした。

嘘だろ、まさか泣いてしまったのか!?本当に、やりすぎた!?

俺が、自責の念に駆られていると、


「うるさい!」


そう言って本日二度目の右ストレートが俺の顎を直撃した。

再び、徐々にフェードアウトしていく俺の視界。最後に見えたのは頬を真っ赤に染めてその場から逃げ出す姫の後ろ姿。俺は、目の前が真っ暗になった。

教訓、ヤンキー少女はデレさせるな。


----------------------------------------------------------------------------


未だ覚醒しきっていない暗い意識の底から、ジリリリリという無機質な音を聞いた。俺はそれが鬱陶しく感じて、音の発生源を暗闇の中で手を伸ばし、探し出して止めた。そこでやっと俺の意識は完全に覚醒し、瞼を開けた。初めに目に入ったのは煌々しい光、そこから徐々に目が慣れてきていつもの天井が目に入った。


「……暑い」


もう十月の下旬で、そろそろ涼しくなってもいい頃間というのに、俺の住んでいる所はまだまだ夏を感じさせてくれる。俺は、体に纏わりつく汗が不快で、勢いよく体を起こした。ベッドから降りて、一度、一階まで階段を下って風呂に入り、また自分の部屋へと戻って学校へ行く支度をした。俺は、普段朝食を摂らない派なので、水だけを飲んで家を後にする。


「いてて…」


日光が焼き付ける住宅街を歩いていると、顎に激痛を感じて声を漏らした。昨日、殴られたところがまだ痛い。幸い歯は折れていなかったが、それでも、骨にヒビくらいは入っているのではないかと思う。歩いていると、程なくして昨日不良たちの抗争のあった場所に着いた。俺は、昨日会った姫の事を思い出した。またどこかで会えるだろうかと、感傷的な気持ちになる。俺はその場を通り過ぎて学校へと向かった。学校に近くなってくると通学路も徐々に人が増えてきて賑やかになってきた。俺は、昇降口で靴を履き替えて、階段を上がって自分の教室に向かう。教室に入るといつもと変わりのない風景が目に入る。ホームルームまで、時間を持て余した学生達は友人と話したり、本を読んでいたり、寝て過ごしている。俺も、いつもと同じ朝のルーティーンに入ろうと自分の席に着いた。鞄を机の横にかけて、本を開く。しかし、目が滑ってしまい頭に内容が入ってこなかった。


(もう寝てしまおう)


俺は本を閉まってホームルームまで寝ることにした。それから程なくして、昼休みの時間になった。午前中の授業は難なくこなして、特にトラブルもなく過ごした。俺は食堂で適当に弁当を買って中庭にあるベンチに座った。周りに人はおらず、校内で唯一の静かで落ち着く空間だ。ベンチの横に立っている木が日光から守ってくれているおかげで涼しい。俺は、膝の上で弁当を開け、箸でだし巻き卵を二つに割って、そのうちの一つを口に運んで咀嚼する。咀嚼のたびに卵の甘さが口の中に広がっていった。美味しい。もう一つの片割れを口に運ぼうとしたとき、何者かの、気だるげな声が聞こえてきた。


「あ、昨日の」


その声がした方を向くと昨日、不良たちに絡まれていた少女が、姫と名乗った少女がそこにいた。右手にはストローの刺さった野菜ジュース、左手には菓子パンを持っている。そう言えば、昨日着ていた制服はうちの学校の制服だったな…朝、ちょっと感傷的になっていた自分が恥ずかしい。


「あ、ああ。昨日の、どうも」


「どうもって、テンション低い」


俺は、昨日姫に殴られたことを思い出して、それがちょっとトラウマになっていた。それが原因で、少し小さい声でのご挨拶となってしまったのだ。


「これから昼食?」


「そう、野菜ジュースとパン。これから食べる」


姫は、手に持っている二つの物を強調するように俺に見せて、「よっこいしょ」と、俺が座っているベンチの余ったところに腰掛けた。え、これ一緒に食べる感じ?


「そうなんだ。姫は他の人と食べないの?」


俺は、女の子と一緒に昼食を食べるという今までに一度としてなかったシチュエーションに少し緊張しながらも、平常心を装いながら話しかける。


「え、うん。私、友達いないし。皆怖がって近寄ってこない」


「……そう」


地雷ぃ…ですねこれ。すごく気まずい空気感となってしまった。しかし、姫は特に気にした様子もなく、菓子パンの袋を開けて小さい口で一口食べた。食べているのはメロンパンだ。特に声には出していないが、美味しいのだろう、幸せそうな表情をしている。俺は俺で、他人の表情ばかりを見ているのは失礼なので、自分の弁当を食べることにする。さっき食べ損ねた、だし巻き卵を口に放り込む、咀嚼、甘い、美味い。次は何を食べようかと思案していると、姫の視線に気が付いた。


「どうかした?」


「そのだし巻き卵、美味しそう」


残り一つだけのだし巻き卵を姫に目を付けられてしまったらしい。

ヨダレを垂らして目をキラキラと輝かせている。


「…そんなに欲しければどうぞ」


「ほんと?ありがとう」


少しだけ、ほんの少しだけ食べたい気もするだし巻き卵だが、こんなに食べたさそうにしている手前、上げないわけにもいかない。俺は、自分の弁当を姫に向けて差し出した。すると、姫は解せないような表情をして、首を傾げる。


「???。ほら、食べさせて。あーん」


そう言って、体を俺の方に傾けて、口を開け、だし巻き卵を受け入れる姿勢になる姫。突然の姫の行動に俺は狼狽えた。こういうのって、他の人たちは当たり前の様にやっているんだろうか、ただ、俺がそういうのに疎いってだけで…。俺は、これは普通の事だと自分に言い聞かせて平常心を作ろうと努力する。しかし、「ほらぁ、はやくぅ」と催促してくる姫の表情が、なんだか艶やかで、そんなものを見たら、平常心なんてものは作れるはずもなかった。


「は、はい…」


俺は心臓をバクバクさせながら、左の掌を卵が落ちてしまった時用の受け皿にして、姫の色っぽい口元まで運んだ。姫は早鐘を打つ俺の心臓のことなど知らぬように、ただ、卵をぱくりと口に含み、咀嚼する。


「ん~美味しい。ありがと」


「ど、どういたしまして」


「あ、そうだ、何かお返し。私のメロンパン食べる?」


姫がメロンパンを俺の方に向けてきた。俺は、姫の歯形が付いた部分を見て、一度、ゴクリと喉を鳴らしたのちに「いやいい」と遠慮した。


「そう、じゃあ私が食べる」


そう言って再びメロンパンにかじりつく姫。食べては美味しそうな表情を浮かべ、そしてまた食べては美味しそうな表情を浮かべていた。本当に感情が表に出やすい人だなと思う。そんな事を思い、他人の表情ばかりを見ている自分を自覚してハッとなる俺。


(いかんいかん)


自分も食べるのを再開せねば。お昼休みの時間もいつまでもあるわけじゃないんだ。そして、自分の食事を再開し、程なくして完食した。しかし、まだ次の授業までは時間が余っている。どうしたものか。そう考えて俺は、ズボンのポケットからスマホを取り出してゲームを始める。残りの時間はゲームをして過ごそう。まぁ、いつもの昼休みの過ごし方である。俺はゲームを起動して、スマホを横に持ち替えた。俺が今からするゲームは100人くらいの人間が集まって、命の奪い合いの末、最後に残った一人がカツ丼を食う、というまぁそんなゲームである。


(ロードが長いな。スマホのスペックが足りてないのか)


ロード画面が表示されているが、なかなかゲームが始まらない。インストールした初めの頃はスムーズに開始されたのだが、度々行われるアップグレードの為か、ここ最近は動きが遅く感じる。自分のスマホは最新の機種よりも少し世代の古いものなので、推奨スペックから外れてしまったのかもしれないな。そんな事を思っていると隣から何やら視線のようなものを感じた。


「あ、それってもしかしてPUGB?」


突然、体を密着させてスマホの画面をのぞき込んできた姫。

すごく近い…。なんだか、女性特有のいい匂いがしてきて、

頭がクラクラしてきた。女性に耐性の無い俺には刺激が強すぎる。


「ああ、そうだよ。よく知ってるね」


「私もやってる」


ほら、と言ってポケットからスマホを取り出して、画面を見せてくる姫。そこには、自分のスマホと同じようにゲームのロード画面が表示されていた。この手のゲームを女性がやっているのは珍しいことなのだが、不思議と姫がやっている事に対しては驚きのようなものは感じなかった。


「そうだ、次の授業まで時間あるし、一戦だけ一緒にやろ」


「いいね、やろう」


自分のスマホの画面へ視線を向けると、すでにロードは完了している状態になっていた。姫からアカウントのIDを聞き出して、一緒に戦うために招待を行う。


「今、招待した」


「わかった」


自分のスマホ画面の中央には、自分のアバターが表示されており、程なくして、その隣に姫のアバターが現れた。姫のアバター名は「姫」だった。そのまんまである。はぁ、これだから最近の若いのはネットリテラシーというものが分かっていない。


「っ…ふふっ。守のキャラの名前、「ガーディアン」。守だから?ふふふっ」


笑うのを堪えながらも、小さな笑い声を漏らす姫。俺のアバター名である。俺も大概だった。名前を決めるときに面倒で適当に本名の「守」にしようかと思ったが、それでは捻りが無いし、本名を使うのもどうかと思ったので、ガーディアンにしたのだ。「守」感があって気に入っているし、自分では良いセンスだとも思っているが、笑われてしまった。


「じゃあ、始めよう」


「あ、無視した」


俺が開始のボタンを押すとゲームが始まった。俺と姫は、ヘリから飛び降り、フライパンを拾って敵のチームに突っ込んだ。しかし、接戦の末に、俺がフライパンで跳ね返した相手の銃弾が姫に当たり、姫が倒れる直前まで持っていた手榴弾が俺の足元で爆発し、敗北という形でゲームは終了した。


「ああ、負けちゃった。あ、守君、手榴弾でやられてる。ふふふっ」


「手榴弾は姫のものだけどね」


ゲーム終了後、俺たちがそんな事を駄弁っていると、次の授業の開始五分前を知らせる予鐘が中庭に響いた。


「あ、そろそろ授業始まっちゃう…。すごく、楽しかった。久しぶりに誰かと休み時間過ごした。えへへ」


予鈴の鐘の音を聞いた姫が、これまでに見せたことが無いような寂しそうな表情を浮かべた。その表情を見た俺は、心が切なく苦しくなった。今日は、いろんな姫の表情を見ることが出来たな。俺は、まだまだ姫の事を知り足りないなと思った。それも当然だろう、始めて話したのは、昨日からなんだから。なに、これからたくさん知っていけばいいんだ。

勇気出せよ、俺。


「もし、良かったらなんだけどさ…連絡先交換しない?ほら、暇なときとかに家からでも一緒にゲームできるしさ」


俺は、恥ずかしがりながら言った。恐らく顔も赤くなっているだろう。連絡先を自ら交換しようだなんて言ったのは生まれてこのかた初めてだ。また、一緒にゲームがしたいのもそうだけど、なにより…


「本当?また一緒にゲームしてくれる?やった!連絡先交換しよう」


姫が心底嬉しそうにして、連絡先を差し出してきた。それを承認する俺。俺の名前が追加された連絡先の一覧を、キラキラとした目で見つめている姫。ここまで嬉しそうにしている姿を見ると、俺まで嬉しくなってくる。そして、スマホの画面から俺の方へと視線を向けた姫は、「ふふっ」と笑って「じゃあ、また一緒にゲームやろうね」と言ってその場を去っていった。去る後ろ姿からはまだ、

愉し気な雰囲気が伝わって来た。


----------------------------------------------------------------------------


そして、時が流れて姫と初めて会った日から約二か月がたった、今は、今学期の終業式の最中で、明日からは冬休みだ。ついでに、明日はクリスマスイブでもある。ふと、体育館のガラス窓から外を覗くと雪がしんしんと降っているのが見えた。もう、十二月の下旬ということもあり、外には雪が積もっている。自然が作り出す幻想的な冬景色。それが、自分の目を楽しませた。姫と会ってからの約二か月、振り返ってみると沢山の思い出が蘇る。一緒に、昼食を食べた事、夜を更かしてゲームをした事、休日に外に出かけた事。本当に充実した二か月だった。間もなくして終業式が終わり、長い時間座らされ、仕事を終えたサラリーマンのようになっている生徒達と共に、自分の教室へと向かう。がやがやとした騒音を連れて、体育館と校舎をつなぐ通路に出ると、自分の吐いた息が白く凍って後ろへと流れて行くのが見えた。なんとなくそれを目で追って後ろを向くと、後ろを歩いていたらしい姫と目が合った。


「わっ!びっくりした。いきなり振り返らないで」


驚いた表情の後、胸を撫でおろす姫。今も尚、「あ~びっくりした~」と驚いた余韻に浸っている。姫はもう冬ということもあり、今は白いシャツの上に茶色のカーディガンを着ている。胸元には可愛らしい赤色のリボンを飾っており、袖は少し長いものになっていた。しかし、冬にもかかわらずスカートはかなり短めで、こんなにも寒いのにファッションに意識を配る女性は大変だなと思う。


「ごめんごめん」


大袈裟な姫に少し苦笑して、驚かせてしまった事を謝罪する俺。しかし、驚いたのは姫だけではなく、俺自身でもあった。姫と俺との近すぎる距離。あと一、二歩踏み出せばお互いにぶつかってしまう距離。後ろを歩いていた、というよりは俺の後ろを付けていた、と言う方が正しいのではないかと思う。俺がただの自意識過剰なだけかもしれないが。


「…なに笑ってる?」


と何やら不服気な表情をしている姫に脇腹を小突かれてしまった。これがまた結構痛い。俺は殴られたところを摩りながら姫と一緒に校舎へ向かっていると姫から、

「そうだ、今日時間ある?学校終わったら一緒にゲームセンター行かない?」

と提案された。これにはもう、慣れたもので最初の頃こそ女子と一緒に寄り道して帰る、というシチュエーションに緊張していたが、最近はこれが日課になりつつある。


「ああ、わかった。じゃあ今日も校門前で待ってればいい?」


「うん、宜しく」


これもいつもの会話である。姫のクラスは何故か毎回他のクラスよりも終わるのが遅い。なので、俺が校門前で待って、その後に姫が合流してくる、というのがいつもの流れである。


「じゃあ、またあとで」


俺と姫は校舎に入り、お互いにクラスが別々なので、途中で別れた。


----------------------------------------------------------------------------


雪、騒音、校門前にて。俺は、姫の到着を待っている。今日の授業日程が終了し、待ちに待った放課後を迎えた生徒達は、やっと訪れた冬休みに胸を躍らせていた。これからの冬休みの予定などを話し合っている生徒たちが俺の傍を次々と通り過ぎていく。


(冬休みか…)


俺の冬休みは毎年、安い中古のレトロゲームを幾つか買って、それを消化して過ごしている。何故、敢えてレトロゲームなのかと言うと、単純に安いのと、レトロゲーム特有のドットのグラフィックで表現されたキャラクター達が好きだからだ。表現の幅が狭いからこそ、工夫して作成されたキャラクター達からはクリエーターの愛が感じられて良い。それと、音楽も。8ビットで作成された音楽は聴いていると安心感を覚える。と、そんな事を考えていると自分の指先が冷えて赤くなっているのが見えた。マフラーをしているので首周りは暖かいのだが、手袋を忘れてしまった為、手は完全に冷え切っていた。


(寒いな)


自分の手に息を吹きかけて温める。こんな事なら、校内で待ち合わせるべきだったな。今からでも、昇降口に向かおうか、と考えて、校舎の入り口の方を向くと、校舎から走ってこちらに向かってくる姫の姿が見えた。


「お待たせ。ごめんね、寒いのに待たせちゃって」


「大丈夫だよ、どうせ遅くなると思って少し時間つぶしてから来たし」


「本当?その割には指が真っ赤になってる」


俺にしては珍しく、嘘をついてまで相手に気を遣わせないようにしたのに姫にはあっさりと見破られてしまった。すると、姫はおもむろに自分の手袋を外し、俺の手を握った。


「ふふっ、ほら、早く行こう。ゲームセンターは二十時までだから」


「あ、あぁ」


突然、手を握られたことに動揺しつつも、姫に合わせて歩を進める。姫の掌の温度が、冷え切っている自分の掌へと染み渡る。俺は、ゲームセンターへと向かう道すがら、姫の柔らかい感触と、じんわりと広がる温かさを堪能していた。ちなみに、向かっている道中で、齢六十位に見えるおばあさんに「こんばんわ、兄妹揃って仲がいいわねぇ」と話しかけられた。恐らく、姫の身長が小さくて、手をつないで歩いていたことから姫が妹で俺がその兄だと勘違いされたのだろう。姫はその後、「勘違いされるからもう手は繋がない」と言って頬を膨らませてしまったが、時々、俺の手を握りそうになっては引っ込めて、握りそうになっては引っ込めてを繰り返して葛藤に表情を歪ませている姿が見られた。


----------------------------------------------------------------------------


俺と姫は電車に乗って住宅街を離れ、一駅揺られた後に街に着いた。俺たちは大きな車道に面した歩道を歩き、クリスマスに向けて装飾の施された街並木やお店を眺めながらゲームセンターへと向かう。


「もうすぐ、クリスマスだね」


姫がボソッと呟いた。


「そうだね」


「守は予定とかある?」


「予定…。俺はレトロゲームを幾つか買って過ごそうかと思ってるけど。まあ、毎年同じような過ごし方なんだけど。姫は何して過ごすの?」


俺が姫にクリスマスの予定を尋ねると、「それは…」と少し溜めた後、「特に予定はない」と言って自分の指を遊ばせて、何故かこちらをチラチラと見て視線を送って来た。


「どうした?」


「…何でもない」


姫が呆れたようにして肩をがっくりと落とす。

そんな事を話しながら歩いていると、程なくしてゲームセンターへとたどり着いた。建物は四階建てになっており、その中の一階がゲームセンターになっている。一階の自動ドアを潜ると、ゲームセンター特有の騒音が鼓膜を刺激した。俺の隣で姫は、「お~」と声を漏らし、目をキラキラと輝かせ、恍惚とした表情を浮かべている。ここはよく来ている場所なのだが、姫は毎回新鮮な反応を見せる。


「じゃあ、今日は何からする?」


「ストファイのリベンジマッチ!」


俺と姫は、このゲームセンターを訪れては毎回必ず【ストイックファイト】、略して【ストファイ】と呼ばれるアーケード型の格闘対戦ゲームをしている。姫は初心者で、俺は中級者位なのだが、技量に差がありすぎるせいで今のところは俺が全勝している状態だ。姫の負けず嫌いが高じて、過去には、ゲームセンターの閉店時間を迎えてもアーケードゲーム機の筐体にしがみついて退店しようとせず、駄々をこねて店員を困らせてしまったこともある。


「わかった。けど、前みたいに負けたからって駄々をこねるのは無しだからね」


「わ、わかってる…」


俺が念の為釘を刺しておくと、流石の姫も過去の行いを反省しているのか素直に

頷いた。


「じゃあ、行こうか」


「うん」


俺と姫は、アーケードゲーム機が設置されている、少し奥に行ったところにある薄暗いエリアまで移動した。俺は、ゲーム機の前に置かれている一人用の椅子に腰かけて、姫も同じように俺の向かい側に設置されているゲーム機の、前に置かれている椅子へと腰掛けた。俺たちは、向かい合うようにして対戦を行う。まずは、お金を入れて使用するキャラクターを選ぶ。俺が使用するのは、チャイナ服を着たスタイルの良い女性のキャラクターだ。服装だけでなく、髪型も中国風に、頭にお団子を二つの乗せたような髪型をしており、目元には、赤色のメイクが施されていて、凛とした、強かな女性をイメージさせられる。俺がキャラクターを決定したのとほぼ、同じタイミングで姫も選択を完了する。姫が選んだキャラクターは筋骨隆々の、頭に虎のマスクを被った男だ。上半身は裸で、鍛え上げられた艶やかな筋肉が露わになっている。


「またその子使うんだ」


向かい側から、姫の声が聞こえてきた。ゲーム機でお互いの体は隠れている為、姫の姿は見えない。


「まあ、機動力があって小技でじわじわ相手のヒットポイントを削り易いしね」


本当は、ホンファの可愛らしい見た目が好きで、戦闘中に蹴り技とかを出すとあれが見えそうになるから使用しているとか、そんなことは一切ない。


「…ふーん」


何だか、不機嫌そうな声が向こう側から聞こえてきたが気のせいだろう。


「じゃあ、はじめようか」


「うん」


俺と姫は、ステージを選択して対戦を始める。このゲームは2Dのグラフィックで奥行きが無いため、横に移動して、駆け引きを行いながら相手のヒットポイントを削っていく。どちらかのヒットポイントがゼロになれば、ゲームが終了。生き残っていた方の勝ちとなる。試合が始まってすぐにホンファの蹴りがヒットした。それを確認した俺は、一度様子見の為に相手と距離をとる。姫の使用しているキャラクターは機動力は無いものの、一発一発のダメージが大きい為、なるべく小技で攻めて相手の攻撃を受けないようにしたいところだ。距離を取った俺に対して、強気に距離を詰めてくる姫。俺は、相手を牽制し、距離をさらに離すために小技のジャブを打つ。その時にホンファの胸が揺れて、うほーー!溜まんねぇ!とか、俺が思うわけはない。


「…変態」


俺の不純なオーラを感じ取ったのか、向こう側から姫の軽蔑する声が聞こえてきた。やっぱり、女の子には不純な雰囲気や視線というものはばれてしまうらしい。と、そんな事を思っていると一瞬俺の意識が姫の発言に向いてしまった隙をついて、姫に距離を詰められてホンファが背負い投げをされてしまう。こういう盤外戦術が起こるのもローカル通信ならではの面白味だ。しかし、姫が近づいたおかげでホンファの攻撃も十分に当たるようになった。ホンファが起き上がり、姫の次の攻撃が発生するよりも速く、小技を打つ、姫の攻撃がキャンセルされたのを確認して、掴み技で地面へと叩きつけた。相手が立ち上がる瞬間に小技をさらに二発打ち、そして大技で空中へと蹴り上げる。


「ガチャガチャガチャガチャ……」


今度は、向こう側からガチャガチャ音が聞こえてきた。姫がムキになっていないか心配だが、これは戦いだ、手加減はできない。空中へと舞っている敵の着地に合わせて気功を放つ。これをガードする姫。俺はこのガードした一瞬の隙を見逃さずに再度掴んで上へ投げた。上へと投げられて無防備となった姫に対し、空中でホンファが空中百裂脚を放つ、空中で相手を連続で蹴る技だ。一緒に着地して、素早く相手を掴んで地面に叩きつけ、起きるタイミングでホンファの大技である気功を放ってゲームは終了。俺の勝ちだ。


「強い…また負けた」


席を立って、姫の方へと向かうと、姫はゲーム機に持たれかかって溶けるようにしてショックを受けていた。その姿を見て、苦笑する俺。初心者なので、中級者の俺に負けるのは極々普通の事なので、そんなに落ち込むことは無いのだが、負けず嫌いな性格がどうやら今の状況を許さないらしい。


「もう一回やろうか?それとも他のゲームする?」


「もう一回やる!」


勢いよく体を起こし、こちらをやる気に満ちた目で見る姫。

心なしか、「ふんす!」というコミカルな鼻息まで聞こえてきた。


「分かった、じゃあ…」


俺は財布を取り出し、中身を確認した。しかし、お札は入っているものの、百円玉は一つも入っていなかった。十円玉や一円玉、五円玉が雑に入っているだけだ。ここに来るまでに飲み物を買ったり、電車の切符を買ったりしたので、百円玉を切らしてしまったようだ。


「ごめん、ちょっと両替してくる」


「百円玉無い?私と両替しようか?」


首をこくんと傾げて両替の提案をする姫。


「いや、大丈夫。どうせ長引きそうだし。姫だって沢山は両替できないでしょ?」


「うっ、確かに」


「じゃあ、両替してくるから」


痛いところを突かれたような表情をした姫を余所に、俺は両替機まで向かう。両替機は先ほど、格闘ゲームを行ってた場所から少し離れた、受付カウンターの横にある。普段なら、店員がその、受付カウンターの奥にいるのだが今はいない。俺は、財布から千円札を取り出して両替機へと滑りこませる。すると、直ぐに百円玉になって帰って来た。排出口から百円玉を取り出し、掌に載せて一応十枚あるかを確認する。


「二、四、六、八…」


「おい、お前」


百円玉を数えている途中で威圧的な声に遮られた。声のした方を振り向くと三人の男性が立ち尽くして俺の様子を伺っていた。三人の男性とも、発せられた声と遜色のないような容姿をしており、髪は明るい色に染められ、身長は俺よりも高く、派手な服装をしている。


「え?」


「お前、若槻守だな」


「そ、そうですけど」


三人の男の内の一人が俺の名前を口にした。何故、彼らが俺の事を知っているのかは分からない。かといって、今はその理由を聞く気にもならなかった。有り体に言えば、俺はビビっていたからだ。


「ちょっとこっちにこい」


「え!?ちょ、ちょっと!」


俺は、男たちに腕を掴まれ強制的にゲームセンターの外へと連れ出された。連れ出されながらも俺が抵抗していた為、歩道を歩いている人たちは、何事かとこちらに視線を向けてくるが、関わり合いになりたくないのか直接、声を掛けたりする者はいなかった。程なくして、俺は薄暗く、そして窮屈な裏路地へと連れてこられた。人の通りそうな気配の無さそうな場所だ。静寂の中で、室外機の音が唯々響いている。


「何なんですか、君達、一体…」


「俺たちは、ただ話がしたいだけだ」


「…話?」


「ああ」


話しがしたいだけなら、あんなにも乱暴なやり方で、拉致するみたいに連れ出さなくてもいいじゃないか。と内心憤りながら思ったことだが口には出さない。


「お前、姫と随分仲が良さそうだな?」


「えっ」


俺は、予想外の発言に思わず素っ頓狂な声を出した。俺の名前だけではなく、姫の名前まで知られていたとは思わなかった。もしかして、姫に何かしらの恨みがあって、姫の素性を調べているうちに俺の事も知ったとかそんな事だろうか。前に、姫に「餓狼」と呼ばれている理由について聞いたことがある。姫曰く、「餓狼って変なあだ名を付けられた理由はわからない。ただ、何故か喧嘩を売られることが多かったから、売られる前に不安分子はいくつか潰しておいた」とのことだった。恐らく、「不安分子をいくつか潰しておいた」という所が「餓狼」と呼ばれるようになった所以なのではないかと俺はその時思った。そして、今回俺がこうして不良に絡まれた理由もそこにあると思っている。


「この前は、内の者が世話になったなぁ」


「…どういうことですか」


「とぼけるなよ、お前、不良に絡まれたとき姫さんに助けられたことがあるだろ?早い話、俺たちそいつらの仲間なんだわ」


成程な、やっぱり姫がらみだったか。それで、復讐の為にまずは俺をってことか。


「そうか…それで、どうするんですか?殴るんですか?」


もう、腹の内で覚悟は決めた。これも姫と関わった運命だと諦めるさ。

けど、姫とこの数か月で作った思い出に比べればこんなトラブルなんてことない。

これでもまだ、お釣りが出るくらいだ。


「は?何言ってんだよ。俺たちは話をしに来たってさっき言っただろ」


「え?」


俺は、再びの予想外の発言になんだかもう頭がおかしくなりそうだった。

本当に話をしに来ただけ?なら、なぜこんな裏路地に連れて来たんだ。

俺を集団で襲う為じゃないのか?


「確かに、姫さんがシメたのは俺たちの仲間だが、今日は別に復讐に来たわけじゃない。そもそも、別に怒ってもないしな。あれは、あいつらの自業自得だ。姫さんを相手にたったの三人で襲うだなんてのは餓狼の名を見くびりすぎている」


「なら、話っていうのは一体…」


「それは…」


突然、恥ずかしそうに、話ずらそうに三人ともがお互いに顔を見合っている。

お互いがお互いに会話の口火を押し付けあっているような雰囲気だ。

そして、やっとで意を決したのか、息を吸い込んで三人で一斉に声を発した。


「「「どうやって姫さんと仲良くなったんですか!!?」」」


「はい?」


俺は自分の耳を疑った。どうやって姫と仲良くなったのか、そんな事が聞きたくてここまで連れて来たのか?先ほどまでとは、あまりにも違う空気の温度差に風邪をひきそうである。


「俺たち、姫のファンなんです!どうにかしてお近づきになりたいのですが、中々緊張して声もかけられなくて…」


「「そうそう」」


うんうんと頷く二人。


「まって、姫のファンってどういう事ですか?」


「話は長くなりますが、かくかくしかじかで…」


話を聞いたところによると、彼らは一度、姫と他の不良生徒達との抗争を目の当たりにしたことがあり、体が小さく、決して強そうには見えないその姿から放たれる、磨かれた、美しさすら感じる技の一つ一つに魅了され、ファンになったらしい。その時から既に「餓狼」という都市伝説の名は浸透しており、その正体は当時は分からないままだったが、彼らは姫こそがそうなのではないかと思ったらしい。


「なるほど…」


「で、なんですけど…守君は姫さんと仲がいいですよね…」


「まぁ、そうですね」


「一体、どうやって仲良くなったんですか?」


「どうやって…」


俺は、姫と仲良くなった経緯を振り帰ろうとする、がしかし、そもそも、姫と仲良くなるハードルは高くないように思う。特別な事をせずとも…いや、むしろ特別な扱いをしない事こそが姫と仲良くなるコツだったのではないだろうか。姫は、根も葉もないうわさ話のせいで、周囲の生徒達からは恐れられ、先生ですらも関わりあうことを避けていた。姫は、そのような扱いを嫌い、対等な関係で話したり、遊んだりできる自分だからこそ心を開いてくれたのではないか。自分でも自分を過大評価している自覚はある、それに、姫の心内なんてものは、姫にしか分からない事だ。俺が思案に耽っていると、期待に眼をキラキラと輝かせた、三人の男たちが俺を取り囲むようにしてこちらを見ている。こんなの、客観的に見たらいじめているようにしか見えないぞ。


「それは…難しい話だけど、俺から言えることは姫を特別扱いしない事…かな?」


「特別扱いをしない?」


「そう、姫は周りの人たちに怖がられて、他の人とは違う態度で接せられるのを嫌うふしがあるかも…」


「そうなんですね…勉強になりました!ありがとうございます!」


「「ありがとうございます!」」


他の二人も一斉に声を揃えて元気よく言って見せる。


「ちなみになんですけど…他にも何か仲良くなれるコツとかってありますか?」


「ほかに…」


俺は再度、姫と仲良くなれるコツが無いかを唸りながら考える。考えながら、彼らは本当に姫のファンなんだなと思う。もう、最初に会った時の威圧的な雰囲気は、彼らからは微塵も感じられず、なんだかこの状況が面白くなってきた。


「あっ!」


三人の内の誰かが、突然声を発した。


「あ、あの方はもしかして!!」


俺の背後を指さしながら言った。俺は、その指さす先を確認するために、後ろを振り向く。


「なんだ?」


振り向くとそこには、裏路地の入り口付近に立ち尽くしている姫の姿があった。こちらとは距離が離れているため、表情ははっきりとは見えないが、徐々に姫の姿が大きくなっていることから、こちらに向かってゆっくりと歩いて来ていることが分かった。


「やばい!生の姫さんだ!」


「すげえ…」


「緊張してきた…」


限界オタクのような反応を見せる三人の男たち。いや、ファンを名乗っているので、彼らの今の状態は限界オタクそのものと言えるかもしれない。そんな事を思いながら、ゆっくりと歩いてくる姫を待つ俺と、そして、心構えをするファン達。


「お~い、姫~!この人達、姫のファンなんだって!」


「ちょっと!守さん!」


俺が、向かってくる姫に対して、大きな声でカミングアウトすると、狼狽え始めた男達。そして、姫の表情がはっきりと確認できる距離になったとき、絶句したのは、俺だけではないだろう。そう、姫の表情は初めて会った時に見せたような獣のような表情をしていたのだ。


「あ、あの守さん。姫さんなんか怒ってないですか」


「あ、あぁ」


何だか、ヤバそうな雰囲気だが、俺たちは何をするでもなく、唯、姫を見つめていた。


「…お前たち」


姫の発した声だ。こんなにもドスの聞いた声は久しぶりに聞いた。お前たち。この言葉には俺も含まれているのだろうか。含まれていない事を願うばかりだが、もしかしたら、何の連絡もなくゲームセンターから出て行った事を怒っているのかもしれない。俺たちは、生唾を呑んで次の言葉を待った。


「…守に、何をした!?」


「「「ヒッ…!」」」


恐れのあまり、悲鳴を上げる男達。お前たちの中に俺が含まれていなかった事に安堵した俺。ホッと胸を撫でおろしていると、姫が、ピッチャーが野球の球を投げるようなフォームをとった後、こちらに何かを投げたのが見えた。投げた物が徐々に大きくなっていってそれが何かを確認する前に直撃した。俺の脳天に。


「ま、守さん!!」


俺は、その言葉を最後に意識が暗闇へとフェードアウトしていった。

こんな事、前にもあったなと懐かしい気持ちになる。

心地の良い感覚に呑まれて完全に暗闇へと落ちて行った。


----------------------------------------------------------------------------


「っく…ひっく…」


俺は、何者かの泣き声のような音を聞いて意識が覚醒した。

瞼を徐々に開き、視界がどんどん広がっていく。

まず目に入ったのは、姫の泣き顔。目の端から涙が溢れては、俺の頬に落ちていく。どうやら、今は膝枕をされているらしい。これもまた、懐かしいなと思った。


「ごめん…ね…」


泣きながら謝罪の言葉を口に出す姫。


「…どうして謝るの?」


「私のせいで、危ないことに巻き込んじゃった。こんなにボロボロになって、意識まで失って」


「いや、意識を失ったのはたぶん…」


と言ったところで、「言わなくていい!嫌な事思い出させちゃってごめん」と遮られてしまった。ん?そう言えば、ここには姫と俺以外の人間が見当たらない。あの、男たちは何処へ行ったのだろうか。


「あの男たちは私が責任を持ってボコっておいたから…」


「えぇ…」


彼らは、姫のファンだと言っていたのに、その憧れの人にボコられるなんて、なんて哀れな人達なんだ。今度、どこかであったら慰めの言葉でも掛けてあげたい気分だ。今からでも、その言葉を考えておくか。


「けど、何故か喜んで逃げて行った。「ありがとうございます!」って感謝までされた。変な気分」


「…そう」


やっぱり慰めの言葉は必要なさそうだ。彼らは新しい扉を開いたらしい。


「そう言えば、俺が意識を失う前に姫、何か投げなかった?」


「ん?ああ、これ」


姫がポケットから乾燥した布のような、唯のごみのような一見しただけでは、よくわからないものを取り出した。


「これは?」


「濡らしたティッシュ。固めて投げた」


成程ね、濡らしたティッシュを固めて投げた…と、そりゃ、そんなもの投げられたら人間、意識も失いますわ。とはならない。姫にだけできる芸当だ。


「あ、そうだ。これ…」


姫が固めたティッシュを出したポケットと、同じところから百円玉を二枚取り出して、掌に乗せて見せた。


「これ、守のだよね?」


「え?」


俺は、財布を取り出して確認する。本来であれば十枚入っているはずの百円玉が八枚しか入っていなかった。恐らく、ここに来るまでに落としてしまったのだろう。


「本当だ、二枚足りない」


「これのおかげで守の居場所に気づくことが出来た」


どうやら姫は、両替をしに行ってから中々戻ってこない俺を心配して、両替機が設置されている場所に向かったところ、両替機前に百円玉が一枚、そしてゲームセンターの出口にも一枚落ちているのを発見し、俺が外に出たのではないかと予想して、偶々、裏路地で俺を見つけたらしい。


「拾ってくれたんだ。ありがとう」


「うん。…それでね」


俯く姫。その直前、辛そうな、暗い表情を一瞬だけ確認できた。

そして、決心したように首を上げて…


「もう、私たち会わない方がいいと思う」


と言い放った。


「え?どうして」


予想外の発言に呆気にとられる俺。


「もう、守君をこんなトラブルに巻き込みたくないから」


そう言ってすくっと立ち上がる姫。その場に居たたまれなくなったように、「ごめんね」とだけ言葉を残して裏路地から抜けようと歩き出した。すれ違う瞬間、姫の瞳から涙がこぼれるのが見えた。


「ちょっと待って!」


俺は慌ててこの場から去ろうとする姫の手を握った。

そうしなければ、もう二度と会えないような気がして、焦燥感に駆られるまま、行動に移した。


「離して!もう、守の事を危険な目に巻き込みたくないの!」


「待って!話を聞いてくれ!俺が気を失ってたのは、姫が投げたティッシュが脳天に直撃したからで、あの男たちには何も酷い事なんてされてないし、何ならファンだって、姫と仲良くなれるコツを教えてほしいって頼まれたんだ!」


「そんな変な嘘つかないで!私、固めたティッシュで人を気絶させるほど剛腕じゃないし、後半も何を言ってるのか理解できない!」


「それはごめん!俺も最初頼まれたときは何が起きたのか理解できなかった!」


尚も、握った手を振りほどこうとする姫。俺は、必死に逃がすまいとするが、手が滑って離してしまった。これは、血迷った行動かもしれないけど、俺は姫の小さな体を後ろから力強く抱きしめた。


「ひゃう!な、何いきなり!」


「いきなり抱き着いたりしてごめん、けどそのまま話を聞いてほしい」


俺は、姫の背中越しに話を続ける。


「姫が、痛い目に合う俺の姿を見たくないっていうのなら、

そんな心配をしなくて済むくらい俺は強くなるように頑張るから。」


より一層、抱きしめる力に自然と力が入る。


「だから、もう会わないでおこうなんて悲しいこと言わないでよ」


「…………」


姫からの返事は無い。


「姫と出会ってからの約二か月間、本当に毎日が楽しかった。

これから先、本当に洒落にならないようなトラブルだってあるかもしれない、

けど、それでも来年も、再来年も、卒業しても姫と一緒に居たい…ダメかな?」


姫の表情を覗き込むようにして言う。

すると、心なしか姫の体がぷるぷると震え始め、徐々にその震えが大きくなったかと思えば、姫がこちらを振り向いて、沢山の涙を流し、鼻水まで出したままのぐしゃぐしゃの表情を見せた。


「うわぁあん!!!もう会わないなんて言ってごめんなさああい!!!私も一緒に居る~!!!」


「ぷっ…くふ…」


姫のぐしゃぐしゃの泣き顔が面白かったのと、一緒に居るという言葉を聞けた安心感から俺は、思わず笑い声をあげてしまった。


「あはははは!」


「うぇええん!!!」


俺は笑いながら、今度は正面から姫を抱きしめる。笑い声をあげながら女の子を抱きしめる男と、泣きながら抱きしめられる女の子。本来なら、閑静な路地裏が今は二人の声で満たされたいた。歩道を歩く人たちも、何事かと路地裏の入り口から視線を向けるが、次々と通り過ぎていく。


----------------------------------------------------------------------------


それから、十分程が経ち、俺と姫も落ち着いた頃。抱き合ったまま、顔を見合わせない状態で、姫が口を開いた。


「…守は一緒に居たいって言ったよね?」


「言ったよ」


姫の声が胸に響いた。


「冬休みは予定…ある?」


「冬休みか。予定は特に無いな」


「そう」


暫くの沈黙が訪れる。ふと、空を見ると建物の間から柔らかい雪が降りて来た。それが、姫の頭に落ちて、俺はそれを手で払う。すると、姫は俺の胸に当てていた頭を上げで、俺の目を見据えた。


「そう言えば、明日はクリスマスイブだったね。」


「うん」


「もし、良かったらなんだけどさ。予定が無ければでいいんだけどさ。明日、一緒にどこかに行かない?」


自分でも分かるくらい顔を赤くして、恥ずかしがりながら言う。体が熱い。これが姫にも伝わっていると思うとより恥ずかしくなった。今思えば、自分から姫を遊びに誘うのは初めてかもしれない。俺は、ドギマギしながら姫の言葉を待つ。


「ふふっ…どうしようかな」


いたずらっぽく笑う姫。


「そこは即答でOKしてよ」


姫の言葉に俺も苦笑した。


「冗談。私も特に予定ない。だから…その…」と一拍言葉を途切れさせ、顔を赤らめて、もじもじとした姫は、俺の目を見て、今までで一番の満面の笑みを浮かべて「明日は、良いイブにしようね」と言った。その後、「にしし」、と笑って嬉しそうに、子犬のように再度俺に抱き着いてきて、俺は姫の体を受け止めた。姫が俺の体を抱きしめる腕に力を入れて、俺もそれに応えるようにして力を入れた。


「うん。良いイブにしよう」


二人を祝福するように、歩道の方からジングルベルの歌が聞こえて来た。もう、夜も更けてきて、空から降りてくる雪が肌に触れてジワリと解けるが、不思議と冷たさは感じなかった。俺は、これからの姫と過ごす日々に思いを馳せ、願う。この素晴らしい日が一瞬に感じてしまう程、長い時を一緒に過ごせますように。


ここまで読んで頂き誠にありがとうございます。

大変読みづらかったかと思います。

できるだけ、読みやすいようにはしているのですが

今はこれが精一杯です。これからも、精進いたしますので、

宜しくお願い致します。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ