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2. 牛タン


 弓花(ゆみか)は比較的わがままな性格だと思う。


 セックスを終えた後が特にそうだった。

 最初に寝た時なんかは「牛タンが食べたいっ」と弓花は僕の腕にしがみ付いて駄々をこねた。


 おかげで僕は夜12時に自転車を漕いで、深夜営業のスーパーを回って、牛タンを探すことになった。ようやく僕が帰ってきた時、弓花は待ちくたびれてソファで寝ていた。

 

 仕方ないのでホットプレートで牛タンを焼き始めると、匂いと音に反応したのか、彼女は起き上がって、寝ぼけ眼のまま牛タンを食べ始めた。


「セックスしたらお腹が減ったん」


 弓花は見事に牛タンを完食した。

 どうして牛タンだったのか、腹を満たすだけなら豚バラでも良いんじゃないか、と言うと弓花は毅然(きぜん)とはねつけた。


「だって、牛タンが食べたかったから」


 満足そうにお腹をさすりながら彼女は言った。僕はまともな答えを諦める。


 弓花は自分の欲望を隠さない。

 あれが欲しい、ここに行きたい、それは違う、こっちが良い。素直で口に出すから分かりやすい。

 

 子どもの頃から親に「あんたは何を考えているか分からない」と言われる僕とは真反対の性格。


 自分が親だったら、弓花みたいな性格の子の方が良いと思う。与えれば正直に反応する、そのシンプルさが心地良くて可愛らしい。


 セックスに関して言うと、彼女が何かを求めてきたことはなかった。こっちは決まって、求めるのは僕の方からだったからだ。


 ベッド脇にコンドームをはねのけられて、僕は思わず口走ってしまった。


「なんで急に?」


 長い黒髪で顔を隠しながら、弓花は口を開いた。


「急じゃないよ。ずっと考えてた」


「でも、そう言うのは良いって。前に」


「今日ね。お医者さんに行ったら。産めるかもしれないって」


 途切れ途切れの言葉で、ゆっくりと弓花は言った。


 僕は彼女の左半身に視線を落とした。包帯で巻かれた左腕と左脚。


「せっかくなら、産みたい」


 本当に、と問いかける。


「もちろん。カーくんさえ良かったら」


 避妊具抜きでセックスをするのは初めてだった。最初にできた年上の恋人に、避妊具抜きでいれようとして「ストップ」と拒まれて以来、気をつけることにしている。やる時は持っていく。持っていないならやらない。


 弓花の中にぬるりと入り込む。

 普段と違うのが分かる。伝わってくる体温が表面とは違って、生温い。


「カーくん、カーくん」


 僕の下で弓花が言う。肌がじっとりと汗ばんでいる。包帯の下からワセリンが染み出している。ベッドライトの明かりで、つやつやと光っている。


「カーくん。どうかした?」


「いや。痛そうだったから。大丈夫?」


「ううん。熱いだけ」


 彼女が背中に手を回してくる。好きだよ、とささやくような声が聞こえる。身体を動かすと、それに合わせて彼女の身体も動く。


 シーツが()れる音がする。

 彼女がうっとおしそうにタオルケットを放り投げる。目の下に黒ずんだやけどの(あと)が見える。そこにキスをする。


「くすぐったい」


 彼女が言う。


 僕は無言でうなずいて身体を動かす。だんだんと身体が熱くなってくる。古いストーブのように、時間をかけて温かくなってくる心地良さを楽しむ。

 学生の頃は急くように腰を振っていたけれど、今はもう少し分別が付いてきた。


 広くはない寝室に肌のこすれる音が、何度も響く。


 キスをすると、彼女の呼吸が入ってくる。ざらざらとした舌を捕まえると、弓花は静かに声を()らす。「痛くない?」と聞くと彼女は首を横に振る。


「気持ち良い」


 背中に手が伸びてくる。

 小さな身体のどこに、こんな力があるのかと驚く。それから身体の奥のところで、ピシャリと音がする。液体の音。先端がドクドクと脈打っている。僕は身体を動かすことをやめる。


「弓花」


 浅く呼吸を繰り返す彼女の身体に触れる。まだ熱い。腕にまかれた包帯の下で、熱がこもっているのが分かる。


「何が食べたい」


 僕が聞くと弓花は、


「ハラミ」


 とぼんやり返答した。


「お腹すいた。ハラミが食べたい」


 つい最近、中野に引っ越してきた。


 近所に深夜営業している大きなスーパーがある。弓花が求めるハラミもちゃんと売っていた。

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