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占い師と猫又

作者: 田貫有為

 街はずれにある崩れかかった家は幽霊屋敷と噂されていた。しかし、そこには確かに人が住んでいる。それは一部の人だけが知る秘密だ。

その家の中は物で溢れかえっていた。古びた本が所狭しと積み上げられた部屋は図書館のにおいがする。その間を白くてふわふわの丸々とした猫が通り抜けた。もこもこの長い尾は根元で2本に分かれている。向かう先は乱れた髪の女の元だ。

「今起きたの? お寝坊さんだね」

 そう猫は口を利いた。300年は生きた猫又だ。人間の言葉を話すなど造作もない。

「そうよ、今からでも充分間に合うからね。お客様が来るのは3時に雨が降ってからよ」

 赤毛の女は気だるそうに長い髪に指を絡ませた。紫水晶のような瞳で猫又を見やる。取り立てて特徴がある顔立ちではなく、年齢も曖昧だ。

「ふうん」

「そう言うお前もさっきまで寝てたんでしょ?」

「そうだけど」

 猫又はふわあと大きくあくびをした。それに女もつられる。

「あたしは勝手気ままにするのが仕事だからね」

「そうね。私は先読みをするのが仕事。見えたものを1000年先まで書き残しておく」

「いつもながら、たいそうなことで」

 占い師の女は本のページをめくる。今にも綴じてあるのが外れそうだ。

「また呆れるくらい本を読んでるね。飽きない?」

「飽きないよ。私は現実のことしか見通せないからね。虚構の世界は予想がつかないことばかりで面白いよ」

「なにそれ、あたしへの嫌味?」

「さて、どっちでしょう」

 占い師が立ち上がって本を机に置き、戸棚からぶどうの房の乗った皿を出した。数日前にもらったそれは、熟してちょうど食べ頃だ。

「お前もぶどう食べる?」

 甘い蜜の滴るぶどうを自分の口に運びながら、占い師は聞く。

「いらないから、お肉ちょうだい」

「ハムは夜ね」

「意地悪」

 猫又はしばらく頬を膨らませていたが、何か思いついたようで、にやにや笑いだした。

「でも、よくまあこんなに大きくなったもんだね。『私は悪魔の子じゃない』ってピイピイ泣いてた子供がさ」

「ねえ、その話はやめない?」

「やだね! あたしが飽きるまで何回でもしてやるもんね」

 猫又はふさふさの尻尾をゆっさゆっさ振った。

「じゃあ、そんな私を食べに来た白い化け猫の話でもしようか」

「やめて? そういう対抗の仕方はやめて?」

 尻尾を垂らして上目づかいする猫又を占い師はそっと撫でた。

「なあ」

「何?」

「前から思ってたんだけどさ、ずっとひとりでさみしくない?」

「何言ってるの? さみしくなんかないよ。相棒のお前がいるからね」

「おいおい、やめてくれよ」

 猫又が丸っこい体をくねらせる。

「化物同士仲よくやりましょう?」

「お前ね……。その言い方は直した方がいいよ。間違ってはないけど」

 占い師がぶどうの皿を机に置くと、カタンと音がした。

「でも、ときどき怖い。私がこの目で見通す未来が、この口で告げる未来が真実でも誰も信じてくれなければ意味がない。カッサンドラみたいにはなりたくないから」

 うつむいた占い師の右足に猫又は、ぷにんとした肉球を押しつける。

「あたしがいる。ここまで来たら、あたしだけでも最後まで信じてやるさ」

「ありがとう、好きよ」

 占い師が猫又をギュッと抱きしめると、猫又はあからさまに嫌そうな顔をした。この猫又はベタベタされることが好きではない。

「単純なやつ。でも、暑苦しいから抱きつかないで?」

「いけず」

「そんなに抱きつきたいなら、とっておきのバター舐めさせてよ」

 猫又が耳元で囁いて、占い師はパッと手を離した。猫又は床に放り出されて、全身の毛を逆立てる。

「ケチ! いやしんぼ!」

「今日は1歩も家から出たくないの」

「引きこもり! 覗き魔! 未来覗き魔!」

「それに今お前を甘やかすと、この家を乗っ取られるからね」

「こんなボロ家なんかいらないから、あたしはお肉と油ちょうだいって言ってるの!」

「ダメ」

「出てく! じゃあ、この家出てくから!」

「出て行ってもいいけど、今晩はひとりでご馳走食べるからね」

「それ食べて出てくから!」

「勝手にして」

 占い師は微笑んでみせた。猫又は悪態をつきながらも寄り添ってくれるのだ。今までもこれからも。

「大事に取っておいたチーズも食べるの」

「やったね! あ、いや、何でもない。食ってやらないこともないって意味ね」

 時計の鐘が3時を告げた。振り返ると、窓の外には灰色の雲が立ち込めて、ぼつりぽつりと雫が落ちてくる。

「降り出したみたい。お客様に怖がられないように化けるなり黙るなり何とかしてね」

「はいはい、いつものやればいいんだろ。わかってるって」

 やがて、雨音は激しくなった。

「こんな中、やってくるやつは大丈夫?」

「ずぶ濡れになるだけね。雷が落ちるのは、2つ向こうの山の1番高い木。お客様は驚いた馬から落ちかけるけど、かすり傷ひとつ負わない」

「それで何の用があってくるわけ?」

「何だと思う?」

「そういうの、いい加減めんどくさいから勘弁してくれないかな」

 猫又がため息をつく。その柔らかい耳元に占い師は、そっと囁いた。

「えっ! 何ボーっとしてんの!? 今すぐ逃げなきゃ!」

 青い顔で飛び上がった猫又に、占い師は微笑みかける。

「大丈夫、ふたりで晩ご飯を食べるって言ったでしょ」

紫色の瞳がきらめいた。

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