くろまいんま~幼気な黒魔術師が淫魔を召喚してしまうとか絶対に有り得ないから大丈夫だヨ(棒読み)~
あくまでも一般論だが。
淫魔として生を受けるのは、とても恥ずかしい事らしい。
淫らな性質を持つ魂が生り果てるのが淫魔なんだとか。
そして、淫魔を召喚できてしまうのも、とてもとても恥ずかしい事だそうだ。
淫魔はすごくスケベだから、それを召喚できてしまう者はすべからくスケベでしかない、恥の化身め……と言う理屈。
まぁ、先にも言った通り、あくまでも一般論。
俺はそう思わない。
思ってたまるか。だって俺はまさしくその淫魔だ。
特逸級淫魔・ヴェルケス。
それが俺だ。淫魔の中でも最上級の淫魔なんだ。
もしも淫魔で在る事が恥だとすれば、俺は即死級の恥を背負って生まれてきた事になる。
認めてたまるか。断固としてレジスト。頑張って生きる。
……まぁ、俺の気の持ちようはひとまず置いておくとしよう。
目下、問題は俺の意思が及ばない部分で発生している。
「わぁい! いかにも強そうな使い魔さんを召喚できました!!」
目の前で、小さく可愛らしい生き物がぴょんぴょこと飛び跳ねている。
人間の少女だ。黒い魔術衣からして、黒魔術師か。
人間の魔術師は一定の階級に達すると、魔界から使い魔を召喚して契約すると言う。
つまり……この星空のようなキラキラした黒瞳の少女が……俺を召喚した?
周囲を見回してみる。
書物や生活ゴミが散乱した狭い空間……窓の外には森が見える。
森の中のボロ小屋……と言ったところか?
……うん。いくら探しても、このノミ虫みたいに跳ね回って喜びを露わにしている少女以外はいねぇな。
「全体的に黒くて、着衣の上からもわかるマッシブで、いかにも悪魔っぽい濃い隈のあるカッコいいお兄さん! 角は太いし尻尾もトゲトゲ! これは絶対にすごい使い魔さんに違いありませんよね!?」
ああ、まぁ……魔界全土に一〇体もいないとされる特逸級淫魔だけど……。
「もしかして魔王!? 魔王だったりします!?」
「いや……その……」
「まぁ、最低限、召喚しちゃあいけない系の御方以外なら何でも良いです!」
一般論として、世間体的に召喚しちゃあいけない系と言われているんだが。
「私はピワワ・プラーティ! お兄さんと契約したい感じの黒魔術師です!」
「ああ、俺はヴェルケス・ヌロンチョ……種族は……」
「魔王ですか!?」
魔王は種族じゃあねぇ。
「うふふ、それにしても安心しました! こんなにカッコいい使い魔さんなら、少なくとも淫魔ではないですもんね!」
「……あー……ちなみに、淫魔だと何か問題が?」
「はい! 淫魔を召喚できるような存在レベルの猥せつ魔術師は、大体の街で出入禁止になっちゃうらしいんです! 死ぬほど生きづらくなります!」
死ぬほど名乗りづらくなったぜ。
「あ、すみません、名乗りの途中で折っちゃって! ヴェルケスさんの種族はなんですか!?」
「…………魔王だヨ(棒読み)」
この日、俺は生まれて初めて嘘を吐いた。
「魔王!? 本当に魔王さんなんですか!?」
「うん、もう魔王でしかないヨ(遠くを見ながら)」
「わぁー! なんだかすごいのを召喚できる気はしていたんですが! まさかの魔王さん!! 私すごい!!」
……ああ、本当。どうしてこんな幼気な少女が特逸級淫魔なんぞ召喚できてんだ……?
現状、淫気もほとんど感じないし……潜在的な何か、将来性が暴走したのか。
こんな女子が、特逸級淫魔の似合う女になるとか。
人間の成長は変態生物のそれを軽く逸している。
「こうしてはいられません! 街に下りて皆さんに自慢しなくちゃ!!」
「ストップだ!! そこの小動物!!」
一直線に小屋の出口へと走り出したピワワを、尻尾を伸ばして捕獲。
妙な抵抗ができないように吊り上げて動きを封じる。
「ほにょい!? な、何で止めるんですか!? 魔王さんは自分自身の事で実感無いかもですが、人間としては魔王召喚って大ニュースなんですよ!? 自慢しなくちゃ!!」
自慢したい気持ちはわかる。
だけどごめん。実は俺は、風評だけで魔王すら避けて通って行くレベルの大淫魔なんだ。
昔、本物の魔王に会う機会があったんだけどよ……握手を求めたら「まだ妊娠したくない」と拒否された事があるぜ。
確かに俺くらいの淫魔だと触れただけで相手を孕ませられるけど、やんねぇよ。
とにかく、大騒ぎされると、どこで嘘がバレるかわからん。
どうにかしねぇと……俺のせいでこんな幼気な子が生きづらくなるのは精神衛生的に悪過ぎる。
「いいか、黒魔術師」
「ピワワです! 魔王さん!」
「そうか、ピワワちゃん。俺が魔王だと言う事は隠していて欲しい」
「どうしてですか!? 魔王さん!」
「それはぁー……えぇっと……あれだ。さっき君の言った通り、魔王が出てくるって大事だから。気の弱い人はびっくりして死んじゃうかも知れない」
「確かに!! それは不味いですね魔王さん! わかりました! 魔王さんが魔王さんなのは秘密にしますね、魔王さん!」
「本当にわかっているか?」
そうとは思えない魔王連呼だが。
「俺の事は名前で呼ぶように」
「わかりました! 魔王・ヴェルケスさん!」
「肩書を取ろうか」
先が思いやられるぜ……。
「惜しい気もしますが、自慢は諦めて……ヴェルケスさんの歓迎会をしましょう! 準備するので下ろしてください!」
「ん? ああ、おう……」
召喚した使い魔に歓迎の意を込めて捧げもんをする、ってのも魔術師の習わしだったか。
さて、何を捧げられるか見ものだな。
「ふふ、この日のためにたくさん四つ葉のクローバーを集めてしおりにしておいたんですよ! あれ……? どこにしまったっけ……?」
小屋の中は余すところなく物が散乱しているんだが……この中に沈んでいるとしたら発見は当面無理じゃあねぇか?
「しおり! しおりさんはどこですかぁー!? 大捜索です!! そこだぁぁー!! 無い!! そっちかも!?」
「あー……ピワワちゃんよ。別に捧げもんとか、ある時で良いんだが……」
それ人間側の勝手な慣習で、俺らにはあってもなくても大差無いし。あったら嬉しいなって奴だし。
こっちとしては、魔術師と契約して「安全な魔物だ」って担保されるだけで充分なメリットなんだ。
人間の街は色々とあって、観光価値が高いっつぅ話だからな。
人間と契約してねぇ魔物は「危険な魔物」って事で街に入れてもらえねぇそうだ。
……まぁ、淫魔だってバレたら契約者がいても街にゃあ入れないみてぇだが。
「いえいえ! これはとても大事な事なんでしゅあばた!?」
あー……言わんこっちゃねぇ。
こんな小さな子が散らかった場所でバタバタ探しもんなんてしたら、コケるに決まってら。
「ひぎゅぅ……お、おでこ打った……じんじんしますぅ……」
「あー……」
……本当に何でこんな子が俺を召喚できたんだろう。
まぁ、今はとりあえず、ピワワちゃんの頭に手を置いて――
「おりょ? あれ? あれれ? 痛みがなくなりました!?」
「ああ、額あたりの感度をゼロ倍にしたんだよ。感度の操作なら任せとk……」
「かんど?」
「……魔王は触れるだけで痛いの痛いの飛んでけができるんだヨ(顔を背けながら)」
「ええ!? あれってただのおまじないではないんですか!? あ、もしかして魔王さんクラスのおまじないはマジの術式になる的な!?」
「ぅん……(消え入りそうな肯定)」
感度の概念も知らないお子様で助かったけれど本当に何でこの子が淫魔召喚できたのいやマジで。
……でも正直、やばい。
さっきからこんな小さな子に嘘を吐き続けている罪悪感が辛い……胸が潰れて死にそう……。
……ん? そうだ、待てよ?
俺がこの子に嘘を吐く必要なくね?
この子には俺が淫魔だって説明して、それを周りには誤魔化してもらうって形にすれば良くない?
嘘ではなく、あくまで誤魔化す方向な? 明言を避けまくって有耶無耶にしていく方針。嘘は心が痛い。
うん、そうだそれが良い。っていうかもう既に自分の嘘の痛みに耐えかねている俺がいる。
「ピワワちゃん。唐突ですまないが……俺は実は淫魔なんだ」
「……え……?」
どうしよう。人間ってそんな悲しそうな顔できるの?
心臓を握り潰された錯覚をするレベルだ。
「ほ、本当、なんですか……?」
「…………………………」
「じゃあ、わ、わた、私は……淫魔を召喚できてしまうような……い、いやらしクソ人間って事ですか……?」
「…………………………」
「……殺してください……」
「嘘ぉぉぉ!! 全部ウソでぇぇぇす!! 俺は淫魔ではありませぇぇぇん!!」
「……もぉ! ビックリさせないでくださいよう! 生まれて初めて死にたいと思っちゃいました!!」
うん。俺も死にたい。
これダメだ。絶対にバレちゃあいけない奴だ。
こんな快活で純粋な子でも即座に自殺を考えるレベルで召喚しちゃあダメ系なんだ淫魔って。
実感させられるとショックがデケェよ泣きそう。俺が何したってんだ。まだ誰も催淫してねぇぞ。
とにかく隠し通さなければ、何があっても。
この子が天寿を全うして笑顔で大往生するまで、俺が淫魔である事は隠し通さなければ……!!
大丈夫、できるさ。
俺は淫魔大学時代、同族の淫魔からもやべー扱いされる特逸級淫魔である事を隠し通して無事卒業までこぎつけたじゃあねぇか!!
「あ、そうだ! お互いの卒業アルバムを見せ合って親睦を深めましょう!! 魔王さんがどんな学校に通っていたのか気になりますし!!」
隠し通せる……か……!?
「ほああ!? ヴェルケスさんの卒アルを開いた途端、目の前が真っ暗に!?」
「目の感度をゼロ倍……じゃなくて、魔王の過去を覗き見ようとするから闇が訪れたんだヨ」
「魔王すごい!!」
あ、これ隠し通せるな。