真言。この札に宿りしは。
「ちっ......共食いが始まったか」
悪鬼が斬られた傷口を癒そう等という意思はない。
否、あるのか傷口を塞ごうとしているのか足りない血や妖力を求め他の悪鬼を喰らい始めたのを結界越しに確認すれば舌打ちをする春零。
結界の中に居る間にも縛符という御札に陽の気を送り縛符の効力を強める。
縛符。相手を拘束する時に使う御札だ。封じの意味も持ち、人に向けて放てば術者が解くかその術者より強い術者じゃなくば自力では解けず体が動かなければ声まで封じることが出来るもの。
勿論、人に向けて使う御札ではなくあくまでも妖、悪鬼。人ならざる者に使う御札を対異形用に強化していた。
陰と陽の気を自分の意思で適切な方の気を生み出し、霊力と織り混ぜて御札に送る。悪鬼は陰の気を身に纏っているので逆の気である陽の気で縛符を強化する。
同じ気でも、相手を縛ることは可能だが取り込んで自分の力に変えてしまう異形も居る為に陽の気を使い、この先起こりえる悪影響を最小限に自分が使う気も最小限に無駄なことはしない。
否、したくない。だからこそ、蒼真や珱華が居る。御札に込め終えたのか、不意に目蓋を閉じ、おどおどしい異形へと成り変わろうとする悪鬼を心眼で見る。
見ようとしたと同時に見知った気配が出来損ないの狭間から来るのを感じて目蓋を閉じたまま立ち上がり、口を開く。
「随分と陰の気を取り込んでるじゃねえかよ、蒼真」
上等だ。と云っているようにも聞こえる少しばかり機嫌の良い声で煙のように形のない状態で狭間から上がってきたと思えば男性一人が余裕で乗れる位の大きさ。
乗れる位の大きさよりも大きい電車の一から二号車まである体に尻尾も同じかそれよりも長い頭と首は一号車の半分だろうかその位はあるが全体のバランスは良く猫がそのまま大きくなった感じだ。
今の蒼真は、猫の立ち姿、前足と後ろ足を地に付けた状態で異形へと成り変わる途中の悪鬼と対峙している。
艶やかな真っ黒い毛並みは月の光に反射し青色にも見え、自分の体より長い尾は二つに分かれ其々別に動く。
触り心地はさぞかし良さそうだ。と片目だけ開いて猫又の蒼真を見て思う。
「ええ。些か淀んでいますが、とても心地良い気です」
猫又だからか目も猫そのものになっている蒼真は夜だからか瞳孔が大きくなっている目をうっとりと細め、誇らしそうに云うが、此方に気付いたらしい異形擬きと目が合い此方から飛び掛かる。
飛び掛かると同時に春零は自分を護っていた結界を埃を振り払うような仕草で解く。
「蒼真! そいつが身に纏っている気だけ根刮ぎ払え!」
地に刺した刀を抜き、刃の方ではなく刃がない棟の方を一斉に襲い掛かってきた悪鬼に向ける。
まだ、鬼門は開通していない。
それは、悪鬼を斬った傷口から塵化が始まっていないからだ。
塵化が始まれば直ぐ様、刀に書いた経譜を読み悪鬼を成仏させるが出来ないと分かればやることは、縛符で相手を縛り、動けなくした後に悪鬼を囲うように張り巡らされてある結界を解いて経譜を読むこと。
蒼真には、陰の気を取り込んでる悪鬼。異形に成りかけている悪鬼に纏う淀んでいる陰の気を削ぎ落として貰う。削ぎ落とすだけでも浄化にはなる。
淀んでいる気は目には見えないが、この場に居ると気分が悪くなったり体調を崩してしまう時、自分以外にも気分が悪くなる或いは体調を崩してしまう人が居たらそこは気が淀んでいる証拠だ。
淀んでいる気は、瘴気と云う。
そして、悪鬼が陽の気や陰の気を取り込むと気は淀み軈て体内に収まりきれず自分の力に変えられなかった気は外に出て瘴気を生み出す。
蒼真は、春零の指示を受け短いながらも「はっ」と軍人のような返事をする。
その返事を春零は、耳に受けつつまるで踊るかのように全方位から来た悪鬼が襲い掛かって来る前にその場で高くジャンプし三回回転しながら上から下に棟側で全て秒で薙ぎ払う。
剣舞のように優美な動きを難なくやると、先程込めた縛符を数十枚懐から出し、守護仏を心の裡で口を動かず舌も動かさずに唱える
所謂三摩地念誦と云う方法だ。
("降三世明王")
次に開いていた片目を再び閉じて真言を徐に今度は声に出して唱える。
「オンスンバ ニスンバ ウンバサラ ウンハッタ」
両目を閉じた春零だが、周りは心眼で見ていた。
棟側で薙ぎ払われた悪鬼は、回転しながら薙ぎ払ったためか一ヶ所に固まって悪鬼が悪鬼で下敷きになっていくのが重なって小さな山が出来、悪鬼其々がじたばたとそこから出ようともがいている。
心眼で見えるのは相手が持つ気の色と気配、目には見えないが心眼では術が完成する前の行程だ。
縛符は、守護仏の名を云った時点で御札が淡く光始める。それは、目視でも分かる光。
真言を声に出した時には淡く光縄が心眼で見え、二回目の真言は三摩地念誦で唱える。
すると、縄は悪鬼で小さな山になっている所に向かい伸びていく。
三回目は真言を自分の言葉に変え、守護仏に呼び掛けるように決して願うことはしない。
あくまでも、協力関係だ。敬うことはすれど自分とは利害が一致している関係だ。
願うことでそれが叶えられるならば人は堕落しているだろう。神や仏にすがり自分では何も行動はしなくなる。
「宿りしは降三明王! 縛符に命ず悪鬼、浄伏! 浄縛!」
唱え終わると同時にシュッ。と縄同士がきつく結ばれる音が耳を掠め、縛符で出来た縄によって小さな山のまま一纏りにされた悪鬼たちは「ギェッ」と苦しそうな呻き声を上げた。
だが、それも束の間。悪鬼たちは次第に安心したようにまるで温泉に浸かった時のような「はぁ」と息を吐き、ゆっくり目を閉じていく。
浄伏は、瘴気を祓い、悪鬼の戦意喪失させ本能を抑制させる。
浄縛は、悪鬼の魂に付いた瘴気を取り払うために捕縛し浄化されるまで縛ることだ。
そうして縛符によって縛り上げた悪鬼たちを心眼で確認した後に蒼真に任せている異形擬きを見やる。
あとがき
此処まで読んでくださりありがとうございます!
真言。もしくは真言と読みますが、ずっと真言と読んでいた自分が居ます。恥ずかしい限りです。
陰陽師ならば縛り上げるとかせずに滅してしまいそうですね。或いは封印とかしそう。
次は異形擬きと対峙している蒼真の視点から始める予定です。あくまで予定ですので変わる可能性はあります。
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