黒笑みの黒猫は、苦労性?
さらさら。と微かな音が聞こえる。
珱華から放たれている光の粒子が流れる音だ。
微かで耳を欹てないと聞こえない小さな小さな音が鼓膜をやんわり叩く。
癒される音。一定のリズムでゆっくり流れている音は、心地良い。だが、何故かむずむずしてきた。
風はない。ただ悪寒が走ったように顔全体が冷たい気に触れた感覚に蒼真は咄嗟に自分の鼻を前足で覆う。
「ん"」
珱華の集中力を切らせたくない蒼真に音。特に自分から発せられる声や音は極力出したくない。そんな状況なのに、むずむずする感覚に抗えずにくしゃみの音を極力抑えてする。
(っこの感じは悪い方の.....大方早くしろなんて言葉でしょうけど、終わらない限り無理ですよ)
妖は敵から受けた氷系統の妖術では風邪になるときもままあるが、普段は極々稀にあるだけで滅多にならない。その為に風邪を引いたからくしゃみをすると云うことにならない。
ただ、妖には人の噂というより妖は、名を人に教えた時点で誰に向けて云われた言葉か分かり、感じることが出来やすくなる。
感じ方は妖其々違うらしく蒼真の場合は、くしゃみと云う形で感じていた。
しかも、悪寒もすると云うことは良くないことを言っているのだと分かり、相変わらず周囲を警戒しながらも落ち着かない様子でうろうろと右へ左へ行ったり来たりする。
そんな動きを繰り返して何十回目に入ろうとした。その時、不穏な。否、瘴気が微かにだが感じて蒼真は警戒の色を強め獲物を狩る眼差しで感じた方に体ごと向けた。
まだ、修復は完了されていない。それは、珱華から終わったと云う言葉がないからだ。
砂嵐のような雑音が耳を掠めて顔を思わず顰める。
「これは......此処ではない、ですが瘴気が彼方から来ている」
此処は、狭間だから仕方ないとは云え雑鬼達さえ入れないような現世へと通じる出入り口に成りえる隙間から僅かに来る瘴気は、残像のように蠢いてる。
まるで、春零が居る所から。否、春零が居る結界の中に居る悪鬼から来た瘴気のようでそれが徐々に濃くなっていた。
(まずい、これは。)と蒼真は徐々に濃くなっていくことに危機感を憶え全身の毛が瘴気の濃度に影響するかのようにざわざわと逆立ち、より牙が長く鋭くなっていく。
ヴーーッと猫が威嚇する時に出す唸り声を上げる。
唸り声を上げたと同時に修復が終わったのかキンッと高い音が背後から聞こえ、蒼真ははっと我に返ったように珱華が居る方を振り向く。
「よ、珱華さん。終わりましたか?」
「はい、無事完了しました!」
瘴気を吹き飛ばすような眩しい笑みを向けられ瘴気に影響されたどす黒くなっていた妖気が体から抜けていったような感覚にくらっとよろめく。
何とか体勢を維持してほっとしたような表情を浮かべ
「そうですか。珱華さん、お身体の方は大丈夫ですか?」
「はい、だいじょ」
「っ....と、大丈夫ではないですね」
「んっ、ちょっとふらついただけなので、大丈夫です。夏目様」
珱華に近寄りながら心配そうに問う蒼真は、珱華の顔色を見て大丈夫ではない。と分かりきっていた。
顔色は少し青ざめていて呼吸は浅く肩で息をしている。その上さっきは気づかなかったが僅かに汗ばんでいて見るからに疲れている。
それでも、問うのは本人はどれ程理解しているのかだった。認めればそれはそれでいい。としかし、まだいけると判断されでもしたらそれはそれで問題だった。だから、分からせる為にも必要な問い。
結果は残念ながら後者の方で全く認めていない。認めていないものの緊張の糸が解けたようにふらっと崩れ落ちそうになったのを素早く察知し駆け寄り人型になって崩れ落ちる前に受け止めた。
少しは理解しましたか?と云うように珱華を見つめ体を支えながら云ったが、がんとして認めない。
それどころか、自分で立ちまだ蒼真や春零のサポートをしようとしている。
これには、何と云うか頂けない。特に蒼真は古い生まれだ。人間のことは女性と仕事の上司でもある春零しか興味はない。
ないが、人間の女性に例えると珱華にもそれが云えた。いや、人間に例えなくても女性は守る対象で珱華も対象だ。
「鬼門を修復するのにどれ程霊力をお使いになれたのか、ご自身の力量を物凄くお分かりになられていないようですね」
普段とは違う冷淡な声が珱華の耳に落ちる。見上げれば、黒い笑みを浮かべてこちらを見ている蒼真と目が合う。
目は笑っていない。寧ろ怒っていると見ただけで分かる様に思わず目を逸らす。
「っで、ですが」
「大丈夫です。集中しますから、二人が鬼門に戻るまで二人の傍で休んで下さい」
蒼真の圧に言葉を一瞬詰まらせるも、サポートは必要。と如何にサポートが必要かを蒼真に反論ではないが、自分が頑張らないといけない理由を云わないと此方の気持ちが収まらない。
自分だけ休んでいる訳にはいかない。と云う気持ちもあってかどうしてもすんなり受け入れることが出来ず、自分の言葉を遮るように口を挟む蒼真を不服そうに見返す。
見返しても、目は笑っていないまま黒い笑みを浮かべてこちらを見てくる蒼真の気持ちが揺らぐことはないと悟る。
「りょ。りょ....いしました」
「はい?」
「で、ですから了解しましたと! 休憩しますからっ」
「......あははっ、ええそれで宜しいです」
悟った珱華は、渋渋と云った感じの小声で言葉を紡いだ。
蒼真に支えられている今の体勢・今の距離で聞こえない筈はない。ましては、蒼真は妖で猫又。
聞こえない筈はないと云うのに聞き返してきたことに思わず声を荒上げる。
荒上げると面を食らったようにぱちくりと瞬きをして暫しキョトンとした顔になった蒼真は、吹き出すように笑って云う。
其処までむきにならなくても。と内心はそう思いながら蒼真は自分の腕の中から抜け出して李貴と桃花の間に座れば二人の手をとる様子を目で追った後に視線を外す。
「さて、と......後で怒られるのも面倒ですので行きますか」
どす黒い妖気はもう自分の体から消えていたが、代わりに妖力がいつもより増している。
その上、いつもより濃い。特に闇。陰の気が色濃く妖力の一部と化した今ならば。
否、この状態だからこそ可能になる。
それは、この残像のように蠢く瘴気が出ている隙間に潜り込めることだった。
瘴気に馴染んだ今だから、潜れる。
しかし、蒼真は春零を助けるのもそうなのだが一番の理由は後で怒られるのが嫌だから。と云うなんとも緊張感もないことで。
そんなことをため息混じりに云う蒼真は、まるで後で怒られるのを想定してしょぼくれている子そのものだ
後書き
サブタイトル思い浮かばない!
此処まで読んでいただきありがとうございます! 本当に感謝します!
更新スッゴく一ヶ月に一、二回のペースになってしまい申し訳ないです。
改めて皆様読んでくださりありがとうございました! 次も暇潰し程度に読んでくれたら嬉しいです!