現役にて、悪鬼を葬る
「チッ。よりにもよって、病院かよ。......面倒だが狭間を移動させるか」
珱華の指示に沿い、彼らが着いた先には東総合病院。紛れもなく"現役"の病院。着いて早々に口を開き、毒々しく吐くのは春零だ。
彼らは、病院の前にある駐車場でどう動くかと云っても春零は蒼真や珱華の意見を聞かずに狭間を移動させる手始めを行っているためか
「そうですねえ.....何せ老若男女の最後の砦ですからね、病院は。このような施設を見る度に不吉な場所にしたいと常々考えて」
同意というよりは最早相槌に近いが病院内の様子を見るかのようにすっと目を細めながらやけに真剣な口調で語り始める蒼真に
「止めろ。人間の肩を持つ気は更々ないが、やんなら悪鬼を葬ってからだ。.....後は煮るなり焼くなり好きにしろ、お前の責任だ」
作業を終えた春零はすかさず釘を刺すが、それはあくまでも仕事が優先で後はどうでも良いと聞くだけで分かる冷淡な口調で言う。
「全く貴方は......つくづく人間に優しくないですね。私がそうしなくても"現役"の病院は廃れたものよりも憑かれやすい......よくも悪くも物の怪や霊の溜まり場です」
現役__それは現在使われている施設という意味ではない。勿論その意味も含まれているが、彼らが云う現役とは人ではない類いの者が棲みやすい場所であり人間が妖、物の怪に会ったとしてもよい関係を築きやすいと云う。
蒼真が言うように、現役と呼ばれる場所は良くも悪くも憑かれやすい。蒼真は春零の回答にため息をついてしまう。然り気無く人間への配慮を求めていたのだが、あまりにも分かりづらい言葉だったためか春零の回答は妖に対しての配慮だった
妖の立場から云えば、まともなんでしょうけれど。と蒼真は内心で苦笑しながらも春零に目を向ける。
「嗚呼、そうだ。現役だからこそ、人間にとって受け付け難いもんも受け付けるからな。"彼奴ら"にとって居心地は良いんだろうよ」
まるで自分の事のように言う春零は口元をつり上げてにやりと笑う。心なしか嬉しそうだ。
春零がそうなってしまう理由は平成に入ってから人間以外の類いは棲む場所、人間との交流が出来ず、また居ても認知されず、ごく一部の霊媒体質や見鬼の才がある者にしか認知されない。
人間にとって、居るのに居ない、認知されずに見えないものとされる......認知されないと殆どの類いが消えることになる。それも元を辿れば人間の怪談や噂、人間の想像から生まれでた類いや闇から生まれでる類いに分かれているが
人間から生まれでた類いは認知されなければ生まれても消えるのみだ。だから、受け入れやすい、よい関係が作りやすい現役と呼ばれる場所は人間以外の類いとって聖域と呼んでもいいほどなくてはならない場所だ。
それ故に現役が見つかった事に対しては春零の機嫌は幾分か良くなっているが、問題は
「......だから、尚更"異形"の巣窟にしたくないんですよね?」
蒼真が言った異形と呼ばれる類いだ。異形は妖よりも質が悪く妖が突然変異したものだと云う説があるが定かではない
ただ......人間、妖、物の怪、付喪神にとって害のなる存在だと云う事と異形を葬る事で異形が別の類いになる事のみ、彼らが分かっている事実だった
「........」
蒼真の言葉と向けられた微笑ましくも生暖かい眼差しに口を固く閉ざし、病院の出入り口と駐車場の間に移動させた狭間を見据えて刀を構える事により、蒼真の眼差しから気を逸らす。
「そうですね.....?」
無言を通す春零を畳み掛けるようにあの生暖かい眼差しを向けながら確認する蒼真に
「知るかよ、んなもん。良いから結界強化さっさとしろ、一匹も逃がすんじゃねえよ」
一蹴りして、蒼真に指示をするかの如く言う春零は端から見れば目上の人に辛辣な言葉、上から目線の言葉をしている生意気で失礼な青年になっているが、何時もこの調子なのだから仕方ない
「はいはい、分かりましたよ。では、私は狭間の中で葬ってきますね......嗚呼、ついでに常世へ続く鬼門を繋げやすくしときますね」
春零の言葉に肩を竦め、諦めたように返事をする蒼真は残念そうな顔を一瞬し、春零が周囲に張った結界に触れて、きんと見えない透明な結界が凍てつくような澄んだ音を出して強化された
強化し終えるとすぐににこやかな笑みで春零の目の前にあるぽっかりと開いている三日月形の真っ黒な空間に足を踏み入れた
蒼真が足を踏み入れた真っ黒な空間が彼らが云う狭間、そのものだ。人間以外の類いが使っている扉であり、常世は所謂、神や十二神将、神者、干支を司る類い.....人間に害がない妖、死人、等が住まう天国に近しい場所に行ける門があったり、自身の家に繋がる道があったりと様々な所に行ける扉が彼らの云う狭間だが
特定の者にしか扉を出せず、仕舞う事も出来ない代物なため、大概の人間以外の類いは不規則に現れる狭間を使っている。ただし、異形と呼ばれし類いは違う、他の類いを贄にし空間をねじ曲げて狭間を生み出し、仇をなす
「嗚呼、任せた。それと......鬼門があるかどうかだけ見てこい」
完全に蒼真が狭間に入る前に付け足すように言う春零はそれぐらい出来るだろと云うような顔で見据える
鬼門。それは妖が住まう街へと通じる最初の扉であり、扉を抜けると鬼の道と言われる街道に出、鬼が住まう家々が並んでいる
鬼は、門の番人でもあり、上級妖云わば妖術を使わずに己の力のみで強さを表せる類い、そのためかよく仕事についているのは番人や地獄と呼ばれる異界で人間の罪人を罰する職に入っているのが多い
「........ええ、分かりましたよ。異変があれば、珱華さんを通して春零に伝えます」
本当に貴方って人は........と言いたげな面持ちで曖昧なそれでいてまた生暖かい眼差しで春零に笑みを投げ掛けて言った後、するりと狭間の中へ姿を消す
「珱華、蒼真のサポートを頼む。狭間の中の方が多い。それに終わった後、違う狭間に出る可能性もあるからな、そうなると面倒になる」
蒼真が消えた狭間を睨むように見据えてから数秒後にりんとシルバーピアスを指で一回弾いてから珱華に声をかける春零は鞘から刀を抜き
刃先に軽く人指し指を当て、血を出してから、刀の刃先、刃、柄にかけて、すらすらと経譜を自身の血で書き上げていく
『畏まりました。それでは夏目様の援護に向かいます、伏見様お気をつけて』
春零に声をかけられた珱華はまるで、無線機から聞こえそうなザーザーと云う音交じりの中で了承するとちりんと風鈴のような音色を出し涼しげな音の余韻を残したまま
春零が方耳に付けていたシルバーピアス、付喪神の珱華は狭間へと蒼真を追い掛けるように消えていくのを見届けて、狭間から距離を置く春零
「ふん......行ったか どの時代に行っても同じ言葉を掛けやがる、俺は在るべき場所に戻しているだけだ」
鬱陶しいと言わんばかりに狭間を睨み付けて言うと書き終わった経譜の文面が怪しく光る刀を構える
――――― ――――― ―――――――
「あれ、珱華さん。人型になって......春零が言ったんですか?」
此方に向かってくる光に気づき、振り返ると同時にキンッと金属と金属がぶつかったような甲高い音がし、蒼真が完全に後ろを振り返った時には女性が立っていた
透き通った赤い瞳に腰の辺りまで長い薄桃色の髪を上に紅色のリボンで二つ縛り、ツインテールにして白い蝶や花の模様が入っている赤紫色の着物を着た女性がシルバーピアスの付喪神の珱華が人に化けた姿だ
この人ならざる者が人間の姿に化けた時の姿を人型と呼び、人型になれる類いは妖力、妖術が長けていると云われているが。それはあくまでも人型を成していない妖、付喪神、物の怪の事を指し人型に近い姿の類いには対象にはならない
鬼、猫又、狼男等と云った妖や、十二支、十二神将等の常世に住んでいる者は人型に近い姿をすでにしているため、それ以外の者を対象になっている
「はい。伏見様は夏目様のサポートに徹しろと。なので、今回は伏見様のサポートを解除し人型になって夏目様を援護しますので宜しくお願い致しますね」
戸惑ったような声色の蒼真に即座に答える珱華は言い終わるとぺこんと頭を下げ再び蒼真を見て微笑む
「え、えぇ。......宜しくお願いしますね、お互い怪我がないように頑張りましょう」
狭間内の明かりと云えばオレンジ色の優しげに光る提灯、さながら灯籠流しのように空中をふよふよと列をなし風が吹かないにも関わらず時より左右にうねっている
提灯以外の物は、人間以外の類いが通ったりする洞窟、鏡、扉がぽつぽつと間隔を空け浮いていたりしているのみがあるだけで他にはないため、近寄らなければお互いの顔がはっきりと見えない暗さだが
他の類いが行き交う影のようなものは遠くても近くても見えると云う奇妙な明るさの中で対話する蒼真は未だに困惑しているのか、瞬きを数回して言い、珱華と同じように頭を下げた
そして、珱華の手をとり世辞を投げ掛けると不意に違和感を憶えた蒼真は辺りを見回す。
違和感。それは何時もならば狭間に入るとすぐに異形が跋扈しているかもしくは妖気が淀んでいるような濁った妖気の事を瘴気と呼び、瘴気を纏う影があるのだが異形の気配も影も見当たらず、狭間内は異形が居ない
平穏な何時もの狭間内の様子で異変も見当たらず、蒼真、珱華以外の類いも避難している様子も慌てている様子もないのが、見て分かる。
本来、異形が出た場合、即座に避難し他の妖は、自分達が来た頃には居ないかもしくは逃げ惑っていて騒ぎになっている筈。それが、ない。
ということは、狭間ではなく春零が居る所へ
「珱華さん、急いで鬼門があるか見なくてはなりません」