不機嫌な主に、黒猫の戯れ
森の奥にひっそりと構える年季の入った神社の名は伏見神社。この神社は黄昏時と寅の刻の間しか人の目に映る事がなく、日がある内はこの神社は消えている。
摩訶不思議な伏見神社に住まう者、それは__
「嗚呼.....あの高い灰色の建物があるせいか探すのに時間掛かっちまうし、挙げ句にサツに追われるしよ」
畳に寝そべりぶつくさと苛立ちげに言い募るのは先程悪鬼を葬った春零。
「当たり前でしょう? この時代に着物と刀....なんて他の人たちにとっては珍しいんでしょう。いい加減時代に合った服を着た方が賢明です」
お茶と和菓子を二人分乗せている膳を持った蒼真は卓袱台にお茶と和菓子を乗せた後、さも眼鏡があるかの如くくいっと上げる仕草をしてから春零の独り言に答えていた。
蒼真が云ったこの時代とは令和。今だが、彼らはこの時代の者ではない。蒼真は何千年前に、春零は何百年前からやって来た。彼らは幾つもの時代、過去や未来、時空を越え移動しては人間に危害を加える異形と呼ばれる悪鬼を葬っている。
その為か現代人同様の知識を少なからず持ち、現代人さながらの口調を修得していた。
「嗚呼?時代に合った服?それを云うならお前だろ。年がら年中黒いスーツ....別の時代に移動したって、そのスーツ着やがって」
何を戯言をと言わんばかりに上半身を起こし冷めた眼差しで蒼真を見据え、不機嫌な顔と口調で言い、ひょいっと和菓子をつまみ上げて自身の口に放り込み、咀嚼する。
「良いじゃないですか。どうせこのような服を着たのが時流になるのならば何時何処で着たって大差ありませんよ、全然。可笑しいのは人目を気にする輩です」
にこやかに言う蒼真は春零とは違い、どちらかと云えば猫目と笑顔が似合わない整った顔立ち、クールな方が似合う青年だ
一方春零は爽やかな笑顔が似合う整った顔立ち、笑えば好青年と云った印象を与える青年だ、蒼真と春零の性格を入れ替えたらまだマシだと思うほど顔と口調が一致しない
「だったら、尚更自分の時代の服装を....いや、良い。黒猫のお前にはぴったりの服装だ、明治時代で春草に絵描かれただけはあるか」
お茶を飲み干して胡座を掻き、不機嫌な顔のまま言い終わるとふんと鼻で笑い立ち上がる春零は布団代わりにしていた羽織を着直し庭に置いていた下駄を履く
「嗚呼、あれは危うく封印されかけましたよ。全く絵に治まる人生なんて御免です。でも、まあ......モデルに選ばれたのは嬉しいですが」
卓袱台の前に正座をした蒼真は春零の最後に言った言葉にあの時の出来事を思い出したのか苦々しい笑みを浮かべつつも言葉を濁らせたまま
「「........」」
二人の間に妙な静寂と空気が流れ始める
その先を言わない蒼真に痺れを切らしたのか、はたまた気にくわなかったのか春零はわざとらしくため息を吐くと
「お前___」
『伏見様、夏目様。東の方で物凄い数の悪鬼が後30分後に現れると予測されてますが....向かわれます、か?』
声を遮るようにして、聞こえてきたのは女性の声。女性の声は春零、蒼真が片方のみにつけている同じ形状のピアスから聞こえている。
そのピアスは同じ者が両耳に付けるより他の者と別けて使う方がしっくりとき片方のみにしか付けられていないアンバランスなくせに違和感がなく馴染んでいるようだった。
「はっ、んなもん行くに決まってんだろ?珱華 それに万が一、他の葬儀社が来たら.....本当に消されちまう」
犬が施された左耳に付いているシルバーピアスを軽く触れて小馬鹿にするように春零は珱華に対しきっぱりと言い放つと後々付け足すように呟く
珱華―と呼ばれたシルバーピアスに宿る付喪神の彼女は、篠知 珱華彼女も妖朱葬に属している仲間だ
付喪神は異形、妖、物の怪とは違う類いだ
長い間、持ち主に大事に使われた物、長い間人々を見守ってきた。それらに神や魂が宿り、長い年月を経て人のように話す事が出来る物の類い。99年の月日が経てば付喪神は話すだけではなく人の姿にもという。
また人の思いが形となる付喪神が例としているがそのどちらも人に対して良い感情を持っており、親身になり時に人を守る、優しさ溢れるのが付喪神だ
「それは同感です。消すのと葬るのは違いますからね。珱華さん、またナビゲートお願いします」
春零のとはうって変わり蒼真のシルバーピアスは龍が施されていおり、右耳に付けている
別れている方が正しいように見えるのはこのピアスは迎え干支をモチーフに作られたデザインだからだ
珱華の声が聞き取れるよう春零と同じくピアスにそっと触れ、耳の近くに向けながらも春零の呟きに首肯し珱華に伝える
『ふふっ、勿論です。迷わないで下さいね?妖気が出た後じゃ間に合わないかも知れませんので』
二人の言葉を聞いてから、楽しそうに笑った後、二人に忠告する。その声音に帯びるは心配だ
だが、珱華の心配は今此処に居る春零、蒼真に対してではなく人間に対しての心配だ。付喪神の彼女には彼らは2番目と云える。
「...分かった。そん時は蒼真を置いて先に行く。別に人なんざどうでも良いが、悪鬼を化け物呼ばりされんのは御免だ」
珱華の忠告に気にくわない点があったのか、むすりと口をへの字に曲げ、舌打ちして蒼真を切り捨てる発言をさらりと口にする春零に
「何時も何時も......貴方は置いて行っているじゃないですか。後、私は迷子じゃありません、この時代の子猫ちゃんと戯れ、時にご飯に誘」
はあ。とあからさまに聞こえるため息をし、訂正を求めるように言い募る蒼真は春零にとって。否、仕事仲間としてけして良い理由の筈がなく
「おい。迷子ならまだしも、お前は居なくなったと思えば.....ってんな話している場合じゃねえ 行くぞ、蒼真」
案の定。冗談のように聞こえる事実を遮るようにして春零は今までで最高の不機嫌な顔をする。しかし......蒼真には不幸か幸か。春零の後ろ姿しか見えていない。
仕事がなくば、今にも不機嫌な顔から怒りに歪ませた顔をし、説教をしていただろうが怒るよりも仕事が先と言わんばかりに言い終わると同時に駆け出した。