逢魔が時
"黄昏時"、摩天楼が怪しく揺らめき始める頃。
高層ビルとビルの隙間に通りかかった女性がその隙間に何かを見つける、それを見た瞬間恐怖で声が出ないのか.....それとも愛らしい生き物に巡り会ったのか。人々が行き交う大通り、隙間に魅入られるようにぴたりとその場から女性は動かなかった。
動かない女性を良しとしたのか、その何かはじわりと動き始める
じわりじわり...じわりじわりと女性に近づく何かは茜色に染まる日が差すと徐々に姿が見えてきた
その何かは....紛れもなく人だ、いや、人の原型がある"化け物"と云った方が正しいか
地に這うように動く人の成りをしたものの、瞳は赤黒く白い部分がなく光、生気の感じられず、肉体は蛇のようにぐにゃりと捻れている。
にたりと口元を異様に釣り上げ、じわりじわりと女性との間を狭め、足首を掴み、くわりと口が裂けるほど大きく開けた刹那――
「誰がその女、喰って良いって言ったかよ?」
空から降る声と共にぐさりと肉を断ち切る音が化け物の方から聞こえ、動けなくなっていた女性はまるで金縛りが解けたようにぺたりと座り込んだ。
「お嬢さん、大丈夫ですか? 全く貴方は...女性に掛ける言葉が先でしょう?春零」
まだ暮れていない太陽に照らされると藍色に見える真っ黒な髪に金の瞳を持つ20代前半位の彼は、化け物の頭部を何もないかのように踏みつけ、座り込んだ女性の目の前で屈んで柔らかな口調で女性に手を差し伸べながら後ろに居る落ち着いた茶髪に紫の瞳を持つ10代後半位の青年を咎めるように投げ掛ける。
「知るか。それより、蒼真....悪鬼を踏んでんじゃねえよ」
春零―と呼ばれた青年は咎めるような言葉に興味なさげに言い放ち、優しげな顔立ちにそぐわない苛立ちげな、不機嫌な顔のまま悪鬼と云う化け物の背中に刺さっている刀をずぶりと抜き、ささと退けと言わんばかりに屈んでいる蒼真の背中を思いっきり蹴る。
相応しい言葉は横暴かと云うような言動を当たり前になす春零、名を伏見 春零。女性諸共、倒れた彼は咄嗟に女性を庇うように下敷きになり、抱き止めながらも2度も背中に打撃を受け、僅かにしかめっ面をする蒼真、彼の名は夏目 蒼真
「在るべき場所に帰還し安らかに眠れ 闇に抱かれる静寂を――」
女性と蒼真がこの場に居ないかの如くさっきとはうって変わり優しげな顔で悪鬼に対し子守唄のように綴られる言ノ葉を謳う春零。今の今まで刺されても頭部に人が乗っていても動いていた悪鬼はぴたりと動きを止め、僅かに瞳に光が宿り
そして、穏やかで安らかに目を閉じ足先からさらさらと悪鬼の肉体は砂のように消えていく。
――――彼らは妖を葬るのを生業にしている『妖朱葬』いう名の葬儀屋だ。この世には人間以外の化け物と呼ばれる類いの"異形、妖、物の怪"が存在している。