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よせあつめカルテット  作者: モノクローマー
01 花と鳥、風と月
6/29

ロデイラ家の商人(1)

ナザトを連れて、泉利とヒューイの待つ部屋へ。ノックだけして返事も待たずに部屋へ踏み込めば、二人は同時にこちらを向いた。


何か言いたげな二人の視線をスルーして、ひとまず俺はナザトを部屋の中へ通す。後ろ手に扉を閉める間に、ナザトが二人に声をかけた。


「突然すみません。件の指輪を見せていただきたいんですが」


早速要件を口にしたナザトに、泉利は頷いた。


「あれね。いいよ」


話が早くて助かる。さすがに泉利もヒューイも、ナザトが商家の息子であることは夕食の席で聞いていたはずだから、疑わなかったんだろう。


泉利はポケットから指輪を引っ張り出すと、ナザトへ軽く投げる。ナザトは危なげなく受け取ったものの、指輪を出してきた泉利のことをしばし無言で見つめていた。首を傾げる泉利からしぶしぶ視線を外し、その注意は指輪へと移った。


何をどうやって確認する気なのか気になって、俺はナザトの顔つきや手の動きを注視する。泉利とヒューイも気になるのか、黙ってナザトの動向を見守っている。


特に変わった器具や調べ方をするでもなく、ナザトはためつすがめつして指輪を見ていた。すぐに何か納得したように、ああ、と声を漏らした。


歩み寄ったてくるナザトを見上げて、泉利は意外そうに声を上げる。


「あれ? もういいの?」


「はい」


ナザトは泉利の手の上に、ゆっくりと指輪をのせた。


見せてくださいって自分で言いだした割に、早くないか。もっと詳しく確認したいことがあったんじゃないのか。


俺たちの面食らった様子をよそに、ナザトははっきりと言い切った。


「おそらく、フアルさんのものだと思いますよ」


「えっマジで」


ナザトに太鼓判を押されて、泉利が頓狂な声を上げる。同時に俺はナザトに向き直った。


「特徴とかあるのか?」


ナザトは小さくうなずいた。


「これはティレット社の女性ものの指輪です。ターコイズ自体は普通のものなんですけど、リングに特殊な装飾がされています。ティレット社ブランドのロゴを連ねたものですね。ただ、刻印のナンバーが通常生産されているものと桁が違うところを見ると……ティレットのご令嬢ですし、特注のアクセサリーを広報代わりに身に着けていたんじゃないかと思います。これから夏に向かって肌も露出しますから、新作の宣伝も兼ねてるんでしょう」


実になめらかな説明。付け焼刃の解説なんかじゃないことがよくわかる。商品を見て、それがどこの何ていう物なのか、そういう判断をした理由は何か、説明するのはお手のものなんだろう。さすが、ロデイラ商家の嫡男。


ナザトはしっかりした調子で、結論を口にした。


「フアルさん以外の親族の女性の方のものの可能性もありますけど……彼女の目撃情報があるなら、まず間違いないでしょうね」


「へえー」


「すごいな、そんなことまでわかるのか」


泉利とヒューイが感嘆の声を漏らす。


ナザトはしばし口をつぐんだ後、意を決したような視線を俺に向けた。


「先ほどルードさんが言ってたこと、信じます。フアルさんがここに訪れたかもしれないこと、この館がなにかしらの形で失踪事件に関与してるかもしれないってことを」


俺は軽く目を瞠る。


ナザトの表情を確認するために視線を放ったら、ナザトはついと顔を上げて泉利の方を見やったところだった。


視線を向けられた泉利は真っ直ぐにナザトを見つめ返して訊ねる。


「ルードからどこまで聞いた?」


「みなさんが、フアルさんを探しにここへ来たことはうかがいました。あなたが警備会社の会社員ではなく、探偵であるということも」


泉利は、ナザトの返答に満足げにうなずいた。


「オッケー、大体は知ってるってことだな」


「待て」


水を差すように、ヒューイが呆れた声で制止する。誰を止めようとしたのか判断がつかなくて、その場の全員がヒューイを見やった。


ヒューイは机の傍の椅子を引っ張ってきて、ナザトを促した。


「来てもらったのに、椅子も勧めずに失礼だろう。すまない、ナザト。良ければ腰かけて、楽にしてくれ。備え付けのレモン水で構わないか?」


「あ、ありがとうございます。いただきます」


固くなっていたナザトの細い肩から、力が抜けた。勧められるままに椅子に腰を下ろしたナザトは、多少居心地が悪そうだ。


俺は立ったままでいいか、と考えて、思い直す。俺が部屋の扉の近くに立ってたら、ナザトも怖いだろう。ようやく今、信じるって言ってくれたのに。


俺はナザトと泉利の隣を抜けて、ソファへと腰を下ろした。


ナザトは、ヒューイから受け取ったグラスを、両手で包み込むように持ったままだ。口を付けることもなく、泉利に向かって口を開いた。


「その指輪、僕に預からせてもらえませんか?」


「何で?」


ナザトの申し出に、泉利がこてりと首を傾げた。ナザトは、言わなければならないかと問い返すような、困ったような顔をする。それを見た泉利は、思案するように眉根を寄せた。


「俺は仕事として人を捜してるから、その人なりその人がたどった形跡なり、調べて依頼人に報告する義務がある。できれば証明になる指輪は、俺が持っておきたいんだけど」


存外筋の通っている言い分に、俺は感心して言った。


「おまえも、ちょっとは物考えてるんだな」


「いや、いやいや! 俺はいつもちゃんと考えて行動してますよ!」


泉利の訴えるような声に、思わず視線を明後日の方向へ投げる。大事な証拠品を尻ポケットに突っ込んだままの奴が、およそ「ちゃんと考えてる」とは思えないんだよな。


俺と泉利のやり取りを聞き流すように、ナザトは目を細めて、誰ともなく質問してきた。


「この館の誰が関わってるか、目星はついてるんですか?」


間髪入れず、泉利が事もなげにきっぱりと言い切る。


「怪しいといえば、当主かな」


「ウィラムさんですか!?」


ナザトが不可解と言わんばかりに声を上げる。


俺にしてみれば、この館のどいつもこいつも怪しく見える。ウィラムだけじゃなく、ウィーシャも怪しいし、使用人のルフスだって怪しい。


だけど、目星がついてるとは言えない状況だ。地下室の件を鑑みるに、当主であるウィラムは感知している可能性が高いだろう、ってだけ。


泉利は不機嫌とも取れるようなしかめっ面で、ぼやくように理由を述べる。


「俺、年不相応に落ち着いてる奴苦手なんだよなあ」


「おまえの苦手意識だけか」


ヒューイがため息混じりに、呆れ返った声を出した。


その場の全員からうろんな視線を向けられても、泉利は気にする様子はない。あっけらかんとした調子で続ける。


「ウィーシャちゃんはかわいかったよ。あれはシロだね」


「まあ、そういう事件には関わってなさそうに見えますよね」


ナザトの相槌を聞きながら、俺はひとり眉根を寄せる。


あいつすっげえ嫌な感じするけどな、俺は。ぞっとするような邪気の無さだった。害意や敵意とは、また違った種類の危うさだ。


そうは思うけど、確証もないのに今ここで波風を立てるような意見を言わなくてもいいだろう。俺は軽い溜息を吐くにとどめておいた。


ナザトは難しい顔をしながら、判断に困ったような声を出す。


「何にせよ、一応行方不明者の持ち物です。明日山を下りて警察に行くことをおすすめしますよ。ご家族を連れて証拠品を持って行けば、警察も捜査しやすくなると思いますし」


体裁よりも人命尊重、か。


確かに、この館で何かの事件に巻き込まれて帰ってこれないなら、時間が経つにつれて見つかる確率はぐっと低くなる。もっと悪い想像をするなら、助けられる確率は、だ。


しかし、ナザトの正論を受けても、泉利は首を振った。


「警察沙汰にしたくねーから依頼がうちに来たのにさ。行くわけねーじゃん。俺への依頼だぜ? 依頼人の信頼は極力損ないたくないのよ」


泉利の返答を受けて、ナザトはあからさまに顔をしかめた。


「そんな、人の命がかかってるんですよ……!」


その言葉に、夕食前に目にした惨状が、三度脳裏をよぎる。俺は知らず、それを肯定していた。


「わかってる。だから、おまえにも協力してほしいって声をかけたんだ」


「わかってるなら、指輪を持って警察へ行くべきです」


語気荒く言うナザトを落ち着かせるように、ヒューイが冷静に言う。


「問題は、フアル・ティレットの家族に言うにしろ、警察に行くにしろ、信じてもらえるかってところだが……」


ヒューイの言葉を受けて、ナザトは軽く目を瞠った。


突然押し黙って口をつぐんだナザトを横目に、泉利がぼやくようにこぼす。


「宿泊施設の地下に血まみれの部屋があったなんて、怪談話にしてもうさんくさいよなあ。ぶっちゃけ、指輪持って警察に行ったところで、俺たちが関与疑われて時間食いそうなもんだ」


「それこそ俺は、泉利からそんな話聞いたら、作り話だろって笑うと思う」


山頂の別荘兼宿泊施設。続発する失踪事件。おあつらえ向きすぎて、冗談にすら聞こえる。


俺は一呼吸置いてから、ナザトを見つめる。


「でも、現実だ」


息を呑んだナザトに、畳みかけるように言う。


「警察沙汰にしたくないフアル・ティレットの家族に、信じがたい話で説得するには時間がかかる。いきなり警察に通報するにしても、ちゃんと動いてもらえるかは怪しい。俺たちは死体や被害者を見たわけじゃないからな」


「それは、そうですけど……」


多少納得して頷いたナザトに、俺は駄目押しで付け足す。


「あと、フアル・ティレットはここに密会に来てた可能性がある」


「密会ですか?」


「親が認めてくれないような事情のある恋人か……、下手をすると不倫か。家族が警察沙汰にしたくないって言ってんのは、その辺の理由もあると思う」


ナザトは目をしばたかせて、質問してきた。


「どうしてそんなことがわかるんですか? ルードさん、フアルさんとお知り合いなんですか?」


「一応婚約者候補なんだ。別に恋仲ってわけじゃないけど、あんまり不名誉な言われ方するような事態は、避けてやりたいと思ってる」


ナザトは驚いたように目を瞠る。俺は何か言われる前に、まくし立てるように言った。


「だから、もう少し様子を見たい。せめて、確証を得て、安否確認できるまでは。俺との縁談が嫌で恋人と駆け落ちしたならともかく、不倫相手に会いにきて妙な事件に巻き込まれて大事になってるなら、無事に帰った後が不憫だからな。どんな噂を立てられるかわかったもんじゃないし、家族との間に亀裂が入ってもいけない。慎重に対処してやりたい」


言い切れば、ナザトは何かを言いよどんでたっぷりと沈黙したあと、消えそうな声でつぶやく。


「確かに、あの地下室の話をするだけでは、誰も信じないでしょうしね……」


一度目を伏せたナザトは、顔を上げて宣言した。


「わかりました。どの道、僕は明日も一泊する予定ですし、一人なので不安もあります。みなさんが何泊するかは知りませんが、僕の安全を保障してくださるなら、協力してもいいですよ」


激昂してあのまま怒鳴り散らすかと思ったけど、案外あっさり引き下がったな。


ナザトの反応に多少のひっかかりは覚えたものの、共同戦線を張れることに安堵した。失踪者の遺留品や、他にも何か見つけたら頼れるだろうし、何より、この館で何も知らないままにナザトが妙なことに巻き込まれたら、寝覚めが悪い。


ほっとした俺は、ナザトに向かって手を差し出す。


その俺の手を見たナザトは、一瞬きょとんとした後、不可解そうに眉根を寄せた。


「何ですか 記章ならまだ返しませんよ」


「……そういうつもりじゃなかったんだけど」


今度はこちらが意表を突かれる番だ。いや、握手したかっただけで、と言おうとした瞬間に、ナザトが俺の手を叩き落とすような調子で言い切った。


「精々僕のことを守ってください。――最後まで、見捨てずに」


握手しようとした気が一気に失せた。こいつ、この件が解決したら絶対に泣かす。


俺が手を下ろすのと同時に、ナザトは俺に向き直って、笑顔で手を差し出してきた。


「個人的にも、お家的にも。今後ともお付き合いできたらなって思ってますから」


涼しい顔して何考えてるのかと思ったら。こいつ、俺の家柄も込みで計算して話に乗ってきやがった!


ナザトの笑顔と手を交互に見やる。


ここまでお膳立てして連れてきた挙句、二人の前で改めて握手求められたんじゃ、返さないわけにいかない。こんだけ好意的にしてくれてんのに、協力打診しに行った俺が非協力的って不誠実だもんな!


でもこの、してやられた感が妙に腹立つ……!


「ほら、仲良くしましょって言ってるんだから握手しなよ?」


泉利め。いらんこと言いやがって。


「……こっちからも、頼む」


歯ぎしりしながら、どうにか自分を宥めすかして手を差し出したら、ナザトは俺の手を軽く握って上下に揺らした。


人好きのしそうな、俺からしてみれば含みのある笑顔を浮かべて、ナザトが軽い調子で尋ねてくる。


「ルードさんって、おいくつでしたっけ」


「十八だけど」


「僕、もう少しで十六になるんですよ」


それがどうした、と胸中で毒づいた俺の内面を見透かしたような雰囲気。ナザトはあどけなさの残る顔で、大人びた笑みをこぼした。


「二つって、あんまり変わらないですよね」


いつか絶対に泣かす。


頬が引きつったのが、自分でもわかった。


人の身分証を確認して、俺の家柄込みで協力を請け合う計算高さ。そこまではまだ、俺が気にくわないと思うだけで、駆け引き上手な奴だな、で済んだ話だ。


だけど、不躾にも年齢を引き合いに出して小馬鹿にしてくる態度は、俺に対する挑発と取っていいんだよな? 生意気な年下。俺にケンカ売ったこと、いつか後悔させえてやる。


穏やかそうな笑顔を睨み付けないように、無理やり笑顔を作った俺の耳に、泉利とヒューイのひそめられた声が飛び込んでくる。


「こいつら、向こうの部屋でなにやってきたわけ」


「さあ……」


苦々しい思いを噛み潰しながらナザトの手を離す。ナザトはすぐに踵を返して、ドアノブに手をかけた。


「では、また明日」


肩越しに軽く頭を下げるナザトは小柄で、吹けば飛んでしまいそうだ。二つの差なんて大したことないとうそぶくけど、それなりに鍛えてる俺とは体つきが全然違う。


ふと、漠然とした不安がよぎった。


今晩、ナザトは部屋で一人きりだ。夜中に何かあったとしても、太刀打ちどころか助けを呼ぶこともできないかもしれない。


俺は、勢いよく身をのり出して言った。


「ちょっと待って」


ナザトはドアノブにかけた手をそのままに、動きを止めた。


その小さい背中に向かって、思ったままに訊ねる。


「……おまえ、一人で怖くないか?」


俺の質問を聞いて、泉利はからりと笑った。


「怖くね、って! ナザトだって子供じゃないんだからさあ」


「そういう問題じゃねえよ!」


この館が失踪事件に関係してるかも、って話したとこなんだぞ。普通の神経なら、不安になっているはずだ。連れがいないなら、尚更。


出て行く気配のない小さな後姿を見つめながら、俺は軽く息を吐く。


さっきまでのナザトの言動を思い返す。あんな生意気な奴が、一人で一晩越すの怖いです、なんて言い出せないだろ。


俺はさして考え込むこともなく、すぐに結論を出した。


「泉利、ヒューイ、おまえらここで寝て。ナザト、俺、おまえの部屋に行くから」


ひくりとナザトの肩が跳ねる。そこに、泉利の陽気な声が響いた。


「俺たち二つ部屋とってるし、もう一つ向こうの部屋行っとこうか?」


「あほか!」


泉利の馬鹿な反応に声を荒げたら、心得ているヒューイが泉利の頭をはたいてくれていた。


俺はもう一度、ナザトの様子を慎重に伺いながら問いかける。


「二人なら何かあっても対処できるだろ。今晩、おまえの部屋に行ってもいいか?」


ナザトはわずかに間を置いてから、ぽつりと言った。


「来たければ、来たらいいと思いますけど……」


何とも頼りなげな声だ。


どうにも、さっきまでやり合ってたときと雰囲気が違う。険がなくなったっていうか、角が取れたというか。


ひょっとして、こっちの方が素なのか?


囃し立てるような泉利の声が、後ろから投げかけられる。


「もしかしてナザトも気があったりして?」


「ちょっと黙ってろ」


子供みたいな冷やかしの相手はヒューイに任せて、俺は簡単に身の回りの荷物を手早くまとめた。


扉のところでじっと立ったまま、ちらちらと俺たちを見てくるナザトへ歩み寄って、俺はその肩に手をかける。


「行くぞ」


「はい」


声がどことなく固いのは、気心知れた味方がいない心細さの表れだろうか。


ナザトの肩は、同性とは思えないほどに頼りない。先ほどの腹立たしい態度からは想像もつかないくらい、華奢な体だった。

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