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よせあつめカルテット  作者: モノクローマー
01 花と鳥、風と月
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花鳥館と風月館(5)

部屋の前でナザトと別れ、ひとまず三人そろって俺とヒューイの部屋へ入る。泉利は部屋に入るなり、遠慮なしに手前のベッドへ仰向けに寝転がった。


渋い顔をした俺に、ヒューイが苦笑して言う。


「あれは俺の寝る方にするから」


「なあ、どう思う?」


ぼんやりと天井を見上げたままの泉利から放られた言葉に、俺はすぐさま返した。


「どうもこうもない。地下室のあんな状況見て、『何もない』はもう通じないだろ」


「問題は、館内の誰が関わってるか、だが……。俺たちが地下から出てくるのは、ルフスさんに見られている。危機感は持っていた方がいいだろうな」


補足するように続けたヒューイの言葉を聞いて、俺は腕を組んだ。


俺たちを食堂まで案内してくれたルフスの姿、食事中のウィラムとウィーシャの姿を思い浮かべながら、口を開く。


「ウィラムとウィーシャの話には、嘘はなかった。こっちからそう多く質問したわけじゃないし、隠し事するほどの話題がなかったんだろうと思うけど。ルフスは正直、少しは何か知ってると思うけど、地下室についてはどうだろうな……」


あまり深くまで入りこむなと釘を刺したのは、ひとえに主人のプライベートを慮ってのことか、それとも。


この館内での事情となると、今すぐに断定は難しいな。もう少し、ロアシー兄妹や、働いているスタッフたちの話を聞いてみないことには。


「あ、そうだ」


おもむろに声を上げた泉利が、体を起こしてベッドの端に腰かける。ズボンのポケットから小さな指輪を取り出して、掌に転がした。


泉利は俺とヒューイが見やすいように手を突き出して、言う。


「これ、地下室でルードが見つけたんだけど」


「指輪か? 見たところ、女性もののようだが……」


俺たちでははめられなさそうな小ぶりの指輪を見て、ヒューイも女ものだと判断したようだ。


泉利は眉根を寄せて、唸るように言った。


「俺シルバーとか革は興味あるけど、ジュエリー系のアクセ興味ねえんだよな。これ、高価なもんなの? それとも、露天とかで売ってるようなちゃちいやつ? もしフアル・ティレットのもんなら、お高いもんだと思うけど……」


場に放られた質問に、俺はゆるゆると首を振って答えた。


「俺はアクセサリー自体好きじゃないから、目利きができない。正装に合わせるものも、仕立て屋とか父上の贔屓の宝石商の見立てに任せてる。フアル・ティレットの会社の商品も、特別勉強したわけじゃないし……」


婚約成立してれば、相手方の会社のことくらい勉強もするつもりだったけどさ。


俺自身は、靴や時計はそれなりにこだわりがあるけど、あまり装飾品をごてごてと付けるのが好きじゃないんだよな。


母上には母上の好みがあるし、宝飾品を贈るような恋人がいるわけでもないから、女用のジュエリーなんてろくに眺めたこともない。


考えて、俺は泉利に話を振る。


「っていうか、おまえこそ彼女にプレゼントとかしねーの?」


泉利は思い出すようなそぶりもなく、間髪入れずに返事をした。


「うちの彼女、ブランドものに興味ねーもん。実用的なのが好きなんだって。アクセなんか、基本的に生活の邪魔になる嗜好品だから要らないって言うんだよなあ。あ、でも露店でお揃いのちゃちい指輪買ったりするのは、喜んでくれんの」


「何それ、かわいいじゃん」


元々おしゃべりでうるさい泉利だが、彼女の話になると更に話が長い。学生時代から付き合って、今なお愛情が冷めないというんだから、羨ましい限りだ。


泉利の手の中で鈍く光るそれをじっと見つめていたヒューイが、思い出したようにつぶやいた。


「ジュエリー会社『ティレット』は、この春からターコイズを使った新作シリーズを売り出す予定のはずだ。その意匠かどうかまでは自信が無いが……」


俺と泉利は思わず顔を上げて、指輪に視線を落したままのヒューイをまじまじと見つめる。


恐らく同じことに思い至った俺と泉利は、驚きを隠せないまま矢継ぎ早にヒューイに詰問した。


「おまえ、何でそんなことに詳しいの?」


「医者ってジュエリー会社の新作に詳しいもんか?」


「えっ、ちょっと待て、おまえまさか……」


詰め寄られたヒューイは視線を泳がせながら、観念したようにこぼす。


「……彼女に、プロポーズした」


「何で言わねえんだよ!! いつ?!」


「あああ!! ヒューイに先越されたー!!」


友人に近況報告をしてもらえなかったことにショックを受ける俺とは対照的に、泉利は聞きたくなかったとばかりに膝から崩れ落ちている。俺からすると結婚なんてまだ未来の話だけど、ヒューイと同年代である泉利には直撃する話なんだろう。


俺は唇をわななかせながら、責めるように声を荒げる。


「そういう話こそ、俺たちにしてくれてもいいじゃねえか! 水臭い! プロポーズしようと思ってる、って話すら聞いてなかったんだけど!」


床に伏した泉利は意味を為さない呻き声を上げている。指輪を取り落とさないように掲げられた片手だけがシュールだ。


騒ぐ俺たちを宥めるように、ヒューイは顔をしかめて言った。


「いや、だけど、断られたんだ。上手くいったら、式の日取りとかも一緒に言おうと思ってたから、その、言うタイミングを逃して……」


「断られた?! カテキョしてくれてたおまえに、彼女から告白してきたんじゃなかったか?! 振られたわけ?」


俺が眉間にしわを寄せながら訊くと、ヒューイは微妙そうな調子で返してくる。


「いや、彼女、妙なところ現実的だからな。社会勉強として、就職して働いておきたいらしい。3年後くらいにもう一度プロポーズして欲しいって言われたんだ」


「それ、おまえ、キープされてるだけなんじゃねえの……。大丈夫かよ……」


「……とりあえず、その話はまた改めて。今、俺たちが何しに来てるか、忘れるなよ」


ヒューイが泉利の持っている指輪を指し示す。


そうだった。失踪者の手がかりを探して、家探し中だった。遠足気分ではしゃいでる場合ではない。


どうにか立ち直ったらしい泉利が、よろよろと体を起こしながら生ぬるい笑みを浮かべる。


「帰ったらヒューイの失恋パーティしよう、そうしよう」


「残念ながらまだ振られてはない。悔しかったらおまえも、そろそろ考えろ」


「『現実的に考えて、泉利。いつか子供ができたら、私と子供を養えるだけの能力があるの?』って言われた話はやめてやれよ。泉利がかわいそうだろ」


「そのためにも俺は! フアル・ティレットの足取りを解明して! 収入と評判とコネを増やしたいんですよ!」


探偵業なんてうさんくさい仕事辞めて、地味でもコツコツ稼げる仕事すりゃいいのに、という話は何度もしているので、割愛する。


いい加減、あまり騒いでいては、館の住人に見つからないとも限らない。


俺は指輪に視線をやって、小さくつぶやく。


「ともかく、フアル・ティレットがここへ来ていた可能性は高くなったってことだ。……意識があったかどうかは、別として」


俺の不穏な推測を受けて、ヒューイが注意する。


「待て。『ティレット』の新商品では、とは言ったが、フアル・ティレットの持ち物かどうかは俺にはわからないぞ。別の誰か、発売前のジュエリーを購入できるような上得意客の持ち物かもしれん」


「しっかし、こんな辺鄙な場所に、そんな金持ちの客が来る?」


泉利の懐疑的な言葉を聴きながら、俺は少し考える。


失踪者の遺留品と思われる、新作ジュエリー。特徴的な意匠とターコイズの埋め込み。販売経路はともかく、この指輪のきちんとした判別をする方法――。


俺は若干顔をしかめて、後頭部をがりがりとかいた。


「……その指輪がどういうもんか、見てくれるかもしれない、当てがある」


見せれば、どういうものかはきっちりしっかり判断してくれるはずだ。問題は、そもそも見てくれるか、ってことなんだけど。








意を決して、その扉を叩く。運よく返事が無ければ、回れ右して帰ろうかと思ってしまうほどには、心苦しい。無理やり付き合わせて、怖い目に合わせて、挙句更に協力を要請しようって、図々しいにも程がある。


ほどなくして扉が開き、出てきたナザトは軽く目を瞠った。まだ風呂に入ったり、眠っていたりはしていなかったらしい。ループタイを緩めてもいない。


俺は呼吸を整えてから、口を開く。


「頼みたいことがあるんだけど」


ナザトは軽く体を引いて、扉を開けてくれた。促されるまま室内に入ると、ナザトは素早く扉を閉めた。


改めて俺に向き直ったナザトは、扉を背にして俺に鋭い視線を向ける。


「ご存じだったんですか」


皮膚を刺すような険のある声が投げつけられて、俺は思わず一歩下がった。


「何の話だ?」


「あの地下室のことです。知ってて、僕を連れていったんですか?」


「それは誤解だ。まさかあんな部屋があるなんて……」


「でも、この館には何かある、とは思ってたんですよね? そうじゃなきゃ、わざわざあんなところへ入りこまないでしょう?」


痛いところを突かれて、思わずぐっと言葉に詰まる。俺は慎重に言葉を選びながら、恐る恐る返した。


「確かに俺たちは、何かあるだろうと思って、入りこんだよ。でも、あそこまで酷い状態の部屋があるなんて、想像もしてなかった。これは本当だ」


何かあるはずと疑って探していたのは、フアル・ティレットの手がかりだ。決して、拷問を連想させるような怪しげな部屋を探していたわけじゃない。


俺の言葉を信じたのか信じていないのか、ナザトは険しい表情で質問を投げつけてきた。


「――僕がロデイラ商会の人間だってわかってて、狙ってるんですか?」


どういう意味だ? 意図がわからず、顔をしかめる。


大体、俺がナザトをロデイラ商会の人間だと知ったのは、夕食のときだ。事前に商人だと調べて、わざわざ接触したわけじゃない。


はっきりしない俺の態度に焦れたように、ナザトは苛立ちの滲む声で言い捨てた。


「当家の評判を落とすために何か仕掛けようとしているなら、無駄ですよ。僕は商会の中でも、末端なので……、上役から切り捨てられて終わりでしょう」


嫡男なのに?


ナザトの発言にひっかかるが、疑いをかけられていることはわかった。


俺たちがナザトを連れてわざわざ地下室まで行ったのは、ナザトを嵌めるためだと思われてるのか。ロデイラ商会の人間が、宿泊施設兼貴族の別荘で、不審な行動をしていたと吹聴するとでも。人様の家の中をうろつく商人、だなんて、良いイメージではないことは確かだ。


俺ははっきりと首を振って否定した。


「俺がおまえをロデイラ商会の嫡男だって知ったのは、夕食のときの自己紹介でだよ。それは本当だ。別に、商会やロデイラ家を貶めるようなことは、何も……」


すうっと目を細めたナザトは、少々顔をしかめて俺に訊ねた。


「へえ、じゃあ何が目的なんですか? この館で起こっていることを知った上で、僕を連れ回して。まさか、ラウンジで流れていた失踪事件は……」


言いかけたナザトは、はっとしたように口をつむぐ。


ここまで不信感を抱かれていれば、何をどう思われたのかは想像がつく。俺は慌てて口を開いた。


「いや、俺たちは失踪事件には関与してない! ここへ来たのは初めてだし……」


「動かないで!」


ナザトから鋭い声が飛んできて、前のめりになっていた体が凍りつく。ナザトは固い声で、俺に言った。


「それ以上こちらに近づかないでください。動いたら叫びます」


「一方的すぎるだろ!」


口をつぐんで動きを止めた俺を値踏みするように見つめながら、ナザトは自分の体を引いた。


「そもそも、本当にあなた、ヴィクタール家の嫡男なんですか?」


「はあ?」


「剥製を見にきたっていうのは、嘘ですよね?」


「ぐ……」


何で見抜かれてるんだ? 奥歯を噛み締めていると、ナザトはやはり、と言いたげなしたり顔で続ける。


「サウスオーシャンの有力貴族であるヴィクタール家のご子息が、何かあるとわかっている館に、何の目的で来てるんですか? 剥製目当てだなんて嘘をついたのと同じように、名前を騙っているだけでは?」


「ち、違う! 俺の名前はルード・ヴィクタール! 正真正銘、サウスオーシャンのヴィクタール家の嫡男だ!」


「ふうん……」


これっぽっちも信じていなさそうなナザトの金色の目が、俺の挙動を改める。


俺は尻ポケットから財布を出して、中から目当てのカードを取り出した。


「ほら、免許証だよ! 俺の名前が書いてある。父上名義の家族カードも、ヴィクタール家のものだし」


俺は一歩も動かず、カードの名前欄がナザトに見えるように掲げた。


クレジットカードまで見せたっていうのに、ナザトは懐疑的な視線を引っ込めない。俺は苦々しい気持ちを口内で噛み潰しながら、首の後ろに手を回した。


「じゃあ、これも! 滅多なことでは人に見せるなって父上に言われてるけど、家紋記章だ。この家紋が彫ってあるのは、ヴィクタール家の人間しか持てない」


普段はチェーンを通して服の下に隠している記章を引っ張り出す。


泉利辺りに見せたところで、意味がわからないと突き返されそうな代物だけど、今俺の身分を疑っているのはズー砂漠地方一帯を取り仕切っているロデイラ商家の息子だ。この記章が家名を証明するものだって、わかってくれるはず。


ナザトはしばらく沈黙した後、俺に指示した。


「このテーブルの上に、免許証とカードと記章を置いて、窓まで下がってください」


完全に警戒されている。


俺は言われた通り、渋々卓上に身分証明を並べていく。運転免許証、クレジットカード、首から外した家紋記章。


俺を俺だと証明するものを手放すのはどうにも心細いけれど、信用を得るためには仕方のないことだ。


ナザトの視線を受けながら、俺は両手を軽く挙げて窓の方へ寄っていく。ヒリつく空気の中、俺が窓辺に行ったことを確認したナザトは、猫のようにするりとテーブルに歩み寄った。


何度も俺に向けられる、突き刺すような視線。居心地の悪さを感じながら押し黙っていると、ナザトはポケットから手袋を取り出した。細い指にそれをはめて、卓上の品の検分を始める。


カードの番号、名義の確認。印刷された顔写真をなぞるように見つめてから、俺の顔をまじまじと観察する。


ややためらいがちに伸ばされた白い指が、丁寧に記章を持ち上げた。


親族会議や家の問題に関する集まりでは、胸元につける胸章だ。少し固めのピン留めがはめられた記章は、上部のリングにチェーンを通して、普段は服の下に隠してある。


盤面に刻まれているのは、ヴィクタール家の家紋。ナザトは紋章師ではないから、正確な鑑定ができるかどうかはわからないけど、少なくとも、「一般的に貴族家で使われる家紋記章であるかどうか」くらいは判別ができるはずだ。


俺は不安感に耐え切れず、口を開く。


「ロデイラ商会の商人なんだろ? 紋章に組み込まれたモチーフの由緒や、彫りの精巧さ、使われている素材の値打ちくらいは、おまえにだってわかるはずだよな?」


「黙っててください」


ナザトはぴしゃりと言って、俺を黙らせる。じりじりとした焦燥感が身を焦がした。どうにも手持無沙汰な俺は、視線をさまよわせて、手慰みのように腕を組んだ。


ためつすがめつして記章を確認したナザトは、ゆるりとその目を俺に向けた。


「確かに、本物みたいですね」


かけられた言葉に、ほっとする。これで身分詐称でないことは伝わったはずだ。


「ああ、だから……」


「あなたがこれを、ヴィクタール家のご子息から奪った可能性は残ってますけど」


「は!?」


付け足された一言に、目を見開く。


「奪った、って言ったか? おまえ、それ……」


「これらが本物だとして、あなたのものであるかどうかは、また話が別なんですよ? ここへ遊びに来たヴィクタール家のご子息から、あなたがこれを奪ったかもしれませんし」


「だから、そのご子息は俺だって言ってるだろ!」


相変わらず人を食ったような、うろんげな顔を向けてくるナザトに、俺は顔を引きつらせた。


「こっちは家紋記章まで出したってのに、今度は俺が本当の持ち主であるかどうかを疑うってわけか!」


「当たり前じゃないですか! 怪しすぎるんですよ!」


怪しすぎるって何だよ? よくもそんな疑念がぽんぽん出てくるよな。


「それが俺の持ち物かどうかだなんて、証明のしようがない!」


やけっぱちのように声を荒げると、ナザトはじっと何かを見定めるように俺を見据えた。


「両手を挙げて」


「はあ?」


「両手を挙げて、動かないでください」


「……お次はボディチェックかよ」


悪態をつきながらも、言われたとおりにする。この疑り深い少年から、多少なりと信頼を得ておかないことには、話が進まない。最低限、身分や肩書きくらいは信用してもらわないと。


ハンズアップした俺に、ナザトが恐る恐る近づいてくる。手を振り下ろして脅かしてやろうかと思ったけど、それをやると話がこじれそうなので、やめた。


ナザトは俺の傍に来ると、警戒心たっぷりの瞳で俺を見上げた。


「動いたら、叫びますからね」


「はいはい」


諦観にも似た心地で、雑に返答する。


すぐ近くまで来たナザトをよく見る。俺よりも10センチ以上は背が低い。頼りなさげに見える細い肩。同じ年頃の女の子の方が、まだ肉付きがいいだろう。


泉利もヒューイも俺より体つきがいいし、俺の背丈はまだ父上も越えられない。年下の知り合いは少ないから余計に、同じ男でもこんなに体格が違うもんか、と少し拍子抜けした。


動物園のふれあいコーナーにいる小動物みたいだ。あまり強い力で触ったら、怪我をさせそう。そりゃあ、俺に対して警戒もするか。


毒気を抜かれていたら、突然ナザトの手が顔に伸びてくる。


驚いて半歩下がると、ナザトが握ったハンカチをぐいぐい頬に押しつけてくる。がしがしと遠慮なく擦られて、思わず抗議した。


「いっ、いきなり何だよ!」


ナザトは俺の声も意に介さず、しばらく俺の頬を擦った後、手を引っ込めてハンカチを観察した。


俺が目をしばたかせていたら、ナザトが淡々と述べる。


「サウスオーシャンの方は、白銀の髪に褐色の肌をされています。ヴィクタール家の方々も、勿論その特徴を有してらっしゃる」


「……塗ってねえよ!」


「みたいですね」


何を疑われているのかわかってひきつった声で言えば、ナザトは納得したようにハンカチをしまった。


「いいでしょう、一応は信じます。あなたがサウスオーシャンの方であるということは」


「サウスオーシャンの方じゃなくて、ルード・ヴィクタールであることを信じろよ」


苦言を呈するも、ナザトはそれを黙殺した。


「それで、ヴィクタール家のご子息が、何のご用事で僕のところへ?」


言ってくれるってことは、内心では俺の自己紹介を信用してくれたってことだろうか。それとも、嫌味のひとつか。


俺は気を取り直して、話を切り出した。


「失踪事件について」


ぴくりと反応したナザトを見据えて、俺は続ける。


「失踪事件の被害者だと思われる、女を探してる。俺たちはそいつの足跡を追って、この館まで来た。おまえに協力を仰ぎたい」


あの地下室の状態、ラウンジで流れていたニュース。


俺と同じものが脳裏をかすめたであろうナザトは、強張った声で俺に続きを促した。


「……詳しく聴かせてください」








「俺の連れの泉利・レクティアは私立探偵だ。ティレット家の縁者から、フアル・ティレットの捜索を頼まれた。警察沙汰にしたくないから、探偵を頼ってきたらしい。ティレット家については、知ってるだろ?」


「ええ、大手ジュエリー会社『ティレット』の創業者一族で、現在の経営陣ですね」


さすが、商家の息子。話が早い。


俺は軽く頷いて、その事情に関して説明した。


「友人の家へ行くと言って自宅を出た後、本人から自宅や友人への連絡は無し。この山のふもとの町で、花鳥館に向かう姿を目撃されたのが最後。この辺りで連続失踪事件が起こってるってのは、俺たちもここに来てから知った。家出か、何か別の目的があってここへ来た後、帰路で事故にでも巻き込まれたのかと思ってたんだ。この館で足取りがつかめるかと思って来たんだけど――」


地下室の状態を思い出して、無意識に背中が強張る。緊張感を飲み下して、俺は言い切った。


「正直今は、この館自体がヤバいと思ってる」


一通りの話を聞いたナザトは、しばし考え込むように視線を下げた。


ナザトは神妙な面持ちのまま、俺に質問する。


「どうして、僕に声をかけようと?」


その疑問は最もだろう。ナザトはどう見たって、犯人一味と戦えるだけの体格でもなければ、警察や医者のように捜索に役立ちそうな技能者にも見えない。


ようやく、本題に入れる。満を持して、俺はナザトに依頼した。


「さっき地下室で見つけた、失踪者の遺留品と思われるものの鑑定を頼みたい」


「失踪者の遺留品?」


「ああ、指輪だ。多分フアル・ティレットのものじゃないかと思う」


ヒューイの話を思い出しながら言えば、ナザトは片眉を上げてぴかりと目を光らせた。


強い意志の光を見た俺は、ここぞとばかりに言い募る。


「鑑定料が必要なら、きちんと払う。おまえの商人としての腕を見込んでの協力要請だ。他にも何か失踪者の手がかりが見つかるかもしれないし、おまえに確認してほしいものを見つけるかもしれないから。――代わりに、俺たちがおまえの安全を保障する」


「安全、ですか」


その響きを確かめるように口の中で転がしたナザトに、俺はゆったりと頷いてみせた。


「おまえだって、この館は怪しいと思ってるはずだ。俺のことを疑ったのは、そういうことだろ? だから、おまえに鑑定やものの確認を頼む代わりに、俺たちでおまえを守る。泉利と俺は、腕には多少の覚えがある。ヒューイは医者だから、万一怪我をしても、力になれるはずだ」


ナザトは考え込むようにしばらく黙り込んだ。卓上の証拠品に素早く視線を走らせ、再度俺を見た後、はっきりと頷いてみせた。


「わかりました。協力しましょう」


ほっとしたのも束の間、ナザトは続ける。


「ただし――」


目の前でひょいと家紋記章を取り上げられた。え、と思う間もなく、ナザトは恭しくそれをハンカチに包む。


「協力体制が終わるまで、預からせてもらいますね」


「なっ……!」


突然のことに、言葉を失う。


人のもの勝手に取るなよ。しかも、俺の大切な身分証を!


「返せよ、それ……!」


驚きと怒りが臨界点を突破して、ぐつぐつに煮立った感情が溢れそうだった。


今にも噛みつきそうな俺の空気を察したのか、ナザトはやや不満げに言った。


「僕だって、途中であなたたちに見捨てられるのは困りますから」


拗ねたような表情に見えたのは、俺だけだろうか。


「無事に返してほしかったら、僕の事を死ぬ気で守ってください」


何だか毒気を抜かれてしまって、思わず押し黙る。言い分はわかる。


俺はやれやれと溜息を吐いて、静かに告げた。


「わかった。おまえに預けるよ。でもそれ、失くしたり壊したりするなよ。絶対最後には返せよ。いいな?」


念を押すと、ナザトは神妙な顔をしてつぶやいた。


「……そんな反応するってことは、やっぱりあなたは本物のルード・ヴィクタールさんなんでしょうね」


だから、さっきからそう言ってるだろ。

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