part.5
「脳波を観察するにあたり、その内容を映像化して見ることまでもが可能になったのだ。これは画期的なことだ。なんといったって、夢を覗くことに成功したのだから!」
私は心がすうっと離れていくのを感じた。スイッチが切り替わった、とも表現できる。流石についていけない。
ある研修先の病院で、認知症の患者を担当した時のことが頭に浮かぶ。プロフェッショナルとしての理性が、半ば強制的に、フェッセンデン博士の話を患者の妄想として聞くよう、私に選択させたのだ。
「被験者の一人の、ある晩の夢はスポーツ選手だった……」
そんな私の心の裡にも気付かず、博士は実験の内容を話し始めた。私はさっきまでのように、黙って耳を傾ける。別に私は彼を狂人と捉えた訳ではなかった。優しく知恵深い彼は、ここに確かに居るのだから。
「我々が覗く夢の中では、時間の流れが何万倍にもなる。おおまかにしか追えないが、彼はサッカーの名プレイヤーとして成功したようだった。引退後も指導者として数々のチームにトロフィーを掲げさせた」
「ある時は、痛ましい夜となった。夢の中の若者が交通事故で命を散らしたのだ。その直後、被験者も目覚めた。青い顔で全身ぐっしょりと汗をかいていたが、悪夢の内容は覚えていなかった」
「私は、あるおぞましい考えに取り憑かれた……。被験者が眠っている途中、起こさない程度の刺激を加えていったのだ。徐々に覚醒に向かうような。
夢の中の男性は、中年と呼ばれる頃になるまで何の問題も無い健康体そのものだったが、唐突に癌を告知されたらしかった。入院し、痩せこけ、やがて被験者が目覚めるに至って息を引き取った」
妄想だとしても、あまり趣味が良いとは言えない話だった。私はたまらず口を開いた。認知機能の落ちた患者に、こんな質問を重ねても良いことはないというのに。
「じゃあ博士は、どうしてそれらの事実を公表しないの?」
「私が恐ろしくなったのはそこだよ、マーサ」
急におびえた目をして、老人は私にすがりついた。いや、彼の目が捉えているのは、もはや未熟な女医ではないのだろう。
「『胡蝶の夢』は、現実か夢か分からなくなるという話だった。だったら、同じ事が我々にも言えるのではないか? まさにその通りなのではないか?
私たちが一晩で誰かの一生を夢に見るのだとすれば……私たちの一生もまた、誰かの一晩の夢に過ぎないのではないか?」
瞬間、ぞっとした。途方も無い考えなのは先ほどまでと変わらない。だけど私は感じてしまった。急に自分がちっぽけな存在になったかのような感覚を。フェッセンデン博士が感じた恐ろしさの一端を、私も理解していた。
私は先日読んだ短編のことを思い出した。恐らく博士は『フェッセンデンの宇宙』を思い浮かべているのだ。博士と同じ名前のキャラクターが登場するそのSFの筋書きとよく似ている。あれを読んだ時の恐ろしさが、胸に甦った。
「我々はそんな『上位存在』が見る夢に過ぎない……こんなことを、いったいどうして」
「博士。もうけっこうよ」
思いがけず強い口調で、私は博士を拒絶した。冷たい態度をとってしまったことに、自分でも驚いた。博士は気まずそうな表情で、ごめんよ、ごめんよと繰り返した。それもまた、私に対する言葉ではないのかもしれない。
「私の元からいなくならないでくれ……」
明け方、博士は息を引き取った。




