part.1
ページを開いてくださり、ありがとうございます。
まず初めに、本作は『フェッセンデンの宇宙』(エドモンド・ハミルトン)のオマージュであると同時に、その内容に触れております。原典の魅力を損なわないよう最大限の配慮をさせていただいたつもりですが、未読の方はご注意ください。
それでは、物語の世界をお楽しみください――。
今日も遅くまで働いて、私の身体は一刻も早く休息を欲しているというのに、少しだって眠れる気がしなかった。
都会での病院勤務は、三十路にさしかかった女医の心身を、確実に蝕みつつある。おまけに今日は生理も重なり最悪だ。ひどい頭痛がする。痛みは思考を鈍らせるはずだが、意識は私をしっかりと現実に押さえつけて、夢の世界へと旅立たせてはくれない。
ネット通販で実物を見ずに買ったソファは粗悪品で、今も寝転んでいると腰がシクシクと痛くなってくる。それでも買い替える気力すら湧かない、心が摩耗していくのを感じる毎日。
こちらに戻ってきてから、同僚には辛気くさくなったと言われるようになった。実際、ちょっとしたミスで落ち込んでしまう自分がいるのは自覚している。眠れないせいで目の下に深く刻まれたクマも、そんな印象を与えるのに一役買っているようだ。
今となっては、数ヶ月前までの生活が夢のようにも思える。半年間の浜辺の街での研修。穏やかな、素晴らしい日々だった……。
私には過去を懐かしむなんて趣味はないはずだ。なのにこうして時々、魔が差したように、思考に影が降るときがある。その暗い影は、なかなか頭から離れない。
このままではいけない。とにかく、今は明日のために眠らなくてはならない。何の希望もない、真っ黒な明日だとしても。
私はサイドテーブルに転がっている独楽を手に取った。あの街に住んでいた老博士から譲り受けたものだ。淡い碧色の地に、白い線で摩訶不思議な模様が描かれている。
彼は睡眠の研究をライフワークとしていた。東洋で手に入れたというこの独楽は、回っている様子を眺めると催眠作用を示すという。最初は期待などしていなかったが、その効果は絶大だった。
心棒をつまみ、指のスナップをきかせて勢いよく回す。独楽は木の板の上で、静かに回り始めた。青地と白線が織りなす模様を見るのは心地よく、軸がテーブルを静かに掻く音は耳をくすぐる。次第に眠気の波が押し寄せてきた。
その姿は、私にいつも地球を思い起こさせる。そうして小さな地球を見つめていると、自動的にあの物語も付随して脳裏に去来するのだ。
『フェッセンデンの宇宙』
私にこの独楽をくれた老人と同姓の科学者が登場する、短編SFだ。実験室の中で小宇宙を作り出したマッド・サイエンティストの話。
目を閉じていると、やがて、数ヶ月前の夜の光景が浮かんできた。私の人生観をじわりじわりと浸食していきつつある、途方もない妄想のような説を博士の口から聞いた、あの夜のことが。




