09.事前調査
「おい、聞いたか?軍の連中がダンジョンの制圧に失敗して引き返して来たらしいぞ」
ここはメロウ共和国最北端の町『ダストルティ』、街道の終点であり、新ダンジョン攻略の暁には、重要な物流の拠点になるはずだったこの町の、お祭りモードは、急速に冷めつつあった。
「それであいつ等、大急ぎで帰ってきやがったのか」
「おいおい、大丈夫かよ、それってつまり、管理されていないダンジョンがこの町の近くにあるってことだろ」
それどころか、現実的な距離に危険な存在があることに危機感を覚える者もいた。
「まぁ、近いとはいえ、あの小山を越えた先だからな。そうそう危険があるわけじゃないだろう」
町の建物は、大半が木造で、良くて三階までしかなく、高層建築など望むべくもない。ただ、もしこの町に、見上げれば首が痛くなるほど高い建物があったならば、あるいは雲よりも高く飛べる騎竜兵でもいれば、それを見ることができただろう。その黒鉄の街からやってくるあの集団を。
「ああそれに軍は援軍を要請したらしい、すぐにでも今以上の戦力が首都から送られて来るだろう。それはそれで商売が捗るってもんだ」
人は基本、皆楽観的だ。悪夢の戦場も、惨劇も、それらはすべて物語の中の話だと思っている。
「それもそうだな、心配しすぎだったようだな」
そんな、呑気な市民達の会話、晴天に吸い込まれ消えてゆく筈のそれに聞き耳を立てる物があった。
それは、遥か上空、雲よりも少し低いところ、よく見ると空間が僅かに歪んで見えるのがわかる。
その歪みはゆっくりと町の上空を旋回していたが、暫くするとそのまま高度を上げ雲の中へと消えていった。
「と、言うわけで、あの粗暴者達に荒らされる前に、私たちで敵地の調査を行うことになったわけ、取り合えず言語情報は収取出来たから、後は現地で様子を見ながら行動しましょう」
「了解、で、なんで俺ら金髪になってんだ?」
ここは、高速ホバートラック内、サルベージャーとは違い、外骨格を身に着けていない男女がいた。
「現地では黒髪は確認されていないって言われたでしょ?」
「いや、それは知ってるけどよ、茶色とかで良かったんじゃねぇの?ってこと」
彼らは所謂スパイだ。普段は市民に紛れて不穏分子の摘発をおこなったり、あるいは都市外部で活動するサルベージャーが他都市と通じていないか監視する為の部隊員だ。
「ああ、そういうこと?いやぁ、一度やって見たかったんだよねぇ」
「え?じゃあ俺は?」
その為、見た目は若い男女だが、頭の中以外別物と言われるほど人間とはかけ離れた存在だ。
「兄・妹☆設・定」
また、その戦闘力も下位のサルベージャーを上回るほどだ。
「いやいや、逆に目立つだろ。金髪ロングとツンツンとか」
そうして、都市の安全を裏から支える。それが、彼ら彼女らの仕事だ。
「いいのよ、地味すぎても返って怪しいでしょ、それに勝手に勘違いしてくれればなお良し、ってね」
「ま、そういうことにしておきますか、さ、ここからは徒歩だな」
そう言ってトラックを降りた。男の腰には長剣、女のほうは、一見丸腰だ。
「それじゃ、しっかり守ってね、お・兄・ちゃん☆」
まぁ、実際には、丸腰な筈がないのだが……。
「やめろ、精神に鳥肌が立つ、まだその爪で引掻かれたほうがましだ」
「ほんとにヤルわよ」
彼女の爪はよく伸びる、そして鉄をも切り裂く程恐ろしい。
「ま、冗談はその辺にしといて……」
耳のあたりを抑え、どこに呼びかける。
「鮎那、貝堂、これより作戦行動を開始します」
<了解、両名の帰還をお待ちしております。>