08.後退と前進
メロウ共和国、新迷宮攻略臨時宿営地、その衝撃はこの地にも届いていた。
「先遣隊からの伝令を伝えます。わが軍は全滅、いえ、消滅致しました」
魔法戦士団長はその報告を聞いて、こう言った。
「やはり、あの閃光はそういうことであったか……、して、敵の損害は?」
「はっ!、敵の損害は、騎士型四体と大型ゴーレムが、い、一体であります。その他には迷宮の城壁にも一定の損害を与えたと思われます」
報告に当たった兵は、そのあまりに少ない戦果に、つい、不確かな情報も追加してしまう。
「そうか……、ならば、ここに残った兵達の様子はどうだ?」
兵は改めて啓礼し、答えた。
「多少の動揺はありましたが、全員、戦意は旺盛!いつでも出撃可能であります!」
臨時駐屯地兵力、総数一千二百名の戦意は何ら衰えてはいなかった。
「よろしい。では全員、撤退の準備を始めなさい」
それを聞いた兵が、間の抜けた声で聞き返した。
「はっ!、は?」
「撤退と言ったのです。学生と職員を護衛し、北限の町『ダストルティ』を目指す。準備が出来次第出発せよ、この宿営地は放棄する」
それは、事業開始以来、初めての敗北だった。
「了解致しました。すぐに作戦に取り掛かります」
残念そうにしながらも、退出して行くその兵の背中は少し安堵しているようだった。
だがそれは、共和国の終わりの始まりであった。
塔京南門、破壊されたそこに、多数のサルベージャー達が集まっていた。
空には軍のドローンが飛び交い、周辺地図情報の更新を行っている。そして、サルベージャー達のHUDに表示されるのは、“政府勧告『新外部調査エリアの解放について』“、それはつまり、狂犬達の首輪が外されたと言うこと。
遠巻きに一般市民達も様子を伺っている。彼らも外の世界が気になって仕方がないのだ。
設営ドローンが設置したビーコンが送る一定の信号から、新しい地図にユニット情報が追加される。その中には味方のものではない多数の光点が、南へ向かって進んでいく様子が表示されていた。
「おい、お前はどうするよ」
「ああ、そうだな、俺はとりあえずこの光点を追いかけるよ」
その光点は勿論、撤退して行く共和国軍だ。
「そうか、俺は北へ向かうよ、如何やら海が見つかったらしい。研究者共が海水を高く買い取ってくれるらしいぜ」
「それは良いな。でも、今ならどんな物でも高値が付きそうだぞ、ほら、仲介屋達が現物も無いのにもう取引の話を始めてやがる」
そんな会話や取引の約束が、至る所で行われていた。
また。何時もなら、外骨格を纏った姿を恐れて近寄ろうともしない一般市民も、軽く手を振ってくれたりする。
「なぁ、こう言うのなんて言ったっけ?ほら、皆が浮かれて騒ぎ出すやつ」
「あぁ、あれだ。そう、“お祭り”、お祭りだ」
それは、忘れられた文化、終わりに向かう安寧の中で失われた熱気だ。
「なんか良いな。こういう感じ」
「まぁな。悪くはないかな。ま、俺らはいつも通り、奪い、持ち帰るだけさ」
電気と合成アルコール以外はすべてが貴重な世界では、己そのものが金属資源である彼らにとっては、必ず生きて、成果を持ち帰ることが、その信条だった。
また地図が更新された。光点の向かう先、先行したドローンが発見したそれは、間違いなく、人の住む街だった。