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03.来たれ、来たれ

 魔導が秘匿され、一部の貴族やそれに連なる者達がその恩恵を独占している。その解釈は、多くの部分で正しい。だが、そもそもの理由、魔導が秘匿される要因はそれが武器として利用された時の隠密性にある。

 長剣や弓などの目立つ武器とは違い、例えば歯の裏に隠せる程度の水晶や貴石でも十分な殺傷力を持った遠距離武器となり得る。

 その為、暗殺を恐れる者達にとって、それが広く世に溢れることは重大な脅威となるのだ。それに加え、凶器の特定が困難なことから犯罪に対する敷居の低下も招くことになる。

 事実、共和国では、魔法を使用したと思われる犯罪が増加傾向にあり、その状況を危惧する者達も少なくない。

 ″ヨアン・ハーシュネル″もそんな魔法犯罪の被害者かもしれない。

 統制派と呼ばれる、魔法の使用と公開、及び学習に一定の制限を設けることを主張する三大会派の一つ、″メイリ派″の支持者であり、旧貴族階級であった彼の両親は、事故に見せかけて暗殺された。それは彼の主張ではあり、世間一般的な理解とは異なるが、彼はそう信じている。結局のところ、元貴族であり、統制派でもある彼の両親は他の両陣営からはそれぞれの理由で煙たがられる存在ではあるが、それが理由で、暗殺に繋がる程の重要人物と言うには、少し説得材料が足りないだろう。だが、その事故を間近で目撃したショックと、資産目当て(実際は善意と欲望の半々か)で、自分たちの陣営に取り込もうとしたナムレス派に大きな不信感を抱いたことから、暗殺されたと思い込んでいるのだ。

 そんな彼の心の内も知らずに、『魔法安全使用財団』などと言う。胡乱な組織を立ち上げてその長(自分の相続した財産が元にも係らずその実態は名誉職だ)に彼を据えたナムレス派の能天気さも、まぁ彼ららしいのだろう。

 さて、話は戻り召喚の儀式であるが、内容的には非常に簡単だ。予め完成している術式を起動したならば、後は空間中の魔力を祭壇に誘導し続けてやるだけでよい。

 ようはバケツリレーの要領で燃料(魔力)を投入し続けるだけの作業だ。

 そこに必要なのは才能では無く忍耐力だ。故に大規模な儀式には術式の起動を行う熟練者と、未熟でも体力のある大勢の若者が適している。

 その為、何事も無く一日目が終了した。学生達はまだまだ余裕だ。それどころか、重要な国家の事業に参加しているという意識から、普段より精力的ですらある。

 二日目も正常に終了した。ただ、魔力に引き寄せられた小型の魔獣達が大事な食糧の一部を荒らしたことで、怒った学生達により、必要以上の派手な魔法行使が行われ、振動により儀式の触媒が祭壇から落下しかけるという珍事があった。

 そして三日目、予定された最終日であり、学長の見立てでも問題なく召喚魔法が発動するということで、自らの持ち番が終わった者達は皆お祭り気分だ。

 その浮ついた雰囲気を察して、遠方で儀式の成り行きを見守っていた政府関係者や軍人の一部が様子を覗いに来た。


「やぁ学生諸君、旨く行っているようで何より、これから軍が念のために防衛陣地を築くから、当番が終わった者達は、後方の宿営地に避難を開始しなさい。もちろん、念の為にね」


 かなり高い階級であると見てわかる老将や、政府高官にそう促され、学生達が素直に移動を開始する。将来の就職先に覚えを悪くされるのは避けたいのだ。

 そもそも、召喚されたダンジョンに緊急の危険性があることは少ない。どちらかと言うと、好奇心に駆られた学生がこっそりとダンジョンに侵入してしまわないように、遠ざけておくことが目的だ。

 さて、幸か不幸か、かのヨアン氏を含む最終組が魔力を注ぎ始めて暫く、ようやく必要量の魔力が祭壇に充填され、皆がほっと一安心した時、遂に彼が動き出した。

 一団から抜け出し、祭壇の真下で最後の仕上げを行う寸前のエメルド導師の背後に立った。そのあまりに自然な動作に、誰もがそれを当たり前の事の様に受け止めていた。


「エメルド導師、今までありがとうございました。ですが、此処で父と母の敵を取らせて頂きます。――″フェイブ″」


 その言葉のキーに反応して彼の指輪に仕込まれた魔法が発動する。それは、派手さとは無縁の酷く実践的な魔法、自分の前方に、収束された魔力の短槍を出現させる。


「ッガ!、ウァッ!」


 エメルド導師の腹部からそれが現れ、消えた。


「な、何故……?」

「仕方がないのです。私に他の選択肢などありませんから」


 その時になって、ようやく周りが以上に気付く、学生達は悲鳴を上げ、政府高官達は何事かと騒ぎ立て、そして軍人達が犯人を取り押さえた。

 軍医達も駆け寄ってくる。


「物理的止血と回復魔法をかけ続けろ!『聖杯』の魔力を使っても構わん!」


 『聖杯』とは、魔力が満たされた祭壇だ。それを聴き、瀕死のエメルド導師が医官の腕をつかむ。


「……来た、れ……来たれ……異界の神秘よ……星が其方を拒むなら……我らは星を欺かん……」


 それは、星に魔力的空白地帯、つまり、完全な中立地帯を作ることで、異界の存在が入り込む余地を作る大魔導。『聖杯』に溜まった魔力の一部はこの魔法の使用の為だ。


「エメルド導師!いけません、今魔法を行使すれば、貴方の生命が!」


 それでもエメルド導師が魔導の行使を続ける。


「来たれ……き……たれ……我らの……声に……答えるならば……聖杯の酒を……飲み干し給え」


 召喚に使用する触媒とは、被召喚物と価値観の共有を図るということだ。それがあることで、召喚者の世界と近い次元の世界から対象物を引き寄せることが可能となる。それはつまり、触媒無しの召喚では、所謂″形容し難き存在″を引き寄せる危険が大きいということだ。だが、その数が多すぎれば、異常な存在に興味を持たれて危険でもある。結局は触媒の選択とバランスが大事なのだ。

 『聖杯』が輝き、空と大地が消える。星の無い宇宙がそこにあった。それは共通宇宙、すべての世界の可能性を内包する世界、それが現世と重なり、異世界との橋渡しとなる。

 そして、誰も知る由の無かった事だが、実は召喚に使用する触媒に、第四の異物が混入していた。それは、術者の血、飛び散った血の一滴が、精霊花の白い花弁に赤い斑点の様に付いていた。

 暫くして、足元に大地が戻った。潮の香りが漂い。雲の流れる青空が戻った。そして……祭壇のあった向こう側、荒涼とした大地だったそこに、それはあった。


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