朝マズメ③
「家族と釣りしたこと無いのか?」
「うん……」
だって引きこもってたんだもん。
「わかった、それじゃ良く見てくれ。まず、竿を持っている手の人差し指で糸を摘まみ、ベイルを外す。このとき糸は竿先から20~30cm出しておく」
同じ動作をする。案外難しい。
「竿のしなり、遠心力を利用し、タイミング良く人差し指を外して投げる」
ひゅんとキョウシロウ君の竿から風の切る音が鳴る。次にガチャンとベイルと呼ばれる部分素早く戻す。
「で、着水したらベイルを戻してすぐ巻く。すぐに巻かないと石や水草に根掛かりするから気をつけて」
「わかった……」
「あと、基本は上流から下流に巻くことだね」
まさか釣りをすることになるなんて……しかも案外手順覚えるの難しい……
にしてもドキドキする。だってルアーとかなくしたら怒られそう……まぁでも投げてみるか……もうどうにでもなれ!
竿先から糸を少し垂らし、人差し指で摘まんで、ベイルを外して……投げる!
けっこう飛んだなぁ。
ルアーは川の深みより少し奥へ着水。
「へぇー良いところに飛んだね」
「そ、そう?」キョウシロウ君に褒められた。
「おっと、早く巻かないと根掛かりするぞ」
「そうだった!」
「巻くときのコツは、ルアーの重みを感じることと底にルアーを着かさないこと」
このくらいの速さかな?ルアーの振動が竿先から手元まで伝わってくる。
ちょっと重くなった。魚影が掛かってるのが見えたが、引き上げると水草だった……
「釣りは上手くは行かないよ。とにかく手数を増やすことだ」
「うん……」
あれから10回投げたがアタリは無し。
「場所変えるか……」
「うん……」
釣りって案外地味でつまらない。キョウシロウ君の趣味を理解できなくて少し悲しい……
「ここなら大丈夫だろ」
旧国道の橋の下。川の中央には柱が建ててあり、それにより流れが緩やかになっている。
「柱の根元当たりに目掛けて投げてみて」
投げる。そして5回目……
「……っ!!!」
「来た!バレるから竿寝かせて!」
「あわわわわ!」
初めての感触。竿や糸越しに感じる生命の反応。ていうか案外魚って引き強いんだ……それにしてもスリルがある。
抵抗する魚、水飛沫の中からバシャンバシャンと跳ねる。1回……2回……3回と……
「跳ねた、ニジマスだ!タモですくうか、35くらいあるぞ!」
近くまで寄せて、キョウシロウ君が網でキャッチ。
「初めてにしてはでかいなぁこれ37cmかぁ。ま、釣りは運がものを言うけどな」と動きに無駄なく丁寧に針を外して魚をリリースする。
「ハァードキドキしたー」
「それだよ武内さん。このスリル、俺が釣りに夢中になる理由。いつバレてもおかしくないし、天気、月齢なんかで釣れる日や時間を読む。そして仕掛けやルアー選び、頑張って粘ってようやく魚と出会いが果たせる」
「へぇー……」なんかカッコいい……
「川や海の広さ、そして魚の数だけ釣りは楽しめる!って……ワリィな人の趣味に付き合わせて……」
「そ、そんなこと無いよ!楽しかった」
そうだ!
「あの……緒方君?」
「なんだ?」
「れれれ連絡先教えてください!」
「……うん……」
通信アプリのIDの書いたメモが渡された。
「じゃ自分もう行くから。月曜日学校でねキョウシロウ君!」あっ!下の名前で読んじゃった。
「お、おう……」
恥ずかしさのあまり、自分は顔を合わせずに消え失せる……
× × ×
キョウシロウ君か……女子に初めて呼ばれた……
今晩オカズにしよ……