出会いと一目惚れ
春暖の候……と言いたいところだけど、肌に突き刺さる北海道の春風はそんなものを許さない。10日前まで東京に居た自分は、ここの風景や雰囲気が外国のように見える。
「葉月!ご飯できたー!」と下からおばあちゃんの目覚ましコール。
「わかったー!今いく!」と自分も返事を返す。
布団から出てまず思ったのが、道民は暖房着けすぎ!
築60年古家の階段、歩くたび軋む。
「おはよ、おばあちゃん」
「おはよ、さ、いっぺなり食え」
「うん」
茶の間のちゃぶ台に置かれた朝食はご飯、大根の菜の味噌汁、秋刀魚のかば焼き、ホウレンソウのおひたし。ヘルシー過ぎる!健康なのもいいけど、明日から女子高生の自分に対して、もう少しこってりしたものが欲しい。
「もう1週間で入学式だけど大丈夫か?」
「大丈夫って何が?」
「いろいろさ。勉強もそうだし、友達だって……」
「うっ……どうにかなるでしょ」
東京では成績が悪すぎて通える公立が無いのと、コミュ障?の自分には友達が一人もいない。生涯ニートに成ろうかと考えたが、生真面目な両親はそれを許さなかった。「葉月、見知らぬ地で人生やり直せ」とのことで親元を離れ、おばあちゃん家で高校生活を送ることに……。
「ずずずずず……おっ!今日の出汁昆布だね」
「一日中家にいないで、とりあえず散歩ぐらいすれ。あんたの頭の上にいる猿も退屈だろ?」
「そーかなぁ、こいつ(名前決めてない)トイレの時しか動かないんだよねぇ」
スローロリスという猿で毒を持ってるらしく、お兄ちゃんが「護身用だ」とのことで買ってきた。正直そんなのが頭上にいるのは迷惑。
「ほれ、そんな君にはホウレンソウを食べさせてあげる」と摘んだ箸を上へ。
もっそりと手で掴みねっとり食す。「……げふっごほ……!」ホウレンソウを吐き出し、何故かガッツポーズを決めている。
「あはははは!可愛い、可愛い!」
「あんたいつかバチ当たるよ……」
その後、おばあちゃんに家から叩き出されて散歩。
雪かきなどで生じた雪山がいまだに残る。桜は無縁だね。
にしても感覚が道民に近付いてきたなぁ。だって寝れない夜とか無意識的にヴ○ウギ専務見てるんだもん。
そうこう考えながら河原の歩道を進むと……
「うー寒い。この時期に釣りなんて信じられないわ」気になって釣り人に目を追っている自分がいる。かなり若い男性だ。
竿を何度か繰り返し投げている、岸、深み、流れに合わせたり合わせなかったり試しながら。釣れないかと思ったその瞬間!折れそうなくらいに竿が弧を描き……振動する!
「よしゃ!来た来た来た来た!」男性は竿を斜めに倒し、糸を素早く巻き取る。
「おおぉ!」自分も声を上げる。
夢中で見てたら、あることに気が付いた。頭上にいた猿が居なくなっている。どこ行った?
「良いサイズのニジマスだ。塩焼きにもし……っておおおい!何だこの猿!」
「え!」
猿は釣り糸にぶら下がった魚にしがみついていた!
「すすすみません!これ、自分のペットなんです!」猿を力づくで離し頭に乗せる。生臭い。
「……この猿毒持ちなんだから、しっかり管理しないと……」
「すみません!」と頭を下げる。知ってたんだスローロリスを……
「いや、今後気を付ければいいさ」
「はい……」
顔を上げたその時、彼と目が合い、初めて顔を見て自分は確信した。
何故かこの人に、一目惚れしたんだと……