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異世界用心棒奇譚  作者: 下総 一二三
マクベス家幽霊騒ぎ
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誤魔化す

 夏目修一郎が「三番街ギルド支局」の建物に差し掛かった時、それじゃあいってきますと明るい声がしたので、ひょいと顔をむけるとサクヤが出掛けていくのが見えた。普段とは違って、小綺麗に整っていて、ラウール城の士官服に似て整った服装だった。修一郎が来た方向とは反対側の道に歩いていったため、サクヤは修一郎の存在に気がつかなかったようである。


「よう、親父」


 サクヤが路上から見えなくなると、見送りに出てきた狸のように丸まった男に声を掛けた。親父と呼ばれた男は、「これは先生」などと修一郎を見て嬉しそうに顔をほころばせた。カムカという名前があるのだが、周りから“親父”で通っていた。修一郎とは2、3回ほど顔を合わせているがいつも腰が辛そうな印象ばかりだった。だが、今日は体調が良さそうである。


「今日は仕事探しですか」

「茶飲み話で来るのもおかしな話だからな」

「なに、先生ならいつでも歓迎ですよ」


 カムカは背を押すようにして、修一郎をギルド内に連れていった。

 近所の子どもたちに文字や数を教える異国の冒険者の評判は、紹介した“親父”にも伝わっていて、カムカも修一郎を徳としていた。


「サクヤが出掛けていくところを見掛けたが、いつもと格好が違うな。デートか」

「まさか。学校ですよ」

「学校?」


 修一郎がビックリしてカムカを見ると、何を驚いているのかと不思議そうな顔つきでいる。


「この先にエリシュバール高等学校てありますでしょ。あいつはあそこ通ってんですよ」

「いかんなあ、親父」


 修一郎は苦い顔をした。

 冒険者としての仕事や主家の仇を討つため、妖術士“不知火”を探す日々のため、毎日ギルドに顔を出すわけではないが、行けばサクヤがいて、常に対応していたのだ。

 初めてギルドを訪ねた時、サクヤは自分を事務員と言っていたから気にしていなかったが、学生と聞けば少々話も変わる。


「勉学に勤しむ身でありながら、こんなことに縛りつけておいてよいのか」

「気にしないでください。学校には話を通してますんで。ギルドはきちんとした公職ですしね。あいつは成績良いものですから、先生方が講義にも来てくれるんですよ。女性の先生ですよ」

「……そんな情報いるのか?」

「いえいえ」


 言いながら、カムカはにやにやしている。


「先生が心配してくださるのはありがたいですが、あいつはあいつで上手くやってますんで、大丈夫ですよ」

「ふうん」


 いささか釈然としないものはあったが、サクヤ本人はこれまで不満を漏らしたこともないし、これといった問題が起きていない以上、他人がとやかく言えるものではなかった。まあ、いいかと話を変えた。


「今日は何か仕事が入っておるのか」

生憎(あいにく)、いつものスライム退治は他にまわしちゃったんですよ。あとは幽霊退治なんですけど、どうですかね」

「幽霊退治?」

「昨日来たばかりの依頼でしてね。マクベス男爵という方の屋敷に、夜な夜な幽霊が現れるそうなんですよ」

「それは俺では、ちと手に余りそうだの。除霊関係は神官の仕事ではないのか」

「しかしあちらは、剣士の方、腕の立つ冒険者を望んでいるようですな」

「なぜかな」

「さあ?理由は行けばわかるんじゃないですか」

「ふうむ」


 いい加減だなと、修一郎は顎を撫でながらカムカの話を聞いていた。サクヤならもう少し事情を聞いてくる。依頼主が安く難事件を頼んでくる場合もあるのだ。事務仕事も大雑把なところがあって、手違いで冒険者と揉めたのもサクヤから耳にしている。いつも閑古鳥が鳴いているのは、立地だけが原因ではないようだと、修一郎は最近ようやく気づくようになった。


「しかし、それではあまり受ける気にならんな。他のにしてくれ」

「しかし、報酬は20ゴールドですよ。家来の方と勝負して勝てばさらに報酬が倍だとか」

「家来と勝負?何故だ」

「さあ?」


 カムカの返事は頼りないものだったが、依頼の奇妙さが修一郎の関心を惹いた。報酬も良い。幽霊退治で家来と何故勝負するのか。

 怪しかったら、話が違うと帰ってこればいい。考えているうちに、どんなに強い家来かと腕前を確かめてみたくなってきて、いつしか修一郎は報酬よりも依頼内容に興味がわいていた。


「親父、気が変わった。その依頼受けようではないか」


  ※  ※  ※


 訪れたマクベスという村は陰気臭い空気が漂っていた。しょせんは田舎貴族の領地で、大都市のラウールと比べても仕方ないが、それにしても村全体が沈んで活気がないように感じた。

 修一郎のような余所者が、突然現れたから不審の目を向けているだけではないらしい。


「半年前、ラムネ様が亡くなられてね。それからかな」

「ラムネ様。妻か?」

「いや、ご息女ですよ。まだ17歳だったんですがね。ご病気で……」


 途中、休憩のために寄ったカフェで、店主がため息をつきながら言った。

 カフェといっても小屋みたいな大きさしかなく、2人がけの丸テーブル二卓だけで他に一人入れば一杯となりそうな店だった。粗末さは太和(たいわ)の茶屋とさほど変わらない。

 店主も当初は他の村人と同様、不審な目を修一郎に向けていたが、村で接客業をするだけに根はお喋り好きで、修一郎が出されたコーヒーを褒めると途端に食いついてきて、自分から喋るようになっていた。

 ただ、出されたコーヒーがひどく渋くて不味い。

 エスプレッソとも異なる渋さで、一口ごとに液体が胃を刺激してくるようだった。

 甘いものでも混ぜたい気分だったが、店主にコーヒーのこだわりがあるのか、ミルクや砂糖も出してこなかった。ちびちびとコーヒーに口をつけながら、修一郎は店主の話を聞いていた。


「ところで、この町に剣豪がいると耳にしたが、聞いたことないか」

「剣豪?初耳ですが。そりゃどこから」

「いや、スライム退治でタメラ街道から帰ってきたとこなんだが、道中、旅人からこの町にいるとか、そんな話を耳にしてな。ちと興味がわいた」


 修一郎は話を誤魔化すために、咄嗟に嘘をついた。

 先月とはいえタメラ街道でスライム退治の仕事をしたこともあるし、興味がわいたというのも事実なので、まったくの出鱈目というわけではない。

 それに、タメラ街道はマクベスの町からかなり離れてはいるものの、噂を耳にした奇特な冒険者が寄っても不自然ではないと、修一郎は自分に言い聞かせていた。


「無責任な噂だなあ」


 主人はいささか憤慨したような面持ちでいる。


「そりゃ男爵は領主ですから従者に5人ほど剣を学んだ人はいますが、剣豪と呼べるほど高名な方はいませんよ。それにマクベスの村は、のどかさが自慢でね。……もしかして、アレですかね」

「アレとは?」

「ラムネお嬢様は、武張ったことがお好きでね。颯爽と馬を駈るお姿は凛々しいもんでしたよ。武術は何でも得意でしたが、剣は幼い頃からセンスがあるなんて言われてましたから」

「それかもな。“美しい剣士”とは言っておった」

「たしかに。ラムネお嬢様はお美しい方でしたから」


 店主の言葉に合わせて、修一郎はまた嘘をついた。


「それでは、一手おてあわせなどとは言えんな。供養のために、男爵に挨拶したいが行ってもかまわんかな?」

「私に許可なんか……」

「騒がした詫びだ。見かけぬ者が村をうろついていたら、他の者も不審に思うだろう。その時に事情を知っている者がいてくれたら助かる」


 修一郎は銀貨2枚ほどお代に足して立ち上がった。口止め料でもないので、あまり多いと反対に不審がられてしまう。それに、幽霊騒ぎが外に漏れていないなら、あまり大袈裟にするのは得策ではないように思えた。

 銀貨を置くと、店主はありがとうございますと恐縮したように言った。

 店主に疑った様子もない。夏目修一郎という言葉や人物を信じたようである。


「男爵のお屋敷でしたら、この道まっすぐ行きますと小さな川がありますんで、橋越えたら石垣に囲まれた屋敷が、ひらけた平野にポツンとありますからすぐわかりますよ」

「かたじけない」


 修一郎は礼を述べてカフェを後にした。

 カフェを出てから、わずかに振り返ると、様子を見ていたらしい散髪屋の店主らしき男がカフェのへと向かっていくのが見えた。

 かすかに「今どきエライ冒険者さんだよ」と、店主の声が聞こえた。


 ――誤魔化せたかな。


 随分とまわりくどいことをしてしまったが、彼らはいざ事が起きれば男爵に従う兵士たちである。余所者の修一郎の一挙手一投足に、絶えず目を向けていた。そのまま男爵の屋敷に向かえば、噂はすぐに広まっただろう。

 一方、男爵家は幽霊騒ぎを外に知られたくないようでもある。

 所詮雇われ者かつ迎えにもこない依頼人に、修一郎がそこまで気を使う必要もないのだが、修一郎の性分でつい気を遣ってしまい、回りくどくてもこうした方が後々の騒ぎも少ないだろうと思った。

 店主に言われた道を修一郎が歩いて行くうちに、小さな川のせせらぎが見えてきて、岸の向こうには高い石垣に囲まれた、荘厳な造りの屋敷が見えてきた。陽が傾きはじめ、窓から灯りがこぼれ落ちている。


「さて、行くか……」


 修一郎は息をつくと、緊張をほぐすために体を大きく揺らした。

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