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異世界用心棒奇譚  作者: 下総 一二三
魔法学園ギルボア
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悪夢のような死闘

 3人、いや4人かと修一郎は訂正した。森の木々の間から見える人影は、ただならぬ殺気を修一郎たちに浴びせてきた。キラリと小さく光る物は短刀のようだった。


「クイネ、傍を離れるなよ」


 囁くような修一郎の声を聞きつけたように、4つの影が音もなく殺到してきた。わずかな残光に凶悪な人相をした男たちの顔が浮かんだ。修一郎は咄嗟に一人を峰打ちで倒したが、もうひとつの影を修一郎はためらうことなく斬った。重い手応えがあり、修一郎は短刀を手にした男が倒れたのを視界にいれていた。男たちの攻撃には殺意が籠められ、手練の技に手加減をする余裕などなかった。

 仲間がそれぞれ一撃で倒されたのを見て、他の2人がわずかに怯む気配をみせた。その隙に修一郎はクイネを庇いながら距離をとった。

 正眼に構えながら、2人を窺うと、男たちは左右に分かれてじっくりと足を運んでくる。挟撃する手口といい、短刀の構え方といい、この種の生業に慣れた様子が感じられた。


「離れるなよ」

「うん……!」


 修一郎はゆっくりと足を移動させて、幹の太い木を背にし、クイネを背後に隠した。

 堪えがたいほどの緊張感に包まれながら、修一郎は男たちの動きを注視していた。夕陽が完全に光を失おうとした時、ゆらりと影が揺らいだかと思うと、風のように男たちは襲いかかってきた。

 修一郎は踏み込んで右手の男に刀を振るったが軽々とかわし、入れ替わるようにして左手から男が鋭く突いてきた。修一郎は反転しながら斬ったが切っ先にわずかな感触を残しただけで飛び下がっていった。そしてまたもう一人が向かってくる。

 男たちは巧みな連携をみせて、めまぐるしく攻撃を仕掛けてくる。2人の読みにくい動きに惑わされ、修一郎の刀は何度もかわされ、傷を与えても浅手となり修一郎もその度に浅い傷を負った。


「……ナツメ、怖い」


 クイネの震える声が背後からした。


「大丈夫だ。気だけはしっかりと持て」


 半分は自分を励ますように言うと、修一郎は柄を握る手に力を籠め直した。


 ――魔法を使えないのが救いか。


 修一郎は中級魔法までは使えるが、印を結び詠唱しなければ魔法が使えないレベルで、ここで使えば隙を生むだけとなる。しかし、それは男たちも同じのようだった。ここまで、男たちは魔法を使ってこない。殺意を抱く2人もいるのに使ってこないのは、魔法が使えないからだと修一郎は見当をつけていた。


 ――勝負は一瞬。


 修一郎はまだ無傷でいる右手の男に切っ先を向けた途端、左手の男が猛然と仕掛けてきた。だが、それは修一郎の誘いだった。身を低くしながら構えを脇構えに変化させると、一瞬早く間合いを詰めて、上段から斬り落とした刃は男の顔面をザクロのように叩き割っていた。

 そのまま向き直った時には、右手の男は体当たりでもするように突進してきていた。修一郎は下段から刀を擦り上げて、左腕を斬って宙に飛ばしたのだが、驚くべきことに男はそのまま攻撃をしてきた。


 ――……しまった!


 男の凶刃が修一郎の胸元に迫ろうとした時、修一郎の視界の端から激光が生じた。熱波と衝撃とともに、大人の身体ほどもある大きな火球が男の身体を、遥か数十メートル先まで吹き飛ばしていた。

 何が起きたのかはじめは把握できなかったが、激しい息づかいが修一郎を現実に引き戻した。声をたどって見ると、両手をかざしたクイネが震えながら立ちすくんでいる。


「クイネ、お前の魔法か……」

「お、俺、俺……」

「クイネ……?」

「俺、ひ、人、こ、ここ、殺しちゃった……」


 陽がすっかり沈んでしまっているというのに、クイネの両目に一杯の涙を溜めているのが、修一郎の目にもはっきりとわかった。わななきながら、膝は力を失ってその場にへたりこんでいった。


「しっかりしろ。まだ終わっていない」


 自分でも冷酷だと思ったが、尋常ならざる使い手に油断は出来ない。修一郎は慎重に飛ばされた男の近くに寄っていった。ぶすぶすと焦げた音と肉の焼けた臭いが鼻をついた。呼吸を確かめようと耳に神経を集中させると、わずかに男の喘鳴する息が聞こえてきた。修一郎は男に目を落としたまま怒鳴った。


「安心しろ。男は生きているぞ」

「ホント」

「それより早く教師に連絡せんと。その地図で通話が出来ると言ったな。人を呼んでくれ」

「う、うん」


 不気味な男たちの正体が気になったが、まだ終わっていない。倒された護衛の主というヨーベルはどこに消えたのか。もしかしたら近くにいるのではないかと森に目を凝らしていていると、かすかにすすり泣くような声が風に運ばれてきた。呻くような声で、声の様子から猿ぐつわか何かされているようだった。


「ヨーベルか?」

「んー!んー!」


 茂みを掻き分けると、地面に身体を縛られ猿ぐつわをされている少女が転がされていた。クイネが言うヨーベルという少女らしい。


「待ってろ。今、縄をほどく」


 ヨーベルへと意識を向けたことが、修一郎の油断となってしまっていた。後方から「あっ!」という叫び声がして振り返ると、黒い人影がクイネをあっという間にさらっていくのが見えた。

 峰打ちで倒した男が息を吹き返したらしい。


「待て!」


 修一郎が追い掛けようとしたが、背後から発せられる強烈な殺気に足を止めざるをえなかった。振り向くと同時に、倒されたはずの男が矢のようにはね上がってきた。


「こいつ!」


 修一郎は辛くも刃を弾いたが、重い衝撃か腕に伝わってくる。瀕死の男のものとは思えなかった。まさかと思った次に、こんな時にと奥歯を噛み締めた。焦燥の念が修一郎の中から沸いてくるような感覚があった。


「“不知火”の討手か」


 妖術士不知火が放つ“虫”が修一郎を探知し、瀕死だった男に憑依したに違いなかった。皮膚はボロボロとなり片手を失っているにも関わらず、憑依された男の攻撃は更に勢いを増して、修一郎は押されて防戦となった。腕に二ヶ所、浅く斬られていた。しかし、傷の痛みが修一郎をようやく目の前の敵へと集中させていった。

 男の突きを刀で撒いて跳ね上げると、修一郎は素早く正眼に構えてじっと注視した。確かに速く危険な相手ではある。だが、冷静になってみれば、壊れた身体の動きは直線的だった。

 そろりと足を右に移しながら、八双へと構えを変化させた。刹那、男は躍り上がるように突進してきた。凄まじい勢いがあったが、それよりも速く修一郎が踏み込み、肩から袈裟斬りに存分に斬り裂いた。男は地面に叩きつけられるとそのまま動かず、体から黒い瘴気が立ち上っていった。

 修一郎は肩で息をしながら、治癒魔法で傷を治すとクイネの姿を探した。だが、そこにはクイネの姿はなく、木のそばに一枚の地図が落ちているだけだった。


「くそ……」


 一刻も早くクイネを追いたかったが、ヨーベルを助けるのが先だった。ヨーベルなら教師と連絡をとる魔法を知っているだろう。

 修一郎はヨーベルのところに急いで戻り、縄をほどくと、わっと大声で泣き始めて修一郎にしがみついてきた。


「もう安心だ。だが、俺にはまだやられねばならんことがある」

「……」

「クイネがさらわれた。お前を襲撃した男たちによってだ」

「……」

「敵の人数や、どこか行き先というものは聞いていないか」


 修一郎はヨーベルを立たせて、諭すようにゆっくりとした口調で訊ねると、ヨーベルは少し落ち着きを取り戻し、うつむきながら思い出すそぶりをみせた。


「たしか、8人ほどいました。クイネ君たちが来るのに気がついて、4人ほど残って……“ヤナナ岩だ”という声がしました」

「そうか」


“ヤナナ岩”は目印として地図にも記載されている。

 月に向かって逃げた男の方向とも一致する。


「辛いだろうが、俺はクイネを取り戻しに行かねばならん。ヨーベルには教師と連絡し、状況を説明して応援をもらえ。地図の使い方はわかるな」

「うん……」

「それと、手掛かりはひとつでも多い方がいい。何か気づいたことはあるか」 修一郎が訊ねると声、とヨーベルは絞り出すように言った。再び恐怖を思いだしたらしく、ヨーベルの体がガタガタと震えている。


「あの声……一人、聞いたことがあります」

「声?」

「あの声、シベル君のところにいた護衛の声でした」

「まさか」


 修一郎は愕然としていた。ヨーベルは震える声で、しかしきっぱりと言った。


「リグリアです。間違いありません」

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