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異世界用心棒奇譚  作者: 下総 一二三
魔法学園ギルボア
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異変

 良家の子息な割に横柄な口調にも閉口させられたが、いきなり家来と言い出す依頼人のクイネ・キーファに、修一郎は呆気にとられていた。


「なんだよ、金で依頼人守るんだから、やること変わらないだろ」

「まあ、確かに同じ雇われという身分ではあるが……」

「ほら、その言い方」

「は、いや、すま……申し訳ありません」


 言葉を改め謝りはしたものの、修一郎は今一つ事情が呑み込めないでいた。様子から周りの剣士たちは、各家に仕える家来のようだが、ならクイネは何故、自分の家士を使わないのか。


「おい、クイネ」


 声がし、見るとクイネの級友らしい少年が家来を従えて立っている。若く良家にふさわしい秀麗な剣士だった。


「なんだよ、シベル。また家来自慢か」


 クイネが横目で睨むと、そうだとシベルという少年は傲然と胸を張った。


「異国の剣士を家来にするとは珍しいな。だが、ウチのリグリアには敵わないだろう」

「……リグリア・ハンモニアと申します。どうぞよろしく」

「夏目修一郎と申す。クイネ様の下に仕えてまだ日は浅く、言葉も未熟な若輩者ではありますが、どうぞよろしくお願い申し上げます」


 これだけの文言を、修一郎はラウールの言葉で一息に言った。神林家では馬廻役の平藩士だったとはいえ、作法の所作は修一郎の中に強く残っている。言葉に所々奇妙なところもあったが、修一郎の堂々たる態度の方が勝って、リグリアやシベル、依頼人のクイネも気圧されたように目を丸くしている。


「ま、まあ、良いだろう。リグリア行くぞ」


 シベル少年は身を翻すと、リグリアも修一郎たちに一礼して去っていった。


「あのシベルて奴、嫌味な奴でさ、親父がウチと同じ貿易商やってるせいか、何かと張り合ってくるんだ」

「……」

「……あいつの自慢話は鬱陶しくてさ。ああやって黙らせるなんて、アンタなかなかやるじゃないか」

「家臣自慢のために、クイネ様は私を呼ばれたのですかな」


 修一郎は目を細めてクイネを睨んだ。

 金のためではあっても、珍物扱いされて黙っている修一郎ではない。返答次第ではそのまま帰るつもりでいた。

 クイネは修一郎の視線から逃れるように目を背けていたが、絞り出すように違うよと呻いた。


「……自慢じゃないよ。……俺には家来なんていないから」

「いない?キーファ家は名のある貴族と聞きましたが」

「こっちも色々と事情があるんだよ」


 クイネは切口上になっていた。リュックが重いのか、身体を揺すって背負い直すと周りを見渡した。むずかって、教師と家来にあやされている子ども以外は既に出発してしまっていた。


「ほらナツメ、急ぐぞ」


 クイネが足早に玄関へと歩いていく。一瞬、少年の顔に暗く沈痛な感情が面に表れたのを修一郎は見逃さなかった。有力な貴族とはいっても、さほど恵まれた環境にいるわけではないらしい。


 ――妾の子かな。


 思いつきだったが、そう見当をつけてみると、家来がいないのも暗い表情の正体が腑に落ちた気がした。

 夏目家も似たようなものだった。修一郎の母親は奉公に上がった娘で、修一郎を産むとすぐに病死している。夏目家の冷や飯食いとして育てられ、一刀流というものがなければ荒廃した心を慰めることができなかっただろう。

 確か亡き藩主時頼も妾の子で、兄たちの死で家督を継ぐまでは、田舎で下僕の老爺と母親と寂しく暮らしていたはずである。

 そういった子かもしれないと思うと、何となく同情心が生じてきて、先ほどの屈辱感や怒りは薄れていった。


「……取り合えず、この7日間を辛抱すればいいか」


 修一郎の気持ちは本来の用心棒に戻って、クイネの後を追い掛けた。


  ※  ※  ※


 襲い掛かってきた3匹スライムを一刀で斬り捨てると、クイネはへえと感心した声をあげた。


「ギルドに腕の良い奴とは条件にいれたけど、ホントに腕が立つんだな」

「相手はスライムだ。自慢することでもない」

「綺麗に斬るのは難しいてシベルは言ってたぜ。大概は千切ったようになるて」

「……」

「それを、リグリアて剣士はバターみたいに斬ることができるんだ、とは言ってたけど。アンタのも凄い綺麗だよな」

「話は良いから、目的の薬草とやらはどっちへ行けば良いんだ」


 学校から離れ、周りは鬱蒼とした森ばかりで誰もいない。2日ばかり過ぎて修一郎は君臣の言葉遣いをやめていた。クイネは不服そうだったが、「弱くても、魔物が出る土地で言葉を改めておけない」と説明すると、渋々だが了承してくれた。言葉や態度はいささか生意気ではあるものの、物分かりは良い方だった。山の寝泊まりにも大して不満を溢さない。

 クイネは地図を取り出すと、辺りの地形を見比べていた。地図には銀色に点灯する光がある。薬草の位置を示す光で、生徒一人一人、探す薬草の位置が異なるらしい。


「えと……、あのクスノキの方向。あの先を越えると川がある」

「よし、それではそこで休もう」


 時刻を確かめるため、見上げると空は茜色に染まっている。足下は暗く闇に沈もうとしていた。現れる魔物はスライムばかりで大した危険もないが、傾斜が激しい山中なので滑落の方が怖い。薬草取りに、当初は少々大袈裟と思っていたが、確かに大人の供の一人くらいはつけた方が良いと実感じていた。

 足下で枝の折れる音が鳴り、暗い森の中、草木をかき分けて歩きながら、クイネの様子を窺っていた。地図を眺めているだけだが、どこか寂しくうなだれているようにも見えた。


「……将来は魔法使いになるのか」

「え?」

「将来だ。魔法使いにでもなるのか」

「わかんない。俺たち貴族の魔法使いて、学者みたいなもんで食べていけないていうし」

「なら、貿易商とやらをやるつもりか」

「俺、家を継げるわけじゃないよ。関わらせてももらえないと思う」

「何故だ」

「だって、俺の母親はメカケだったから……」


 そこまで言ってから、クイネは自分の言葉を打ち消すように、地図を持った手をバタバタと振った。


「な、何でもない。何でもないからな!」

「わかっている。聞かなかったことにする」


 さほど動じた様子もない修一郎に、クイネは慎重な口ぶりで言った。


「……もしかして、気がついていたの?」

「短期間、わざわざ家来を雇うとは妙な話だからな。ただの憶測だったが、こういったものは、どこも変わらんのだな」

「ナツメの国も?」

「俺の母親が家の奉公人でな。飯炊き女だったらしい。俺を産んで死んだ」

「……」


 重い沈黙が二人の間に生じた。修一郎は黙って正面を向いたまま歩いていた。やがて、ザザッと葉を踏みしだく音が鳴ったかと思うと、クイネの手が修一郎の服の裾を強く引っ張っていた。


「……なんで掴むのか訊かないのか」

「何か理由があるんだろう。歩くには支障にならん」

「川に着くまで、このまま良いか」

「主の気を沈めるのも家臣の役目だ」


 修一郎はクイネに裾を掴ませたまま、山を越えていった。頂きに着くと視界が拓け、夕陽の残光が山の丘陵を照らし、森は色濃い影の底に沈んでいた。影に目を凝らすと小さな川のせせらぎが映った。


「おい、川だ。あそこで休もう」

「うん……」


 うつむいたままクイネはぐい、と顔を拳で拭うと、裾から手を離して修一郎を追い越した。目は少し潤んでいたが、もう暗い表情は消えている。力強く歩くクイネの後ろに従い修一郎が歩いていたが、奇妙な気配と強烈な臭いに二人は足を止めた。

 スンスンとクイネは鼻を鳴らした。


「何か変な臭いしない?」

「これは……」


 血の匂いだと修一郎が気がついた時、地面に盛り上がったものが目に入った。足を急がせて近づくと、クイネがひっと悲鳴をあげて、修一郎にしがみついてきた。


「し、死んでるの……?」


 見据える先には、抜き身の剣を手にした男が地面に倒れていた。辺りの草は大量の血で濡れ、血の海の中で男はうつ伏せとなっていた。修一郎は鋭く周囲に目を配りながら男の息を探ったが、既に息絶えている。


「立派な身なりだが、誰かについてきた護衛か」


 しゃがみこむ修一郎の背後から、クイネが恐る恐る後ろから覗き込み、死体の顔を見ると弾かれるように修一郎の背中に隠れた。


「見覚えある。……クラスメイトの、ヨーベルのとこの護衛だよ」


 初めて見る死体に、クイネはすっかり怯えきっていて、身体の震えが背中から伝わってきた。


「魔物……、この森はスライムしかいないはずなのに。なんで」

「違う。これは魔物の仕業ではない」

「なら、なんだよ」


 身体をさぐると男の傷は袈裟斬りで、肩から深々と斬られている。明らかに剣による傷だった。


「気をつけろ……!」


 修一郎が怒鳴ると、森の中から複数の人の気配がし、凄まじい殺気が修一郎たちに襲い掛かってきた。


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