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異世界用心棒奇譚  作者: 下総 一二三
魔法学園ギルボア
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即席家来

 夏目修一郎は土間で鍋を温めながら、時折箸で煮込んだ具材を突っついていた。箸の先についた出汁を舐めてみるが、案の定味と呼べるものを感じない。鍋といっても味噌も既に切らしてしまい、味付けに塩をふたつまみほど入れただけのもので具も野菜ばかりである。


「先生、いるかい」


 表で鍋を叩いたような大声がし、引き戸を開いて顔を出すと近所に住むメノという女である。丸々と太り、その腕にはメノと似たような形をしたズタ袋を抱えている。


「隣から貰ったんだけど、野菜とか余っちゃったからさ。お裾分け」

「しかし、費えが大変だろう。良いのか」


 メノには子どもが4人。夫は日雇いの人夫をしている。他と同様、家計は厳しいはずだった。


「腐らせちゃうのも勿体ないしさ。それに先生にはいつも子どもが世話になってるし。私らの文字を外人さんに教えてもらうなんて恥ずかしいんだけどね」

「俺もラウールの人から教えてもらった。ただお返ししているだけだから、別に恥じることではない。それにメノの子どもたちは皆熱心だ」

「良いこと言ってくれるねえ。じゃあ、それも私からのお返してことで」

「うむ、ありがたくいただく」


 修一郎は礼を述べて、袋を受け取った。ずっしりと重みがある。チラリと中を見るとジャガイモや白菜がぎっしりと詰まっているようだった。


「じゃあ、またね先生」


 メノは陽気に手を振ると、太った身体を揺すりながら去っていった。

 修一郎が宿から今の借家に移り住んで半年近くになる。はじめは近所の者も異国から来た“冒険者”ということで、その間には距離があった。空地で一人、棒を振るって稽古していると、胡乱気に通りすぎる住人も珍しくなかった。

 しかし、手紙の代筆をしたのがきっかけで親しくなりはじめ、やがて子どもたちに文字や計算を教えるようになった。そのうちに子どもたちが覚えて使えるようになると、メノのように修一郎を“先生”と呼ぶ者も現れたのである。


 ――人情のありがたみはどこも変わらんな。


 しばらくして、出来上がった鍋を椀に注ぎながら、修一郎は思った。この近隣ではメノのような貧乏所帯など珍しくはなく、どこも家計は苦しいはずだ。いつもは味も素っ気もない煮物だが、貰ったジャガイモが幾分味付けしてくれているような気がした。


 ――ま、だからといって甘えてもいられんのだがな。


 昼飯を済ませた後に家を出て、ラウール城下町の通りを歩きながら修一郎は思うのだった。

 かつて仕えた神林藩の敵である妖術士“不知火”は、このラウールのどこかに潜んでいる。また不知火の側も近づく者を抹殺しようとしている。追いつ追われつの関係だと言えた。向こうも狙ってくる以上、どっかりと腰を据えて生活しているわけにはいかない。

 

「御免」


 修一郎は“冒険者ギルド支局”と看板が掛けられた平屋の戸を開けた。

 仇を討つにせよ、その日の暮らしの目処を立てていかなければならない。食べていくためには、冒険者としてある程度の金を稼ぐ必要があった。


  ※  ※  ※


「……しかし、薬草採りの付き添いか」


 紹介された仕事が“薬草採りに付き合う”とサクヤから告げられると、修一郎は憮然としたまま腕組みをした。向かいではギルド紹介役代理のサクヤが、困ったように書類と修一郎を交互に見ている。


「いつものシエタ街道のスライム退治はないのか。あれなら手軽で気晴らしになる上、飯代にも良い」

「タイミング良く続きましたけど、あれ、初心者には経験積むのにちょうど良くて、意外と人気の依頼なんですよ。ナツメさんのために取っておくわけにはいかないし」

「……」

「もっと稼ぐのでしたら、パーティ組んでコカトリスの卵探しや、天空城攻略。ミノタウロス退治なんかナツメさんの名を揚げるチャンスですよ。みなさん、人手が足りなくて困ってますから」

「だから、名誉などいらんと言ったろう」

「で、やることはスライム退治ですか……」


 サクヤが顔をしかめて、非難がましい視線を送ってきているのはわかったが、修一郎はそっぽ向いて気がつかないふりをした。

 実績のある腕利きの冒険者を支局にどれだけ登録させているかというのは、ギルド管理者たちにとって一種のステータスになっているらしい。

 所詮代理のサクヤには、ステータスになるものではないから、そのことで修一郎に不満があるのではないというのは修一郎もわかっている。

 サクヤが不満なのは、他の冒険者たちがせっせと難問に立ち向かっているにも関わらず、修一郎はスライム退治に執心している。充分な腕前がありながら、やる気に欠ける“剣士”が理解できず、その腕を惜しむからだった。

 そんなサクヤの気持ちはよくわかるのだが、修一郎としてはいささか迷惑でしかない。敵討ちの話をすればサクヤも納得しただろうが、話せることではない。


「まあ、いい。その薬草採りとやらの話を聞こう。向こうは幾ら出すと」

「7日で50ゴールドだそうです」

「本当か」


 金額を聞いて、思わず修一郎は身を乗り出していた。


「そうです。ここから南西部にギルボアという町に魔法使いを育成する魔法学院がありまして、依頼はそこの生徒さんからですね」

「生徒?」

「クイネ・キーファという13歳のお坊ちゃんです」


 子守りかと惨めな思いがしてため息をついたが、手当ては悪くない。むしろ良いほどだった。たかが薬草採りの付き添いで、何故これほど手当てが良いのか。


「随分と奮発するな。こどもがそんなに払えるのか」

「キーファ家はこの国だと貿易商としても名のある貴族さんですし、お金持ちですから感覚が違うんじゃないですかねえ」

「まあ、それはありうるな」

「普段は学園内で生活してますが、一人前になるため山に入るわけですから、心配になったじゃないですかねえ」

「ふうん」


 一人前の魔法使いになるというのに、情けない話ではないかと思えたが他人の話である。それに冒険者の魔法使いと金持ち魔法使いの一人前とでは、求めるものが違うだろう。きちんと報酬がもらえることが大事で、内容は二の次である。


「まあ、わかった。この話乗ったぞ」

「でしたら、紹介状を受付係の用務員さんに渡してくれとのことです。それと、幾つか条件があるみたいなんですよ」

「条件?」

「魔法学園までは駅馬車で来ること。これは向こう持つそうです。……あとは紳士らしい言葉遣いすること。あとはですねえ……」

「なんだ。まだ何かあるのか」

「ええと、服装です。冒険者らしい格好じゃなく、ラウール城の士官服に近いような格好でお願いということです」

「これじゃいかんのか」


 子どもに顎で使われている気分が不愉快で、思わず不満を漏らしたが手当ては魅力的だった。それに着物も破れやほつれも目立つ。予備が一着あるが交互に使っているから状態はほとんど変わらない。

 こんな格好でうろついていれば、付き添いとはいえ胡散臭く思われるだろう。やむ無しかとそこまで考えた時、新たな懸念が浮かんできた。


「しかし、幾ら何でも、服にそれほど金は掛けられんぞ。それに、服もどういうものが良いかよくわからんのだ」

「それでですね……」


 サクヤは頬を紅潮させると、白い歯を見せてはにかんだ。


「近所に良い古着屋さん知っているんですよ。私が選びますから、良かったら一緒に行きませんか?」


  ※  ※  ※


「では、こちらに。応接間でお待ちください」

「あ、はい……」


 修一郎は恐縮しながら、頭を下げた。

 受付係の用務員と言っていたから、鎌を持った作業着姿の老人をイメージしていたのだが、現れたのはタキシード姿に物腰柔らかな老紳士だったので、まずそこで驚かされた。

 そして、次に奇妙に感じることがあった。

 名前を告げて、サクヤから渡された紹介状を渡すと、用務員の老紳士は微笑を湛えたまま、奥へと案内されたのだが、重い扉を開けて部屋に入ると数十人もの男たちがそこで待機していたのだった。

 どの男たちも腰に剣を提げ、精悍な面構えをしている。どの男たちもラウール人ばかりで、応接間に現れた修一郎の姿を見ると一斉に注目が集まった。紛れ込んできた珍獣でも見るような視線が、ちくちく修一郎を刺してくる。

 居心地が悪く帰りたい気分だったが、金のためだと視線には気がつかないふりをして、室内を眺めてひとりでいられそうな場所を探した。


「まあ、サクヤに選んでもらって助かったかな……」


 男たちの服装はどれも立派で、雰囲気も町の冒険者たちとは違い高貴な気品が漂う。加えて荘厳な室内の様子にも、修一郎は圧倒されていた。来た時から宮殿のようだとは思っていたものの、内装も立派で分厚い絨毯も質が良く、高い天井からさがるシャンデリアやテーブルにソファーも一見して高級品とわかる。壁に掛けられている絵画も年代物の趣があった。

 修一郎が着ている青地の衣服は、古着屋でサクヤに士官服風のものを選んでもらい、幾らか修繕したものでブーツも含めて6ゴールド。それなりの費用だったが、これでいつもの袴姿だったら雰囲気に呑まれてしまい、いたたまれない時間を過ごしていただろう。

 修一郎は空いていた壁際に立って、絵画や室内をぼんやり眺めていると、応接間の扉が開き用務員の老紳士が部屋に入ってきた。


「皆様、お揃いになりましたので、ご出発の準備をお願い致します」


 老紳士が告げると、男たちはそれぞれ入り口へと歩き出していった。修一郎もその後についていくと、先ほどの玄関ロビーでは黒いローブにリュックを背負い、とんがり帽子を被った子どもたちが集まっている。制服姿からどうやら学園の生徒らしいと思っていると、子どもたちはそれぞれ男たちのところへと別れていった。


「……アンタがギルドから人?」


 呼ばれた気がして振り返ると、金髪の男の子が用務員の老紳士の隣で立っている。どうやら、この子が依頼人らしいと修一郎は察した。男の子は老紳士と何かやりとりすると、老紳士は恭しく頭を下げて去っていった。


「夏目修一郎という。よろしくな」

「ナツメ?変な名前だな」


 男の子は鼻を鳴らした。あまりの乱暴な返事に、修一郎は言葉を失っていた。


「俺がアンタを依頼したクイネ・キーファ。それと言葉遣い気をつけて。ギルドの人にも言ったはずだけど?」

「……」

「これから一週間、アンタは俺の家来やってもらうから」

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