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異世界用心棒奇譚  作者: 下総 一二三
ヤマノ鉱山
3/34

財宝の正体

 キラと閃光が宙をはしり、修一郎が繰り出した刃の切っ先がゴブリンの喉を貫いた。


『クァ……』


 喉を潰され声を立てることもできず、ゴブリンの身体が硬直して崩れ落ちようとしたところを、ハミルとカテラが両脇から咄嗟に抱えこんた。


「お、重い……」

「しっかりしなよ、カテラ」


 ハミルが鋭く叱りながら、慎重にゴブリンの死体を地面へと下ろしていった。


「そこの岩場に隠せ」


 小声で2人に指示すると、修一郎は辺りを窺いながら巨大岩場に身を潜めた。一連の作業にも、他のゴブリンたちはこちらに気がついた様子はない。


「上手くいったな」

「だけど、近道とは聞いていたけど、最下層まで繋がっていたなんて知らなかったよ」

「大したもんでしょ」


 感心するカテラに、ふんとハミルは得意気に鼻を鳴らした。

 修一郎が推測した通り、潜入した通路は搬出入として使うつもりだったらしく、横穴から灯りが差し込む辺りにレールのようなものが敷かれていた。

 そして穴から下を覗くとそこは作業場のようなものがあり、壁際に焚かれた松明が照らす中、無数のゴブリンたちが炭鉱内にいたのだった。

 下まではかなりの高さがあったが長い間、誰も気がつかなかっただけに、垂らしたロープから降りるハミルの動きも今倒したゴブリン以外に気づかれず、無事潜入することができた。

 隠れた岩の向こうでは、ゴブリンたちがそれぞれ日常の生活を過ごしている。

 作業場だった場所を生活空間に利用し、腰布をつけた毛の無い猿のような生物がそれぞれグループに分かれ、頭髪の毛づくろいをしたり、ぼろきれを使って互いの体を拭い、呻くような声で会話などしている。

 粗末な槍やこん棒を手にしたゴブリンが炭鉱内をうろうろしているが見張り役なのだろう。空気孔らしき場所に立つ者以外、うろうろしているようにしか見えないのは、細かい確認をするほどの知恵は無いのかもしれない。

 ボスは他よりひとつ高い見張り台ような席に座り、メスゴブリンに身体を拭かせて周りを睥睨している。座っている場所は元は作業監督席だろうと修一郎は推測した。

 カテラがハミルに顔を寄せた。


「あれ、ゴブリンのボスだよね」

「そうね。体でかくてなんか偉そうだし。たぶんお宝はその奥」


 ハミルが顎で示す先に、ボスの背後にポッカリと開いた暗い空間があった。無造作に掘られたものではなく、元は詰所か何かで扉もあったのだろう。木枠でしっかりと固定されて、木枠には蝶つがいが残っていた。

 しばらくボスを観察していると、突然、場内が騒然となった。バレたのかと3人に緊張がはしったがどうも様子が違う。騒ぎになっている方向を見ると、洞窟内を照らす松明のひとつが消えていた。

『グガ、グルウムラム……』


 ゴブリンのボスはおもむろに立ち上がると、とたんにゴブリンたちが静まり返ってボスを注視している。足が悪いようで、左足を引きながら消えた松明の近くに寄ると、掲げた手の内から光球が生じて松明に再び火が点った。


『グキャー!グキャー!』

『ギー!ギー!』


 ゴブリンたちからはどっと歓声が沸き起こり猿のように跳びはね、手を打って騒いでいる。こだまする歓声は耳障りでハミルなどは顔をしかめて、両耳をふさいでいた。


「あのボスは魔法も使えるわけか」

「ナツメさん、どうですか?」

「ふむ……」


 カテラの視線を感じながら、修一郎は腕組みした。戦って勝てるか訊ねているのだ。

 体は二メートル以上はあり、盛り上がった筋肉から見ても相当な力がありそうだった。魔力も自分並みにあるだろう。さすがにゴブリンの親玉といったところだと思った。

 

「一対一なら勝てそうだ。しかし、多少時間が掛かるな。それに……」

「……」

「問題はその後だ。あいつを相手にしたら、俺たちの人数で、ここにいるゴブリン全員と戦うことになる」

「なら、無理な戦いは避けましょ」


 親玉を倒せば他のゴブリンも混乱するだろうが、一瞬の勝負でケリをつけねばならず、時間が掛かっては意味がない。それに目的は“財宝”であってボスを倒すことではない。


「カテラ、アンタの“小風(ビソウ)”使えたよね」

「う、うん」

「奥の松明まで届く?」

「届くと思うけど……」

「出来るなら出来る。無理なら無理とはっきりしなさいよ」

「できるよ。届く」


 カテラが強くうなずくと、ハミルもよしと鋭く言った。どちらかというと、自分を励ますように聞こえた。


「あの上手の奥、シャペルを持ったゴブリンの松明。あの火を消して」

「消してどうするんだ」

「ゴブリンたちの騒ぎ見てたらわかるでしょ。あいつらにとって火は大事なもの。その火を点けられるボスは、だからこそ、ああやって崇められている」

「……」

「火を絶やさないことがボスの役目。消せばまた点けにいく。それにあの足と高さで岩場に飛び降りたら、絶対に怪我しちゃうわよ」

「なるほど」


 よく観察していると修一郎は感心していた。


「いいだろう。ハミルに従う」

「奴が上に上がった時にダッシュだからね」


 ハミルが言うと、修一郎とカテラは同時にうなずいた。カテラは目標の松明を注視すると、印を結んで詠唱をはじめた。「“小風(ビソウ)”」と呪文を唱え巻き起こった風が壁づたいに吹いて、ふっと松明の火を掻き消した。

 大切な火が消されたことで、ゴブリンたちからは再び絶叫のような喚声が響き渡った。消えた松明を指差し、慌てふためいている。

 そんな中、ボスだけは慌てる様子もなく立ち上がると、長大なこん棒を杖代わりにして歩き出していった。足下を慎重に確かめながら上へと登っていく。


「行くよ!」


 ハミルの合図と同時に、修一郎たちは脱兎の如く駆け出していた。岩陰を縫うようにして走り、足音はゴブリンたちの喧騒で消されて気づかれた様子もない。

 奥の部屋に飛び込んでから、修一郎が外を覗き込むとボスがようやく上層に到着したところだった。


 ――よし。


 ゴブリンたちの意識はボスと松明に集中している。世話役のメスゴブリンもボスを追って群衆の中に入ってしまい、修一郎の近くには誰もいない。この習性を利用して、またカテラに同様の手段で意識を逸らせば無事に逃げられるはずだ。

 

「……嘘」


 背後からハミルの声がし、振り向くとがらんとした部屋の奥で、小さな物体を手にしたハミルが唖然と座りこんでいる。罠があったたかと思い、修一郎が急いでハミルに駆け寄ると、ハミルは薄汚れた女の子のぬいぐるみで、しかも不器用に縫われた手製の人形を手にしていた。


「これが……、ゴブリンの宝?」

「嘘よ。ゴブリンたちは金銀財宝を隠し持っているて、みんな噂してたのよ」

「……」

「最下層の奥の部屋。そこら中から集めてきた金品が積まれているて」

「これまでの間、奥まで来た奴はいないのだな」

「……いない。迷路が複雑だから、ベテランでも慎重なの。この5年、奥まで来たのは私たちが初めてのはずよ」

「誰がその情報を?」

 ハミルがあまりに自信ありげだったので口にはしなかったのだが、当初から何となく頭に引っ掛かっていたことが、はっきりと疑問になっていた。これまで奥まで誰も足を踏み入れていなかったのに、なぜ財宝があると知っているのか。

 修一郎が訊ねると、ハミルはうろたえた様子で視線を宙にさ迷わせていた。


「誰て、みんなが……」

「最初にその“財宝が眠っている”という情報を持ってきた奴だよ」

「それはサクヤから。うん、そうサクヤよ。3年前に私とカテラが冒険者登録した時、“あの炭鉱にはゴブリンが宝を隠している”て教えてくれたのは、サクヤだから。あの子と同い年だし、あの時のことはよく覚えてる」

「サクヤは誰から聞いたと?」

「うん……と、わかんない。ただそうなんだて思っただけだから」

「……わかった。ここには求める宝はない。早く出るぞ」

「え?」

「担がれたんだ。俺たちは」

「どういうこと。サクヤが騙したの」

「違う。おそらくサクヤも俺たちと同じように利用された側だ」

「じゃあ、誰が……」


 カテラの問いに、修一郎が口を開きかけた時だった。人の気配がして鯉口をゆるめると、出入り口付近に人の影を認めた。影は3つ。ゴブリンのそれではない。影から男の声でせせら笑いがした。


「よお、お宝見つけたんだろお」

「独り占めはずるいぜ」

「アンタたち、どうやってここに……」 男たちの声には聞き覚えがある。朝方、東門にいた男の声だ。ゴブリンたちの喚声が遠くからこだまする中、ヒヒッという不気味な笑い声がはっきりと耳に届いた。


「アンタたち、どうやってここに……」

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