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異世界用心棒奇譚  作者: 下総 一二三
異種族悲恋
24/34

絶望の底

 遠く闇夜を照らした灯りは、やはり地上から燃え上がる炎によるものだった。

 近づくにつれ炎は地上に広がを見せ、その広さはアッセムカ城や町を呑み込むほどの規模のものだとわかった。


「間に合わなかったか……」


 修一郎は奥歯をぐっと噛み締め、地上に広がる大火を睨んだ。あの時、男の数の少なさ等、村の違和感に気がついたはずだった。もし一言口にしていれば同様の疑問を持つ者が出て話が進んでいたかもしれない。そこでアゲハ族がどのようなものかわかれば、こんな事態にはならなかったはず。

 後悔の念に(さいな)まれながら、修一郎は拳を握りながらアッセムカ城に広がる大火に目を注いでいると、地上から巨大な影がむくりと起き上がった。大火に照らされるそれは丸い背をした多足生物で、アゲハ蝶の幼虫に似ている。しかし、それよりは遥かに巨大で、修一郎からの距離では山が動いているように見えた。


“あれが子を宿した状態のアゲハ族です”

「あれが、サンフレッタなの……?」


 フェニックスの説明にラムネは愕然とした。暴れまわる怪物があの穏やかなサンフレッタだと、信じられない思いで注視していると、その巨体に突如爆光が散華した。

 あっとラムネが声を上げて指差した。


「南門の近くの広場……、あそこにいるのクイックだよ!」


 ラムネにははっきりと確認できたようだが、修一郎の目にはぼんやりとした人の姿しか映らない。だが、空に放たれる魔法はクイックが得意としている雷撃の魔法だった。


“バカめ”


 フェニックスが突き放したように、フンと鼻を鳴らした。


“変化したアゲハ族は刻が来るまでじっとしているが、攻撃を加えれば子を守るために激しく抵抗する。無知とは恐ろしいな”

「じゃあ、すぐにやめさせないと……」

“一度暴れだしたら、全てを破壊するまではとまらないがな”

「なら、どうすれば良いのよ!」

“私には関係のないことだ”

「……!」


 絶句するラムネの横で、修一郎も唇を噛み締めながら、変わり果てたサンフレッタを注視していた。


「とにかくクイック……、南門の近くにいる人間のところで降ろしてくれ」

“申し訳ないが、近くの丘までにしてください”

「なんでよ、急いでいるのよ!」

“小娘よ。不死鳥たる者が人間に肩入れできん。この事態も人間の無知によるもの。人間がカタをつけるべきだ”

「あなたね……」


 フェニックスの尊大な身勝手さが腹立たしく、ラムネは先の恐怖も忘れて、怒りで頭に熱を帯びた。


「よせ、ラムネ」


 修一郎が言った。


「ここまで連れてきてもらったのだ。……では、丘まで頼む」



  ※  ※  ※


 凄惨。

 フェニックスに南門近くの丘に降ろしてもらい、急いで駆けつけたのだが、間近で目にするクイックの姿に、修一郎の脳裏にその二文字が浮かんだ。

 火に包まれた町にも、いたる所に無数の死体が転がっている。兵士たちは必死の抵抗をしているが、弓矢も魔法も通用せず、荒れ狂うサンフレッタになすすべなく叩き潰されている。

 いたるところに肉塊と死が撒き散らされ、ほんの1週間前までは活気溢れた町並も今は消えてしまっている。地獄としか言い様がないが、今のクイックの姿は、これまでに起きたすべてを言い表しているように思えた。

 クイックは暴走するサンフレッタから一旦距離をとり、鋭い目つきでサンフレッタを睨んでいる。

 クイックは鎧は着けておらず、衣服は真っ赤な血に染まっていた。顔は(すす)に汚れ、目は血走り口は(あわ)を咬んで、剣を垂らした姿は悪鬼を思わせた。クイックからわずかに離れた場所で、李華麗がぐったりとした状態で瓦礫がれきの山を枕代わりにもたれかかっている。


「ナツメか……」


 近づいたのが修一郎だとわかると、厳しい表情を修一郎に向けた、殺気と憤怒に満ちた声に、修一郎の背に冷たいものが流れた。


「レバンス様はどうした?」

「レバンス様?」


 クイックは一瞬、きょとんと呆けた顔つきになったが、すぐに表情が歪み、ギッと歯を剥いた。憎悪を剥き出しにして、全身が(おこり)のように激しく震えた。


「……腹だ」

「なに?」

「腹だ。あの化け物の腹の中だよ!!レバンス様は喰われたんだ」

「たしかなのか、それは」

「確かも何も、俺の目の前だったんだぞ」

「……」

「わすが半日前、執務室でだ。俺はレバンス様と話していた。すると、あの化物が嬉々と部屋に入ってきた。近づいてきたかと思うと醜く変化し、レバンス様を頭から食い殺したんだ。……この血はレバンス様の血だ!」


 愕然とする修一郎の前で、クイックはレバンスの血を示しながら吼えた。


「町も軍もほぼ壊滅。応援も呼ばせたが、この深い森だ」

「他の連中は」

「他の仲間はみんな死んだ。あっという間に叩き潰された。李華麗ももうすぐ死ぬ。傷は治せたが、心臓の鼓動が弱くなっている」

「そうか……」


 よく目を凝らせば、瓦礫に寄りかかる李華麗の肌は不気味に白く、まるで生気を感じられない。次に燃え盛る町、そしてサンフレッタへと視線を移した。クイックとの会話中も、爆光が闇を照らし、衝撃波が大気を揺るがせている。レバンスの部下たちが必死の抵抗を続け闘っているのだった。恐怖と殺気が充満し、修一郎が説得したところでその声は届きそうもない。


 ――可哀想だが。


 斬るしかない。

 修一郎は心に決めた。レバンスが死に、町は破壊され、多くの仲間が殺された。

 この不幸は互い無知によるものとはいえ、修一郎の力では最早止めることも解決もできそうもない段階にきていた。それよりも目の前の事態を終息させる方が先だ。


「……斬るの?」

「……」


 鯉口をゆるめた修一郎を見て、ラムネがそっと訊ねた。目を見開いたまま地面に目を落としていたが、やがて修一郎は振り返って無言のまま頷いた。瞳は悲しに満ちて濡れている。やるせない想いがラムネの心を締めつけてきて、キリキリとひどい痛みを感じるほどだった。

 やがて、修一郎はクイックに向き直ると低い声でつぶやいた。


「クイック、サンフレッタの周囲に魔法を放て」

「……」

「直接当てず、視界を奪ってくれるだけでいい。俺が仕留める」

「できるのか。あんな化物」

「やるしかなかろう」


 道中、フェニックスから急所は聞いている。サンフレッタの額にある黒点の模様部分に脳があるのだという。しかし、これは人に任せる仕事ではない。自分がするべき仕事だと修一郎は思った。

 よしとクイックが言った。


「では、俺が右手から――」


 クイックがそこまで言った時だった。修一郎の全身が粟立つのを感じた。強烈な殺気がその身を襲ってくる。戦場と化したこの町に殺気を感じるのは当然なはずだが、サンフレッタに向けられたものではなく、修一郎に向けられている。


「どうしたナツメ」


 修一郎の様子にクイックが視線を追うと、クイックは表情を驚きをみせた。わずかに喜びも混ざっている。

 クイックの視界には、死の際にいたはずの李華麗が二本の鉄扇を手にし、うなだれるようにして立ち上がっていたからだ。

 諦めたはずの仲間が生きていた。

 闇の中に光明(こうみょう)を、見出だした気持ちがあったに違いない。


「大丈夫なのか、李華麗」

「何、この感じ……」


 仲間が生きていたことで安堵の表情を見せるクイックとは対照的に、ラムネは李華麗の異様な雰囲気にたじろいでいる。


「ウウ……」


 李華麗の口から、獣のような唸り声が洩れた。

 尋常ならざる殺気が、修一郎に久しく遠ざかっていた仇敵の感覚を呼び起こしていた。


 ――“不知火”の討っ手か!


「李華麗……?」

「離れろ!李華麗は“敵”だ!」


 修一郎が叫んだ刹那、李華麗は鉄扇を振りかざしながら突進してきた。巨大な岩石が迫ってくるような迫力があった。

 李華麗は一気に間合いを詰め、猛然と鉄扇を振るってきた。修一郎は咄嗟に逃れることが出来たが、クイックは一瞬、安堵したことが不幸に繋がった。

 事態の把握と行動が遅れ、李華麗の鉄扇がクイックの顎をまともに捉えていた。


「クイック!」


 呆気なく叩き伏せられたクイックに叫んだが、今の一撃で絶命しているのは、あらぬ方向に捻れたクイックの首を見れば一目でわかる。目を見開いたまま、ぴくりとも動かなかった。


「ナァツメェェ!!」


 クイックを仕留めた李華麗は、身を翻すと砂塵を巻き上げて修一郎に殺到してきた。修一郎は刀を抜いて鉄扇を弾いたが、腕に痺れを感じるほどの威力だった。


 ――ここまでとは。


 細腕の割に巧みに使うと感心はしていたものの、敵となって初めて李華麗の恐ろしさを知った気がした。一撃一撃が凄まじい威力を秘め、容易に反撃を許さない。サンフレッタの動きも気がかりで迷いが生じ、防戦一方となっていた。

 それでも、わずかな隙間を見つけて、悪夢のような攻撃から抜けることができたのは修一郎だからだろう。横殴りに薙いだ鉄扇を掻い潜り、転身とともに八双に身構えることができた。

 しかし、李華麗はその場に無く、鳥のように大きく飛び退いて鉄扇を広げていた。腕を交差し、見覚えのある構えが修一郎を慄然とさせた。


「この技……、“烈破轟衝炎舞”か!」


 修一郎が柄に力を籠めると同時に、李華麗が扇ぐ鉄扇から、炎が嵐と化して吹き荒れた。

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