暗い森で輝くもの
鬱蒼と木々が生い茂る森の中、薄い闇を閃光が駆け抜けた。修一郎が振るった刃の光で、鋭く薙いだ刃は首長の巨大な怪鳥――テンフェノ――を斬り裂き、他のテンフェノがたじろぐ気配を察したところで、修一郎が正面を向いたまま怒鳴った。
「頼むぞ、李華麗!」
「任せるネ!」
修一郎の声に応じ李華麗が飛び出すと、両腰から鉄製の棒のようなものを抜き出した。李華麗は親指で棒の表面を押すと、それはパラリと半円状に広がっていった。
李華麗が両手に把持するものは、鉄扇と呼ばれる愛用の武器である。修一郎が持つ刀くらいの重さであったが、李華麗はその細腕で巧みに操ってみせた。
「イクネ!……“烈破轟衝炎舞”!!」
李華麗が叫びとともに開いた鉄扇を扇ぐと、2つの鉄扇から噴き上がった炎が荒れ狂った波ようにテンフェノの群れへと躍りかかる。名を告げて効果を発現させるのは魔法や妖術とかわらないが、“契約”の魔法や妖術と違い、李華麗のそれは体内に練り上げた“気”であるという。
その“気”によってつくられた炎は瞬く間にテンフェノたちを焼きつくしていった。
「見事だ。李華麗」
炭化した怪鳥が地上で粉々となり、周りに敵の気配も消えると、修一郎たちの後方からレバンスが労いの言葉を掛けてきた。手にした剣の刃が血で濡れている。レバンスはテンフェノの他に、襲撃を仕掛けてきたエルロンコイという猿の魔物を1匹しとめている。鋭い剣さばきだった。
「この調子なら、明日くらいアゲハ族の村までには行けるかもしれないな」
「そうありたいものです」
周囲の森を警戒しながら、クイックが剣を納めて言った。
「しかし、油断はなりません」
「うむ、わかっている」
レバンスが足を進めると、その後を荷を背負った若い小者が従っていく。エモという名で、ぼんやりとした顔をしているが家中から選ばれただけに気が利き見た目以上の力がある。回復魔法も得意だった。
クイックたちは中央にレバンスを置く形となって、隊列を組んで進みだした。先頭はクイックと修一郎が並んで歩く。辺りは薄暗く、先ほどまでの激しい戦闘が嘘のように静寂に満ちている。しかし、この静けさも森の擬態に過ぎず、ふとした隙を狙って危険な魔物たちが獲物を狩らんと闇の奥に潜んでいる。
「さすがだな」
「なにがだ」
不意に隣のクイックが言い出したので、修一郎は思わずクイックに視線を向けた。クイックは油断のない目で周囲を探っている。
「さきほどの一撃だ。目が冴えるような一撃だった。怪鳥どもがたじろぐとはな」
「ああ、そのことか」
言葉の意味がわかり、修一郎は再び自分の仕事に戻った。どこからか遠く、エルロンコイらしき猿の鳴き声がする。
「それより、一瞬で全滅させた李華麗の技の方が凄いだろうに」
「いや、あいつはまだまだだ」
クイックは素っ気ない口ぶりで言った。
「派手な技に頼って、動きが大雑把だ」
「李華麗には厳しいな」
「あいつは俺たちのチームのメンバーだ。そう簡単には褒められない」
「そういうものか」
「そうだ。レバンス様を護るためには、あれではまだまだだ」
会った時から、レバンスの家来のような物言いをするクイックが不思議でならなかった。確かにレバンスは主君と仰ぐには充分の素質を持っているし、修一郎も勇敢な若武者に尊敬に似た感情を懐いているが、所詮、こちらは金で雇われた冒険者である。
「クイック、ちょっと来てくれ」
「はっ」
後ろからレバンスの呼ぶ声がし、クイックが急いで駈けていった。レバンスが地図を手にしているところから、休憩場所か現在地の相談でもしているのだろうと修一郎は思った。クイックが離れると、代わりに李華麗が先頭に並んだ。
「お前のリーダーは、随分とレバンス様に思い入れがあるようだな」
「そりゃ、そうアル」
「……?何故だ」
「この仕事終わったら、私たち、正式にレバンス様の家来になるアル」
「ほう」
「レバンス様は特にクイックを気に入ってくれて、クイックもそれに感動して……恋に近いネ、アレ」
「なるほど、古に聞く五関突破の美髯公と君主劉玄徳の間柄、といったところかな」
「大袈裟ね。どっちかというと、クイックは山賊周倉や廖化」
「山賊は酷いな」
「冒険者も大してかわりないアル」
李華麗が素早く返すと、2人は同時に噴き出してクスクスと小さく笑い声をあげた。そばにいるラムネには、何の話か少しもわからない。姿も見えないのだから会話に加われるはずもないのだが、知らない話で盛り上がる2人を眺めていると疎外感だけがあって、李華麗に対し、サクヤとは違った軽い嫉妬を覚えていた。
「だが、レバンス様に召し抱えられたら、冒険者は廃業か」
「まあ、そうなるネ」
李華麗が言った。もちろん周囲への警戒の目は解いていない。神経を研ぎ澄ませつつも、軽い雑談をする。冒険者には厳しい冒険の日々の中で、同時に行える癖が自然と身についてしまっている。
「勇猛果敢、有地高才。若くて容姿端麗。レバンス様についていけば、出世間違いなしアルよ。活気だけじゃなく、道路や町の様子ひとつ見てもわかるアル」
「たしかにな」
修一郎は心から同意した。
レバンス城の城下町は、一見、雑然とした木と泥の町ではあるが、街の区画や道路よく整備され、ゴミや汚物等の処理も厳格なために、辺境の地にも関わらず不潔な印象もない。そして出発前に一日中大雨が降ったのだが、水たまりはあちこちに生じたものの、岩のようにかためられた道はぬかるむこともなく、翌日には綺麗に排水されて町はいつも通りの活気を取り戻していたのである。レバンスには優れた行政能力があるらしい。
「レバンス様は中央に呼ばれて、出世いくのだろうな」
「いや、私はまだこの地に残るぞ」
背後から声がし、振り向くとレバンスがすぐそばを歩いている。
「この地は土地も肥え、水も資源も豊富だ」
「……」
「我らが城は、この広大な森では大海に一石を投じた程度の存在でしかない。しかし、このまま開拓が進めば、やがてあの城もラウールに匹敵する規模の町になるだろう」
「……」
「手腕を振るうには中央でやらねばならん時も来るだろう。その時にここを護る人材が必要だ。クイックたちにはそれが相応しいと思う」
「ありがたきお言葉……」
そばに控えるクイックが、感無量といった面持ちで頭を垂れた。日が浅い修一郎は、クイックに対して堅物という印象しか持っていないのだが、レバンスはクイックをかなり評価しているようだった。
「ま、この地に残りたいのも、非常に刺激的だからであるがな。冒険者になった気分だ」
急におどけてみせたので、周りの冒険者たちもつられて軽い笑い声をあげた。
「知っているかナツメ」
「なんです」
「最近、わかったのだが、この森に不死鳥フェニックスがいるらしいぞ」
「この森に?」
「あの娘に聞いたのだ」
そういってレバンスは遠い目をした。あの娘とはアゲハ族の娘を指すのだろう。愛しげで懐かしむような優しい光が瞳にあった。
「腰に一枚大きな赤い羽根を差していてな。あまりに目を惹くものだから訊ねたのだ。城から北東に山が見えたろう」
「峰の連なる山がありましたが、あれですか」
うむとレバンスが言った。修一郎が不審そうに確認したのは、どこにでもあるような山だからである。
「見た目はどこにでもあるような山だし、標高はさほど高くない山だが不思議な結界が働いていてな。胡乱な者が近づくと、火の山と化し容易に入れさせないらしい。また入っても、フェニックスを護る幾多の怪物が現れるとか」
「ほう」
「そのフェニックスの羽根は貴重なもので、アゲハ族は家宝にしていると言っていた」
「フェニックスの羽根なら、修一郎の家に何十枚とあるわよね」
ラムネが口をはさんできたので、修一郎は視線だけ送ってラムネを黙らせた。
前回、フェニックスとの戦闘後、大量に残された羽根が何となくもったいなく思い、集めて持ち帰っていた。掛け布団の綿代わりに入れると、夏涼やかで冬暖かと、とても具合が良い。余ったのは近所にわけて、だいたいの家庭は箒に団扇や敷物に使っている。丈夫で便利と近所からも評判だった。
「他にも怪物が眠る洞窟など、幾つかあると言っていた。こんな魅力のある地を簡単に離れられるものか」
レバンスの表情には次第に笑みが広がっていき、瞳の光はキラキラと輝きだした。レバンスの少年のような笑顔を目の端に入れながら、修一郎はハミルを思い出していた。
――似ている。
高い地位と有り余る財産を築きながら、飽くなき冒険心と純粋な好奇心を失わない。それらは冒険者としての資質のひとつだと思っているが、レバンスもまた“冒険者”としての資質を持った人間なのかもしれない。
「この地を冒険してみたいのだ。私のわがままに付き合ってもらいたい」
レバンスがそう言うと、周りの冒険者たちは、一斉にはいと力強く応じた。レバンスは守られるだけの存在でなく、レバンスを中心として動く一種の精強な部隊となりつつあった。一体感はハミルたちのチーム以上のものを感じる。
「この先には泉がある。そこで一旦、休憩しよう」
先頭に戻ってきたクイックが言った。それに対し、修一郎が正面を見据えたまま、「いや」と言って手で制する真似をした。
李華麗も気配を察知して、既に鉄扇を抜いている。
「休憩の前にひと仕事だな」
「また大暴れしてやるアルね」
2人の声に反応するかのように、道の両脇から獰猛な唸り声と紅い光が虚空に浮かびあがった。洞穴から響くような独特の唸り声を耳にし、瞬時に正体を覚ったクイックが剣を抜いて怒鳴った
「エルロンコイだ!!」
咄嗟に冒険者たちは一斉に武器を構えた。緊張がはしる冒険者たちに対し、レバンスだけは頬を紅潮させつつも、口元に笑みを浮かべている。
「まだまだ、冒険はこれからだ」
レバンスはエルロンコイの群れに向かって、ゆっくりと剣を抜いた。




