割の良い仕事
朝のラウール城下町は静まりかえっていて、普段、人が溢れる往来には、店先で掃除している店員らしき者や、店内に荷運びをしている業者を目にするくらいである。この大通りが人で賑わうのは、店が開き始める10時を過ぎた辺りである。
旅装姿の夏目修一郎は一人、その静かな大通りを東門に向かって歩いていた。春はまだ浅く、ひんやりと空気が冷たい。
――1日で2ゴールドか。
悪くない仕事だと修一郎は思った。
仲間を組みたいわけでもないし、リスクを冒してまで財宝が欲しいというわけでもない。しかし、ハミルには相当な自信があるようで、サクヤに依頼してきた手当てもスライム案件よりだいぶ良い。
細かな作業や探索はハミルたちに任せておいて、自分はハミルを護ることに専念すればいい。ゴブリンは人の姿をしているからためらいはあるものの、修一郎の腕前と一対一不覚を取るような相手ではない。
高望みはしないが、日常の暮らしや情報を集めるためにも、蓄えがあるのに越したことはなく、このような仕事にそうそう巡り会えるものではない。これからを考えれば、修一郎はハミルの一方的な申し出を受けることにしたのだった。
ただ、何となく気がかりなのは、単純に宝を探すだけではなく、意地の張り合いだと聞かされたからでもある。
「ハミルちゃん、仲間と喧嘩しちゃって」
サクヤは渋い顔をして、詳細を聞かせてくれた。
財宝が眠るヤマノ炭鉱は現在ゴブリンの住処となっている。5年ほど前に炭鉱を占拠したのだというが、軍が動かないのはヤマノ炭鉱は閉山されていて、周りにも町や村もなく軍を動かすほどでもないということもあって放置されていた。
代わりに冒険者たちの注目されはじめ、いつしか炭鉱の奥に財宝が眠っているという噂が流れるようになった。
ハミルはその財宝探しに挑んでいて、他にも仲間がいたのだが、探索ルートをめぐって意見が対立したのだという。ハミルは近道となる坑道を主張したのだが、特に反対したのはパーティのリーダーで、着実なルートを主張していた。そこで口論となり、ハミルはカテラを連れてパーティから離れたという話だった。
「あ、こっちこっち」
朝早くに関わらず、テンション高めな声が修一郎の耳に届いた。一度聞いたら忘れないような声だが、顔を向けると果たしてハミルが、東門のそばで修一郎に手を振っている。カテラがペコリと会釈してくる。
そのハミルとカテラの傍に3人ほどの男たちがいて、鋭い眼差しを修一郎に向けてきた。
喧嘩した仲間かと思ったが、ハミルはにこにこ顔で男のひとりと話している。修一郎がハミルに近づくにつれ、男たちは憮然とした表情で離れていった。
「おはよ。約束通り来てくれたね」
「……あの男たちは?」
「どっかで私らのこと聞いて、パーティに参加しようとしてきたのよ。アイツラ評判悪いから昨日断ったんだけど、しつこくて。今も丁重に断った」
「そうか」
修一郎は、町の中へ消えていく男たちの背を眺めていた。いずれも凶悪な面構えだったのを思い出している。
「それにしても、早めに来たつもりだが、ハミルたちも随分と早いな」
「そりゃ、はやくお宝ちゃんに会いたいじゃん」
声を弾ませるとハミルは、自分の荷物を背負って歩きだした。ヤマノ炭鉱まではラウールから約一日掛かる。
「ハミルていつもあんな感じなのか?」
「確かにテンション高めですけど、今朝は特に酷くて……」
カテラが苦笑いしながら頭を振ると、コラアとハミルの怒鳴る声がした。あまりの大きさに、近くで餌を探していた雀たちが一斉に飛び立っていった。
「ぼやぼやしない。さあ、宝探しに出発、出発!」
※ ※ ※
ヤマノ炭鉱を占拠したゴブリンは、およそ百匹と言われている。元々は縄張り争いに負けた部族が流れてきたと言われているが、詳しいことはハミルたちも知らないようだった。
「そこにお宝があるかとか、名声が得られるかとかが大事だからさ」
「なるほど」
修一郎の問いにハミル小声で答えた。2人は背中合わせの状態で、岩場の陰に身を潜めている。ハミルが見つめる先には鉱山への下層へ繋がる入り口があって、奥はぽっかりと暗い口を開けている。
「しかし、こんな入り口を良く見つけたな。ゴブリンですら気がついていないとは」
「抜け目ないからね私は。だから、アイツらには最短ルートだて言ったのに……」
「仲直りする気は無いのか。それまでは上手くやっていたんだろ」
「サクヤが話したの?」
「どういう状況かある程度把握せんとやりにくい。今朝の男たちだって、事情を知らなければお前の仲間かと思ったところだ」
「それで何か問題あるかい?」
「事情を知らねば、余計な憶測をする。勘違いする。判断に迷いがでる。行動が鈍るということだよ」
「……」
「金を貰っている手前、つまらん失敗はしたくないんでな」
「アンタ意外に考えてんだね」
お前に言われたくないと修一郎は思ったが、依頼主を詰るわけにもいかず言葉をぐっと呑み込んだ。
「それにしてもナツメは言葉、流暢だね」
「1年も旅すれば嫌でも覚えるさ。言葉や文字は飯を食う大事な道具だからな」
「それもそうだね」
ハミルが奥を見つめたままくすくす笑っていると、闇の奥から足音が聞こえた。ハミルと修一郎は口を閉じ気配を探っていると、闇の奥からハミルと囁くような声がした。カテラの声だ。
性格が気弱といってもカテラもやはり冒険者で、探索を一人でもできる度胸と冷静さくらいはある。
「大丈夫、誰もいないよ」
「……よし、行こう!」
ハミルが修一郎の背中を叩くと、2人は一斉に岩場から飛び出した。修一郎は辺りを確認しながらハミルの後を追うが、他に気配は感じられない。修一郎はいつでも刀を抜けるように、左手を刀に添えたまま洞穴へと足早に向かった。
「ハミル、ここから斜面になってる。足下に気をつけて」
「何も見えないなあ」
ハミルの不安そうな声がした。闇さ更に深さを増し、一寸先は闇といったところで、足下にはごつごつとした岩の感触がある。壁を頼りに歩いているが、気を抜くとつまづいて転倒しそうになってしまう。
「カテラ、“小灯”使いなよ」
「いいの?」
「ゴブリンの気配もしないし、多少の曲がり道はあるけど下層に出るまでは一本道だから大丈夫でしょ。転んで怪我しちゃうのが心配よ」
「うん」
カテラと思われる影が、人差し指を宙を指して詠唱を始まった。
「……我らに光を示せ。……“小灯”」
呪文を唱えるとカテラの指先に豆のような光が生じ、洞窟内をやわらかく照らした。下位魔法なだけにそれほど範囲は広くないが、ひっそりと行動するにはちょうど適した強さだと思えた。
一本道というのはハミルが言った通りで、別れ道もなくて考える必要もないほどだった。おそらく下から鉱石を運ぶ直通ルートのために掘られたのだろうが、本格的な運用の前に閉山し、そのまま忘れ去られてしまったのだろう。
「みんな、地図に載ってるような、わかりきったルートしか行かないのよね」
先頭のハミルが不満そうに言った。
戦闘態勢は解いていないが、ゴブリンがいないと察して少し緊張を弛めたらしい。常に張り続けていたら疲労も蓄積しやすくなる。弛める時に弛めなければ体が持たない。
「ルインもホークもカルッソのおっさんも、他のパーティと同じルートばっか行って、こせこせ競争してんのよね。順番待ちとかコイン決めや暗黙の了解なんてバカみたい。冒険者じゃなくて、作業員じゃない」
仲間らしい名前を口にして、ハミルは憤然としている。
昨日、サクヤの説明で、他のパーティと争いにならないよう、冒険者たちの間で様々な決まりごとがあるのを修一郎は思い出していた。揉めたらコインで決める程度しか聞いていなかったが、他にも幾つかあるらしい。
「私みたいに、こうやって未知のルートを探して、挑戦して、目的を達成するてのが冒険者の醍醐味だと思うのよね。守りに入ってどうすんのって」
「耳が痛いな」
修一郎は苦笑いしながら頭を掻いた。
「ナツメは良いのよ。仕官も金持ちも考えてないんでしょ」
「まあな」
「他はそうじゃないのよ。ルインはラウール城の親衛隊に入りたがっていたし、カルッソなんて豪邸構えるのが夢だって、私だってあるんだよ」
「ほう?なんだ」
「天下取り」
予想もつかないハミルの返しに、修一郎はすっころびそうになった。
「テンカてあのテンカか?国を支配するとか覇者になるという」
「それ以外何があるのよ」
「いや、やけに大きい夢だと思ってな……」
国でも講談以外で耳にしたことがない。修一郎はハミルの正気を疑ったが、“小灯”に照らされたハミルの瞳は、キラキラと明るく輝いている。
「他の国々を従えて、皆が私の前で頭下げるの。今のとこ、家来はカテラしかいないけど」
「ぼ、僕?」
「なによ、不満なの。私が嫌いなんだ」
「そういうわけじゃ……」
狼狽えるカテラがおかしくて、修一郎が思わず噴き出すと、釣られてハミルを小さく笑いだし、やがてカテラも「たはは」と情けないような声をあげるのだった。
「……ごめん、静かにして!」
何かに気がつき、ハミルは声を潜めながらも、鋭い口調で2人の声を制してきた。既に臨戦態勢となり、じっと見据える先に、ほんのりと淡い光が生じている。外から光が入ってきているようだった。
「……これから、敵さんの真っ只中に入ることになるから。余計な荷物はここに置いていくこと」
ハミルの指示に修一郎とカテラは無言で頷いた。既に2人も気持ちを引き締め直している。カテラは小灯を消して、深呼吸を何度も繰り返していた。
修一郎は目釘を素早く改めると、緊張で乾いた唇をそっと舐めた。相手はゴブリンとはいってもこれから火中に飛び込むと考えると、体が奮い立ち気力が充実していくのを感じる。
「頼りにしてるわよ」
「そのために俺がいる」
闇に包まれわからなかったが、もしカテラが“小灯”を点けたままだったなら、2人は凄みのある修一郎の笑みを見ていただろう。