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異世界用心棒奇譚  作者: 下総 一二三
異種族悲恋
19/34

案内されて

 一週間後、修一郎が通された待機部屋には、十名の男女が待っていた。

 男女といってもただの集まりではなく、油断のない面構えから熟練を感じさせる冒険者だと一目でわかる。どれもこれも腕に覚えのある連中だと修一郎は思った。

 しかし、わずかな期間とはいえ、仲間となる冒険者たちである。彼らの前で氏名を告げて挨拶を済ますと、その中から一人の若い女が修一郎に近づいてきた。

 服装や装備はラウールのものだったが東洋系の顔立ちで、歳はハミルやサクヤと同い年くらいに思えた。太和(たいわ)の者かと、一瞬思ったが面立ちや団子状にまとめた髪といい、太和(たいわ)のそれとは少し違うように感じた。


「はじめまして」


 若い女は訛りの強いラウールの言葉で、明るく微笑んでみせた。独特の発音をしていた。


「私、李華蘭(り・からん)いうアルね。太和(たいわ)の隣国、大明(たいみん)の国から来たアル」

「大明か。それは随分と遠いとこから来たな」

「それはお互い様ね。ナツメは神林藩と言っていたアルが、藩祖は神林長正公アルか?」

「その通りだ。よく知っておるな」

「我が曾祖父李恵が、徐州に出陣したアルからな」

「おお、ひょっとして白頭野か」


 うなずく李華麗に、修一郎は思わず声をあげた。思わぬ場所で、古い友人に出会ったような、不思議な感動を覚えている。なんのことかわからないラムネは、傍らでキョトンとしていた。華麗をはじめ、冒険者たちはラムネの姿が見えないようだった。霊感と魔力の強さとは関係がないらしい。


「なんとも、奇縁と言うしかないな」


 置いてきぼりされているような顔つきするラムネの横で、修一郎はしきりに頷いている。

 神林藩藩祖神林長正は、大明侵攻を目論む時の天下人太閤秀吉に命じられ、鍋島藩薩摩藩とともに九州から琉球(りゅうきゅう)を経て徐州へと上陸し、後方を撹乱(かくらん)する作戦を行っていた。

 その兵は十万。

 大明の左将軍李恵は動きを察知し、「兵半ば渡らば奇襲によってこれを討つ」と進言して自らは騎兵三万率い、徐州は東、白頭野において両軍は激突した。

 日の出から半日にわたる激戦は太和(たいわ)が敗れて決着したものの、神林長正の鬼神の如く目覚ましい働きは、後世の語り草となったのである。


「鍋島藩薩摩藩を救った“三度大返し”は、敵ながらアッパレと、我が国でも必ず教わるアルね」

「神林藩でも、李恵殿の神眼と勇気は兵法の鑑と言われておるな」


 しかし、と修一郎にはある疑念が生じた。


「その神眼の李恵の子孫ともあろう者が、何故ラウールに?」

「大明は今、大航海時代アルね。“三宝太監”鄭和(ていわ)様をはじめ、多くの若者が世界に旅立っているアル。私も色々なものを見てみたかったアルね」

「……」

「ただ、冒険は厳しいネ。ラウールには5人仲間と来たアルが、2人死んで残る2人とは喧嘩別れして、大明出身の冒険者は私一人だけアル」

「ほう、何故喧嘩を?」

「元々、気が合わなかったアルよ。今のメンバーのがよほど楽しいね」

「なるほど」

太和(たいわ)は今、鎖国政策としていると耳にしたアルが、ナツメも世界を見たくてここに?」

「む、まあ……、な」

「国法に背いて大したものアル。勇気あるアルね」


 瞳を輝かせて話す李華麗を、修一郎はまぶしそうに目を細めて眺めていた。敵討ちなどと後ろ暗い実情を抱えている自分が、何か酷く小さく思えていた。

 返事に窮していると、おいと男の声がした。精悍(せいかん)な顔立ちをしたエルフの男が立っている。 冒険者たちを指揮する、クイック・サーブという男だった。李華麗が属するチームのリーダーでもある。


「華麗。話はそこまでだ。ナツメをレバンス様のところへ連れていく」


  ※  ※  ※


「やあ、君がナツメか」


 栗色の髪をした青年――レバンス・エルフィンド――が、明るい声で修一郎を迎え入れた。

 執務室と呼ぶには質素な木造の部屋で、華美な家具や装飾品は一切なかった。本棚の隅にひっそりと置かれたウィスキーとグラスに、壁に掲げられている2枚の女性の肖像画、そして部屋の主の存在が、無愛想な部屋を(うるお)いとなっている。


「ギルドから話は聞いている。ヤマノ鉱山でボスゴブリンを一撃で再起不能にし、ギルボア学園では悪党から生徒たちを護ったとか」

「それぞれ、敵に油断があってのことです。僥幸(ぎょうこう)でした」

謙遜(けんそん)するな。頼りにしているぞ」

「はっ」

「承知と思うが、敵はゴーレムだ。この難関を乗り越えねば、アゲハ族の村に入ることもできん」

「……」

「かといって、これは私事。辺境の地を護る大切な兵を危険に晒すわけにはいかん。そこで冒険者たちの力を貸してもらいたいのだ」

「……」


 貸してもらいたいとは上手い言い方だと修一郎は思った。金を払えばこちらのものだと言わんばかりの、依頼主特有の横柄さも感じない。


「出発は3日後を予定している。あとはクイックから説明を受け、その指示に従うように」

「わかりました。お任せください」

「頼むぞ、期待している」


 それを最後にして修一郎はクイックに連れられ執務室を出ると、そのまま修一郎が使う宿舎へと案内された。宿舎はレバンスの屋敷の東門側にあって、広い庭に木造平屋の長屋が二棟ばかり建っている。道すがら、クイックから城に仕える下人や下士も住んでいると話していた通り、家の前ではそれらしき者たちが家を出入りし、或いは道端で雑談していた。

 クイックの姿に気がついて、剣を携えた若い男がよおと声を掛けてきた。身なりが質素で麻の衣服を着ている。おそらく下士だろうと修一郎は推測した。


「新入りか」

「ああ、ナツメというんだ」

「ふうん?」


 クイックに紹介されると、若い下士はじろじろと修一郎を見てくるのでいささかいごごちが悪かった。


「今度の奴はしっかりしてそうだな」


 それだけ言うと、若い下士は身をひるがえしてどこかに去っていった。


「ここだ」


 クイックに呼ばれて我に返ると、クイックは一番手前の部屋を(あご)で木戸を示して戸を開けた。中はレバンスの執務室のように質素ではあったが、台所があり、隅のベッドのシーツも真新しい。部屋の中央にある小さな丸テーブルの上には煙草やコーヒー豆にコーヒーミル、カップまで用意されていた。


「ナツメの部屋より立派だね」


 ラムネが感心したように室内を見渡していた。


「いや、まったくだな」

「何か、言ったか」

「あ、いや、スマン。つい、自分の部屋を思い出してしまってな」


 クイックにはラムネの声は聞こえない。不審な目を向けるクイックに、修一郎は慌てて手を振って言い訳した。


「ウチの借家は、ここよりせまくでオンボロでな。コーヒーなど置いてもない。つい、感心してしまったのだ」


 はにかみながら言い訳すると、クイックはそれで納得したのか、そうかと小さく頷いて話を続けた。


「まずは、ヤカンと炭は台所の下にある。隅の(かめ)は水が入っている。井戸はここを出て、右をまっすぐだ」

「……」

「それと掃除は自分でしてもらう。次に三食は女中が飯を運んでくる。外出は門番に行き先を話しておけば自由だが、まず酒は禁止。外でもだ」

「……」

「他に刃傷沙汰はもちろん、軽はずみの色恋沙汰は禁止だ」

「……」

「町の南西部に娼婦の館がある。この町の様子はだいたいわかるな?」

「だいたいはな」


 レバンスが守る辺境の城は、城というよりも砦に近い。

 城は巨大な川が南北それぞれに分かれた広大な中州にあった。南北はしる川は幅数百メートルもあり、魔物の侵入を防ぐ壁となっている。移動には船で渡っていく。

 城壁は巨大な丸太を積んだもので、城内の建物もすべて木造りだった。屋根付きの家屋は建てられているものの、どれも平屋で屋根には重し代わりに石が置かれてあるような貧乏長屋ばかりだった。城内で生活する人々の暮らしは質素で、むしろを敷いて地べたに座り通りの端に露店をひらき、あるいは飯を喰らい、もしくは騒いでいる。

 ラウールの荘厳な造りとはまるで異なっている。異なっているどころか泥臭く粗雑で雑多な感じがした。しかし町には活気があり、どこか懐かしい気がするのは神林藩の空き地に建ち並んでいた怪しげな露店の風景とどこかしら雰囲気が似ていたかもしれない。


「辺境の町ではあるが、そこそこの女がいる。幾ばくかは城も面倒見るそうだ」

「いきなり、何を言い出す」

「色恋沙汰は禁止だと言っただろう」


 頬を真っ赤にするラムネの反応を気にしながら修一郎が言うと、真面目な顔をしてクイックは返してきた。


「李華麗の他にもメンバーに女がいる。城で働く女もいる。つまらぬ感情や面倒事を持ち込まれては困るからな。鬱憤(うっぷん)は外に吐き出してもらう」

「なにか、そういうことがあったのか」

「半月前だ。今回の依頼もそのためだ」


 クイックは吐き捨てるように言った。


「そいつは城につかえる女中に手を出した。腕の立つ奴だったから、メンバーに残したのだがおかげでチームの雰囲気は最悪となった。その代償は大きく、肝心のところで連携がとれず、そいつの他に2人も死んだ」

「……」

「こういう事情だ。堅苦しいと不満なら辞めてもらっていい。行き帰りの旅費は出すとレバンス様も言っている」

「なるほど、事情は呑み込めた。気をつけよう。俺も生活が掛かっているのでな」

「そうか。何か用があったら、使用人に言ってくれ」

 言い終わるとクイックははじめて、ニコリと表情をやわらげて部屋から出ていった。


「何か、冒険者の割に、窮屈(きゅうくつ)そうな男ね」


 クイックが部屋から出ていくと、ラムネはウンと背伸びをしてふわふわと欠伸(あくび)をした。修一郎はコーヒーを飲むために、台所で火を起こしている。長い付き合いのせいか、修一郎が言わなくても心得たもので、ラムネはミルでコーヒーを挽きはじめている。


「言い方もお城勤めみたいで、堅苦しい」

「そうでもないだろ。娼婦の館を教えてくれたではないか」

「ま、まさか、行くんじゃないでしょうね!」

「いつもみたいに、建物から離れておけば良いだろう」

「ば、ばか、へ、へへ、変態!こんな時にそう言う!?」


 ラムネはミルを挽きながら、顔を真っ赤にして怒鳴った。

 夏目修一郎といっても、一人の立派な男子であるので、欲情というものがどうしても生じてしまう。ラムネに黙っておきたいところではあるが、とり憑いているからどうしても一緒についてきてしまう。はじめは部屋の外で待たせていたのだが、悪いことはばれるもので、何をしているのか興味を持ったラムネに覗かれ、すぐにばれてしまった。

 そのあと幽霊のくせに3日ばかり寝込んでいたし、治っても一週間は口を利いてもくれなかった。やがて、男はそういう生き物と理解するようになってからは、部屋の外で耳目塞(ふさ)いで待つようになったものの、当然ながら納得はしていないのは明らかだった。


「わ、私にもきっと、変なことを考えていたんでしょ」

「バカを申すな。幽霊に劣情もよおすほど暇ではない」

「……」

「娼婦の件は冗談のつもりだったが、もしかして怒ったか?」

「見たらわかるでしょ。当たり前よ」


 ラムネは憮然(ぶぜん)とした顔で、プッとむくれたまま、そっぽ向いている。修一郎は苦笑いして、沸いたヤカンを窯からおろした。


「悪かったよ。そう怒るな」

「……」

「もう勘弁しろ。美味しいコーヒー煎れるから。それは良い豆だぞ」


 修一郎は手際良く、コーヒーの用意をしている。薫り立つコーヒーを横目にしながら、ふんと鼻を鳴らした。


「……許してあげるわ。そのコーヒーに、砂糖2つにクリープ入れてくれたらね」

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