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異世界用心棒奇譚  作者: 下総 一二三
異種族悲恋
18/34

まさかの事態

 ギルドではいつもサクヤと口喧嘩しているのに、今日は珍しくラムネは大人しくしている。久しぶりにサクヤの父であるカムカが来ていたからだ。カムカは幽霊のラムネの姿が見えない。

 ラムネにも無用な騒ぎを起こさないだけの分別はあって、カムカの後ろで事務作業をしているサクヤと、気がつかれないようにアカンベェやバーカと口だけの応酬にとどめていた。


「なんと、今回の依頼主はこの国の領主様ですよ」


 カムカは満面の笑みを浮かべている。

 修一郎がギルドに顔を出すと、カムカもサクヤも歓迎してくれて雑談もそこそこに早速、依頼を持ち出してきたのだった。よほど金額が大きいのだろう。依頼主からの報酬の何割かは、ギルドとカムカに渡るはずだった。


「ラムネ……じゃなく、マクベス家みたいな男爵かな」

「いえいえ、あんな辺鄙へんぴな田舎領主ではなく」

「なんですって?」


 明らかな悪口にラムネが色をなし、拳を振り上げてみせたものの、一瞥いちべつした修一郎の鋭い眼光に制せられしまうと、ラムネは憮然としたままさがっていった。


「マクベス家よりももっと立派な領主様でして、エルフィンド公爵を聞いたことはありますか」

「おう、知っておる。ラウールでも五本の指に入るほどの名家だな」

「なんと、依頼はそこからなんですよ。報酬も二百ゴールド」

「ほう」


 報酬よりも大身(たいしん)の貴族が、冒険者風情(ふぜい)に何の依頼かと、修一郎はそちらの方に関心が寄っていた。


「そこにレバンスという第二公子がいるのですが、今年で二十歳(はたち)。美男にして剣の腕も立ち、将才もおありとか。今は、エルフィンド領の東にありますアッセムカという小城で、警護隊長をしておられます」

「……」

「ご気性も活発な方だそうで、巧みな馬術で遠乗りも珍しくない。そこの道中、魔物に教われている旅の一行を救ったなどと話もひとつふたつではないそうで」

「わかった、わかった。その第二公子とやらを、護れば良いのだな」


 終着点が見えず、話が長くなりそうだったので、修一郎が(さえぎ)るように言うとカムカはそうなんですよと大きくうなずいてみせた。


「ただの護衛ではありませんで」

「ふむ、なんだ」

「とある日なんですがね、レバンス様がいつものように遠乗りしておりますと、森の奥から悲鳴が響いてまいりました」


 その日、レバンスは家来2人を従えて、城から北西にあるアッセムカ湖まで遠乗りに出掛けていた。アッセムカ湖周辺は魔物も多く、住民も恐れて近づかないのだが、レバンスは剣に相当な自信があり、アッセムカ城に配置されてからは、何度もアッセムカ湖に足を運んでいた。湖の(ほとり)で馬を休ませていた時、森の奥から人の悲鳴を聞きつけ、部下とともに助けに向かった。


「魔物はレバンス様たちに撃退されましたが、助けた者が女、それも人間ではなかったのです」

「人間ではない?あの辺りにそんなのいたかな」

「アゲハ族の女だとか」

「名前しか聞いたことないが、そりゃあまた珍しいな」


 アゲハ族は伝説的な存在で、森の奥深くに住み、人前にはほとんど姿を現さない。

 それ以上のことは誰も知らなかった。


「そのアゲハ族の女と、レバンス殿という方とどう関係があるのだな」

「レバンス様が、そのアゲハ族の女に一目惚れしてしまいまして」


 カムカはひげ面を近づけると、いたずらっぽい笑みを浮かべてウィンクしてみせた。中年男のおどけた仕草に寒気がはしり、修一郎も後ろのラムネも思わず身震いを起こしていた。


「ぜひ、妻に迎えたいと迫り様々な贈り物をするのですが、嫌だ無理ですとどうしても首を縦にしない。仕方ないから一旦(いったん)は森に返したのですが、どうしても諦めきれない」

「……」

「しかし、森は危険な魔物だらけ。軍をいたずらに動かすわけにもいかない。さあ、そこで!という次第です」

「冒険者なわけか」


 下手な講釈聴いているようで、疲労感が体を襲っていくぶん肩が重い。首や肩を揉みほぐしながら、修一郎が言った。


「しかし、聞いた感じでは日数が経っておるな。まだ終わらんのか」

「それが……」


 カムカはばつの悪そうに頭を掻いていた。サクヤも筆を止めて、不安そうにカムカの背中を見ていた。


「これがなかなか難所でして。アゲハ族が見つからないどころか、3人ほど命を落としまして」

「何だと?」


 修一郎が色をなして(にら)むと、カムカは小さく背を丸めて状況説明しだした。

 レバンスは10人編成の部隊をつくり、自身の指揮で未開の地を探索していたのだが、アゲハ族と思われる集落まで近づいたのだがその入り口前に立ちはだかる石像(ゴーレム)(はば)まれたのだという。


「そういうわけで、冒険者の補充(ほじゅう)が必要となったとこに、先生がおいでになられたんですよ」

「すまんが、この依頼は承けられんな」


 話を聞き終わると、修一郎はキッパリと言った。金は多分にあり、そこまでの危険に身を晒す必要はなくなっている。関心も既に遠退いていた。


「俺は一人が性分にあっておる。それに少々危険な仕事過ぎるようだ。これはやめとこう」

「いやいや危険だなんて。先生の腕なら……」

「それより、例のスライム退治はないのか」

「先約入っちまって。奴らはまだ新米ですから、勘弁してくださいよ」


 拝むようにカムカが言った。

 経験の浅い未熟な冒険者にとって、スライム退治は経験を積むために格好の仕事だった。スライムといっても狂暴な野犬くらいの危険性はあるので、修一郎にとっても技を試すにはちょうど良い実践の場となっていたが、同じスライム退治でも名誉と栄光を得るために日々、汗水垂らして必死にならなければならない新米冒険者と、戦いに慣れた熟練者では経験の重要度がまるで違う。


「それなら仕方ないな。サクヤには手間を掛けさせてしまったが」

「サクヤが?」


 カムカはきょとんとした顔つきで、修一郎を見ている。


「なんだ。前にサクヤが家に来たらしいが、親父が行くように言ったのではないのか」

「全く心当たり無いんですが……」

「あの、ちょっと……」


 後ろで事務仕事をしていたサクヤが立ちあがり、急にもじもじと顔を真っ赤にしながら言った。


「ごめんなさい。ちょっと出かけてきます」

「サクヤ、どこへ行くんだ」


 問いかけるカムカに、サクヤはあのその口ごもりながら、あたふたと建物から出て行った。


「どうしたんだ、あいつは」

「まあ、いい」


 刀を腰に戻して、修一郎は立ち上がった。


「親父、気楽そうな仕事があったらそれを頼む」


  ※  ※  ※


「ああいうの、ナツメ向きだと思うけどなあ」

「……?」


 不意にラムネがそんなことを言い出したので、修一郎は立ち止まってラムネに振り返った。

 ギルドを出た2人は、中央通りにある銀行へと向かっていた。懐具合が乏しくなっていて、預けた金を引き出すためである。

 既に陽は斜めに傾き、若干(じゃっかん)、日差しが弱くなっている。ラウールの城下町は相変わらず盛況で、人が波のように押し寄せては彼方へ去っていく。通りすぎる人々の目には、修一郎が突然、路上で物憂げな表情で立ち止まったように映っているはずだった。何人かは怪訝そうに、修一郎の視線を追いながら過ぎていき、若い娘などは何度も振り返り、「いい男」と噂しながら去っていった。


「何の話だな」

「さっきの依頼。ナツメだったら、ゴーレムくらい倒せるんじゃない」

「なんだ、その話か」


 修一郎は苦笑いして、視線を戻すと再び足を前に進めた。


「だって、修一郎はフェニックスだって倒したじゃん。それにゴーレムは、額の刻印を削れば止まるて聞いたよ」

「確かに止まるが、冒険者なら誰もが心得ていることだ。それでも腕に覚えのある冒険者が3人も死んだのだ。生半可な相手ではない」

「……」

「今は危険を(おか)してまで戦う気にはならん。他の連中に任せておくさ」

「……」


 それきりラムネは無言のままだった。ただ黙っているだけではなく、不機嫌なのは背後から気配で伝わってくる。やがて修一郎たちは大通りの交差点を左に曲がり、レブラ川という町中をはしる小さな川が現れた。小さな川といっても、荷を運ぶ小舟が行き交うだけの広さはある。修一郎は架かる鉄橋の半ばに差し掛かったところで、立ち止まってラムネに振り返った。大通りよりも人気もぐっと少なくなり、今も見渡しても数人しか映らない。ここなら落ち着いて話せそうだった。


「さっきから、不満そうだな」

「不満というか、わかんないのよ。ナツメが何を考えているのか」

「……」

「冒険者じゃない私が言うのなんだけど、ナツメは強いよ。だけど、似顔絵の人ばかりで冒険自体には関心ないし……。訊きにくいから黙っていたけれど、その人と何かあったの?」


 まっすぐに見つめるラムネの瞳を、修一郎は正面から受け止めたが、しばらくすると背を向けて橋の欄干に肘をついて体を預けた。

 強い視線と口調で訴えるラムネの言葉には、単なる興味本位からくるものではなく、真剣な響きを感じていた。仇敵“不知火”については、ラムネに打ち明けてはいない。積み重なった苛立ちがここにきて爆発したようだった。


「ま、ラムネが疑問に思うのも当然だな」


 修一郎は気だるく波打つ川面に目を落としながら言った。流れとも呼べない緩やかな川なので舟も行き交いできるが、その分、(よど)んでかなり汚れているように思えた。反射する陽光もどこか無気力そうだった。


「あの似顔絵の男は“不知火”と言ってな。我が神林藩にとって仇敵だ。俺は奴を討つためにこの地までと来た」


 それからぽつぽつとこれまでの経緯を話す間、ラムネは傍らでじっと修一郎を注視(ちゅうし)していた。時折、人が後ろを通り過ぎていったが、端から見れば物思いにふける修一郎に、なんとなく遠慮して離れて歩いたので、修一郎の話を聞くものは一人もいなかった。


「……そういうわけでな。ラムネが期待するほど、そう熱心には仕事はやれん」

「その不知火という人を倒したら、ナツメはどうするの」

「冒険者を辞めて、さっさと帰るさ」

「え……」

「目的も無く、異国の地にいても仕方なかろう」

「でも、ナツメはこの国の言葉が堪能(たんのう)で、下町の人から貴族相手でも支障無く話せるくらいだし、人当たりもいい。別にここにいたっていいじゃない。自由に生きられるのよ。窮屈なお城勤めが良いの?」

「自由か。良い響きだな」

「私、冗談で言っているんじゃないよ」


 傷ついたような顔をして表情を歪ませるラムネに、修一郎は浮かべかけた笑みを引っ込めた。


「……お前は何故、この世に残った」

「何が」

「死んでしまえば、すべての苦しみから解放され、あの世に行くと聞く。それでもお前はこの世に残ったではないか。それは何故だ」

「そりゃあ、お父様が心配だったから……」

「俺も同じだ。たとえ藩が潰れ、異国の地にいても、仲間や家族の顔が今もちらつく」


 修一郎は(めかけ)の子と(さげす)まれ、冷飯を喰らう身分であった。

 それでも家では老僕の弥助やおねねに伯母の美根が何かと面倒をみてくれた。多賀町の佐平という職人の子とも仲が良かった。一刀流を学んだ松根道場の仲間たちには、身分を越えた絆を感じている。


「だから終われば、ラウールを去る」

「終わるて、何を」

「その似顔絵の男、“不知火”を斬るということだ」

「……」

「奴は我が神林藩の仇。奴を斬るために、俺は追ってこの地まで来た。平穏な暮らしを壊され、俺を含め、多くの臣が路頭に迷うこととなった。この仕返しはしてやらんとな」


 ラムネは目を見張ったまま、修一郎が話す間、じっと注視していた。


「これまで黙っていたのは、お前は他人に見えぬ身。端から見れば独り言だ。奇異なものは、人から視線を浴びやすい」


 そういう事情だと、修一郎は欄干から体を離すと、(きびす)を返して再び歩き出した。それから重い沈黙が続いた。橋を渡ったところで「おい」と修一郎の声がした。ラムネが顔をあげると、前を歩く修一郎の広い背中が映った。


「ラムネもハミルにとり()けるよう、今から考えておけよ。もっとも、俺がラムネの仲間入りするかもしれんがな」

「シラヌイて人、強いの?」

「剣は知らんが、強大な魔力を持っている。一筋縄ではゆくまいて」

「……」


 修一郎が口をつぐむと、重い沈黙が始まった。ラムネとしてはただ事ではないくらいはわかっていたつもりだが、改めて明かされると、抑えきれない動揺が心の中で渦巻いていた。

 だが、何と言えばよいのかラムネにはわからなかった。東の果てから追ってきた人間に、終わったことなんだからと軽々しく言えるだろうか。考えている合間に、いつの間にか裏道を抜けたらしい。ラムネの耳に町の喧騒(けんそう)が飛び込んできた。

 気がつくと修一郎も呆然と立ち尽くしていて、目の前の光景を眺めている。

 たどり着いた銀行の前には、たくさんの人だかりが出来ている。ただ人が集まっているのではなく、何かと異変が起きたのは、血走った目や必死の形相、怒号や罵声が飛び交い、銀行員がそこかしこで必死になだめすかしている状況から明らかだった。


「何だ?」

「ちょっと、見てくる」


 そう言って、ラムネは銀行の中へと飛んでいった。建物内はすし詰め状態で、変わらぬ怒号が建物内に響き渡った。中では、銀行員たちが詰め寄る男たちに、青息吐息となって応対していた。


「あ、お客様。列にお並びください」


 窓口で対応していた一人の銀行員が、青い顔をしながらラムネに言った。どうやら、ラムネの姿が見えるらしいが、忙し過ぎてカウンター内に入り込んでいる格好のラムネを、疑問に思う余裕もない様子だった。


「お金を卸しにきたんだけど、いったい何の騒ぎなの?」

「じ、実は大掛かりな詐欺被害に遭いまして……」

「詐欺?」

「詳細は省きますが、例の武術大会、あの話を持ち掛けてきたグループが、大変な詐欺グループでして、運営資金として我が銀行のお金を洗いざらい騙しとられてしまい、現在、金庫は空となってしまったのです」

「空……、ですって?」

「回復するまでには少なくとも1ヶ月、いや2ヶ月は掛かるかと……」


 銀行員はふらふらと、ボウフラのように揺れ動きながら説明した。建物内は充分な広さがあるのだが、疲労とすし詰め状態で酸素が欠乏(けつぼう)して意識が朦朧(もうろう)としているのか、その口調もふわふわと頼りなかった。


「……2ヶ月もだと?」


 人混みを()き分けてきたらしく、修一郎が窓口に立っている。(おび)える銀行員をじっとにらみつけていたが、やがて「いくぞ」とラムネを促して銀行を後にした。

 外へ出ると、事態を聞きつけたらしい城の兵士たちが、物々しい甲冑姿で向かってくるのが見えた。


「ギルドに戻るぞ」


 軍から背を向け、足早に歩く修一郎が不意に口を開いた。


「ギルドに?」

「わかっているだろう。さっきの依頼を受けるのだ」


 金を失った冒険者たちが、どっとギルドに押し寄せる。おそらく仕事も枯渇(こかつ)するかもしれない。これからの生活もあるが、不知火を追うためにはそれなりの金が要る。

 追いつ追われつの身で、呑気に構えているわけにはいかなかった。

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