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異世界用心棒奇譚  作者: 下総 一二三
異種族悲恋
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待ち合わせ

“アネッサの酒場”はラウール城下町の東側、東門からの大通りを歩いてふたつめの交差点を右に曲がり、控え目なレストランとこ洒落たバーの間にある。

 料理は貧相だがビールが安くて旨い。政府公認の酒場は各地区に三、四箇所あって支援を受けて、冒険者には手頃な値段に設定されてある。しかし、公認の酒場ではなくともこの種の酒場を好む者もいて、労働者に混じってチラホラと冒険者の姿も見られた。

 しかし、公認酒場ではなくわざわざ安値な酒場を選ぶだけあって、来店する冒険者たちはなんとなく風変りな者たちばかりだった。大概は独り、或いは2、3人と少数でそれぞれむっつりと陰気な顔をしながら酒を飲んでいる。

 夏目修一郎も“アネッサの酒場”にいる一人なのだが、修一郎の場合は待ち合わせの場所と利用しているに過ぎない。

 どちらかというと、修一郎は自宅で晩酌を好んだ。


「これが新しく見つけた3人の名前と住まいが書かれたメモと、今回の報告書です」


 薄暗い酒場の隅で、修一郎の向かいに座る若い男が、一枚の紙切れとは別にして鞄から分厚い書類の束を差し出した。


「こりゃ随分と分厚いな。クラム」

「農夫に病人、遊び人と三人分ですからね。そりゃ、書類もそれだけにはなりますよ」

「ふむ」


 修一郎が書類をめくる間、向かいに座る情報屋のクラムは、ビールと枝豆を交互に口へと運んでいる。修一郎が読んでいるのは、仇敵“不知火”に似た人物の報告書なのだが、長文なだけに読み終えるまでには相当な時間が掛かり、最後のページを読み終えた時にはクラムの皿やジョッキはすっかり空になっていた。

 修一郎が読み終えて書類をテーブルの上に置くと、ばさりと重く乾いた音がした。


「ふむ。探しているのとは少し印象が違うようだな」

「私もそんな気がしますが、顔はナツメが描いてくだすった似顔絵に似てると思いましたよ。行商のふりしながら、近所の連中にも見せて訊ねたら、“ああ”なんてすぐに教えてくれて」

「そうか。なら、行ってみるかな」


 修一郎は近くにいたウェイターを呼んで、ビールの追加と肉じゃがを注文した。その後で懐から手のひらサイズの袋を取り出すと、それをクラムに差し出した。


「報酬だ。ご苦労だったな」

「へ、どうも」


 クラムは軽く頭をさげると、修一郎から袋を受け取り、後は中身を確認もせずに無造作な手つきで懐にしまいこんだ。クラムには奇妙な特技があって、触れるだけで金貨何枚あるかわかるのだという。

 修一郎は書類もクラムに返すと、一枚残った三名の人定が記された紙にじっと目を落としていた。


「この病人は、ラウールから案外近いのだな」

「キサラハという村におりますが、かなりの重病人みたいでね。書類にも書いてますが、怖くて本人の顔まで確認できなかった。そこはちょっと堪忍してくだせえ」

「それはやむを得んが、そんなに重いのか」

「子どもに世話してもらわなきゃ、今ごろとっくにお陀仏だったかもしれねえよ」

「こども?」

「10歳になる男の子だ。村人から聞いたとこだと、実の親子じゃないらしいが」

「ほう」

「元は旅の行商らしいんすよ。村に来たら発熱してね。どうもいけなくて、持ってた財貨とと引き換えにオンボロ小屋に住んでいるてわけで」

「なるほど、大変だな」


 代わりのビールと肉じゃがが運ばれてきて、クラムはどうもと恐縮しながらビールをすすった。事前の約束で、酒場の代金は修一郎が持つことになっている。クラムは一息に三分の一ほど飲むと、じっとジョッキに目を落としていた。


「それにしてもオンボロ小屋だったなあ」


 まだ病人のことが頭に残っていたらしく、クラムは腕組みして宙を見上げていた。ぼそぼそとしたじゃがいもを突っつきながら、修一郎はちらりと神妙な顔でいるクラムを見た。


「なんだ、随分と感傷的だな」

「いやね。あの子どもにはあったんですよ。ウチにも同じくらいのガキがいるんですよ。無口で何も話したがらなかったんですが、甲斐甲斐しく面倒見ている様が健気でねえ」

「……」

「あんまりにも可哀想になっちまって、無理やり、小遣いあげて帰ってきちまった」

「裏稼業に身を置く情報屋らしくないな」

「よしてくださいよ、ナツメさん」


 クラムは苦い顔を浮かべて手を振った。


「情報屋なんて名乗ってますがね。俺がやってるのはちょいとした人捜しに店の値段調べ。怪しい嫁さん旦那さんの身を洗うとか、仲間内ではしょうもないもんばっかなんすから」

「それでも情報屋の看板掲げておるのだから、そういう依頼もあるだろう」

「あぶねえなてのはありますけどね。最初にお断りしたでしょ?危険と感じたら打ち切らせてもらいます、て」

「そうだったな」


 たしかに初めてクラムとこの酒場で顔を合わせた時に、そんな会話をしている。


「余計な無理な詮索はしないてのがウチのモットーでしてね。そうして消された仲間を何人も見てますから」

「商売替えは考えんのか」


 どんな仕事が似合うかすぐには思い浮かばなかったが、クラムの報告書内容は詳細でわかりやすい。情景や人物が居ながらにしてありありと浮かんでくるようだった。情報屋というさほど聞こえのよろしくない仕事以外にも、クラムには相応しい仕事があるように思えた。


「どうすかねえ」


 クラムはビールをすすりながら、首をひねった。


「こういう仕事は、仲間内じゃ地味でやりたがらない奴が多いんスが、俺はやってて楽しいてとこありますからねえ」

「おかげで、俺は助かっておるわけだがな」

「ナツメさんみたいなお客さんがついてくれたら、アタシも助かるんで、しばらくはよろしくお願いしますよ」


 へっへと大きな笑みをつくると、クラムはジョッキに3分の1ほど残ったビールを一気に飲み干した。


「まだ飲むか」

「いや、金無くしたら家族にどやされますから。これくらいで」


 酒代は修一郎が持つのだが、だからといってクラムは二杯以上飲まない。酒好きなはずだが、甘んじることなく自制心を失わない。こんなところもクラムを信用できるひとつだと修一郎は考えている。


「クラムのところには、子どももいるしな。世話も大変だろう」

「ただ腕白過ぎてねえ……。ナツメさん、学校みたいなことやっているんでしょ。ウチのガキも面倒みていただけたらありがたいんですが」

「通わすのはかまわんが、気まぐれにやっておるようなものだから、当てにされても困るぞ」


 そうですよねと、残念そうにクラムは唸った。二度ほど修一郎の借家まで来たことがあり、ちょうど子どもたちに文字や数を教えていて、話が終わってもクラムも興味深そうに見物していたのである。


「それにこのところの騒ぎじゃ、それどころじゃないんじゃないですか」

「……?なんの話だな」

「ナツメさん、ご存じないんすか」


 いぶかしむ修一郎に、クラムは困惑気味な表情を浮かべていたので、何かおかしなことを言ったのだろうかと修一郎は自分を思い返していた。


「冒険者ギルドに顔出していないんですか?」

「最近、近所で色々とあってな。ひと月ばかり行っておらんのだ」


 修一郎が住む近くに一組の真面目な若い夫婦がいるのだが、その妻が悪い男に引っ掛かった。背後にならず者たちもいたこともあって、夫婦が人づてに修一郎を頼ってきた。義憤に駆られて頼みを受けたのだが、その始末にひと月ほど忙殺されてしまっていた。その間にも二度ほどサクヤが借家まで訪ねてきたようだが、すれ違いになってしまって会えていない。


「実はですね。来年にラウール城で、腕に覚えのある冒険者を集めて武術大会を開こう、なんて話があるんですよ」

「ほう」

「賞金は一万ゴールド。参加資格は冒険者になって半年以上だから、ナツメさんだって参加できるんじゃないですか」

「資格はあるにはあるが、半年か。半年未満でも腕の立つ奴はおるだろうに」

「登録だけしてトンズラされたら嫌だからでしょ。大会は来年だし、それまで生活しなきゃならないから、冒険者として働いてもらわなくっちゃ」

「なるほどな」


 苦笑いしながら、修一郎は生温くなったビールをすすった。武術大会自体に興味はわかなかったが、不意に訪ねてきたというサクヤの顔が脳裏を過った。武術大会の件を報せに来たのかもしれない。ただ、一方で言伝てや置き手紙でもよかろうと腑に落ちないものもあった。


 ――久しぶりにギルドへ行ってみるか。


 天空城探索に向かったハミルたちからの報酬5000ゴールドのおかげで、一年は余裕で遊んでいられる。あとは仇敵捜しに専念すれば良いだけなのだが、だからといって、ギルドからそのまま遠退くのも何か人情味がないような気もしていた。

 それにまだ敵討ちは済んではおらず、不知火が放つ刺客にもいつ遭遇するかわからない。冒険者ギルドが管轄する訓練場には通っていて稽古を欠かしていないが、培った技を試し実戦の勘を養う相手としてはスライム退治かちょうど良い。


「ま、用事があるから、ついでにギルドに顔を出して話を聞いてみよう」

「そうっすか。いや、ナツメさんなら良いとこまでいくと思いますよ」


 武術大会に興味を持ったと勘違いしたらしく、クラムは嬉しそうにニコニコとしている。修一郎は説明するのが面倒なこともあって、黙ってビールをすすった。

 来年には心境が変化して、出場へと考えが変わることもある。その前にもしかしたら敵討ちが失敗し、その頃には生きていないかもしれない。来年のことなど考えてなんになろう。


 ――生きていないかも、か。

 

 自分の不吉な言葉に反応するかのように、突然、全身に悪寒がはしり思わず体が小さく震えた。

 ビールが喉を通っても酔いは広がらず、肚が引き締まっていくような思いがした。

 不知火と、不知火が持つ魔力によって突如襲撃する刺客たち。

 使命が終わるまでは、自分に真の安息の日などないはずだった。


「ねえ、ナツメさん」


 呼ばれた気がして、それまで物思いにふけっていた修一郎が顔をあげると、クラムのニコニコ顔とぶつかった。


「さっきから気になってたんですが……」


 クラムはチラリと修一郎の隣を一瞥した。

 修一郎の隣には、オレンジジュース入りのコップと、チョコレートケーキの置かれた皿がある。


「なんです、それ」

「ああ、お供えものだ」

「オソナエモノ?」

「一種のまじないのようなものだ」


 霊に供物を捧げる風習はラウールやその周辺諸国にもあるのだが、説明するのが面倒で太和たいわの言葉で胡麻化していた。

 言葉の意味がよくわからず、半ば納得しかねるといった顔で、クラムはジュースとケーキを交互に見比べていた。

 クラムには見えていないのだが、修一郎の隣にはラムネ・マクベスが座っていて、人からみたら半透明なフォークを使って、同じく半透明となったケーキを口に運んでいる。

 最近、判明したことだが、朝昼晩の決まった時間にラムネの前に置くと、その料理を味わうことができるらしい。見た目は少量でも実際に減るわけではないから、満足いくまで料理を楽しめるという。

 ラムネは修一郎とクラムが話している間、ずっとジュースとケーキを堪能していたのだった。


「あー、ごちそうさま!」


 修一郎以外誰にも聞こえない声で、ラムネは満足気に大きく息をついた。

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