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異世界用心棒奇譚  作者: 下総 一二三
不死鳥の子守り
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そんなあなたに

 火の鳥。

 物語では語られる不死鳥フェニックスは、ラムネが絵本などの物語で"まるで火のような"と語られる通りの姿だった。燃え盛る炎のように赤々と逆立った羽毛。獰猛な(まなこ)と鋭い(くちばし)は、どんな武器よりも迫力があり、人の心を打ち砕く力を感じた。

 体から発せられる圧倒的な威圧感は、同じ不死鳥であるラムトドゥクとは比較にならない。いつものラムネなら、伝説の不死鳥に会えたのだから大はしゃぎしてもいいはずなのに、神樹の葉の裏から、ラムネは身を震わせながらフェニックスを眺めていた。。心臓を掴まれたようで、身動きすらできないでいる。

 フェニックスとの間、わずか数メートル先に、悠然と佇む夏目修一郎の広い背が映る。


「ここに何の用だ」


 と伝説の不死鳥を前にして、何故堂々としていられるのかラムネには理解できなかった。


“ラムトドゥクは我が仇敵。今は不在と聞く。奴の子を血祭りにあげにきたのよ。そこを退け、人間”

「伝説の不死鳥らしからぬせせこましさだな」

“我らの問題であり、貴様には関係のないことだ”

「所詮、不死鳥フェニックスも畜生だな」

“なに?”

「因縁があるなら、正々堂々と勝負を挑めば良かろう。それをか弱い雛を狙って満悦に浸るなど笑止千万。所詮は畜生と言わず何というか」

“貴様……”

「バカ、なんで怒らせるのよ」


 ラムネは小さく罵った。

 平身低頭で帰ってもらった方が良いじゃないか、とラムネは思っている。

 元々が傲岸で、人間など塵芥(ちりあくた)としか思わぬフェニックス相手に、下手に出たところで通用するはずもないのだが、フェニックスに圧倒されて願望めいた思考しかできなくなっている。

 焦るラムネに対して、修一郎は平静だった。平静どころか、口元にわずかな笑みを浮かべている。高揚感がふつふつとわいてくる。

 緊張はあっても、不思議と恐怖は微塵もなかった。

 自分の腕がどれほど通用するのか。

 試したい気持ちが修一郎を支配している。

 伝説の不死鳥を前にして、好奇心が修一郎を高揚させるのだった。


 ――どうやら、俺も“冒険者”だったらしい。


 情報料と食いつなぎを稼ぐために選んだとはいっても、探せば他にもあったはずである。例えば子どもたちへの剣や学問を教えるのも手応えがあり、本格的に取り組めば食うに困らぬほどにはなったはずである。だが、修一郎はそれをせずにギルドに通っている。

 修一郎は自分の中に、未知のものに対する憧れ、冒険者があらゆる困難に立ち向かい乗り越えるために必要な好奇心や探究心が存在していることを、フェニックスと対峙してようやく気づかされた。

 

“我の邪魔をするつもりなら、容赦はせんぞ”

「やってみろ」


 修一郎は膝をゆるめ、柄に手を伸ばした。一見、何気ない動作ではあったが、心気が充実し、力が溢れてくるようだった。


“バカめ!”


 フェニックスはクワッと目を見開くと、咆哮しながら口から猛烈な炎を放ってきた。押し寄せる炎の波を前にしても、修一郎はたじろぎもしない。巨大な炎が修一郎を呑み込もうとした時、修一郎が突如駆け出すのをラムネは見た。


「やあっ!」


 短く鋭い気合を抜き打ちに放った刃が炎を一閃した。ラムネは不思議なものを見た。

 放たれた刃は炎に触れると、吸い取られるように刃に巻きついていく。くるりと刃を返し八双に構えた時には、フェニックスの炎は刃に集められていった。

 ラムネは息を呑んで、刃に集まる炎を注視していた。


「炎の剣……」

“我の炎を絡めとっただと!?”

「貰い物だ。そちらに返すぞ」


 修一郎は踏み込み様、勢いよく剣を振るった。解き放たれた炎は一種の光弾となって、フェニックスへと向かっていった。


“炎を利用して……!”


 灼熱の塊が向かってくるの目にしながら、予想外の攻撃に、フェニックスは身動きすらできなかった。カッと目の前で激光が生じたかと思うと、強烈な衝撃がフェニックスの体に襲いかかった。


“バカな……こんな……”

 不死の鳥というだけあって、フェニックスには強靭な肉体に瞬時に再生する驚異的な回復能力が備わっているが、万能ではない。不死鳥同士による攻撃では、回復も遅れてしまうのだった。これは不死鳥に備わる回復能力が互いに反発しあい、影響しているのではという説もあるが定かではない。不死鳥同士の戦いでは高エネルギーが生じて、迂闊に人など近寄れないからだ。

 ともあれ、修一郎はそれを本能で、人の身でやってみせた。

 しかし、フェニックスも伝説の不死鳥である。一瞬、意識が遠退きかけたが、自らを叱咤鼓舞して意識を覚醒させ、起き上がり様にまた炎を吐き出した。


「さすがだ」


 修一郎は動じなかった。

 残心を解かず、下段に構えていた修一郎には次の備えがしてある。先と同様に剣を掬い上げると、フェニックスの炎を絡めとってしまった。


“何故、そんなことが出来る”

「俺は飽くなき挑戦をする“冒険者”だからだ」

“そんなもの……”


 答えになっていない。

 フェニックスはそこまで口にすることができなかった。

 次の瞬間には、再び自らの炎によって、フェニックスの体が吹き飛ばしされていた。堪らず、仰向けに仰け反ったフェニックスの視界に、澄んだ青空を背にして人影が映っていた。


「いくぞ、フェニックス!」


 果たしてそれは、上段に刃を振りかざした夏目修一郎の姿だった。


 ――斬られる。


 薄れた意識の中で、フェニックスはぼんやり思った。

 普段なら痛痒にも感じなかっただろうが、不死鳥の攻撃が二撃もまともに被弾している。弱った体ではひとたまりもないだろう。迫る修一郎にも隙を見出だせなかった。

 死。

 これまで、死と無縁であったはずのフェニックスの脳裏にその一文字が浮かぶと、今までに感じたことのない感情が体の奥から生じてきて、体を震わせてきた。

 それは恐怖というものだった。


“た、助けて……”


 刹那、頭に重い衝撃が奔ると、フェニックスの視界が真っ暗となった。力を失った巨体は神樹の枝に体を打ち付けながら落下し、何本目かの枝に引っ掛かってようやく止まった。


「すごい……。フェニックスを倒しちゃった……」


 葉の後ろに隠れていたラムネが出てきて、目を丸くしながらぐったりするフェニックスを見下ろしている。目の当たりにしたはずなのに、起きたこと全てが信じられない気分だった。


「倒したといっても、気絶しておるだけだ」

「え……」

「最後は峰打ちだ」


 刀を素早く戻す修一郎に促されるように、ラムネはフェニックスに視線を戻した。目を凝らしてよく見れば目を回すフェニックスの頭には、たしかに岩山のような巨大なたんこぶが出来上がっていた。


  ※  ※  ※


「ホントに助かっちゃったわよ」


 夕焼けに染まるラウール城の前まで着くと、ハミルが改めて修一郎に礼を言った。ハミルの後ろを財宝を連ねた馬車が城門をくぐっていく。傍らを警護としてラウール城の兵士たちが歩いている。天空城で獲た財宝で、城内にはまだまだ財宝が眠っていようだったが、さすがのラムトドゥクでもあまりに多すぎて荷重となってしまったために、発見した半分は諦めなければならなかったのだという。


「でもルートは確保できたし、次はラムトドゥクに頼らなくても済むようになったからね。子守りもこれでおしまいかな」

「助かったぞ。餌やりはさすがにくたびれた」


 苦笑いしながら、修一郎はハミルから袋を受け取った。ずっしりと重みがあり大きく膨らんでいる。


「ずいぶんと重いな、これは」

「中には5000ゴールド詰まっているから」

「5000?いくら何でも貰いすぎではないのか」

「良いのよ。そんなのがはした金になるくらいに私ら儲けたから」


 ハミルはいたずらっぽく笑みを浮かべて、パチリとウィンクしてみせた。

 夕日の暗い光に、くっきりとえくぼが浮かんだ。


「まだまだ天空城には謎がある。次こそ攻略して、もっと珍しい財宝を持ってくるわよ」

「まだ冒険を続けるのか。一生、困らんだろうに。それぞれ副業も軌道に乗っているのだろう?」

「……」

「わざわざ危険に身を晒すのもどうかと思うがな」


 ハミルは笑みを浮かべたまま口をへの字に曲げると、少し考えるように宙を見上げていた。


「確かにね。天空城も色んな罠や魔物もいて危険な目に何度もあった。死ぬかと思ったこともあるよ」

「……」

「でもね。冒険てワクワクすんのよね。天空城が終わっても、まだまだ行ってみたい場所はたくさんあるんだ。しばらくはやめられそうもないや」

「ハミルは根っからの“冒険者”なんだな」

「ありがと。今回、何よりの報酬だわ」


 ハミルは明るい声で言うと後方から仲間たちの呼ぶ声がした。振り向くと仰々しく飾り立てられた馬車に、仲間たちが手を振っている。ハミルたちはこれからラウール王へ謁見し、状況を報告するのだという。

 じゃあねとハミルは修一郎とラムネに別れを告げると、仲間たちのところへと戻っていった。手を振りながら駈けるハミルは元気の塊で、旺盛な好奇心冒険心はまだまだ尽きそうにもない。


「昨日から元気ないな。疲れたか」


 修一郎がハミルに手を振り返しながら、傍らで手を振るラムネに言った。帰り道はハミルと和気あいあいとはしゃいでいたが、それでも言葉の端々や表情に影があるのを修一郎は感じていた。


「それとも、ハミルと旅をしたかったか」

「そうじゃなくてさ」


 ハミルたちが城門に消えてしまうと、ラムネが修一郎に向き直った。


「なんでフェニックスのこと言わなかったの」

「黙ってくれと言っておったし、自慢することもあるまい」

「なんで?あの不死鳥フェニックスを倒したんだよ。自慢していいじゃん」

「奴の名誉もある。それにラムトドゥクの仇敵を生かして帰したのだ。今度は、ラムトドゥクが(へそ)を曲げるかもしれん」


 修一郎は金貨が詰まった袋を、ほっと声を出して肩にかついだ。気を抜くと後ろに引っ張られそうになる。


“……申し訳ありません”


 ハミルたちが戻ってくる半日前。

 修一郎に回復魔法で介抱されながら、フェニックスは落ち込んだ様子で謝ったものだった。


「まあ、俺に謝るよりも、ラムトドゥクと和解はできぬのか」

“いや、和解はできません”


 不意にフェニックスは顔をあげると、キッパリとフェニックスは断ってきた。


“ラムトドゥクとの争いは、先祖代々血の記憶に植えつけられております。先にナツメ殿がおっしゃる通り、畜生の(さが)というものでしょう。恥ずかしいことですが、これはどうにもなりません”

「ふむ、無理かのう」


 フェニックス自ら畜生の(さが)とまで言われては、修一郎も言葉に迷う。自然の摂理とも言える動物同士のいさかいに、人間が割り込んでも仕方がないと思えた。今回の件もたまたま居合わせたようなもので、留守を任されなかったら、これも自然の摂理だと知らん顔していたかもしれない。

 斬らずに峰打ちにしたのも、フェニックスをラムトドゥクとの争いに介入しているという思いが頭をよぎり、とっさに躊躇ちゅうちょしたからだった。


「お主らの争いだ。人間が口出しすることではないと思うが、留守中に雛を狙うのは不死鳥の名が折れるぞ。親と正々堂々と闘うのだな」

“はい、肝に命じて……”


 フェニックスは神妙に頭を垂れていたが、鳥頭だからそのうち本能が勝って忘れてしまうかもしれない。だが、反対にラムトドゥクが襲うパターンも考えられるわけで、自然の摂理に従い、それで世界の均衡が保たれているなら、これ以上は修一郎が割って入ることではないように思えた。


“何かありましたら、貴殿のお役に立ちたいと思います。ですから今回の件は内密に……”

「わかったわかった。周りの被害も僅少だ。この件は誰にも言わんよ」

“ありがとうございます!”


 フェニックスはそういうと、高々と声をあげて遥か虚空に飛び去っていった。

 その間、ラムネは呆然と様子を見守るだけだといっていい。

 フェニックスが恐縮して、人間に頭を下げている。

 冒険物語を読みふけっていた頃は、こんな珍妙な光景など想像もしたこともなかったからだ。


「……だけどさ、もったいないよ。あんな凄いことやっといて」

「そうかなあ」


 修一郎は興味なさそうに首をかしげながら先を歩いた。すでに過去のフェニックスよりも今の金をどこにしまうかで頭を半分使っていた。長屋の連中とは親しいとはいっても、こんな大金を置いておけば、誘惑には勝てず、いつ盗まれてもおかしくはない。本部に金を預かる銀行があるというので、そこに行こうかと考えていた。

 そして、頭のもう半分はラムネへと使われている。


「悪いな」

「え、なにが」


 城内に入り、大通りをしばらく歩いていると不意に修一郎が口を開いた。

 ラムネが顔を上げると、夕焼けの陽射しがまっすぐに飛び込んできて、その眩しさに思わず顔をしかめた。赤い光に紛れて修一郎の背中が映った。


「ハミルたちにつけば行けば、天空城にも行けたし、もそっと面白く過ごせたろうに」

「……」

「だが、俺には俺の事情があるのでな。広い世界を体験をさせられなくてすまんな」

「……いいよ。そんなこと気にしなくて」


 ラムネが修一郎のそばに近づくと、腕にしがみつくように寄り添った。


「どうした」

「ナツメについていくと、何かスゴイもの見られそうだもの」

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