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異世界用心棒奇譚  作者: 下総 一二三
不死鳥の子守り
13/34

空と海との間に

 晴れ渡る爽快な青空と穏やかな海に挟まれて、一隻の帆船が波を砕いていく。風も船を推すほどの力強さあるが、かといって、身をすくめて耐えるほどの強さでもない。爽やかで心地よい風が船上を駆け抜けていった。


「海なんて初めて見るよ」


 波しぶきに反射する光のように、ラムネは瞳を輝かせて空や海を堪能していた。ラムネも船酔いというものは耳にしていたが、幽霊の身にはもはや関係がない。


「でも、潮の匂いというのがわかんないのが残念だなあ」


 そうでもないぞと、船縁(ふなべり)にもたれかかる夏目修一郎が言った。


「昔、学者に聞いたことだが、あれは海に済む小さな生物による死骸の臭いだそうだ。綺麗な海だとそんな臭いはせんらしい。確かに今、空気は澄んではおるな」

「ふうん、ナツメてそんなこと知ってんだあ。意外」

「ただの聞きかじりだ。知っているまでは言わん」

「意外と言えば、この船もハミルたちのものなんでしょ。お父様だって、こんな立派どころか船自体持ってなかったよ」

「身なりといい、上手く商売をやっておるようだな」

「同じ冒険者としてどう?羨ましい?」

「どうだろうなあ」


 修一郎は腕組みして首を傾げてみた。装備品も立派になり、メンバーそれぞれが店や田舎に屋敷を構えているという。既にハミルの幼馴染みであるカテラなどは、メンバーから抜けてラウールで小さな魔法教室を開き、その傍らで経理や財務管理、怪我の治癒や宿代わりなどハミルたちのバックアップに務めているらしい。その魔法教室も子どもたちに人気だというのがハミルの話だった。

 そんなハミルたちの隆盛ぷりに感心はしていたが、羨望や嫉妬といった感情まではない。思い返してみれば、幼い頃からあれやこれやと羨ましいだの欲しいと思った記憶がなく、物欲や出世欲という類の欲が薄いのかもしれなかった。


「よう、お二人さん。なあに考えてるの?」


 船室からハミルがやってきて、陽気に声を掛けてきた。


「立派な船ですごいねて、修一郎と話していたんだよ」

「新造なんだけど、ローンがあるのよ。この件クリアしたら完済になるから頑張んないとね」

「……この件……“天空城”かあ」


 ラムネは夢見る表情でうっとりしていた。


「空に浮かぶ城。どんなとこなんだろう」

「財宝たくさんな分、罠や未知な怪物も多いらしいからね。どんなとこだか。あの“おっさんたち”の言うことだからねえ」

「“おっさんたち”て不死鳥なんでしょ?」

「子どもいるし、威張ってうるさいから“おっさんたち”で良いんだよ」

「その子守りか……」


 盛り上がりを見せる女子たちの会話の横で、修一郎がふっと呟いた。


 不死鳥の子守り。


 それがハミルから依頼された案件だった。

 ラウール政府から依頼で天空城調査に挑むハミルたちだったが、空に浮かぶ城にたどり着くには船でラルドドゥク山に登り、不死鳥ラルドドゥクの力が必要となる。

 つがいの不死鳥で、共に巣を留守にすることになるので、その間、子どもたちの世話をする人間をあてがうのが条件として出されたのだった。

 不死鳥なのに子どもがいるのも変な話だと思ったが、看板だおれはよくあるものなので、あまり考えても仕方ないような気がして、そのまま流していた。


「鳥の世話は得意だよ。まだ生きてたころ、お父様が買ってきたインコに餌あげてたもの。病気になって心配してたら、私の方が先に風邪で死んじゃったけれど」


 依頼を聞いた時、少し寂しい話を明るく、そして自信ありげにラムネは言ったものだった。本心から言えば天空城に行きたげではあったが、人に取り憑く幽霊の身ではどうしようもないとはわかってはいるようだった。


 ――それにしても不死鳥と知り合いになるとはな。


 ハミルと不死鳥ラルドドゥクがどういう経緯で知り合ったのか。修一郎の脳裏にふと疑問が過ったが、訊くほどの興味まではわかない。どうせそのあたりの冒険談はラムネが訊くだろうと思い、修一郎はラムネが訊かないだろう自分たちの仕事へと関心を寄せることにした。

 関心を寄せれば、不意に失念していた疑問が浮かんで、修一郎はおい、とハミルとラムネの会話に割って入った。


「子守りというが、不死鳥を襲ってくるやつなんているのか」

「フェニックスが来るかもて心配してたよ」

「フェニックス?同じ不死鳥なんだろ」

「やだなあ。不死鳥ラルドドゥクはフェニックスと犬猿の仲なんだよ」

「そういうものか」

「そうだよ」


 今までラルドドゥクなど聞いたこともないが、同じ鳥でもトンビとカラスは仲が悪かった。道場の帰り道、大貫川の河川敷を通るといつも争っていた光景を思い出し、あれと同じかと勝手に納得することにした。しかし、次に相手がフェニックスとわかって、にわかに全身が粟立つのを覚えた。


「事の次第によると、俺がフェニックスと戦うのか?」

「そうなるんじゃないかなあ」


 あっけらかんとしているハミルに愕然としてしまい、修一郎は絶叫したい気分だった。すると、ハミルは修一郎の陰鬱な表情を察してアハハと間の抜けたような声をあげた。


「伝説で語られるほど強くないって。せいぜい前のゴブリンの親玉が元気な状態くらい」

「……」

「ナツメならやれるでしょ」

「まあ、あの親玉くらいならな」

「なら大丈夫よ。最近、聞いたけれど、あの親玉てサイクロプスやフェニックスとも戦ってきた勇士らしいよ。それ一撃なんだから」

「え、何?その話聞きたい」


 ラムネが目を丸くして会話に加わってきた。修一郎は普段、自分を語らない。ハミルが当時の話をしようとしたところで、近づいてきた人の影があった。


「あ、あのハミル……」


 おずおずと長身の男が近づいてきた。男といっても肌が青く粟立っている。顔もトカゲに似ていて瞳も不気味に黄色い。


「どしたの」

「ルインが呼んでいます。航路のことで」

「わかった、いくよ」


 じゃねとひらひらと手を振って、ハミルは船室へと戻っていった。ハミルが去っても、青肌の獣男はもじもじとしたままその場に残っている。

 アバータ族のタラフナという男で、カテラの代わりにメンバーに加わった者だという。冒険者の登録では“薬剤師”という肩書きらしい。薙刀を得意としていた。


「どしたな」

「あ、あの、実は、今夜は海が少し荒れるようなので、酔い止めのお薬用意しました」


 タラフナは布切れの上に二粒の薬丸を載せて、修一郎に差し出してきた。それを見て、ラムネがめずらしげに覗き込んでくる。



「タラフナ、私の分はないの」

「あ、いや、その、ラムネさんは幽霊ですから」

「私も飲みたあい」

「幽霊がわがまま申すな」


 修一郎がたしなめると、ラムネはふてくされてぷいっとどこかに飛んで行ってしまった。といっても範囲は半径20メートル程度である。腹も減らないし歳もとらない。加えて移動も自由自在なら、幽霊もそれほど悪いものではなくなってしまう。

 タラフナはそんなラムネが離れていくのを見て、安堵した表情でいる。アバータ族は自然崇拝の民族のせいか、信仰心が厚く魔力も強い。その分、霊感も強いのだが、ラムネ相手にも怯えているようで、修一郎の目には少々大袈裟に映った。


「そんなに、警戒せずともよかろう」

「は?」

「いや、あのラムネだ。やかましいが悪さをする霊ではない。好奇心旺盛でな。俺についてきたのも広い世界を見たかったらしい」

「……」

「貴君は何か警戒しているように思ってな。ちょっと断っておこうと思ったのだ」

「そうでしたか……」


 修一郎の言葉を噛み締めるように、タラフナは海面に目を落としながら何度もうなずいていた。ぱっと見は、獲物を狙っているようにも見える。


「私たちアバータ族が自然崇拝を重んじる種族ということはご存じだと思いますが、未練を残した人の霊は怨念としてこの世に残りがちなのです。想いが強ければ強いほど。ラムネさんのように、はきはきと明るい霊は滅多に……」


 いえとタラフナは首を振った。


「私には見たことがありません。ですから、まるで、なにかこう、奇跡を目の当たりにしているような気持ちなのです。怖さもありますが感動も混ざって……」

「……」

「見識を広めるために冒険者となったのですが、旅をするものですね。」


 タラフナは眩しそうに空を見上げた。視線の先には帆にしがみつくようにして水平線を眺めるラムネがいる。


「では、失礼しました。ゆっくり船をお楽しみください」

「いや、こちらこそ面倒をみていただいて、かたじけない」


 修一郎が頭を下げて礼を述べると、タラフナも丁重に頭を下げて船室に戻っていった。


 ――自然崇拝か。


 太和(たいわ)でも農民たちが木々をなぎ倒す嵐や、岩石を砕く稲妻、全てを焼き尽くす火山や津波に脅えつつも、一方でその天地がもたらす恩恵に感謝し、時には神として奉り崇めていた。

 怯えてしまっていると思っていたが、タラフナは天の声を聞き、風を読み、精霊と会話することが出来る。そんな彼の言い方から察すると、どちらかというと“畏れている”といった表現が近いのかもしれない。


「ナツメ!」


 タラフナが“畏れている”だろうラムネが、何かを見つけた様子で騒がしく大声で怒鳴った。


「どうしたあ!」

「世界て広いね!」

「ああ、きっととんでもないことが、もっとたくさんあるぞ!」


 冒険に憧れ世界を夢見る幽霊と、復讐のためにこじんまりと暮らす生者。

 どちらが幸せなのかと疑問に思うと同時に、そんな自分に取り憑いているラムネが何となく憐れに思えた。ちょっぴり修一郎の心が疼いたのは、見上げる太陽があまりに眩しく空や海が広大過ぎて、自分とミスマッチに思えたせいなのかもしれなかった。

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