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異世界用心棒奇譚  作者: 下総 一二三
不死鳥の子守り
12/34

騒がしい幽霊

「ラウールて人がたくさんだね。毎日がお祭りみたい」

「そう、はしゃぐな。うるさい」


 ラウールの城下町を行き交う人々や街並みを眺めながら、ラムネ・マクベスは異様にはしゃいでいる。そんなラムネをたしなめる夏目修一郎だったが、近くの男が不審な顔をして通りすぎていくとバツの悪そうに襟首を掻いた。

 男には修一郎の頭上に浮いているラムネの姿が見えていないからだが、彼だけでなく、ほとんどの通行人がラムネの存在に気がつかなかっただろう。

 ラムネは幽霊で、自称守護霊として修一郎に取り憑いている。


「あ、あのアイス食べたい」

「お前は幽霊だろうが。もそっとな、幽霊らしくしたらどうだ」

「私、他の幽霊知らないからわかんないよ」

「まったく……」


 修一郎はため息をついて大通りを曲がって路地に入った。普段より道が一本早いが、こううるさくては敵わない。

 生まれてから死ぬまでの17年間、領主の令嬢であったから村から外へ出たことがなく、見るもの全てが新鮮らしい。当初は幽霊が瞳を輝かせているのが哀れでつきあってはいたが、三日もすれば慣れてしまい、やかましく思えてくる。

 大事な愛娘でありながら、成仏させるよう依頼してきた父親の気持ちがわかる気がした。今は町見物に騒いでいるだけだが、毎晩夜遅く、激しい剣の稽古だったのだから、彼らも堪ったものではないだろう。


「こっちの道はすっごい静かだね。別世界みたい」

「別世界か。言われてみればそんな感じもするな」

「この先にギルドがあるの?」

「あまり期待するな。支局だから小さく寂れておる」


 支局だから寂れているわけではないが、上手い言い方も思い浮かばないので、取り合えずそう言い訳した。


「帰ったらすぐ次の冒険に出掛けると思ったけど、全然ギルドに行かないんだもん」

「俺にも色々あるのでな」

「近所の子どもに習い事教えたり、おばさんと雑談すること?」

「うるさいな。おかげで金が少なくなってきたから、こうやってギルドに向かっているのだろうが」

「そうよ。冒険行くと思ったら、辺鄙へんぴな村を行くだけだしい」

「……」

「でも、ナツメてそういうお金たくさん使っているけど、遊んでいるてわけじゃないんだよね。情報屋さんばかりにお金使って」

「……」

「あの似顔絵の人を捜しているの?」

「……まあな」


 低い声で短く答えると、あとは口を閉ざしてそっぽ向いた。

 仇敵である妖術士“不知火”は以前として足取りがつかめていなかった。そこで、情報屋のクラムという男に似顔絵を使って捜させているのだが、それらしい手掛かりはいまだにない。クラムから似た顔があれば直接赴き確認してみるのだが、どれも外れで金だけがむなしく減っていく。

 ラムネが言っていた辺鄙な村というのも、そこに不知火に似た男がいるというので、確かめるために2週間かけて出掛けたのだった。

 ラムネは幽霊ではあるが会話ができる。

 余計な話をして先の通行人のように聞かれるのを修一郎は恐れていた。いつまで取り憑いているかはわからないし、自分から話すつもりもなかった。一方、ラムネも不知火の件になると、急に壁をつくる修一郎を察して、それ以上訊いてくることはなかった。

 重くなった空気を変えるように前に飛んでいくと、いつものように「あの建物?」などと、石造りの二階建ての建物を指しながら騒ぎだした。


「いや、ただの会計事務所だ。もっと先だ」

「どんな建物?あれより良いの」

「だから期待するなと言っておろう」


 修一郎がそう言っても、ラムネは期待に溢れた表情をしていた。そんなラムネも、冒険者ギルドが見えてくるにつれ、ラムネの期待に溢れた表情が一段、二段と下がっていき、古ぼけた木造の建物の前に到着した時には失望の色を露にしていた。


「こんなとこ〜?」

「だから申したであろうが」


 修一郎は苦々しげに御免と扉を開けると、ラムネが後ろから屋内を覗き込んできた。


「うわ、くら〜い」

「しっ」


「いらっしゃい、ナツメさん……」

「おう、しばらくだな。今日は学校はよいのか」

「はあ、まあ、午後に先生が来る予定ですけど……」


 約2週間ぶりに関わらず、サクヤは心ここにあらずといった受け答えをしている。随分とつれないなと幾分寂しく思っていると、サクヤは訝しげに修一郎の傍らを指差した。


「ナツメさん、そちらの女の子誰ですか?」

「あなた、私が見えるの!?」


 サクヤの言葉を聞き、文字通りラムネが飛んできた。サクヤは仰け反って、間近に迫ったラムネを見上げている。


「私はラムネ!ラムネ・マクベス。幽霊なんだ!」

「ラ、ラムネさん?幽霊て……え、ええ?」

「サクヤ、マクベス家で幽霊騒ぎの依頼あったろ」


 首を掻きながら、気まずそうな顔をして修一郎は椅子に腰掛けた。


「その幽霊なんだが、一度は成仏したはずなんだが……」

「今度はナツメの守護霊になって、冒険についていくことにしたの!」

「おい、腕にしがみつくな」

「幽霊だよ。体温なんかあるわけないじゃん」

「それはそうだが……」

「あの、お二人さん?」


 パキリと鉛筆の割れる音が鳴り、見るとサクヤはぎこちない笑みを浮かべながら頬をひくつかせていた。


「何かお仕事を探しにきたんじゃないでしょうかね」

「おお、そうだ。例の……」

「スライム退治はありませんよ」


 にべもない口調でサクヤが言った。無表情のまま書類をめくっていく。


「ミンルワ島の神鳥ガルグイユの卵、メッハ宮殿のサイクロプス退治。テテルフス塔の魔導士討伐なんかありますよー」

「それ!それ行きたい!」


 修一郎より早く、ラムネは目を輝かせて手を垂直に伸ばしていた。


「こんなの、一人に無理に決まっているだろう」

「修一郎の腕前なら充分よ。なんせ、私に勝ってんのよ」


 お前じゃなと修一郎は渋い顔をした。


「それに、仲間と組むには互いの信頼と、それだけの練度が必要だ。時間も掛かる。はいそうですかとできん」

「……」

「そういうわけだサクヤ。他に何かないか」

「あとは六番街の土方仕事と、川原の砂利運びしかありませんよー」

「おいおい、冒険者の副業ならともかく、あまりにも極端すぎるだろう。もう少し、な?」

「……」

「サクヤ、怒っているのか?」

「さあ?」

「ぜんぜん、ダメダメじゃん、この子」


 ラムネは元来の活発で勝ち気な性格に加え、田舎であっても良家のわがまま令嬢だっただけに、言葉にも遠慮がない。右ストレートのような感想をまっすぐにサクヤへとぶつけた。


「こんなとこより、本局行こうよ。こんな子より頼りになる人、たくさんいるだろうし、案件もいっぱい見つかるよ」

「ラムネさん。他の人に迷惑ですから、静かにしていただけませんかね」

「誰もいないじゃん」

「わ、た、し、がメ、イ、ワ、クなんです!」

「役立たずがうっさいなあ……」

「あなたねえ」

「おいおい、よさんかお前ら」


 精神年齢はさほどかわらないはずなのに、何故、口論しているのかわからないまま修一郎は二人の間に割って入っていた。いつもは大人しいサクヤがここまで感情的になるのは珍しいと修一郎は驚いていた。

 とりあえず間に入ったものの、だからといって仲直りさせられるほど口は上手くない。ふてくされるラムネに涙目のサクヤをどうしたものかと宙を見上げていると、ドタンとギルドの扉が勢いよく開いた。


「サクヤァ、誰かいた?」


 明るくへこたれない、つねに前向き。久しぶりに聞いた懐かしい声だと思った。

 修一郎が振り向くと、赤毛の若い女がそこにいた。女も修一郎に気がついたらしく、あっと声をあげた。


「ナツメじゃん。しばらく」

「おう、ハミルか。随分とひさしぶりだな。身なりも立派になって景気がよさそうではないか」

「あれから“やまびこの森”とか“魔獣シーブル”とか、けっこう色んなとこいったからね」


 ハミルが身につけている鎧や剣は、武器商会では高値で取引されている武具である。以前はみすぼらしい格好だったが、今は“冒険者”と呼ぶに相応しい姿に変わっている。


「でも、ナツメもついに組んだんだ。私のとこにこれば良かったのに」

「あなた、私の姿が見えるの?」

「そりゃまあ、身体は健康そうだけど服がひらひらしてて、あまり冒険者ぽくないけど」

「私ね、ナツメに取りついている幽霊なの。ラムネ・マクベス。よろしくね!」

「え、どゆこと?」


 憧れの眼差しを向けてくるラムネにたじろぎながら、助けを求めるように修一郎へ視線を向けた。また一から説明かと億劫(おっくう)ではあったが、事の経緯をハミルに説明した。話が終わると、ハミルはふうんと呆れたような感心したような表情で腕組みをした。


「あんたも呑気そうにやってて、けっこう変なことが起きるねえ。ギルボア魔法学園の件も聞いたよ。悪党相手に大活躍だって?」

「なにそれ」


 ラムネが言った。


「さらわれた子どもたちを助けるために、ナツメが一人で10人相手に大太刀廻り。子どもたちを見事したんだって」

「その話、誰から聞いたな?」


 依頼人をさらわれてしまっている。何とか救出できたが、自分の失態を周囲に話すことでもないからと思い黙っていたが、チラリとサクヤと目が合うと、サクヤは大慌てで(かぶり)を振った。違うよとハミルが明るく否定した。


「本局に学園から礼状あったんだって。表彰するて話もあったのよ。アンタと連絡取れないから立ち消えになったけど。ナツメてけっこう評判なんだから」

「へええ」


 ラムネがあらためて見直したといった様子で、修一郎を上から下までじろじろと眺めていたが、修一郎としては居心地が悪い。


「聞いてないの?」

「そんな話、私も知らないけど」

「あれ、サクヤも?」


 反応が鈍い修一郎にハミルが怪訝な顔をすると、サクヤも途方に暮れた顔でいた。修一郎に理由を考えていたが、ふと思い当たるものがあった。


「親父だな」


 カムカは人は良いがいい加減な男である。通達があっても忘れていたに違いない。


「親子揃って無能ねえ」

「うっさいわね!」


 声をあらげるサクヤにハミルも驚いたらしく、目を丸くしたままびくっと体を震わせた。


「よさんか、二人とも」


 修一郎が二人をたしなめたが、互いににらみあったままネコのように唸っている。


「まあ、修一郎もいるし、ちょうど良いや。ちょっと頼みたいことあるんだけど」


 他愛もない口喧嘩に付き合っても仕方がないと思ったのか、ハミルはサクヤとラムネを放って置いて話を急に変えてきた。


「なんだ。またサクヤたちみたいに、仲間と喧嘩したのか?」


 違うよおとハミルは当時を思い出したのか、照れ臭そうに手を振った。


「アンタさ、不死鳥の子守りしてくれない?」

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