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異世界用心棒奇譚  作者: 下総 一二三
マクベス家幽霊騒ぎ
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いつの間にやら

 マクベス家の屋敷は二階建ての大きな石造の建物で、長い間の雨風のせいでかなり汚れていたが、歴代の主を護ってきただけにその汚れにも一種の趣があった。


「御免。ギルドの紹介より来た夏目修一郎と申す」


 玄関を数度訪いを告げても反応がない。仕方なく戸を開けて薄暗い屋内に声を掛けると、奥の部屋から痩せた男の後に従って、一人の老人と包帯だらけの男たちがよろよろと現れた。

 いずれも暗い表情で、あまりに生気が欠けていたので、修一郎ははじめ幽霊かと思って柄に手をのばしかけたほどである。

 やがて、男たちが修一郎の前に来ると、痩せた男が小さく頭をさげた。


「ようこそおいでくださった。私が当主のアドルフ・マクベスと申します。この者たちはマクベス家に仕える給仕と剣士たちです」

「私は夏目修一郎と申す。ギルドの依頼を受けて参りました」


 マクベス家当主の名前は、カムカから予め聞いていたのだが、実際に会って見ると随分と気弱そうで、当主としては威厳と覇気に欠ける男だというのが、修一郎の印象だった。


「お部屋は二階に用意してあります。案内はこちらにいる給仕のハレルにさせますので、落ち着かれましたら、またお呼びいたします」


 アドルフが傍らに控える老人を指して言った。


「お気遣いは感謝しますが、途中、村のカフェで休んできました。ギルドの話だけではよくわからない部分もあるため、先に用件を伺いたいのですが」

「……」


 修一郎の請いに、アドルフと仕える男たちは困った表情で互いに顔を見合わせている。


「なにかな。お話しできない内容でしょうか」


 興味を持ったとは言っても依頼の奇妙さで、無知であることを良いことに、悪事に利用されるつもりなどない。納得いかない回答なら帰るつもりでいた。若干、強めた語気にアドルフが慌てて手を振った。


「不愉快な思いをさせて申し訳ありません。当家の恥に関わることですから、心の準備が整っていなかったのです」

「……」

「では、お話しを聞いていただきます。こちらの応接間にどうぞ」


  ※  ※  ※


 通された応接間はガランとしていた。暖炉が設備されている壁には二枚の女性の人物画が掲げられている以外は、家具もソファーない。椅子と小さな丸テーブルが置かれているが、急きょ運ばれてきたもののようである。上等なはずの絨毯も、所々むしりとられたようにすり減っていた。


「なんですかな。これは」

「ここは現在、稽古場になっております」

「稽古場?」

「娘ラムネとの稽古場です」

「しかし、ご息女は亡くなられたとか」

「……それは誰から?」

「村で、そんな話をチラリと」

「そうですか……」


 アドルフは嘆息すると、お茶を運んできたハレルが入室してきたのを見て、修一郎にどうぞと着席をうながした。同時に他の従者たちも、さがって壁際に並んだ。ハレルは丁寧な手つきて紅茶を注ぐと、かぐわしい香りが修一郎の鼻腔をくすぐった。一口つけると、ほのかな甘味が心を落ち着かせていく。

 売り物であるさっきのコーヒーより、数段上等な飲み物だと、修一郎は紅茶の味を堪能していた。


「壁に掛かっている人物画。左手が亡き妻のサイダ。右が娘のラムネです。妻が五年前。娘を亡くしたのは一年前のことです」

「武芸がお好きだったとか」

「探求心旺盛で活発な子でした。私も妻も大人しい性格でしたから、いったいどちらに似たのだか」

「……」

「しかし、ある日に風邪ををこじらせて、そのまま眠るようにして死んでしまったのです。その時の絶望といったら言葉に表しようもありません」


 絶望にうちひしがれるアドルフに、ある晩不思議な現象が起きた。草木も眠る丑三つ時、夜な夜な応接間に女の霊が現れ、それが娘のラムネだという。目撃したのは夜見廻りをするハレルや従者たちだった。

 ハレルたちの報告にアドルフもじめは恐怖していたが、愛娘の霊に意を決し深夜応接間に入ってみると、広間に佇む若い女の姿。はたしてそれは亡き娘ラムネの霊だったという。


「はじめは狂喜しました。死んだ娘に会えたのですから。しかも驚くことに会話もできた。奇跡だと思ったものです」

「……」

「ラムネは未練として、剣が道半ばと申しておりました。この場所で稽古をしたいなどと言うので、娘の言うとおりにし、従者たちに交代制で相手をさせることにしました」


 しかし、それからまた奇妙なことが起きた。

 よほどの意志の強い霊だったのか、日伸ばしにラムネの腕前が成長し、半年もすると誰も敵うものがいなくなったという。


「フランドル――ここにいる筆頭ですが――は言われたそうです。“だらしない。マクベス家が護れるか。私が稽古をつけてやる”と」


 アドルフとしては愛娘の霊である。しばらくは娘に付き合うよう頼んだのだが、従者に生傷が絶えないようになり村人も不審な目を向けるようになった。また、その頃には後妻の話も持ち上がっていて状況が変わりつつあった。


「ラムネのおかげて私は立ち直りました。生きていられるのもラムネが生き甲斐となったからです。ですが、ラムネは既に死んでしまい、今は幽霊です。アドルフ家の当主としてこの家を存続させなければなりません」


 そこで1週間前の晩、感謝を述べつつラムネと話し合ったところ、ラムネはある条件を提案したのだった。


「……“誰か腕の立つ者と勝負したい”といったところかな」

「そうです、ナツメ殿。そうすればあの世にいけると」

「随分と勝ち気な幽霊ですな」


 修一郎は腕組みして唸った。

 わがままと言いたいところではあったが、父親の手前、口には出せない。

 アドルフも立ち直りを与えた幽霊を成仏させてくれだから、身勝手とも言えるが気持ちはわかる。

 小娘の幽霊に打ちのめされる家来などともいうのも不名誉だろうし、好き好んで幽霊が出る家に嫁がせる奇特な家も少ないだろう。アドルフ本人が言ったように、生きていかなければならない立場である。いつまでも過去に縛られ、未練を引きずっているわけにもいかない。アドルフにとって苦渋の決断だったというのは、話す時の沈痛な表情から伝わってくる。


「……それでは、依頼で聞いた“家来との勝負”は、そのご息女ラムネ殿との勝負で良いのですかな」

「そうです。ラウール城の撃剣試合と、同様のルールだということです」

「ふうむ」


 修一郎はアドルフから目を離し、壁際に居並ぶ従者たちを見渡した。たしかに主人に似て人が良さそうな男たちばかりで“頼りない”というラムネの心残りもわからないではない。


「私が家来衆に負けて、ではいかんのかな」

「ラムネは不正を嫌う子です。そんなことしたら、あの世どころか居座り続けてギャンギャン騒ぎ続けるでしょう。」


 アドルフは力なく首を振った。

 そんなに賑やかな幽霊なら、いっそ商売にしたら人も集まって良いのではないかと思ったが、そんなことができる性格なら悩んで依頼はしないだろう。


「情けなくもありましたが、あそこにいる者たちが娘に敵わないのは事実です。八百長で納得するとは思えません。今回、このような流れになったのも、私が娘と正直に話したからこそだと思っています」

「なるほどな」


 そこまで聞けば十分だと思った。不審はなく、恥を忍んで依頼しきたことがわかれば、修一郎が考えることはもうほとんどない。

 修一郎がパンと軽く腿を叩くと、マクベス家の人々はびっくりした顔で修一郎に視線を集めた。修一郎はにこやかに、しかし口許だけは引き締めたまま、一堂を見渡していた。


「よかろう。ラムネ殿が安心して眠れるためにも、この夏目修一郎、尽力いたそう」

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