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異世界用心棒奇譚  作者: 下総 一二三
ヤマノ鉱山
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冒険者ギルドへ

 宿泊に使っている“りんご亭”の主人から話を聞いて訪れた“冒険者ギルド”はラウール城下町三番街の路地にあって、大通りと比べて人通りも閑散としていた。

 ギルドの建物は石造の倉庫と木造の建物の間にあった。木造の建物は桶屋らしく建物の前に桶が高く積まれ、中からはトントンと小気味良く木を叩く音がしてくる。


 ――ここか。


 夏目修一郎は“りんご亭”の主人に書いてもらった地図と、目の前にある冒険者ギルドの建物を見比べていた。

 猫の額のような庭があるものの、平屋の建物自体はひっそりとしていて閑散としている。町の外れにある上に教えられたギルドは支局で、本局に比べれば人が少ないのも当たり前かもしれないが、それにしても閑散としていると思った。表の“三番街ギルド支局”という看板がなかったら見落としていたかもしれない。


「御免」


 おとないを告げて建物に入ると、机に突っ伏した状態で女が静かな寝息を立てていた。見た目は若く、どう見ても十代半ばから後半だと思った。修一郎は薄暗い室内の見渡すと、入り口から左手に掲示板があって、依頼人からの案件や冒険者たちへの連絡通知などの記された紙がびっしりと貼られている。しかし、目の前の女と修一郎以外に人の気配はしなかった。


「御免!ここは冒険者ギルドか!」

「ひゃあ!」


 修一郎が道場で鍛えた声を張ると、女は雷にでも打たれたように飛び起きて、そのまま椅子から転げ落ちていった。物凄い音が室内に響き、机に積まれた書類が散乱して女を埋めた。


「な、なんですか!」


 這い上がるように女が机の下から顔を出したが、寝惚けているらしく目付きもしょぼしょぼとしている。

 修一郎は平静に答えた。


「寝ていたから起こしただけだ。ここが冒険者ギルドじゃなかったら、申し訳ないことをしたが」


 修一郎に言われてから、女は漸く眠気から覚めた様子で顔をあげた。


「……そうです。ギルドです」

「“りんご亭”の主人から紹介されてな。外の人間が、この町で仕事を得るにはギルドに登録しないと難しいと聞いた。で、登録と仕事の紹介を頼みたいのだが」

「わかりました。えと、そこの椅子に掛けてください」


 女は慌てて書類を整理し、隅にある椅子を指で示した。女が書類を片付けている間に修一郎は椅子を引いて、終わるのを黙って待っていた。


「失礼しました。私、支局の担当代理のサクヤと申します」

「夏目修一郎だ」


 名前を名乗ってから、修一郎は改めてサクヤを見た。ちょこんと座る姿は可愛らしいが、ある種の不安も覚える。


「代理か。それにしても、随分若いな」

「父が今、不在にしておりまして。私は普段、手伝いで事務やお使いしています」


 ふうんと修一郎を撫でた。気の荒い連中も訪れるだろうに、若い娘を留守を任せるのは感心できなかったが、それだけ暇ということなのだろうか。なんにせよ、親の問題であり修一郎が口を挟むことではない。


「しかし、東洋人にあまり驚かんのだな」

「珍しいけど、驚くほどじゃないですから。ここだけでも東洋人の方は2、3人相手してるし、そのうち一人も同じように二本差してました」

「ほう、名前はわかるか」

「ヨネザワという方でした。ただ、二年前、竜退治に失敗してお亡くなりになったんです」

「そうか、残念だな」


 修一郎は深くため息をついた。

 名前に心当たりはないが、同国の人間がいれば行動もしやすいはずだった。肩を落とす修一郎を、サクヤは死を悼んでいると勘違いしているようで、気の毒そうに修一郎を眺めている。重い空気が漂う中、サクヤが空気を振り払うように声を励ました。


「まあ、そういうわけで、この町には東洋人以外に色んな国や人種が集まるから、いちいち驚いてられませんよ。えと……ナツメさんですか?ナツメさんも町で見掛けたと思いますけど」

「まあな」


 修一郎はうなずいた。

 来る途中、耳が尖った長身に小人、きわどく肌を露出させた女剣士。男女不明で不気味な青肌な者も目にしている。彼らに比べれば、髷も落としている修一郎などは地味な存在で、外から流れ込む連中を扱う冒険者ギルドが、いちいち驚いていられないだろう。

 修一郎がぼんやり考えている間に、サクヤは“冒険者登録票”と記された紙を用意すると、ペン先をインクで濡らすと、さてと言って記載する姿勢に構えていた。


「……まず、年齢はおいくつですか?」

「21だ」

「次に、お生まれはどこですか」

太和(たいわ)という国の神林藩に仕えていた。藩、わかるかな」

「地方の領主さんが治める名称ですよね」

「まあ、そんなものだな」


 その後、サクヤは家族や病気、怪我など聞いては書類に書き留めている。質問に渋滞がなく、この種の扱いには慣れているのがうかがえた。


「……特技はやはり剣ですかね?」

「うん。国では一刀流の師範代をしていた。腕には自信がある。妖術……こちらでは魔法と言うか。魔法も回復、炎は中位くらい使える」


 国でも妖怪と戦ったこともあるし、太和からラウールまでの間、魔物にも二匹ほど戦って無傷で勝っている。それもあって修一郎はさらに自信を深めていた。


「肩書として“魔法剣士”というのがありますけど、ギルドの規定だと上位魔法と決まっているんです。ですから、ギルドの登録上は“剣士”としますね」


 特に異論も無いので、修一郎はうむとうなずいてサクヤに任せた。


「……で、どうかな?できれば一人でやりたいが」

「ナツメさんでしたら、ある程度は大丈夫だと思いますけど……」


 言いながら、サクヤは傍らに積んだ書類の束をめくり始めた。


「ええと……、お一人だと、今のところ郊外のスライム退治……、ケッソ村までの護衛辺りですかね。でも、どれも安いのばかりですよ」

「良いんだ。暮らしていける程度でいい」


 生活をしていかなければならないから冒険者ギルドに入ったわけで、修一郎は財宝に地位や名誉を求めてラウールに来たわけではない。目的は別にある。


「ところで、“不知火”という奴は冒険者におるかな」

「シラヌイさんですか?いや、その人は聞いたことがないですね。シラヌイさんという方が何か」

「同じ国だし、来る途中、相当腕が立つと聞いたんだが。組むならそいつと思ってな」

「はあ……」

「何かわかったら教えてくれないかな」

「良いですよ」


 修一郎が素直に答えていたのが幸いしたのだろう。来る途中耳にしたというのは嘘だったが、あっさりとサクヤは了解した。サクヤは修一郎の質問に、不審を抱いていない様子だった。


「じゃあ、このスライムで……」


 サクヤがそこまで言った時、建物が扉が勢いよく開いたかと思うと、赤毛の女が入ってきた。腰に剣を差しているところから、剣士なのだろう。


「サクヤ、頼んでいた人見つかった?」

「ハミルちゃん、まだだよ」

「たく、なんだよ。あいつらに負けちゃうだろ」

「ごめん……」

「ハミル、ダメだよ。サクヤを困らせたら。忙しいんだから」

「いつも閑古鳥じゃん」


 ハミルという女剣士を追うようにして、今度は背の低い少年が入ってきた。メイスにプレートメイルの下に着る法衣に似た衣服から、回復系を得意とする“神官”だろうと修一郎は推測した。


「でも……」

「さっきからうるさいわね、カテラは。アンタは黙ってなさい」

「そんな……」


 ハミルの強い口調に、カテラという少年がうっと呻いた。


「また、そうやってすぐ泣く。昔からそうよね」

「ハミルちゃん、こっちの人が終わってないから、ちょっと待っててよ」


 サクヤがハミルをたしなめると、ファイルをひとつ引き出しから取り出した。そこに案件の詳細が記されているらしい。


「スライム退治の案件、ラウールの南門からそのまま南の街道行くと……」

「なに?アンタ、スライム退治なんかやるの?」


 急にハミルが割り込んできた。


「アンタさ、スライム退治よりこっち手伝ってよ。アンタ見るの初めてだけど、一人でやるくらいてだから腕には相当な自信があるんでしょ。私らヤマノ炭鉱に眠ってるお宝探しやっててさ。良い暮らしできるよ」

「いや、俺はな……」

「明日の午前7時、東門に集合ね」


 修一郎の話になど耳を傾ける様子などなく、ハミルは勢いよく喋り続ける。


「私は剣士のハミル・バートン。こいつは幼馴染みで神官やってるカテラ・キテラ。変な名前でしょ。アンタの名前は?」

「夏目修一郎だ。いや、あの、だからな……」

「じゃ明日7時東門ね。バイバイ、ナツメ」


 修一郎が言う前に、ハミルはカテラを抱えるようにして意気揚々とギルドから出ていった。まるで嵐が過ぎ去った後のようだった。

 呆然と修一郎が扉を見つめる中、ごめんなさいとサクヤの申し訳なさそうな声が背後からした。


「ハミルちゃんてば、ああいう性格なんです。……でも、どうします?」

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