トリガー
【トリガー】
酒場に入る一人の女性、服装は魔法使いの様を呈している。
「やっと見つけた・・。ねぇ、マスター?」
「ん? お前か。何かあったのか?」
「散々駆けずり回ってきたと言うのに、ずいぶんなお言葉ね」
「それは失敬」
まったく女性の方を向かず、酒をチビリチビリしたままである。
「はぁー・・、これが私たちのクランマスターって言うんだから・・」
「ん? なりたいのか? 何時でもくれてやるぞ?」
「結構よ」
他愛もない話を続けるつもりはさらさらない。
しかし、うちのマスター相手では酒ぐらい飲まなくてはやってられない。
「マスターの奢りで一杯頂戴」
「「どっちのマスターの?」」
クランマスターと酒場のマスターが、お互い嫌そうな顔して指をさしている。
もう良いと首を振って溜息を吐く。
「ズゥーデンの町の有名クランが潰れたの知ってる?」
最終的に誰のお金か決めずに注文した酒で、舌を湿らせて話し始める。
「ふーん」
「興味なさそうね」
「まったくもって・・、ない!」
クランマスターに断言される。
「そう。じゃあ、ズゥーデンの町でエクストラ級のアイテムが頻繁に売りに出されている事は?」
「いや・・、初耳だが?」
「あのクランが手を出さなかったなんておかしくない?」
「・・確かに」
あそこは強欲強引強奪の三強と言う悪い噂が絶えず、自分以外の所に良いアイテムが流れるのを許すとは思えない。
「エクストラ級のアイテムに手を出して、潰される結果になったのか・・?」
「あそこは脳筋ばかりだから、いつかは下手打つとは思ってたけどね」
「なる程・・、嗅ぎ取った訳か」
クランマスターは考えるそぶりを見せる。
魔導師風の女性の前には、3杯目のおかわりが運ばれてくる。
結局、奢らされるのだろうか?
「しかし、相変わらず『鼻が利く』な」
「これだけで拾ってもらえた訳だしね」
「調べてみるか・・、調べるだけならタダだからな」
「えっ? 調べるのにだってお金かかる世知辛い世の中よ?」
「・・ちょっとした言葉のあやだ」
しかしクランマスターのふざけた口調とは反対に、視線は鋭く細められていた。
主都最大手の商会の会長が、邸宅の一室に呼び出される。
「お主が先日持ち込んだ、実芭蕉を主都で販売できる様に取り図ってもらいたい」
「あれは新しい果物でして、まだ非常に数が少ない物でして・・」
「さる方々も御所望でな」
「うむーっ・・」
邸宅の持ち主が、会長にひたすら販売路の確保を突っついて来る。
「料理人たちも色々と試しており、デザートに幅が広がるとの事であった」
「しょ、承知しておりますが・・」
「こちらにも一定量納入できる様にしてもらいたい」
「そ、それは・・」
最大手の商会であれば、大概の事は可能である。
今回の事は自分の手柄ではない。
自分に媚を売る小さな商会が、最大手商会の名前を勝手に使って贈った物である。
それ自体は良くある事で、その後は上手く目をかけてやるだけで済んだ。
しかし今回は不味い・・、不味いのだ。
「最大手商会会長、今回はお時間を取っていただいてありがとうございます」
「時間があまりない。手短に済まそう」
「畏まりました。今回主都で販売しようと思っている果実です」
「果実?」
目の前には、見た事も無い黄色く湾曲した物体が、鈴なりとなった房がある。
「ふん。今さらこんな物、主都で売れる訳があるまい」
「そう仰らずに。せめて一口味見していただけませんか?」
「味見?」
そう言うとヴァイスを上から下まで舐めるように見回す。
「こういう物を味わってもらうためには、まずお前を味見させるべきだろう」
「主都では、ずいぶんと高価な賄賂を要求するのですね」
ヴァイスは敢えて、自分の体を見せつけるように座り直す。
「賄賂? この程度、心付けにもならんよ」
了承と取ったのか舌なめずりしながら近づこうとすると、ヴァイスはスッと立ち上がる。
「申し訳ありませんが、ズゥーデンの町ではこのような心付けを賄賂と申しまして、禁止されております。お手間を取らせましたが、今回の商談は無かった事に」
目の前にぶら下げられた獲物が、スッと手の中からすり抜けて行く。
「あぁ!? こんな事、何処でも誰でも遣っておるぞ。折角の商売のチャンスを潰すつもりか?」
「別に主都で販売する必要はありませんので」
「くっくっくっ、後で泣きついて来る事になるぞ」
何とか引き留めようとするも、そのまま取引を無かった事にして、ヴァイスは出て行ってしまう。
邸宅の持ち主の言葉に、我に返る。
「安く、柔らかく、甘く、上手い。滋養もあり、病などで体の弱った人間にも良いとあるのに、主都に入ってこない事を、さるお方も調査が必要かと言われる始末だ」
「な、何と!?」
ま、不味い。本当に不味いぞ。
この邸宅の持ち主、宰相殿が言われる さるお方・・、当然国王陛下、良くても親族に連なる方々に他ならない。
国王陛下は公平公正を旨とされ、今回の事が耳に入れば大変な事になる。
「分かりました。極力入手できる様に取り計らいます」
「うむ、任せたぞ」
仕方がない、何とかあの女に商売をさせるしかあるまい。
命大事にユニオンのメンバーは、自分の実力に合った、無理のない依頼を受けるのが原則である。
普段は日帰りの薬草採取の依頼をこなし、他のメンバーとスケジュールを合わせて、3人もしくは4人で行う。
特にシュバルツが参加する場合は、薬草だけではなく食材の得られるモンスターや野獣の討伐も抱き合わせで行う事もあるし、お泊まり訓練も行ったりする。
しかしスケジュールが合わなければ、当然一人での活動になる。
「お前か? 最近、ギルドの質を落としている奴って言うのは」
「えっ? どう言う事でしょう?」
女性に絡むことの少ない冒険者も、冒険者一人の場合は別である。
兄妹の冒険者が採取依頼を見ていると、数人の冒険者が絡んでくる。
「お前よぉ、薬草の採取依頼ばっかり受けてるよなぁ」
「殆どの場合はそうです」
「それが冒険者ギルドの質を落としているんだよ!
冒険者ってぇのは、命を張ってナンボ、討伐してナンボって事だ」
「そうでしょうか? 依頼をきちんと達成する事だと思いますが」
「そんなのは女子供に任せておけばいいんだよ。
俺たちの仲間に入れてやるから、黙って付いてくればいいんだよ」
「申し訳ありませんが、お断りします」
この手の輩は、不公平な報酬分けや、いざという時に捨て駒にすると聞いているからだ。
「あぁ!? 折角俺たちが声掛けしてやっているのに!」
掴みかかって来ようとする連中を、ひたすらかわし続けるが多勢に無勢で捕る。
「いい加減にして下さい!」
「少し教育が必要みたいだ・・な?」
彼の身に付けている装備を見て言葉が止まる。
「おいおい、何でお前みたいなペーペーがこんなに良い装備をしているんだ?」
「貴方がたには関係ありません」
「ふん、お前になんか勿体ねぇ。俺たちがキッチリ使ってやるよ」
「なっ!?」
装備をはぎ取られそうになり、必死に抵抗する。
流石にヴィオレットも、目の前の強盗騒ぎは許容範囲では無い。
「あなたたちっ・・」
「一体、冒険者ギルドは、何時から強盗のたまり場になったんだ?」
彼女の言葉に被せるように、冒険者ギルドに入ってきたシュバルツの言葉が重なる。
その言葉に絡んでいた冒険者たちが一斉に、シュバルツの方へと向く。
「お前何か言ったか?」
「ここに強盗が居ると言ったんだが?」
「どこの誰の事だ? 此処に居るのは身の丈に合わない装備を貰ってやろうと言っている、心優しい冒険者様だぜ?」
「盗人の言い分だな。はっきり言ってやろう。お・ま・え・た・ちの事だ」
「てめぇ!」
一斉にシュバルツに襲いかかるが、『因果応報』の前に全員ギルドの建物の外へ叩きだされる。
「ぐぅっ・・」
「まだやるか?」
「ちっ! 覚えていろ」
何をされたか分からない事もあり、逃げるように去っていく。
ヴァイスと言う材木商の女に主都での商売をさせるため、あの手この手と使ってきたが、ことごとく断られてきた。
頭を垂れる部下に、主都最大手の商会会長は憤りを隠せない。
「主都で商売をさせてやると言っているのに、また断ってきおったのか」
「はい・・。あのような賄賂を支払ってまで商売をするつもりはないと」
「その様な事は無いと言ってやったのだろう!?」
「そう申しました所、信頼が出来ないので、公的機関数名の立会いの下で無ければ、恐ろしくて、話し合いに応じられませんと・・」
「ぐぅ、あの女・・、下手に出ておれば」
ヴァイスと言う女は状況を正確につかんでいる様子で、こちらに不利な条件を出してくる。
「会長、お時間です」
「そうか、今行く」
何も進展せぬまま、評議会に行く時間になる。
評議会とは、主都にあるユニオンの一つで、目的は主都の経済活性化である。
実際には裏で談合や価格操作を行い、自分たちの利益を得る事を目的としてる。
「話し合いに入る前に、評議会メンバーに確認しておきたい事がある」
「ん? 如何されたのだ?」
評議会メンバーの一人が、いつもの話し合いでは無い議題を振ってくる。
「皆は最近、主都以外ではやっている実芭蕉と言う果物をご存じか?」
「(なっ、何故それを!?)」
「噂では聞いた事があるが、それが何か?」
あまりにもタイムリーな話題に、最大手会長が驚くも顔には出さない。
「このメンバーの中にも居るかもしれないが、主都での販売契約を持ちかけているのだが、一切応じられないとの回答なのだ」
「馬鹿な!? 主都での販売となれば、何をしてでも行いたいはずであろう」
一人を除いて、評議会メンバー内にざわめきが起こる。
「何かしらの理由があるのか? 日持ちしないなどの?」
「賄賂を要求されたそうで、その賄賂が・・女性だったために体を要求されたそうでな」
「信じられんな・・」
「何と愚かな事を・・」
「(何を今更!)」
最大手会長は苛立ちを隠しているが、評議会メンバーの誰しもが何らかの賄賂を要求している。
今回の様に表立ったがために非難され、内心いら立ちを覚える。
「ついては商業ギルドに、厳しく抗議しておいた」
「な、何故、商業ギルドに?」
流石の最大手会長も、この言葉には驚きを隠せない。
「公平公正を旨とする我らが評議会に、その様な不埒物は一人も存在しない。違うかね?」
「むぐぅ・・」
「商業ギルドも、徹底的に調査をするとの事だ」
評議会は一枚岩ではない。自分の所を大きくするためには、喜んで蹴落とすし、簡単に寝首を掻いて来る。
気付けば評議会メンバー全員が、自分の方に視線を送ってくる。
「(やられた!)」
既に自分が追い詰められている事を悟るのだった。
シュバルツに叩きだされた冒険者たちは、兄妹の冒険者が一人の時を狙って待っていた。
「よぉ、少年! あの時は悪かったな」
「いいえ、別に・・」
「ちょっと聞きたい事があってよぉ」
「何でお前がそんなに良い装備を持っているんだ?」
「これですか? ・・あるユニオンから貸与されていまして」
少し悩んでから、身の丈の合わない装備について事情を話す。
「貸与? 借り物って言う事か?」
「そうです」
「どうやって借りる事が出来たんだ?」
これだけの装備を貸してくれると言うなら、俺たちだって借りれるはずだと思う。
「そうですね、選ばれた理由をお聞きしたら、礼儀正しく、誠実に、どの様な依頼でも喜んでこなしていれば、向こうの方から声をかけられるそうです」
「そ、そうかい」
先日の自分たちの行いは、到底そのユニオンには相応しいとはされないだろう。
どうしてもとなれば、ユニオンのメンバーに直談判するしかない。
「俺たちにも装備を貸してもらえるように頼みたいんだけど、ユニオンのメンバーを知らないか?」
「流石に冒険者を試験する人たちが誰かまでは・・」
最後のチャンスとばかりに、根掘り葉掘り試験官の事を聞き出そうとする。
本来はユニオンの事は他言無用を厳しく言われていたのだが、何故か兄妹の冒険者はシュバルツの事を伝えた方が良い様な気がする。
「そう言えば、修道院の屋根裏部屋に住んでいる人が・・」
「確かか!?」
「ええ、そんな話をしているのを聞きました」
「そうか、ありがとよ」
例もそこそこに、冒険者たちは修道院へと駆け出していく。
修道院の屋根裏部屋の扉へ案内された冒険者たちは扉をノックする。
「どうぞ、開いてますよ」
「失礼します」
礼儀正しく・・、を覚えていたのか、普段にはあるまじき対応である。
「なっ!? お前は」
「うん? おやおや、お礼参りかな?」
冒険者たちはシュバルツを一目見た瞬間、ユニオンに喧嘩を売っていた事を知る。
自分たちの普段の行いも見られていた事も。
「一体何の用かな? 用がないならお引き取り願おう」
「・・装備を、装備を貸してるのは本当なのか?」
お互いに視線を巡らして、ダメ元と思ったのか貸与の話を切り出す。
「知らんな? よしんばそうだとしてもお前たちに何の関係がある?」
「俺たちにも装備を貸してくれよ」
「言っている意味が分からんが? 何故、自分のユニオンが選んだ冒険者に危害を加える者たちに装備を貸し出さなくてはならないんだ?」
意味が分からないと言いながらも、自分のユニオンとサラッと秘密を話す。
「俺たちの方が役に立つに決まっているからさ。あいつは自分の身すら守れない奴だぜ」
「役に立つ? それなら高ランカーを専属で雇った方がましだと思うがね」
「じゃ、じゃあ何であいつには貸し出しているんだよ!」
「ユニオンは商人の集まりだ。礼儀正しさ、誠実さ。
ランクの高さに関わらず、どの様な依頼でも喜んでこなす人材を探しているんだよ」
「ちっ!」
自分たちの普段の行いを、あげつらわれているのだ。
「・・しかし、役に立つと言ったな?」
「あ? ああ、勿論だ」
シュバルツは意味ありげに考えるそぶりを見せる。
「確かに将来有望な人材を手に入れておくことは大切だ」
「そうだろうそうだろう」
「お前たちが、他とは違う存在であることを示せ。そうすれば考えよう」
「例えば?」
「お前たちのランクに合わない大物討伐や大仕事、最短でのランクアップ。何でもいい。これはと思う成果を引っ提げて来てくれ」
「よーし、任せておけ」
最後のチャンスは自分たちに打ってつけと、意気揚々と修道院を出て行く彼らの後姿を見を来る。
「はぁー、日ごろの行いを悔い改めて、生まれ変わったつもりで一からやり直せば、まだチャンスはあったのにな」
何故、冒険者たちは後戻りできないのだろう。
何故、冒険者たちは自分だけが特別だと思うのだろう。
残念ながら、彼らが生きてズゥーデンの町に戻ってくる事は無かった。
愛用している酒場に、魔導師風の女性が先に一杯始めている。
「何かあったのかしら?」
その向かいへ、ドカッと不機嫌そうに座る。
「てめぇ、そのボトル俺のじゃねぇか」
「だいぶ前に入れていたみたいだから、忘れたのかと思ってたわ」
「・・昨日入れたばかりなんだがなぁ?」
「そうだったの?」
シレっとしている女性から、ボトルを引っ手繰る。
「ちなみに、調査の方はどうだったのかしら?」
「・・芳しくない」
「やっぱりねぇ・・。一応どう言う事か聞いても?」
「この情報を集められない」
魔導師風の女性は結果が分かっていたのだろう、苦々しそうにクランマスターは告げる。
「まずは、この情報を売ったギルド職員が処罰されていた。おかげで伝手がぶっちぎれてて情報が手に入らなかった」
「それはご愁傷さま。でも他の手立ても使ったんでしょう?」
「勿論だ。先の有名クランが潰れたのは、まあいいな」
「そもそも私の情報じゃないの」
クランマスターが自分の手柄の様に言おうとするのを呆れた風に指摘する。
「ズューデンの町に、大手商会ってのがあるんだが・・、有名クランと一緒に潰れてたな」
(スン)
「ふーん、他には?」
女性が眉を潜めて、話の続きを促す。
「大した情報・・と言うより噂話だが、今流行りの実芭蕉がズゥーデンの町発祥で、大衆浴場がオープンしたのもズゥーデンっと」
「ああぁ! 実芭蕉! あれは良い! 最高!」
この町の近くでも栽培され、売られているが、日々行列が出来てなかなか買えないほど人気の果実となっている。
しかも不足すると分かってからも、良心価格を一切変更しないという商売っぷりが人気に拍車をかける結果となっている。
「まあ後は噂だが、主都では実芭蕉が売られない事で、最大手商会がヤバい事になっているらしい」
人差指で鼻を完全に塞ぐような仕草をする。
「へぇー・・」
話を聞くうちに、完全に鼻を摘み、目が死んだようになってくる。
「なる程ね。手を引くんでしょう?」
クランマスターの眉が一瞬跳ね上がる。
「危険・・、を嗅ぎ取ったのか?」
「あのねぇ、これだけ情報があれば、私の『鼻』なんていらないでしょうに」
「あっ、やっぱり?」
黙って頷く女性に、ガックリと項垂れるクランマスター。
彼女のギフト『鼻が利く』に、100パーセント信頼を寄せている所以だ。
町裏でしがない占いをやっていた彼女だが、彼女の仕草に引っ掛かりを覚えて聞いたところ、自分の話を良い匂い、やな匂いと評した事からクランに引き抜いたのである。
「うちのクランは、ズゥーデンのエクストラ級の裏工作から手を引く」
(スン)
「私としては、それが賢明だと思うわ」
クランマスターの決断から、今までに嗅いだ事の無いほどの良い匂いがした。
マスターは何も言わずに酒を煽る。
この判断が後に、大陸で五本の指に入るクランへと押し上げる結果となる。




