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勢いで奴隷を購入した男  作者: 糸瓜⑤
奴隷の少女とその一生
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1日目

「続きましてこちらの商品」


 会場の1階部分のホールに連れ出されたのは、ローブで全身をすっぽりと覆った小さな影。ローブの裾からは鈍色に煌めく鎖が伸びており、司会の男が鎖の端をもって奥から連れてきたのだ。


「性別は女。年はだいたい9歳。もちろん読み書きはできませんが、珍しい赤髪です! 1000メントから始めたいと思います!」


 そう言って男は乱暴にローブをぶんどると、会場の全員にその少女の姿を見せた。


「……よろしくお願いします」


 消え入りそうな小さな声でそう呟くのは、男の言っていた通りまだ10歳にも満たないであろう小さな少女。肩や肘、膝や踝など関節部の骨が浮き、呼吸するたびに肋骨の上の皮膚がゴロゴロと上下する。司会の男に髪の毛を掴まれても顔色一つ変えず、ただ平坦な呼吸を繰り返すだけである。

 ここは競売場「ノルン・メメット」。主に女の奴隷の競売を行う。

 会場は1階部分が広いステージとなっており、客は2階から商品を見て自分の欲しい商品を探す。政府の認可を受けた合法的な競売場であり、多い日では1日10人近い奴隷が買われていくのである。


「1010メント」


 仮面をつけた男が自身の番号の入った札を掲げて声を上げる。


「さあ来ました1010メント」


「1100メントだ」


 77という札を持った男が最初の男よりも高い値段を提示する。

 その後数人が値段を挙げ、最終的にこの少女は1470メントで落札された。


「相変わらず、腐ってるな、こいつらは」


 競売の熱気とは裏腹に冷めた目をした男は、一人離れた位置に立ち静かに呟いた。

 この男はこの競売場で働くウエイターであり、脇には先ほど空になったばかりの盆が挟まれていた。


「ま、こいつら人買いのおかげで生活できてるんだし、そこは感謝しないとな」


 そう言い残し、男は会場を後にする。

 バックに入ると、先ほどの赤髪の少女を落とした男がスニークマンに案内されて応接間に向かっている最中であり、男は壁際に立って小さく腰を折ると男とスニークマンが部屋に消えるまでそのままの体勢で待機をした。


「……」


 無言で腕時計を見る男。

 既に午前1時前となっており、あと少しで今日の営業は終了する。

 男は給仕室に戻り盆を置くと、少し早いと思いながらも自分の着替えが置かれている更衣室へと向かった。

 今週は月末であり、客の財布も緩んでいる。このノルン・メメットもさぞ儲かったであろうと、そんなことを男が考えていると、入り口から支配人のゾルマースが入ってきた。


「お疲れ様です、ゾルマースさん。今日は早いですね」


 ゾルマースの趣味は酒を飲みながらその日稼いだ札束を数えることであり、いつもであれば休憩室にこもって売上金を恍惚のまなざしで数えているのだ。こんなに早く帰り支度をするのは珍しい。


「ああ君か、お疲れ。今日は娘の誕生日でね。日付は変わってしまったが菓子屋にケーキを取りに行かなくてはならないんだ」


「なるほど。娘さんにおめでとうと伝えておいてください」


「ああ、ありがとう。それじゃあお先に失礼するよ。……っと、今日はだいぶ稼ぎがよかったんだ。これ、あげるよ」


 そう言ってゾルマースは100メント紙幣を3枚、男に渡してきた。


「いいんですか?」


「いいんだいいんだ。それと今月分、君の所に入ってるから」


 それだけ言うとゾルマースは更衣室を後にする。1人残された男は、受け取った紙幣をコートのポケットに捻じ込むと、今月分の給料を受け取りに事務所へと向かった。




     



「ああ、お疲れ様です」


 事務所に行くと、受付のアギュレムが明るい笑顔で男を迎えた。

 男が後ろの金庫を指さすと、アギュレムは「わかりました」と笑顔で言い、そのまま席を立って金庫の開錠に取り掛かる。しばらくして戻ってきた彼女の手には分厚い封筒が。これはこの男の今月分の給料である。


「はい。お給料。また来週から頑張ってくださいね」


「ありがとう」


 男は封筒を受け取り、事務所を後にする。

 ノルン・メメットの入り口前に立って封筒の中身を見ると、100メント紙幣が30枚ほど入っていた。


「……奴隷か」


 男は呟くと、店を後にする。

 と、その時、店の裏手から声が。

 それも男が知っている人間の声のようだ。


「ああちくしょう。騙された。こんな不良品売りやがって」


「どうしたんです?」


 店の裏にいたのは買い付け人のヴィレルダだ。


「ああ、お前か。いやな、こいつなんだがな」


 そう言ってヴィレルダが指さすのは、10歳そこそこの少女だ。

 乱れくすんだブロンドに虚ろな緑色の瞳。全身は細く肉がついていないようだ。


「見ろよこれ」


 そう言ってヴィレルダはランタンの明かりを少女の眼前に近づける。

 普通ならば眩しさに顔を背けたりするはずだが、少女は一切動揺せず、よくよく見れば瞳孔も一切縮小しない。


「この子……」


「見えてねえんだ。クッソ……。こいつ12らしくてな、ただでさえ安いのに、これじゃあ大した金にならねえよ。おまけにこいつ、ここ、壊れてんだぜ」


 ヴィレルダはそういうと、少女の下腹部あたりを指さす。


「壊れてるって」


「前のとこでどういうことされたかは知らねえが、中身がねえみたいなんだ。いったいどんなことすればこんなこと……」


 最初こそ怒っていたヴィレルダだが、その表情はだんだんと憐れむようなものとなっていた。


「……それで? どうするんです? これ」


「正直言って、売れねえだろな。少なくとも仕入れ値より高く売れることはねえ。向こうにでも売るしかねえよな」


 “向こう”とは農家のことである。

 ただしこの場合労働要員として売るのではない。

 家畜の餌として売り渡すのである。

 男は少女を見る。

 光を映さないガラスの瞳。しかしなぜだか、男には少女の瞳に自分が映っていうように思えた。


「あの、これ、いくらで仕入れたんです?」


「あ? あーっと、確か580メントだったか。それがどうしたんだ?」


「……これ」


 男は無言で封筒から100メント紙幣を6枚取り出すと、ヴィレルダに差し出す。


「これで、損にはならないでしょう?」


「そ、そうだけどよ。いいのか?」


「いいですよ」


 男はそういうと薄着の少女を連れて夜の街へと消えていった。

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