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轢逃げ犯

 アオ~ン、アオ~ン

 窓の外から猫の声がする。発情期なのか、最近やたらと騒がしい。


「猫、うるさいっ!」


 八つ当たり気味にピシャリと言い捨てると、びっくりしたようにこっちを見られた。

 その視線を気にせずに、自室の窓を開けて目を凝らしてみるが、猫の姿は確認できない。


「発情期、鬱陶しい」


 舌打ちをして、窓を閉める。猫の声は、まだ聞こえる。

 12月に入って、急に寒くなった。

 このイライラの原因は、全部、薄気味悪いあの男のせいだ。


「なんか、ストーカーされてる」

「誰に?」


 幼稚園からの腐れ縁のコーヘイは、読んでいた漫画から顔もあげずに答える。


「轢逃げ犯」

「え?」


 漫画を放り投げて、目を爛々と輝かせて寄ってきた。

 ホント、コイツって、こういう話になると食い付きが違う。


「この前、猫の轢逃げを目撃しちゃって」


 オレは、コリの酷くなった肩をもみほぐしながら、説明を始めた。

 先週の出来事だった。


「うわぁ」


 生垣から、勢いよく飛び出てきた黒い影が猫だと気付いた時には遅かった。

 自転車のオレは体勢を崩しながらも、慌ててかけたブレーキは間に合った。

 しかし、車道は、そうはいかない。

 ドスンという鈍い音が響き、車は速度を緩めず走り去った。

 あとには、子供と大人の中間ぐらいの大きさの、黒い猫が残されていた。

 立ち上がろうと前脚を動かしているが、空を掻くばかり。

 幼稚園の前ということもあって、先生やら送迎途中の保護者たちがわらわらと集まって、周りを取り囲んだ。

 きっと、病院に連れて行くか、どうするかの相談をしているのだろう。

 オレは、遠巻きにその光景をながめ、そのままバイトに向かった。

 なんか、ペダルが重い。

 軽々と登りきれるはずの坂道を、重い気持ちのまま自転車を押し歩く。

 いつもより5分遅れで、バイト先のコンビニに着くと、男が屈みこんでバンパーを熱心に確認していた。

 さっきの車と同じ車種、色。

 ナンバープレートは確認していなかったけど、おそらくこの車だろうと確信したところで、男と目が合う。

 男は、30代か40代で、ボサボサの髪に無精ひげ。どことなく薄汚れた雰囲気。

 5秒ほど、見つめ合った後、オレは慌てて目を逸らした。

 男の充血した目の奥に何とも言えない嫌な感じ、狂気じみた光とでもいうか、とにかくヤバい臭いを感じる。

 従業員口に入るまでの間、遠慮のない、じっとりとした気持ち悪い視線が追いかけてきた。


 うげっ、なんなんだ・・・。勘弁してよ。


 男の事を頭から追い出し、仕事に没頭する。

 レジ、品出し、発注とコンビニの仕事は結構、忙しい。

 夕方のラッシュが終わり、一息ついたところでふと外をみると、


「!!」


 なんと、駐車場にまだ男がいた。

 タバコを吸いながら、じっと、こちらを見ている。

 合いたくもないのに、また、目が合う。


 うそだろ?もう、一時間以上経っているのに・・・。


 真冬なのに、そのまま男はそこに居続け、結局、バイトあがりの22時までいた。


 やべー、家に帰りたくない・・・。


 尋常ではない男の様子に、恐怖を感じる。

 男に気付かれないように荷物搬入口から、こっそりと抜け出す。

 家を知られるのが嫌で、念の為、遠回りをして帰った。

 それで、終わりと思っていたが甘かった。

 次の日、バイトに行くと、すでに駐車場には昨日の男がいた。

 またもや、遠慮のないじっとりとした視線を感じる。

 さすがに長時間張り付かれたのは初日だけだったが、一日のどこかで必ず、男の気持ち悪い視線が追いかけてきた。

 男の視線を感じる度に、オレの心に薄ら寒いものが降り積もっていく。

 そのうち、溢れてしまうかもしれない。

 そうなったらどうなるのだろう。

 ガクガクと指先が震える。


「あれは、飛び出した猫も悪かったし、仕方がない事故だったと思う。オレだって自転車で轢いちゃってたかもしれなかったし・・・」


 そう、仕方がなかったと思う。ただ、そのまま確認もせずに猫を放置したのが悪かっただけで。


「なんで、お前なんだろう?」


 コーヘイが首をかしげる。オレだって、理由を知りたい。

 ボサボサ頭の無精ひげの得体のしれない男の無表情な顔が浮かんで、肌が粟立つ。


「よし、本人に聞こう。ここで考えてもわからんし。これからバイト?暇だから、ついていく」


 コーヘイは、そう呟くと、バイトについてきた。

 男が姿を現したのは、オレがバイトに入ってすぐだった。

 店外に置かれた灰皿の前で喫煙しながら、やはりこちらを見ている。

 無遠慮な気持ち悪い視線に胃の中のものがせり上がってくる。

 すばやく合図をおくると、成人コーナーで立ち読みをしていたコーヘイは、スタスタと外に出て男に話しかけた。

 コーヘイは、2、3言、言葉を交わすと、そのまま店にも戻らず、あっさりと帰ってしまった。

 男も、タバコを吸い終わると、店に入らずに帰ってしまった。


「!!」


 え、それだけ??

 もう少し、話そうよ。本当に話は終わったのか?

 てか、オレ抜き??

 そして、報告なしで帰るんかいっっ!


 もう少し、話し合い的なものを想像していたオレは、コーヘイのあまりにもあっさりしすぎた一連の行動に驚くとともに、拍子抜けした。

 聞きたいことはちゃんと聞けたのだろうかと訝しく思う。

 ジリジリと焦れている間に、やっとバイトが終わると、一目散にコーヘイの家に向かった。

 コーヘイは、運悪く、犬の散歩で留守だった。

 コーヘイのお母さんに、帰ってきたらすぐにうちに来るように伝言を頼む。

 しばらく部屋で待っていたが、なかなか来ないので風呂に入っていると、コーヘイがやって来た。


「頭洗ったら、すぐに出るし、部屋で待っててっ!」


 浴室から、大声で怒鳴る。

 声を聞きつけて、コーヘイがこっちにやってくる。


「これから飲み会で、もう家を出ないとダメなんだ。そのまま聞いてて」


 コーヘイは、扉の前で、早口でまくしたてる。


「えーと、結論から言うと、あのおっちゃん、ストーカーと違うかった」

「え?」


 シャンプーを泡立てる手が止まる。


「お前の肩の上のニャンコから目が離せなかったらしい。あっ、時間がない」

「それと、ニャンコの発情期は、春と秋で今の時期は違う。あれさ、やっぱりお前だけに聞こえる鳴き声だったんだな。おかしいと思ってたよ。じゃあ、そーゆーことでっ!」


 コーヘイは、本当に結論だけ言い捨てると、バタバタと走り去った。

 残された風呂場は、急に静かになる。

 さっきより、肩がずっしり重い。

 気のせいではない。本当に重い。耐えられない程に。

 背筋がゾクゾクする。


 シャンプーの泡で視界を奪われているオレの耳元で、


「ニャア~」と猫の鳴き声が聞こえた。

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